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Marginal Prince Short Story
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■アンリ×ハルヤ
■重いダーク
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ある晴れた夕暮れ。
アンリは、天文台に向かっていた。
手には文庫本を持っている。

半分くらい読んでいた。
後1時間程で、読み終えるだろう。
この本の終の棲家に辿り着いた。

「あ。アンリ?」

遺跡の影からハルヤが顔を出した。

「ハルヤも居たのか」

「うん。俺はぼーっとしてただけだけどね。
今は…遺跡を作った人のこと考えてたのかな」

「…作った人?」

「俺、そーゆーの考えるの好きなんだ。
これはどんなことを考えながら作ったんだろう、とか。
作った人は、アルフォンソ学院の生徒が使うことになるなんて、
想像もしてなかっただろうなあ、とかさ」

「確かにね」

かつて天文台だったと思われる遺跡。
広大な草原に、白い石が環状に並んでいる。
イギリスのストーンヘンジ同様、これもストーンサークルと呼べる。
アルフォンソ王が実在したのなら、彼に仕えていた占星術師か何かが、
この天文台で、星や太陽の動きを見ていたのだろう。
遙か昔に、この場所で。

ハルヤは、慈しむように遺跡に手を置く。

「形のある物ってさ、こうやって何年も何百年も残るんだよね。
作った人の手を離れても、その人が死んでも、作品は残る。
作り手が想像もしなかった使い方されたりして。
時代を超えて、誰かの手に触れるんだ。それってさ、なんか凄いよね」

「この天文台の製作者も、君にこんな風に思われるとは想像もしなかっただろうね」

「あ。ごめん…なんか俺ばっかり喋ってるし…
変なこと言って…アンリには退屈、だったよね」

「いいや。昨日ニュースで聞いた、
コメンテイターの下らない戯言よりは、数倍興味深かったよ」

「…そ、そう? アンリが怒ってないのなら良いんだけど」

「ひとつだけ、批判したいところがあったけれどね」

「…ごめん。どこ?」

「形ある物が、何百年も残るってところさ」

「え? 間違ってる?」

「ああ。それは有形物に限らない。無形物だって同じだよ」

「無形物も…?」

「そう。伝統芸能は無形なのに、何百年も残るものでしょう?」

「アンリ…」

「だから、伝統、というのではないの?」

「…ん」

「喋り過ぎて疲れたな。僕、此処には、本を読みに来ただけだし」

「あっ、そうだよね、ごめん。俺、もう邪魔しないから」

崩れた遺跡に腰掛け、本を読み始めると、
ハルヤは空気になる。
僕の意識から消えて、彼の存在は無色透明になった。



一番星が灯り、風が出てきた頃。

僕は本を閉じた。
これも下らない内容だった。

「ハルヤ。僕は戻るけれど、君はいつまで此処に居るつもり?」

返事が無い。
彼は眼鏡を掛けたまま。
遺跡に凭れて、目を閉じていた。

「無防備に晒してくれる」

雪のように美しい顔に、薔薇のように赤い唇。
花の香りに誘われる蜂は、こんな気持ちなのだろうか。

静かに眼鏡を外す。
そこで起きたら、止めてあげようかと思ったのに。

目は閉じられたまま。
ハルヤは僕から逃げない。

彼の前で膝を落とす。
地面に片手を付く。

「今は触れるだけにしてあげるよ」

鳥のように。
そっと触れて。
僕はハルヤから離れる。

「続きがして欲しかったら、僕の部屋においで」

眼鏡をハンカチに包み、僕のポケットに仕舞う。
彼を一人残し、僕は天文台を後にした。



夕食時。食堂には眼鏡を掛けていないハルヤが現れた。
他の寮生達は、不思議そうに「眼鏡は?」と尋ねていた。
本人は「部屋に忘れてきただけ」と返し、僕を見ることは一度も無かった。

