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Marginal Prince Short Story
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■エドガー×ヤン
■小説ベース
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聖アルフォンソ学院 第2校舎 屋上。
一人の生徒が仰向けに寝転がっていた。
艶のない灰色の髪は直接コンクリートに敷かれている。
やや長い前髪は、時折、眼鏡に掛かって邪魔そうに見える。
意図して伸ばしているというよりは、切りに行くのが面倒なだけだろう。
制服のジャケットではなく、紺のカーディガンを羽織っている。
紺の袖口から、白いシャツがだらしなく、はみ出していた。
後に背が高くなることを予定して、当時、合理的に選んだ大き目のワイシャツ。
だが、本人の希望的観測に、身長は到達しなかったのだろう。
成長期が終わる年齢になっても、今の身体に合った服は購入しなかったようだ。
ルーズな見掛け通り、身だしなみ一切に興味がない男だった。
高等部の最高学年だが、教師だと言われれば誰もが信じる風貌。
髪と同じ灰色の瞳は、空に向けられていた。
天気は良く、白い雲は悠々と流れて行く。
生徒の腹の上には一冊の本が乗っていた。
自分の身は汚れても、本は砂埃に晒すつもりはないらしい。
この男がヤン・ハシェク。今年度の生徒代表だった。
「だめだ…ぜんぜん頭が回らないや」
もそっと呟かれた独り言に明るい返事があった。
「まーた数学やってんのか、ヤン」
ヤンの視界に上下逆さまの笑顔が覆い被さる。
エドガー・ラッセル。ヤンが望んでいた理想の身長を持つ男。
短い金髪とサファイア色の瞳は快活に輝いている。
制服の上着は身に着けているが、リボンタイはない。
首許は広く開かれ、健康的な肌が覗いていた。
シュヌーシア寮のヤンとは別のウーティス寮に住むが、
同じ学年の為、付き合いは長かった。
ヤンは口許を隠しつつ大きな欠伸をする。気だるげに目をこすりながら、
「ん。数学の先生にね、面白いよってクイズの本、貸して貰ったんだ」
「ふうん。で、『数学の天才』にも解けないってわけ?」
「僕は数字見るのが好きなだけ。天才だったら、
 おんなじ問題を何日も考えてないよ」
エドガーはヤンの腹に置かれた本を手に取る。ヤンの隣で胡坐を掻くと、
ぱらぱらとページを捲ってみた。数字が羅列しているのかと思いきや、
xやyなど文字ばかりだった。寧ろ読めない文字の方が多い。
「…これは地球の言語なのか? 俺には宇宙語にしか見えないが」
微笑んだヤンは、ゆっくり首をエドガーの方に傾ける。
そう言えば、二週間程前、彼が暮らすウーティス寮に新入生が入った。
13歳の生徒。聖アルフォンソ学院には中等部と高等部があるのだが、
多くの生徒は高等部以上の年齢で入学する。中等部一年から、
この孤島にやってくる生徒は、余程特殊な環境に生まれた子供と言える。
新入生の名は、ジョシュア・グラント。
ロレート公国の第一王子であり、闇の家系と呼ばれるグラント家の血を引く者。
あの少年のことを考えると、ヤンは不思議な気持ちになった。
生徒代表として、新入生を心配しているのとは少し違う。
数学のように、はっきりとした答えが出ない。
だけど、もう答えは出ているような、そんな気もする。
具体的にはまだ解らないけれど。あの子には、やはり特別なものを感じる。
きっと何か変わる。彼も、彼の周りも、月桂樹の館も。
その頃に、自分が此処に居ないのは残念だ。
「エド。あの新入生、ウーティスで元気にしてるかな?」
「ジョシュアか。特に問題はないぜ。
 ただ、大人しいっていうか、控えめっていうか。
 気ぃ遣いなんだよな、なんか。あいつがバカ笑いしてんの、まだ見たことねえし」
「彼はエドみたいに下品には笑わないと思うけどなあ」
「下品で悪かったな」
ヤンは空をぼんやりと眺めている。青空は高く、雲は遠い。
「ジョシュアのこと、頼むね、エド」
「任せろって。俺も中等部一年で此処に来てるからな」
面倒看が良く、頼り甲斐のあるエドガーと、
同じ寮に居れば、まあ大丈夫かな、とヤンは思った。
明確な根拠はないが、不明確な自信があった。
自分より彼の方が、生徒代表に向いていそうなのになあ。
それはヤンの素直な感想だった。
生徒代表の仕事があると、数学で遊ぶ時間が減るし。
