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■ソクーロフ×アイヴィー
大人になると、夏だからと言って、長い休みが貰えるとは限らない。
お勤めしてる会社が、24時間365日営業なら尚更。
できるとしたら、短いお休みの前に、変わり映えのしない連れを誘って、
好きな店でちょっと美味しい物食べるくらい。
「おや。アイヴィーも来ていたんだね。それにソクーロフ博士も」
タクシードライバーが振り向くと、知った顔がそこにあった。
白いワイシャツにブラウンのベストを身に付けた紳士。
オーギュスト・ボージェ。聖アルフォンソ学院の神秘学担当教師だった。
「あれ。センセ」
「こんばんは。アイヴィー、ソクーロフ博士」
保健教師は相手を見上げながら、
「ボージェ教授も今夜は外食でしたか。
同じ店で鉢合わせるとは、随分、奇遇ですね?」
「ええ。本当に」
神秘学教授は穏やかに微笑んだ。
そして、タクシードライバーのほうを向いた時、何事かを呟いた。
「――Le Diable」
英語ではないようだった。「え?」とタクシードライバーが聞き返す。
「いや。私はお先に失礼するよ。おやすみ。アイヴィー、博士」
「あ、うん。おやすみ、センセ」
会計に向かう背中を見送りつつ、タクシードライバーは連れに聞いた。
「センセ、何て言ったんだろ? ソクちゃん、解った?」
医師でもある保健教師は、新しい煙草を1本取り出しながら、
「気にするな。おそらく、悪いタロットを呟かれただけだ」
「悪いタロット!?」
医師の手の中で、ぽっとオレンジの小さな火が灯る。
ゆったりと煙草に火を点けながら、
「悪魔、さ」
「ちょ、ちょっと、何それ!? 俺になんか悪いことが起こるってこと!?」
慌てる男を見て、医師は僅かに笑う。白い煙が細い紐のように昇っている。
「さあな。それは専門家に聞いてくれ」
タクシードライバーが神秘学の専門家の姿を探す。
彼の背中は既にドアの向こうに消えてしまっていた。
食事したあと、タクシードライバーが運転するベントレーは、
島の南西に向かっていた。行き先がその方角に決まったのは、
ドライバーが「うち来る?」と聞いた時、医師が「ああ」と答えたからだ。
海沿いの広い道路を走る車内には、ラジオが流れている。
島民のバンドが出演するライブを、生放送するローカル音楽番組だ。
夏の終わりに相応しい、気だるく切ないナンバーが演奏されていた。
音楽に耳を傾けているのかいないのか、後部座席の医師は窓側を眺めている。
暗い海の上には細い月が見えた。暑い気がして、運転手が少しだけ窓を開ける。
車内には潮風が流れ込み、音楽が外へ流れ出た。
夜の潮風にはまだ少し夏の匂いが混じっているような気がした。
車が到着したのは、海岸の傍にぽつんと建っているコテージ。
ベントレーから降りた二人はコテージに続く階段を昇っていく。
タクシードライバーは、先程購入した缶ビールが入った袋をぶら下げていた。
中に入ると、部屋は真っ暗だった。
家主のタクシードライバーがパチパチと明かりを点けていく。
医師は迷わずリビングルームに進み、ソファに座った。
タクシードライバーは、いったん缶ビールを冷蔵庫にしまった。
その帰りに、氷を入れたグラスとウイスキーボトルを持ってリビングに来た。
「あの、俺、先にシャワー浴びて来ても良いかな?」
「ああ」
医師は目だけで長い金髪を見送った。
リビングルームに一人残された医師は、テーブルに置かれたグラスに手を伸ばす。
氷の上から琥珀色の蒸留酒をとくとくと注いだ。
fin
大人になると、夏だからと言って、長い休みが貰えるとは限らない。
お勤めしてる会社が、24時間365日営業なら尚更。
できるとしたら、短いお休みの前に、変わり映えのしない連れを誘って、
好きな店でちょっと美味しい物食べるくらい。
「おや。アイヴィーも来ていたんだね。それにソクーロフ博士も」
タクシードライバーが振り向くと、知った顔がそこにあった。
白いワイシャツにブラウンのベストを身に付けた紳士。
オーギュスト・ボージェ。聖アルフォンソ学院の神秘学担当教師だった。
「あれ。センセ」
「こんばんは。アイヴィー、ソクーロフ博士」
保健教師は相手を見上げながら、
「ボージェ教授も今夜は外食でしたか。
同じ店で鉢合わせるとは、随分、奇遇ですね?」
「ええ。本当に」
神秘学教授は穏やかに微笑んだ。
そして、タクシードライバーのほうを向いた時、何事かを呟いた。
「――Le Diable」
英語ではないようだった。「え?」とタクシードライバーが聞き返す。
「いや。私はお先に失礼するよ。おやすみ。アイヴィー、博士」
「あ、うん。おやすみ、センセ」
会計に向かう背中を見送りつつ、タクシードライバーは連れに聞いた。
「センセ、何て言ったんだろ? ソクちゃん、解った?」
医師でもある保健教師は、新しい煙草を1本取り出しながら、
「気にするな。おそらく、悪いタロットを呟かれただけだ」
「悪いタロット!?」
医師の手の中で、ぽっとオレンジの小さな火が灯る。
ゆったりと煙草に火を点けながら、
「悪魔、さ」
「ちょ、ちょっと、何それ!? 俺になんか悪いことが起こるってこと!?」
慌てる男を見て、医師は僅かに笑う。白い煙が細い紐のように昇っている。
「さあな。それは専門家に聞いてくれ」
タクシードライバーが神秘学の専門家の姿を探す。
彼の背中は既にドアの向こうに消えてしまっていた。
食事したあと、タクシードライバーが運転するベントレーは、
島の南西に向かっていた。行き先がその方角に決まったのは、
ドライバーが「うち来る?」と聞いた時、医師が「ああ」と答えたからだ。
海沿いの広い道路を走る車内には、ラジオが流れている。
島民のバンドが出演するライブを、生放送するローカル音楽番組だ。
夏の終わりに相応しい、気だるく切ないナンバーが演奏されていた。
音楽に耳を傾けているのかいないのか、後部座席の医師は窓側を眺めている。
暗い海の上には細い月が見えた。暑い気がして、運転手が少しだけ窓を開ける。
車内には潮風が流れ込み、音楽が外へ流れ出た。
夜の潮風にはまだ少し夏の匂いが混じっているような気がした。
車が到着したのは、海岸の傍にぽつんと建っているコテージ。
ベントレーから降りた二人はコテージに続く階段を昇っていく。
タクシードライバーは、先程購入した缶ビールが入った袋をぶら下げていた。
中に入ると、部屋は真っ暗だった。
家主のタクシードライバーがパチパチと明かりを点けていく。
医師は迷わずリビングルームに進み、ソファに座った。
タクシードライバーは、いったん缶ビールを冷蔵庫にしまった。
その帰りに、氷を入れたグラスとウイスキーボトルを持ってリビングに来た。
「あの、俺、先にシャワー浴びて来ても良いかな?」
「ああ」
医師は目だけで長い金髪を見送った。
リビングルームに一人残された医師は、テーブルに置かれたグラスに手を伸ばす。
氷の上から琥珀色の蒸留酒をとくとくと注いだ。
fin
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