皆が各自の部屋に戻った頃。
ハルヤが僕の部屋を訪ねて来た。

朧気な視界の中、僕を求めて此処まで来たのだと思うと、
仄暗い感情が疼く。

「やあ、ハルヤ」

「あの、俺の眼鏡、知らない? 起きたら無くなってて…」

「ああ。預かっているよ、ほら」

「良かった。ありがと、アンリ」

「礼など必要ないよ。僕が奪ったのは眼鏡だけではないのだし」

「…何の、こと」

「それとも、君が此処に来る口実を作ってあげたことへの礼なのかな?
まあ、どうでもいいけれどね。それじゃ約束通り、続きをしてあげる」

「約束なんか…」

「とぼける気? 君はあの時、起きていたでしょ?」



彼は僕にとって、空気のような存在だった。
彼には憤りも、嫉みも、煩わしさも、不快な感情は感じたことが無くて。
毒舌と評される言葉を吐いたことも少なかった。
かといって、好意的な感情も抱いたことも無い。
傍に居ても嫌ではない。
無色透明の不思議な存在だった。

これからもずっと。
彼は空気なのだろうと思っていた。

この手に触れることのない存在。

これ以上近付くことも無く、離れることも無く。
卒業するまでこのままだと思っていた。

その距離が狂い出したのは。
彼が突然あのようなことを言い出したからだ。

それは、ひと月前。


「アンリさ。なんで自分のこと、悪魔の子だなんて言うの?」

ハルヤは僕の部屋に、本を返しに来ていた。
以前、本棚に並んでいる背表紙を見て、興味が湧いたのか、
神秘学の文献を借りて行った。

本を返しに来たついでに、
昨日見たテレビの話について幾つか意見を交換した後。
ハルヤは何の脈絡なく、ぽつりと零した。
僕は冷笑で返す。

「珍しいね、ハルヤ? 人に干渉することもされることも避けてきた君が、
他人に土足で踏み込むようなこと言うなんて」

「ごめん…あの、アンリが嫌なら…」

「君がどうしてそんなことを聞く気になったのか、ということには興味があるね」

「だってアンリは人の子でしょ。サン・ジェルマン家の」

「僕はね、父にそう呼ばれていたから。お前は悪魔の子だと」

「…お父さんに? どうして?」

「僕がサン・ジェルマンの血を濃く受け継いでいて、気味が悪かったんでしょ。
彼は僕のことを、自分の子だなんて思っていないよ。悪魔の子、なんだ」

「お父さんだって、同じ血が流れてるのに…」

「彼には疎むべき血でしかなかったんだよ。
それに、僕が生まれたせいで、母が死んだから」

「…お母さんが?」

「そう。元々体の弱い母の身体は、悪魔を産み落とすのに耐え切れなかった。
僕が生まれてこなければ、命を奪われることも無かったのにね」

「そんなこと、言っちゃ駄目だよ、アンリ…」

「彼は母を愛していた。それだけが彼と僕との共通点かな。
父にとって、彼女が唯一の人だった。
だから僕のことが、彼女を殺した悪魔にしか映らなかったんだろうね。
僕が彼女を殺した。僕は生まれてこなければ良かった子供なんだよ」

