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■テオ×クラウス
「私ね、講義の間、ずっと考えていたのだけど」
それはクラウスが高等部2年の頃。
次代の生徒代表候補が噂され始めた時のことだった。
クラウスとテオが一緒に取っている講義の帰り。
長い廊下を歩きながら、高等部1年のテオは講義中に思案していた最終結論を発表した。
「クラウスが生徒代表になったら楽しいと思うのだよ」
最近、有力な候補者として名が挙がっているクラウスは、廊下の真ん中で溜め息を吐いた。
「…講義中に何を考えているんだ、お前は」
「貴方に学院案内をして貰いたかったなと思ってね。
もしそうなら、入学した瞬間から薔薇色の学院生活が始まったのに」
クラウスは首を横に折る。
「…薔薇?」
「貴方に案内して貰える新入生はなんて幸せ者なのだろう!
ああ、でも、そうなると一年しか傍に居られないのか。
運命的な出逢いというのも難しいものだね」
テオの言葉が意味不明になってきた。
「一人で盛り上がっているところ悪いが、俺がなるとは決まっていないんだぞ?」
テオは大きな音で手を打った。
「あっ、そうか! 別に今からでも遅くはないのだね!」
クラウスの両手は鷲掴みされ、輝く瞳で見上げられた。
「これから私を学院案内に連れて行っておくれ、クラウス!」
テオの口から飛び出す言葉は、いつも突拍子がなかったが、今日もまたとんでもない。
「…お前はまた…何を言い出すんだ、突然」
「えっ! 駄目なのかい、クラウス?」
真夏だった表情が一気に翳る。
理不尽な罪悪感にクラウスは苦々しく呟く。
「案内してどうする? お前は充分学院のことを知っているだろう?」
「良いのだよ。私は貴方と歩けるだけで楽しいから。ね、連れて行って」
「おいっ、テオ!」
案内される側に手を引かれ、二人は月桂樹の森にやってきた。
木洩れ陽の中、テオは太陽にも負けない眩しい笑顔で台詞を言う。
「うわあ。綺麗な森ですね、これは何の木なのですか?」
すっかり新入生になりきっている友人を見て、クラウスは感心しつつも呆れた。
「テオ…演技までする必要があるのか?」
「当たり前じゃないか。私は新入生役なのだよ? そしてクラウスが生徒代表役」
「だから、俺がなるとは…」
テオはミュージカル気取りなのか、頭上に向けて両手を広げる。
「ああ、なんと美しい歌声なのでしょう! あの鳥の名前は?」
「…ナイチンゲールだ」
質問と回答には激しい温度差があった。早速ダメ出しが飛んで来る。
「クラウス! そんな、そっけない! 此処で生徒代表は、森の伝説を話さなくては!
この森は私達マージナルプリンスにとって、大切な場所だろう?」
貴族出身者も確かに生徒の中には居る。
クラウスも「フォン」という貴族姓を持つのだが、
プリンスと呼ばれることにどうも抵抗があった。
だが、テオはその名称が大層気に入っているらしく、
街でマージナルプリンスと呼ばれる度に笑顔で応えていた。
「なあ、テオ。まだやるのか?」
「まだ始まったばかりだよ、クラウス。
新入生の学院案内は、生徒代表の重要な任務なのだろう? さあ、次は寮に行こう」
シュヌーシア寮に到着すると、テオは感激したように声を上げる。
「わあ。これは素晴らしい建築物ですね。一体誰が建てたのでしょう!」
「…自画自賛するな、テオ。此処はお前の家が建てたんだろうが」
「私は新入生役だと言ったじゃないか。クラウス、何故そんなに気落ちしているの?」
「お前のテンションが高過ぎるんだ」
「あっ、テオだー」
寮の庭で遊んでいた中等部が駆け寄って来る。
人気者のテオはあっという間に囲まれた。
「テオ、テオー。何やってんのー?」
「君達も一緒に来るかい? 今ね、クラウスが生徒代表になった時の為に、
学院案内の予行練習をしているのだよ」
「マジでー! 面白そうじゃん! 俺も行くー!」
「僕も僕も! 生徒代表ごっこしたい!」
「良いとも。じゃあ、皆で行こう」
集まって来た中等部が、ぞろぞろとクラウスの後ろに並ぶ。
「早く行こーぜ。生徒代表!」
「行こ行こー!」
ハイテンションな子供達に背中を押され、クラウスは額を押さえる。
「…俺は保育士か」
疲れ切っているクラウスを先頭とした、シュヌーシアの行列が学院内のあちこちを移動している。
その様子を、他の寮の生徒達は不審な表情で伺っていた。
「シュヌーシアで、アヒルの真似事が流行っているとは知らなかったね」
中でも冷たい視線を送っているのはウーティス寮中等部2年のアンリだ。
隣に居る中等部3年のジョシュアも不思議そうに見守っている。
「前の方に居るのはクラウスとテオみたいだね。新しい遊び…なのかな?」
