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Marginal Prince Short Story
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■ジブリール×ヤン
ヤンと屋上で続編
------------------
屋上のドアが開いた。その音でエドガーが起きた。
寝そべったまま身体ごと大欠伸をする。
ドアノブを持ち、こちらを呆然と見ていたのは、
ジブリール・アブル・アルファマード。
高等部第二学年。砂漠の国の第三王子だ。
闇色の髪に狂暴さを秘めた瞳。彼の周囲には近付けない雰囲気を醸し出していた。
それに気付かないのか、エドガーは気さくに手を挙げる。
髪の色は金色で、ジブリールとは見た目も中身も対照的だ。
「よう。ジブリール。此処、使いたかった?
 ごめんなー、まだ寝てる奴居てさ」
エドガーの傍で眠っていたのはヤン。この学院の総帥だ。
ジブリールは生徒代表の寝姿をちらと見る。それにエドガーが気付いた。
「あ。これ、起こした方が良い?」
「いや。此処にもう用はない」
戻ろうとする後ろ姿に、エドガーは慌てて身を起こす。
「え? お前、何しに来たんだよ」
ぴたりと足は止まり、ジブリールは振り向かずに答えた。
「屋上で誰かが倒れていたから、来ただけだ」
「へえ? お前、そんなコワイ顔して、意外と可愛いトコあんじゃん。
 心配してくれてサンキュ。ジブリール」
「心配などしていない」
ジブリールは生徒代表をもう一度盗み見る。
眼鏡を掛けていないヤンを初めて見た。
目許には消え掛かっている眼鏡の痕。睫毛は思ったより長い。
眼鏡がないだけで、普段とかなり印象が異なる。
(眼鏡のせいで、老けて見えるのか)
胸の内でジブリールはそう思った。
王子という身分の為に見目にも当然のように気を遣う。
ジブリールからすると、ヤンのルックスは在り得ない。
ワイシャツは袖口が長く、明らかに身体に合っていない。
髪の長さは中途半端だ。
伸ばすつもりもなければ、切るつもりもない。
よくその状態で居られるものだ。
品位のない紺のカーディガンの上には、緑のブレザーが掛けられている。
隣に居るエドガーはブレザーを身に着けていなかった。
「そういや、お前、こいつの跡継ぎになりそうじゃん?」
フェンスに凭れ、エドガーは夕陽を見ていた。
「まだ噂に過ぎない」
ジブリールは立ったまま、同じ方向を見やる。
ヤンの任期は、もうすぐ終わる。
『次の生徒代表はジブリールではないか』そんな噂が流れ始めていた。
エドガーは寝顔の頬を指でつっつく。
「この数学バカでも一応成り立ってんだからさ、お前にできないわけないって」
「んっ…」
灰色の瞳がのんびりと瞬く。
「あれ。なんか見えない…ここ、どこ?」
「屋上だよ。ほい、眼鏡」
エドガーが眼鏡を掛けてやると、やっと焦点があったようで表情が安心感に満ちる。
身体を起こす。ずるりと落ちたブレザーが目に入る。
「あ。これエドの…ありがとう」
「どーいたしまして」
ひょいと自分をブレザーを掴んで、颯爽と着る。
ヤンは立ち尽くしている後輩にやっと気付いた。
「あ、おはよう。ジブリール」
「おはようという時間ではない。もう夕方だ」
只でさえキツイ目付きに気付かないのか、ヤンは笑顔で受け流す。
「僕、ジブリールに話があったんだ。少し、時間貰っても良いかな?」
エドガーが立ち上がる。
「んじゃ俺、先帰るわ」
「あ、良いよ。エド。僕達、森に行くから」
よいしょっ、と立ち上がる。数学の本を大事そうに抱えた。

ヤンに連れられて、ジブリールは森へ入った。此処に来るのは久し振りだ。
先頭にしては歩みの遅いヤンに、ジブリールが尋ねる。
「話があるなら、早く言って欲しいのだが」
呼び掛けに答えず、ヤンは俯いたまま先へと進む。
月桂樹の幹に向かって直進していた。
「ヤン? おい!」
怒声レベルでやっとヤンが反応する。
「えっ…何?」
「何をぼうっとしている。後、数歩で木にぶつかっていたぞ」
目の前には硬そうな幹があった。片手を上げて、頭を掻く。
「あ、ごめん。新しい花が咲いてたから、つい数を数えてて。
 ほら、あの白いの」
月桂樹の根元に小さな花があった。雑草のようで所々に生えていた。
「花びらが5枚で、花はこれで17個目。花びらは全部で79枚」
「5×17は85じゃないのか?」
「うん。6枚ね、落ちてたから。花びら」
「ヤン…そんなものを数えて何になる?」
「僕が数学の何処が好きか解るかい、ジブリール」
「知るか」
ヤンは、ふんわりと微笑んだ。
「イミのないところが好きなんだあ、僕」

