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■アンリ×ハルヤ
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ウーティス寮のサロン。
ハルヤはテラスに出て、ぼんやりと雲を見ていた。
サロンには、アンリが居るけど、
本を読んでいるので、話し掛けられない。
大きな雲がゆっくり泳いでいる。
丸みを帯びた雲に、飛行機雲が通った。
その細い線は、長い鼻に見える。
象みたい。
頭の中に童謡が流れてきた。
『ぞうさん』だ。
そう言えば、昨夜もこの曲を思い出した気がする。
どうしてだったかなあ。
今日の雲はのんびりだ。
遅い動きを見ていたら、なんだか眠くなってきた。
本を閉じた音が聞こえた。
ハルヤは思考を中断して、アンリに話し掛けた。
「アンリさ。昨夜、何かテレビ見た?」
アンリは細い足を組む。
「何かは見たと思うけれど?」
「俺、アンリがどの番組を見たか、当てられると思う」
「へえ?」
アンリは冷笑を浮かべる。
「…な、なに?」
「ハルヤ、覗きの趣味が出来たの? そんなに僕のことが気になる?」
「ち、違うよ」
「なんだ、つまらない」
「つまらないって何だよ…。アンリ、俺に部屋覗いて欲しいの?」
「冗談でしょ。寮から追い出すよ」
「…先に冗談言ったの、どっちだよ…」
アンリは機嫌の良い冷笑のまま「話、進めて?」と言った。
「あ、あのね? 昨日は、アンリの嫌いな番組しかやってなかったから、
消去法で大体解りそうだなって思ったんだ」
アンリとテレビの話を繰り返すうちに、彼の趣向が解ってきた。
彼が「下らない」と一蹴するのは、主にバラエティ番組だ。
ハルヤが面白いのに、と思うものも大抵好きじゃない。
人を馬鹿にして笑うようなものが嫌いらしい。
体育の見学が多いアンリは、スポーツ番組も見ない。
ニュースは見るけれど、嫌いなコメンテイターが出ているものは見ていない。
政治のニュースより、アンリの事業に関係する経済や金融の方に興味がある。
「面白いこと言うね、ハルヤ。じゃ、当ててみれば?」
「スラム街のドキュメントでしょ?」
アンリは少し黙る。
「…見たよ、全部ではないけれどね」
「やっぱり。当たったね?」
ハルヤが笑うと、アンリは不服そうだった。
「ハルヤ、あれも僕の嫌いな類のひとつだよ?
視聴者より低所得者の人間を扱った類のものは、得てして視聴率が稼げるからね。
作り手の下心が露出している番組は好きではないよ」
「でもさ、昨日のは見たんでしょ? 番組の作り方、すごく真面目っていうか、
下心なんか全然感じなかった」
「…まあ、そうだね」
貧民街に暮らす親子を撮ったものだった。
父はいない。母がまだ幼い男の子と寄り添って生活していた。
二人は、血が繋がっていないのだという。
スラム街で捨てられていた子を、彼女が拾った。
一人で暮らしていた彼女にとっては、宝物だと話していた。
住む場所は治安の悪い街にある、半壊状態の家。
コンクリートの中からは、錆びた鉄骨が剥き出した。
もちろん、その家は彼等の所有物ではない。
いつ壊れるかも解らない廃屋が、彼等の住まい。
親子の身には、ぼろきれを巻きつけただけで、
布の穴からは無数の小さな傷が覗いていた。
食べるものは、ごみ捨て場から探してくる。
衣食住の全てが、酷く貧しいものだった。
ハルヤは、今自分が着ている服を見る。
アルフォンソ学院の制服。
燕尾服にも似たそれは、デザイン、質と共に、
他のどの学校より劣らないものだろう。
住む場所はウーティス寮。
身の回りの世話は寮専属のバトラーがしてくれる。
一人部屋もあって、寮生達も皆いい人達ばかりだ。
食事は、栄養があって、美味しい。
シェフにお願いすれば日本食だって作ってくれる。
自分はどれだけ恵まれた環境に居るのだと気付かされる。
ハルヤは、自らの腕を抱いていた。
手に触れたのは、上質の布。
「…可哀想、だったよね」
「可哀想?」
