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Marginal Prince Short Story
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■王子×王×側近
■ジョシュア、染谷クリア者向け
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窓の外には、紅い月が妖しく輝いていた。
満月というには少し欠けている。

「では陛下、明日のご予定をお伝えします」

ロレート公国。王の寝室。
部屋の中で目立つのは、無駄に大きなベッドと、グランドピアノくらいで、
王の部屋というには似つかわしくないものだった。
広過ぎる部屋に、従者の低いバリトンの声が反響する。

国王カーディス1世は既に寝着に身を包み、ベッドに腰を掛けている。

その傍で軍服に身を包み、手帳を持った側近が一人立っていた。

名はラルヴィスと言う。
緑青の瞳は、エメラルドと呼ぶには錆付いていて。
美しい金髪も何処か色が澱んでいた。

首を覆い隠すように立てられた深紅の襟。
襟には金の徽章が留められている。
刻まれた三本のラインは、この若い男を中将だと示している。
王のお傍に居ることを許された証だ。

グレイを基調とした軍服は、首と手首だけが血の色だった。
この場所が自らの血に染まる日は、いつ来ても良い。
その時、主がご存命ならば。

私が死ぬのは、主が崩御される時だ。
主を失えばきっと。
誰に止められても、私は後を追ってしまう。

その想いは顔に微塵も表れていない。
従者の無機質な声が、ロレートの紋章が付いた手帳を読み上げる。
手帳に綴られた分刻みのスケジュールを、淡々と告げていた。

「17時より会談及び夕食会。
17時20分、陛下からご挨拶をお願い致します。20時より…」

ラルヴィスはちらと主を盗み見ると、
主は、可笑しなものを見つめていた。

「…陛下、聞いていらっしゃいませんね」

「聞いていない。お前の美しい髪を見ていた」

「ご冗談はお止め下さい、陛下。まだ執務中です」

「冗談ではないさ。俺は好きだぞ、お前の髪も、その美声もな」

眉も動かさず、つまらなそうに謝辞を述べる。

「勿体無いお言葉、恐れ入ります。
ならば、私の声を素直に最後まで聞いて下さい。
明日のご予定をお伝えして、本日は終わりなのですから」

「聞かずとも、お前に任せておけば万事問題無く済むだろう。
その若さで異例の昇進を遂げた、有能なラルヴィス中将?」

「臣下に信頼を寄せて頂き、有り余る光栄ですね。
おかげで、私の仕事は増える一方です」

臣下にしては無礼極まりない暴言の数々。
他の王室であれば、即座に首を刎ねられるだろうが、
この国王は、むしろ嬉しそうに笑っていた。

「一日の終わりにこうしてお前と言葉を交わすことが、
俺にとっての日々の褒美だな」

「可笑しな御方だ。四六時中、傍に仕えている者の顔など、
就寝前まで見たくないものでしょう?
私をさっさと下がらせた方が、早くお休みになれますが?」

本当は一刻も早く、睡眠を取って頂きたかった。
そろそろ日付も変わる時刻だ。

この国王は、最低限の公式行事にしか出席しない。
外遊も行わず、隣国へ愛想を振り撒くことも忌み嫌う。
それでも、一国の主のスケジュールは年中、休みらしい休みもない。

国民にも笑顔を見せることは少なかった。
理由はある。兄殺しの噂が常に付き纏うからだ。

カーディスの兄エドワードは温かな微笑が似合う、王室の鏡だった。
弟はまるで正反対の性格で、言葉遣いは粗野で、学生時代から素行は粗かった。
以前、久し振りに会ったご学友と酒を酌み交わし、
翌日の王室行事に、二日酔いで現れた。

堅苦しい主従の言葉遣いよりも、この御方は無礼な言葉の方が好まれる。
おかげで、私の口も日々悪くなっていった。

私が側近の座に就いた時も、主が最初に仰ったことは、
「決して俺に心酔するな」という主らしかぬ言葉だった。
その逆ならばまだ解る。
しかし、カーディス1世は真剣な目で言ったのだ。
「俺が全て正しい筈がない。間違いだと思った時は必ず俺を正せ」と。

この異常な方針を持つ王に仕えてからというもの、
「間違い」だと思う場面に多々遭遇してきた。
他国の王室から、来訪の誘いを悉く断り続けることもそうだ。
しかし、金ばかり掛けた、無意味なパーティーを欠席することが、
果たして本当に「間違い」なのかと疑問に思うこともある。