今は自由時間だけど、眠いし、お腹も空いてるし、集中できない。
ヤンは再び、空に視線を向ける。
「あっ、そうだ。甘いもの食べたら、頭が回るかも」
「はあ?」
「脳が食べられるのはブドウ糖だけだからね。
 ねえ、エド。何かお菓子持ってる? チョコとかキャンディとか」
「んなもん俺が持ってるわけねーだろ。カフェにでも行って来いよ」
「僕、お腹が空いて動けないんだ。そう言えば昨日から何も食べてないのかなあ?」
「よく食事を忘れられるな」
「クイズの本と遊んでたから。つい忘れちゃったんだよ」
「わーったよ。甘ければ何でも良いんだな?」

エドガーは屋上から出ると階段の手摺りに身を乗せて、一気に階下まで滑り降りた。
此処から一番近いのは噴水の近くにあるカフェだ。
メニューの中で一番甘そうなものを注文する。
「ホットチョコレートひとつ。テイクアウトで」
生徒達にも人気のある飲み物。一応これにも名前が付いていて、
『天使も惑う悪魔の誘惑』というのだが、その名を呼べる生徒は少なかった。
甘いホットドリンクを片手に、景気良く大股で階段を上っていく。
屋上のドアを開けると、気持ちの良い風を浴びた。
さっきと同じ姿勢の友人の傍に歩いていく。
「ヤン。ホットチョコレートでイイだろ……って、おい」
ヤンの瞳は閉じられていた。
自分の腕を枕にして、すやすやと寝息を立てている。
罪のない寝顔で、エドガーは腹が立つより先に苦笑してしまった。
どうせ、数学クイズを明け方までやっていたのだろう。よくあることだ。
エドガーには数学の何処がそんなに面白いのか皆目見当も付かないが。
ヤンは何時間でも飽きずに計算問題ができる。
こいつが受講している数学の特別授業は大学レベルを超えているらしい。
エドガーには読めない公式も、ヤンにとっては玩具のひとつなのだろう。
「ったく。数学バカが」
自分の上着を脱いで、乱雑にヤンの上に放る。
数学については天才らしいが、他一切はてんで駄目だ。
若さを感じさせる要素がない。歩くのも遅いし、腕が細くて体力もない。
いつも、ぼうっとしていて何も考えてないように見える。
話し掛けても聞こえていない。
そういう時は大抵、数学の問題を暗算しているか、何かの数を数えている。
ヤンを電卓代わりに使っている生徒も居るくらいだ。
6ケタくらいなら適当な数字を言っても、暗算で正確な答えを弾き出せる。
また、学院のあらゆる数字を知っていた。
無駄に広いキャンパスで迷子になる新入生も居るのに、
校舎や施設が全部幾つだとか、そのうち教室は幾つだとか。
終いには階段の数まで数えていた。本人曰くそれは趣味のようなもの、らしい。
しかし、暗算していて、水溜りで靴を濡らしたり、
聖堂のステンドグラスが何枚のガラスで出来ているか数えていて、
オルガンに足をぶつけて、怪我をしたこともある。
他人の目からは無駄としか思えないようなことに興味を示す。
こんな数学バカなのに、いや、だからかもしれないが、
観察眼が鋭く、人の変化にすぐ気付く一面があった。
身体の弱い生徒が毎年居るシュヌーシア寮では、ヤンの能力が大いに役立つらしい。
生徒の様子が常と違うことを誰より先に発見する。
言わば風邪の早期発見器。ヤンのおかげで大事に至らなかった例が実際多かった。
相手に関してはそれほど繊細に察することができるのだから、
もう少し自分の身なりに気を遣っても良いのではないだろうか。
先ず、短髪のエドガーからすると、ヤンの髪は伸び過ぎだ。
それに、眠っているのに、掛けたままの眼鏡。
「人に世話焼かせてばっかだなー、お前は」
そっと眼鏡を外し、傍に置く。眼鏡を掛けていない方が幾らか若く見える。
ヤンの隣に腰を下ろす。わざわざ買って来てやったホットチョコレート。
こいつが起きた頃にはとっくに冷めてしまうだろう。
ホットドリンクに口付ける。甘い。
口内に広がる濃厚なカカオ。舌で唇をぺろりと舐めた。
傍で眠る友人は一向に起きる気配はない。同じ間隔で繰り返される寝息。
その単調なリズムを聞いているうちに、
糖分で満たされたエドガーも眠たくなってきた。
「俺も、寝るかなー」
両腕をぎゅーっと伸ばして、ヤンの傍で寝転がる。
エドガーの青い瞳に、青い空が映る。大きな欠伸をひとつして、瞳を閉じた。
広い屋上で、ぽつんと並んでいる二人の生徒。
その影が長くなるまで、彼等は其処に居た。


fin
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