「あの親子は、俺達が当たり前に持ってるもの、持ってなくて…。
俺、居た堪れないっていうか…申し訳ない気持ちになった」
「可哀想なんて言葉は、安易に口にしない方が良い」
アンリの声は、冷たさを持っていなかった。
自分の意見を言っているだけだ。怒っているのではない。
彼の落ち着いた声は、ハルヤの中に、すとんと降りてくる。
「幸か不幸かは当人にしか解らないことだよ。
僕達に比べれば、生活は不便だろうけどね、
彼等の笑顔は、少しも不幸に思えなかった」
ハルヤは、昨日見た映像を思い出す。
親子は確かに、カメラの前で笑顔を見せていた。
年端も行かぬ男の子が、血の繋がらない母の為に食べ物を探し、
仲良く分け合って食べる姿は、
貧しくはあっても、不幸ではなかったのだろう。
それを、可哀想という言葉で、ひと括りにするのは、
適切ではなかったかもしれない。
アンリは自嘲的に笑ってみせる。
「富裕層の人間が言っても、説得力に欠ける話だけれどね」
「そんなことないよ。俺、納得したし…てゆうか、アンリの話はいつもだけど」
「納得か。人の言葉を、鵜呑みにするのは感心できないね」
「だってアンリは、ちゃんと自分の意見持ってて、
それをはっきり言えるから。レッドは毒舌だって言うけどさ。
俺には、できないことっていうか、自己主張とか苦手だし」
アンリは視線を本に落とす。
「…僕は彼が少し羨ましかっただけだよ。
あの子は、僕が持ってないものを、ちゃんと持っていた」
「え。何?」
「…いや。話を戻そう」
アンリの表情が少し曇る。
彼が何を持っていないと言うのだろう。
あの子どころか、この学院の誰よりも持っているくらいだ。
サン・ジェルマン伯爵家は、初代が築いた財が今も続いているというのに。
「アンリ?」
「自分の意見を言うことが、良いとは限らないよ」
「…良いことじゃないの?」
「波風立てず、何事も飄々とこなす方が、僕にはできないことだ」
「それ、誰のこと?」
アンリは少し笑った。
いつもの冷笑より、ずっと柔らかい。
それは一瞬だったけれど、花が舞ったように見えた。
「ハルヤと話していると退屈しないね。楽しめたよ」
「…そ、そっかな?」
「ねえ、ハルヤ」
「うん?」
「さっき、テラスで歌っていたのは、君が作った曲?」
「…俺、なんか歌ってた?」
「うん。こういう曲」
アンリがメロディを一節だけ歌う。
「ああ…それか。『ぞうさん』っていう日本の童謡だよ」
「もう一度歌って?」
「えっ? な、なんで?」
「ゆったりしていて、良い曲だったから。僕には作れない曲だ」
「でも…俺、恥ずかしいよ」
「ライブでは歌うのだから、此処でも良いでしょ?」
否と言わせない強い視線に当てられて、
ハルヤは肩を落とす。
「はい…」
ハルヤは小さな声で『ぞうさん』の一番を歌う。
あまりにも短く、アンリに怒られそうなので二番も続けて歌う。
「あっ…」
最後の歌詞の前で止まってしまった。
歌詞を忘れたわけではない。
――あのね かあさんがすきなのよ
解らなかったことが繋がる。
昨夜、この歌を思い出した理由も。
あの子が持っていて、アンリが持っていないものも。
解った。
「ハルヤ?」
「あっ、な、なに?」
「その歌、そこで終わりなの?」
「あ、あの…ごめん。続き、忘れちゃったみたい」
「あっそう。でも良いメロディだね」
「うん…あ、あのさっ、そろそろ講義だよね?」
「ん? ああ、そうだね」
「アンリ、次は何?」
「神秘学の特別講義だけど?」
「ほんと? 俺も教室に入れるかな? 一回聴いてみたかったんだ」
「神秘学に興味があるの? 変わった趣味してるね?」
「あの…駄目、かな?」
「構わないよ、別に。僕の隣に居れば、オーギュも何も言わないから」
「オーギュって…オーギュスト・ボージェ教授?
アンリ、先生のことそんな呼び方してるの?」
「彼は、僕の下僕だからね」
「…え。下僕?」
「神秘学の特別講師ってことだよ」
「…ええっと…?」
ハルヤは意味が解らなくなる。
どうして「下僕 イコール 神秘学の特別講師」なんだろう?