少し開けた場所に来ると、ヤンは首を仰向けた。
空には一番星が光っている。
夕方になるとナイチンゲールはその美声を惜しみなく披露する。
夜から明け方まで鳴く鳥だ。木々の間を羽ばたきと鳴き声が飛び交っている。
「やっぱりなあ」
のんびりとした口調でヤンは言った。目線はナイチンゲールに向いている。
「僕、一応、生徒代表ってことになってるから、
 新入生の子達を連れて学院案内するんだけど。最後にね、此処に来るんだよ。
 今年も、もう何人も連れてきたんだけど、一人だけ特別な子が居たんだよね。
 彼が此処に来た時ね、ナイチンゲールの鳴き声が違ってた」
ヤンは今も頭上で歌っている鳥達を仰ぐ。
「いつもより歌う個体数が多かったんだ。丁度ね、今みたいに」
そう言われても、森に訪れることの少ないジブリールにはピンとこない。
特別だという生徒が居た時と、今と、どんな共通点があると言うんだ。
「偶然じゃないのか。鳥の数なんて、いつもバラバラだろう」
「僕、ナイチンゲールは、知っているのかもしれないな、って思ったんだよね」
ヤンは月桂樹の枝を手折る。細い枝には葉が数枚付いている。
生で食べられる薄めの葉。
それを見つめたまま、ヤンは、ぼそりと言った。
「あのね、ジブリール。あんまり、気にしなくて良いと思うよ」
「何の話だ?」
ヤンは小枝を親指と人差し指で持ち、くるくると回している。
「手紙が来なければ、そのまんまなんだし。
 来れば、なるしかないんだし。それでも、ま、なんとかなるからさ」
ぼそぼそと呟かれる言葉は、生徒代表の最有力候補に向けられたものらしかった。
「ヤン」
「ん?」
「お前は、生徒代表になって良かったと思うのか?」
「うーん。あ、歴代の生徒代表の人数を知ることができたのは、良かったかな」
「歴代の?」
「うん。生徒代表室、って部屋があってね、其処の壁一面に先輩方の肖像画があるんだ」
「何枚あったんだ?」
「それは…」眼鏡の奥で灰色の瞳は柔らかに細くなった。
「ヒミツにしとこうかな。僕、好きなものは最後までとっておく主義なんだよね」
先程、手折った月桂樹の小枝から、ヤンは一枚葉を取った。
「だから、ね。僕からのクイズ。楽しみにとっておいてよ」
残った枝葉をジブリールの胸ポケットに入れる。
「もし本当に、生徒代表室に来ることになったら、ジブリールも数えてごらん?
 結構ね、たくさん居るんだなって数だよ?」
勝手に入れられた月桂樹の小枝。
何をする、と言おうとして相手を見ると、
ヤンは持っていた葉の表面をペロッと舐めた。
突然の奇行にジブリールが呆気に取られていると、ヤンは葉を見たまま言う。
「こうするとね、上手く鳴ってくれるんだ」
葉を唇に当てる。
すると、柔らかな音楽が流れ始めた。
見事な音階で草笛を奏でている。長閑な曲だ。牧歌的だが壮大にも感じる。
何年も前に聞いたような懐かしいメロディ。
鳥の鳴き声が先と違うことにジブリールは気付く。
ナイチンゲールの個体数が減ったように感じた。
曲が終わる。ヤンは唇から葉を離した。
「これね、『月桂樹の森』って言う曲。…ネーミングセンスないよね、僕」
照れたように頭を掻く。
「歌詞もないんだ、まだ。僕、文章考えるのって苦手なんだよね。
 あ、そうだ。ジブリール。なんかさ、良い歌詞とタイトル思い付いたら、
 今度僕に教えてくれないかな?」
「歌詞、だと?」
「君の言葉って繊細だからさ。
 好きなんだよね。楽しみにしてるよ。じゃ」
ヤンは自分の寮、シュヌーシアへと歩いていった。
少し猫背の後ろ姿。格好が良いとは到底言えない。
風変わりな生徒代表を見ながら、ジブリールは息を吐く。
「…訳が解らん」
ジブリールは自分の住む場所、アルファルド寮へと歩き出す。
そう言えば、ヤンとこんなに話したのは初めてかもしれない。
結局、ヤンは俺に何が言いたかったのだろう。
色々なことを言われて、情報が混濁している。
今、はっきりと覚えている台詞は、

――こうするとね、上手く鳴ってくれるんだ――

何故こんなことが真っ先に浮かぶ? 一番どうでも良いことだ。
けれど、砂漠の王子は草笛の吹き方など知らなかった。
葉は此処にある。胸ポケットに差された月桂樹。
今、これを自分の唇に当てても、ヤンのようには吹けない気がした。
しかし、枝を俺に与えてどうしろと言うのだ。
要らなくなったものを俺のポケットに入れただけか? それとも何か意味が――
月桂樹の枝に手を重ねる。柔らかい葉。
木々が揺れ、葉の香りに頬を撫でられる。
穏やかな草笛の音色は、風の中に消えていった。


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