カーディス1世は今年36になられた。
とうに皇后を迎えても良い年齢だが、未だお独り。
王室では良い顔をされない、その口髭も、長い髪も。
『規格外』の王という異名まであるが、側近の目から見ても全くその通りだ。

それでも偶に国民の前に姿を現せば、歓声で迎えられる。
つい先日、警備の間を潜り抜けて、王の傍に飛び出して来た少年が居た。

「おうさま、ありがと! あのね、これお礼です!」

その小さな手は、王に一輪の黄色い花を差し出した。

「ぼく、これくらいしか渡せるものがなくて…ごめんなさい…」

警備の者が慌てて少年を摘み出そうとすると、
カーディス1世は、警備隊の前で「良い」と片手を挙げた。
王は膝を突き、少年と同じ目線になると、ぽんと少年の頭を叩いた。

「何を謝る? 俺が貰っても良いのか、この綺麗な花を?」

「うんっ!」

「礼を言う。親父共から貰う社交辞令や紙切れより、ずっと嬉しい。ありがとう」

「おうさま、しゃこーじれーってなあに?」

「大人の下らん芝居のことさ」

「…大人はお芝居をするの?」

「ああ。社交辞令に限らず、朝から晩までな」

王は黄色い花を、コートの胸ポケットに差す。
明らかに不釣合いな姿だったが、
「似合うか?」と笑う顔は目の前の小さな顔以上に、少年のようだった。

花を渡した少年は、児童福祉施設で暮らしていた。
身寄りの無い子供達が集まる場所、王の案で増設されたものだった。

王が珍しく笑顔を見せたこの場面は、国中の新聞が報道した。
元々、王室に批判的なメディアは、
「下手なパフォーマンス」「それこそ芝居」と記すものもあったが、
王は以前から「好きに書かせておけ」と放っておく主義だった。

王は邸に戻った後も、花が枯れるまで部屋に飾っていた。
それを知るのが、邸の中でも極限られたものだったが、
彼の粗悪ながら優しい人柄は、民には伝わっていた。
王を批判した先の記事には、国の殆どが見向きもしなかったそうだ。

代わりに、王の笑顔を捉えたメディアはよく売れたらしい。
笑顔の写真など、今まで手に入らなかったからだろう。

『規格外』の王は、民の前では見せない顔で言う。

「お前の前では、俺はまるで子供のようだな。
どちらが王か解らぬ。いっそ、お前が王になれば良いものを」

「恐れ多いことを。私には不可能ですよ、王なんて七面倒なこと。
私には、王を手の上で転がすことしかできません」

「そうだな。お前は口が悪過ぎる」

「陛下に言われては御終いですね、私も」

「それはこちらの台詞だぞ、ラルヴィス中将」

「お言葉ですが、私がこのように話せるのは、貴方の前だけです、陛下」

「ほう。新しいジョークだな。何処で覚えて来た?」

「主に、嘘を吐く臣下が居ますか」

「可愛いことを言う。証明できるか?」

従者は開いていた手帳を閉じる。

「貴方の為に出来ぬことなど在りません…カーディス様」

名で呼んでやると、国主は嬉しそうに笑みを浮かべる。

「俺を挑発できるのはお前だけだ、ラル」

いつしか、互いの名を呼ぶことが合図になっていた。
それが、一日の執務の終わりを示すものだと。
今宵、夢を見るまで連れ従うことを、暗に許すものだと。

主に強く腕を引かれ、ベッドに座らされる。
そっと顎を掴まれる。
従者は、生意気な程真っ直ぐに主を見上げている。
王の口髭の形が歪む。

「お前の、その強気な表情も好きだぞ、ラル」

「普段は鉄面皮と仰るくせに」

「だから良いのさ。鉄を溶かす楽しみがあるからな」

荒く、唇を奪われる。
貪る様に激しく、従者は思わず眉を顰める。
徐々に息が苦しくなる中でも、
また軍服に折り目がついてしまうと妙に冷静な自分も居た。

最初は、貴族の戯れなのだと思っていた。
しかしいつまで経っても后を取らない様子を見ていると、
自分のせいかもしれない、という幻想が浮かび、
罪悪感と優越感に苛まれる。
私の知らないところで、他の従者に触れているのかもしれないのに。