アンリが冗談を言っているようには見えないから、
自分が、どれか英単語を聞き間違えたのかもしれない。
「ハルヤ、行くなら早くして。講義が始まる」
「あ、うんっ」
fin
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ウーティス寮のサロン。
ハルヤはテラスに出て、ぼんやりと雲を見ていた。
サロンには、アンリが居るけど、
本を読んでいるので、話し掛けられない。
大きな雲がゆっくり泳いでいる。
丸みを帯びた雲に、飛行機雲が通った。
その細い線は、長い鼻に見える。
象みたい。
頭の中に童謡が流れてきた。
『ぞうさん』だ。
そう言えば、昨夜もこの曲を思い出した気がする。
どうしてだったかなあ。
今日の雲はのんびりだ。
遅い動きを見ていたら、なんだか眠くなってきた。
本を閉じた音が聞こえた。
ハルヤは思考を中断して、アンリに話し掛けた。
「アンリさ。昨夜、何かテレビ見た?」
アンリは細い足を組む。
「何かは見たと思うけれど?」
「俺、アンリがどの番組を見たか、当てられると思う」
「へえ?」
アンリは冷笑を浮かべる。
「…な、なに?」
「ハルヤ、覗きの趣味が出来たの? そんなに僕のことが気になる?」
「ち、違うよ」
「なんだ、つまらない」
「つまらないって何だよ…。アンリ、俺に部屋覗いて欲しいの?」
「冗談でしょ。寮から追い出すよ」
「…先に冗談言ったの、どっちだよ…」
アンリは機嫌の良い冷笑のまま「話、進めて?」と言った。
「あ、あのね? 昨日は、アンリの嫌いな番組しかやってなかったから、
消去法で大体解りそうだなって思ったんだ」
アンリとテレビの話を繰り返すうちに、彼の趣向が解ってきた。
彼が「下らない」と一蹴するのは、主にバラエティ番組だ。
ハルヤが面白いのに、と思うものも大抵好きじゃない。
人を馬鹿にして笑うようなものが嫌いらしい。
体育の見学が多いアンリは、スポーツ番組も見ない。
ニュースは見るけれど、嫌いなコメンテイターが出ているものは見ていない。
政治のニュースより、アンリの事業に関係する経済や金融の方に興味がある。
「面白いこと言うね、ハルヤ。じゃ、当ててみれば?」
「スラム街のドキュメントでしょ?」
アンリは少し黙る。
「…見たよ、全部ではないけれどね」
「やっぱり。当たったね?」
ハルヤが笑うと、アンリは不服そうだった。
「ハルヤ、あれも僕の嫌いな類のひとつだよ?
視聴者より低所得者の人間を扱った類のものは、得てして視聴率が稼げるからね。
作り手の下心が露出している番組は好きではないよ」
「でもさ、昨日のは見たんでしょ? 番組の作り方、すごく真面目っていうか、
下心なんか全然感じなかった」
「…まあ、そうだね」
貧民街に暮らす親子を撮ったものだった。
父はいない。母がまだ幼い男の子と寄り添って生活していた。
二人は、血が繋がっていないのだという。
スラム街で捨てられていた子を、彼女が拾った。
一人で暮らしていた彼女にとっては、宝物だと話していた。
住む場所は治安の悪い街にある、半壊状態の家。
コンクリートの中からは、錆びた鉄骨が剥き出した。
もちろん、その家は彼等の所有物ではない。
いつ壊れるかも解らない廃屋が、彼等の住まい。
親子の身には、ぼろきれを巻きつけただけで、
布の穴からは無数の小さな傷が覗いていた。
食べるものは、ごみ捨て場から探してくる。
衣食住の全てが、酷く貧しいものだった。
ハルヤは、今自分が着ている服を見る。
アルフォンソ学院の制服。
燕尾服にも似たそれは、デザイン、質と共に、
他のどの学校より劣らないものだろう。
住む場所はウーティス寮。
身の回りの世話は寮専属のバトラーがしてくれる。
一人部屋もあって、寮生達も皆いい人達ばかりだ。
食事は、栄養があって、美味しい。
シェフにお願いすれば日本食だって作ってくれる。
自分はどれだけ恵まれた環境に居るのだと気付かされる。
ハルヤは、自らの腕を抱いていた。
手に触れたのは、上質の布。
「…可哀想、だったよね」
「可哀想?」
「あの親子は、俺達が当たり前に持ってるもの、持ってなくて…。
俺、居た堪れないっていうか…申し訳ない気持ちになった」
