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聖アルフォンソ学院、保健室。
保健教師兼カウンセラーのソクーロフは、
机に向かい、カルテを書いていた。
次回のカウンセリングに向けての準備だ。
夏の午後。
窓の向こうでは眩しい青空が広がっている。
この時期、聖アルフォンソ学院は、
生徒によって、過ごし方が異なる。
外界と同じように夏休みをとり、
島の外へ遊びに行った生徒も居れば、
学院に残り、いつも通り授業を受けている生徒も居た。
教職員も同様に、夏期休暇をとることもできるが、
ソクーロフは後者のタイプで、今年の夏も外へ出ず、
いつも通り、保健室で過ごしていた。
ソクーロフの手元にある、
コーヒーカップからは、湯気が昇っている。
先程、コーヒーメーカーで淹れたばかりなので香りが良い。
夏になると、冷たいコーヒーを飲みたがる者も居るが、
ソクーロフはコーヒーは温かいほうが好きだった。
何故なら、ホットのほうが、より香りを楽しめるからだ。
最近ではあまり見かけなくなったラジカセからは、
ソクーロフ気に入りのクラシック音楽が流れていた。
コン、コン、コン。
保健室にノックの音が響く。
このドアを三回ノックする人物は一人しか居ない。
ソクーロフはドアに背を向けたまま、何も言わない。
部屋の主が「どうぞ」と言っていないのに、ドアは勝手に開いた。
「今日も暑いねー。アイスコーヒー、ちょーだーい」
入ってきたのは生徒ではなく大人の男。
黒のズボンに、ブルーのワイシャツ。
その背には、金色の長い髪が下ろされている。
ソクーロフは尚も背を向けたままだった。
まるで声が聞こえていないかのように、カルテを書いていた。
完全に無視された男は、軽く笑って、両肩を下げる。
「ハイハイ。じゃー、勝手に貰っちゃうからー」
金髪の男は迷わず、コーヒーメーカーの場所へ向かった。
グラスを手に取り、冷蔵庫を開け、めいっぱい氷を入れる。
そこへ温かいコーヒーを直接注いだ。
冷たいコーヒーが飲みたいなら、氷が解けるまで少し待てば良いのに。
まだ温い状態であろうにも関わらず、男はグラスに口を付けた。
コーヒーに関して、非常に雑な感性を持つ男。
彼の名はアイヴィー。この島ではそう名乗っている。
表向きの肩書きは、学院専属ドライバー。
その裏では、警備組織の司令官を任されている男だ。
アイヴィーはグラスを手にしたまま、簡易ベッドに腰掛けた。
「ちょっとベッド貸してねー、20分くらいー」
この男が保健室に来る理由は、ここにベッドがあるからだ。
不規則な仕事をしているので少し時間が空くと昼寝をしたがる。
保健室が「昼寝もできるカフェ」として便利に使われることは、
保健教師にとっては、あまり本意ではないが、
カウンセラーとしては、密かに歓迎していた。
「ソクちゃんも夏休みナシかー」
ソクーロフが何も喋らないので、それは大きな独り言になる。
「夏だってのに、夏らしいコト全然してないねー、お互い」
アイヴィーも夏期休暇をとることはできる筈だが、
今年は島の外に出ないことにしたらしい。
「あ、そう言えばさー」
カランカランと氷の音。やはりコーヒーは温かったらしい。
早く溶かしたいのか、グラスの中で氷を回していた。
「ソクちゃん、今年はもうビアガーデン行った?」
聖アルフォンソ島の中心街フィンシャルでは、
毎年、夏にビアガーデンが開催される。
近所の店が屋台を出し、広場にテーブルを並べ、
皆で酒を飲むのだ。会場に明かりが付くのは夕刻からだが、
気が早い店は、昼頃から酒を提供していたりする。
ビアガーデンと銘打ってはいるものの、
ビールだけでなく、名産のワインや月桂樹酒の他、
世界各国の酒が用意されているところが、この島らしい特色だ。
島の祭は数あれど、島民の、特に大人達にとって、
ビアガーデンの人気は上位に位置しているだろう。
夜風に吹かれながら星の下で飲む酒が、不味いわけがない。
去年もアイヴィーに誘われて行ったが、
やはり外で飲む酒は、格別だった。
「今年はまだ行っていないが?」
やっとソクーロフの口が開いた。アイヴィーは前のめりになる。
「じゃあ行こっ、今夜! イイでしょ!?」
「何時だ?」
「20時! ココに迎えに来るから!」
「解った」
「やったー!」
大人のくせに。金髪の男は子供のような笑顔を見せる。
「やっぱ夏はビアガーデンだよねっ! 今から夜が楽しみだなー!」
よく晴れた夏の午後。
窓の向こうでは白い雲が悠々と浮かんでいる。
夏の空はいつもより青が色濃く見えた。
fin