主は一度離れ、臣下に問う。

「俺が欲しいか」

「はい…」

「名を呼んでくれ、ラル」

「カーディス、さま…」

王は更に自分に喰らい付く。
締められた襟が、強引に開かれた。
王が私の首筋に手を滑らせる。

その時、軍人の身は、遠くから人の気配を感じとった。
まだ繋がっていた理性を掻き戻す。
従者は王の手に触れ、呼び名を敬称に改める。

「…お待ち下さい、陛下」

「ラル?」

「部屋の前に、誰か居ます」


間も無く、ノックする音が聞こえた。

従者はベッドから離れ、扉へ向かう。
歩きながら、開かれた襟を正す。
濡れた口許を手で拭い、息を吐く。

この時間に此処に近付ける者など居ない筈だ。
人払いを命じてあるのに。

余程の連絡で無ければ許さない。

万一に備えて、短刀の柄に触れる。
重々しい扉を開け、厳しい声を放つ。

「何の用だ」

「あっ…すみません」

「…ジョシュア様…」

其処に居たのは王位継承第一位、ジョシュア・グラント。
現国王に何かあれば、次の王となるその人だった。
グラント姓を持つが、血筋ではカーディスの甥。
后が居ない王に、跡継ぎが居ない現在。
この御方が、紛れも無くロレート公国の第一王子だ。
従者は頭を下げ、非礼を詫びる。

「申し訳ありません、殿下。大変失礼致しました」

「そんなっ、頭を上げて下さい」

身分上、叱り付けても可笑しくない王子は、
驚き慌てたように、許容の言葉を口にした。

王子は現在、孤島の学院に在籍している。
ご卒業後はロレート国王の跡継ぎとして、正式に認定される御方だ。
今まで、カーディスとジョシュアは出会ったこともなかったが、
数ヶ月前、二人は初めて言葉を交わした。
「お前を次代の王にしたい」というカーディスの申し入れをジョシュアは了承した。
それからは、ジョシュアは何度か、このロレートに顔を見せるようになった。

学院の休暇中である今、ロレート公国に滞在していた。
呼び寄せたのは、カーディスだ。
「休暇なら、ロレートに気兼ね無く遊びに来い」と宜われた。
この人のことだ。他意はないのだろう。
後に、自分が治めることになる国に訪れて頂くのは、尤もなことだ。

王子が、気兼ね無く過ごせるよう、報道陣をシャットアウトし、
全くの非公式で、王子を此処にお連れすることが
どれほど苦労したとしても、それも臣下の務めのうちだ。

王子の言葉に従い、従者は控えめに頭を上げる。

「広い邸で迷われましたか? 殿下のお部屋は別棟の筈ですが」

「いえ、あの…」

「俺が呼んだんだ。入ってくれ、ジョシュア」

王の声に、従者は驚き、振り向いた。
それならば、先程のことは何だったのか。

王子が訪れると解っていながら。
やはり戯れだったのだろうか。

腹の中で、突如湧き上がる黒い渦。
それは一瞬で飼い馴らすも、口調は冷たくなる。

「陛下、いつお約束されたのです。私は伺っていませんよ」

「甥と叔父が話をするだけだ、わざわざその大層な手帳に書く必要もあるまい」

只の甥と叔父ならば最初から何も言うまいが、
王子と王だ。しかも、ジョシュアの父、エドワードは、
弟であるカーディスによって暗殺されたという噂まである。
この甥と叔父は会うだけで、本来であれば世界中に知れ渡る筈だ。

自分の立場を充分承知していながら、側近である自分にすら伝えないのであれば、
幾ら小言を言おうとも、全く意味の無いことだ。
従者は、表面上は従順な態度を見せる。

「…左様ですか。何かお飲み物でもご用意致しましょうか?」

「必要か、ジョシュア?」

「いいえ。お気遣い、ありがとうございます」

「私に礼など良いのですよ、殿下。
ジョシュア様は、お優しいですね。陛下とは大違いです」

「え…そうですか?」

「誤解を招くようなことを言うな、ラルヴィス。
俺をこき使っているのはお前だろう」

「貴方を使うなどとんでもない。仕えているのは私なのですから。
では陛下、積もるお話も結構ですが、成長期である殿下の睡眠時間を削らぬよう」

「何の心配をしている」

「何も。失礼致します」

従者は扉を閉める。
先刻「主に嘘を吐く臣下は居ない」と申し上げたが、
この短い時間に嘘をひとつ吐いた。
心配だったのは王子の睡眠時間などではない。

王子の瞳が、少し違って見えた。
あの赤は、あれほど暗い色をしていたか。


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