「そんなこと言わないで…」

「だって、父に言われたんだもの、何度もね」

長い沈黙。
思考が混沌してくる。
澱んだ時間だ。
僕は息を吐き捨てる。

「つまらない話だったね。この話は終わりにしよう」

「俺、も…」

「え?」

「俺も、生まれてこなければ良かったと思ったこと、ある」

「何故、ハル…」

言葉が止まる。
ハルヤの目には涙が溜まっていた。
今まで抑えていた感情と一緒に。
それはぽろぽろと零れ始めた。

「俺の父様は優しいけど、でも俺は父様の子じゃないんだ。
母は籍入れてないからさ。俺の戸籍、父親のとこ空欄なんだよ」

父親の姓はウメガエ、母親がコバヤシだとは聞いていた。
つまり、正妻は別にいる。それがハルヤの兄の母。

ハルヤは非嫡出子として生まれてきた。
日本の法は、婚外子である彼を父親の子だと認めていない。

「俺が生まれたから、みんなに、迷惑いっぱいかけてる」

「…迷惑?」

「俺が生まれたから、父様と母様はだんだん会えなくなったんだ。
じい様が死んだ後、母様は、父様の姓を名乗れないまま、
東京に行くことになっちゃったし」

「それは君のせいじゃない」

「俺が生まれなければ、梅香流の跡継ぎを決めるのに、
あんなにたくさんの人が揉めることもなかった」

「君は悪くないと言って…」

「正妻の子である兄様一人に、梅香流は継承される筈だったのに」

「もう黙って、ハルヤ」

「俺が悪いんだよ。兄様にも迷惑掛けて…俺が、俺が生まれなければっ…」

僕は彼の唇を塞いでいた。
黙らせる方法は他に幾らでもあった筈なのに。

今まで感じたことのない感情が渦巻いて、
気が付いた時には、僕の唇は彼と重なっていた。

彼から離れると、彼は驚いた表情で僕を見ていた。
沈黙の後、僕の口から言葉が零れる。

「父の子だと認めらなかったのは、僕も同じだ」

「アンリ…」

「…僕達は、生まれてはいけなかった子供なのかな?」


その後のことはよく覚えていない。

彼が僕の首に腕を回したのと、
僕が彼の頭を掻き抱いたのと、
どちらが先だったのか。

それすら解らない程、僕達はどうかしていた。


ただ、彼の腕の温かさは、
僕は「生まれて良かった存在だ」と必死に伝えているようで。
その温もりは心地好くて、優しかった。


ハルヤは僕と違って、家族に愛されて育った子供だ。
ずっとそう思っていた。
実際、それは事実だろう。
けれど彼は、父の姓を、父の子だと、名乗れない。

彼が吐き出した言葉は僕に突き刺さった。
今まで僕の中にあった言葉を、初めて、他の口から聞いた。
「自分は生まれなければ良かった子供だ」と。

彼も、僕と同じだったのかもしれない。

そう思った時。
僕は空気に触れていた。

これまで、ハルヤは空気のような存在だった。
この手に触れることのない存在だと思っていたのに。

僕は触れてはいけないものに触れて、
汚してしまった。



隣からは寝息が聞こえる。
僕は2時間くらい眠ったらしい。
部屋はまだ薄暗い。
重い身体を起こす。

深夜という時間は嫌いじゃない。
僕は大抵、夜中まで起きている。
今みたいに、明け方まで眠っていないこともある。

寮の内外から音がしないこの時間はとても落ち着く。
時間が永遠のように感じる。
朝なんて来ないのではないか、という錯覚。

朝が来ないこと。
それは叶わない夢であり、倦むべき悪夢でもある。

徐々に、カーテンに光が集まっていく。
鳥達が朝の挨拶を交わし始める。
太陽にまた会った瞬間。
僕は、夜が終わったことを残念に思いながら、
どこか安堵している。

暗い場所は嫌いじゃないのに。
けれども時々、怖くなるのは。
幼い頃、森で一晩彷徨ったからだろうか。

部屋に光が差してくる。
僕は朝が来ることを確認しているのかもしれない。


ハルヤは身じろぎして、ゆっくりと目を開けた。

「……アンリ…?」

「おはよう。僕のベッドでよく眠れた?」

今自分が居る場所と、昨夜の出来事。
それらを一遍に把握したハルヤは、耳まで赤く染めた。

「…聞かないでよ、そんなこと」

「君はすぐに眠ってしまったものね。今度は加減するよ。保証はできないけれどね」

「今度なんて…」

「僕を一夜の男にするつもり? 薄情なんだね」

「何だよ、その言い方…」

「できるものなら、やってごらん。僕を覚えたその身体で、いつまで持つか。
ほら、君の身体には残っているよ? 君は僕のものだという証がね」

ハルヤは毛布を引き寄せて、自分の身体を覆う。
何か言い返されるかと思っていたが、
彼は僕の予想と全く違うことを口にした。

「アンリは…」

「ん?」

「アンリは、俺のことが好きなの? それとも…嫌い、なの?」

「好きだと言って欲しいなら、言ってあげても良いけれど」

「…俺、アンリのこと、よく解らない…」

「正しい感想だね。相手のことが解るなんて思わない方が良い」

「…好きじゃないなら、どうしてこんな…」

「君のことは嫌いじゃないよ? 相性も悪くない。それは君も昨夜解ったよね?」

「…そんなこと、解んないよ」

「そう。では太陽が昇り切るまで、もう一度教えてあげる」

「え、ちょっ……ん」

彼の白い身体は、確実に汚されていた。
少し触れただけで、昨夜の残滓がまた熱を持ち始める。

「ほら。君の身体は僕を欲しがってる。忘れられるのかな? 僕を」

「いっ、や……アンッ、リ…」

「嫌? 良いよ、止めてあげても」

「…あ、アンリ……ごめ、ん…」

「何を謝っているの?」

ハルヤは熱い吐息を飲み込んで、
僕に縋り付く。

「…止め、ないでっ」


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