「可哀想なんて言葉は、安易に口にしない方が良い」
アンリの声は、冷たさを持っていなかった。
自分の意見を言っているだけだ。怒っているのではない。
彼の落ち着いた声は、ハルヤの中に、すとんと降りてくる。
「幸か不幸かは当人にしか解らないことだよ。
僕達に比べれば、生活は不便だろうけどね、
彼等の笑顔は、少しも不幸に思えなかった」
ハルヤは、昨日見た映像を思い出す。
親子は確かに、カメラの前で笑顔を見せていた。
年端も行かぬ男の子が、血の繋がらない母の為に食べ物を探し、
仲良く分け合って食べる姿は、
貧しくはあっても、不幸ではなかったのだろう。
それを、可哀想という言葉で、ひと括りにするのは、
適切ではなかったかもしれない。
アンリは自嘲的に笑ってみせる。
「富裕層の人間が言っても、説得力に欠ける話だけれどね」
「そんなことないよ。俺、納得したし…てゆうか、アンリの話はいつもだけど」
「納得か。人の言葉を、鵜呑みにするのは感心できないね」
「だってアンリは、ちゃんと自分の意見持ってて、
それをはっきり言えるから。レッドは毒舌だって言うけどさ。
俺には、できないことっていうか、自己主張とか苦手だし」
アンリは視線を本に落とす。
「…僕は彼が少し羨ましかっただけだよ。
あの子は、僕が持ってないものを、ちゃんと持っていた」
「え。何?」
「…いや。話を戻そう」
アンリの表情が少し曇る。
彼が何を持っていないと言うのだろう。
あの子どころか、この学院の誰よりも持っているくらいだ。
サン・ジェルマン伯爵家は、初代が築いた財が今も続いているというのに。
「アンリ?」
「自分の意見を言うことが、良いとは限らないよ」
「…良いことじゃないの?」
「波風立てず、何事も飄々とこなす方が、僕にはできないことだ」
「それ、誰のこと?」
アンリは少し笑った。
いつもの冷笑より、ずっと柔らかい。
それは一瞬だったけれど、花が舞ったように見えた。
「ハルヤと話していると退屈しないね。楽しめたよ」
「…そ、そっかな?」
「ねえ、ハルヤ」
「うん?」
「さっき、テラスで歌っていたのは、君が作った曲?」
「…俺、なんか歌ってた?」
「うん。こういう曲」
アンリがメロディを一節だけ歌う。
「ああ…それか。『ぞうさん』っていう日本の童謡だよ」
「もう一度歌って?」
「えっ? な、なんで?」
「ゆったりしていて、良い曲だったから。僕には作れない曲だ」
「でも…俺、恥ずかしいよ」
「ライブでは歌うのだから、此処でも良いでしょ?」
否と言わせない強い視線に当てられて、
ハルヤは肩を落とす。
「はい…」
ハルヤは小さな声で『ぞうさん』の一番を歌う。
あまりにも短く、アンリに怒られそうなので二番も続けて歌う。
「あっ…」
最後の歌詞の前で止まってしまった。
歌詞を忘れたわけではない。
――あのね かあさんがすきなのよ
解らなかったことが繋がる。
昨夜、この歌を思い出した理由も。
あの子が持っていて、アンリが持っていないものも。
解った。
「ハルヤ?」
「あっ、な、なに?」
「その歌、そこで終わりなの?」
「あ、あの…ごめん。続き、忘れちゃったみたい」
「あっそう。でも良いメロディだね」
「うん…あ、あのさっ、そろそろ講義だよね?」
「ん? ああ、そうだね」
「アンリ、次は何?」
「神秘学の特別講義だけど?」
「ほんと? 俺も教室に入れるかな? 一回聴いてみたかったんだ」
「神秘学に興味があるの? 変わった趣味してるね?」
「あの…駄目、かな?」
「構わないよ、別に。僕の隣に居れば、オーギュも何も言わないから」
「オーギュって…オーギュスト・ボージェ教授?
アンリ、先生のことそんな呼び方してるの?」
「彼は、僕の下僕だからね」
「…え。下僕?」
「神秘学の特別講師ってことだよ」
「…ええっと…?」
ハルヤは意味が解らなくなる。
どうして「下僕 イコール 神秘学の特別講師」なんだろう?
アンリが冗談を言っているようには見えないから、
自分が、どれか英単語を聞き間違えたのかもしれない。
「ハルヤ、行くなら早くして。講義が始まる」
「あ、うんっ」
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