「シュヌーシアって子供っぽいのが集まってると思ってたけど。
あれじゃ小等部みたいだよ。
此処には13歳以上しか入れない筈じゃなかった?」
「でも、なんだか皆楽しそうだよ?」
「先頭はそうでもなさそうだけどね」
ジムに辿り着いたシュヌーシア御一行は器具に乗って遊び始めた。
「そういや俺、ジム来たの初めてー!」
「あっ、これ新しい機械だ!」
自由な新入生役達を生徒代表役が叱り付ける。
「こらっ! お前達! 勝手に動くなっ! ほら、次の場所に行くぞ!」
テオはクスクスと笑う。
「流石だね。凛々しいよ、クラウス。今すぐにでも生徒代表になれそうだ」
「誰が。こんな面倒なことを」
「無理に統制を図るより、好奇心を伸ばす方が
楽しいのではないかな? 新入生も生徒代表もね?」
はしゃいでいる中等部をテオは愛おしく見つめている。
「辺境の島に居る間は、マージナルプリンスとして自由に暮らせる。
皆の好きなように過ごせば良いのだよ。それが許される稀少な空間なのだから」
先まで先頭切って騒いでいたテオが、しんみりとそう言った。
いつか、思い出す時が来るかもしれない。
そんなことを思わせる言葉だった。
テオの言葉は時折、すうっとクラウスの身体に入る。
まるで海水が砂浜に滲みるように。
それはとても自然なことに感じた。
「テオ」
「ん?」
「もし、俺が生徒代表に指名されたらの話だが…俺に務まると思うか?」
「もちろんだよ、クラウス。私は貴方が最も相応しい人だと思っている」
ジムの器具で遊んでいた中等部がばたばたとやってくる。
「俺もクラウスがいいな、生徒代表」
「っぽいもんね! クラウスって」
「うん。クラウスってさ、お父さんっぽいし」
「だよなー。口煩いとことか、うちのオヤジにソックリだよ!」
中等部の生徒達が賑やかに笑い出した。
後輩達に小言を言いながら、クラウスには新しい想いが生まれ始めていた。
――もし、自分が生徒代表になったら――
クラウスが、そう考え始めたのは、この『学院案内の予行練習』からだった。
ひと月後。クラウスの元に封筒が届いた時。
既にしっかりと心の準備ができていた。
俺が後輩と友人を守る。
その覚悟が決まっていたのは――
「おめでとう、クラウス。今宵は盛大な就任パーティをしよう!」
この、楽しいことが大好きな友人のおかげなのだろう。
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「私ね、講義の間、ずっと考えていたのだけど」
それはクラウスが高等部2年の頃。
次代の生徒代表候補が噂され始めた時のことだった。
クラウスとテオが一緒に取っている講義の帰り。
長い廊下を歩きながら、高等部1年のテオは講義中に思案していた最終結論を発表した。
「クラウスが生徒代表になったら楽しいと思うのだよ」
最近、有力な候補者として名が挙がっているクラウスは、廊下の真ん中で溜め息を吐いた。
「…講義中に何を考えているんだ、お前は」
「貴方に学院案内をして貰いたかったなと思ってね。
もしそうなら、入学した瞬間から薔薇色の学院生活が始まったのに」
クラウスは首を横に折る。
「…薔薇?」
「貴方に案内して貰える新入生はなんて幸せ者なのだろう!
ああ、でも、そうなると一年しか傍に居られないのか。
運命的な出逢いというのも難しいものだね」
テオの言葉が意味不明になってきた。
「一人で盛り上がっているところ悪いが、俺がなるとは決まっていないんだぞ?」
テオは大きな音で手を打った。
「あっ、そうか! 別に今からでも遅くはないのだね!」
クラウスの両手は鷲掴みされ、輝く瞳で見上げられた。
「これから私を学院案内に連れて行っておくれ、クラウス!」
テオの口から飛び出す言葉は、いつも突拍子がなかったが、今日もまたとんでもない。
「…お前はまた…何を言い出すんだ、突然」
「えっ! 駄目なのかい、クラウス?」
真夏だった表情が一気に翳る。
理不尽な罪悪感にクラウスは苦々しく呟く。
「案内してどうする? お前は充分学院のことを知っているだろう?」
「良いのだよ。私は貴方と歩けるだけで楽しいから。ね、連れて行って」
「おいっ、テオ!」
案内される側に手を引かれ、二人は月桂樹の森にやってきた。
木洩れ陽の中、テオは太陽にも負けない眩しい笑顔で台詞を言う。
「うわあ。綺麗な森ですね、これは何の木なのですか?」
すっかり新入生になりきっている友人を見て、クラウスは感心しつつも呆れた。
「テオ…演技までする必要があるのか?」
「当たり前じゃないか。私は新入生役なのだよ? そしてクラウスが生徒代表役」
「だから、俺がなるとは…」
テオはミュージカル気取りなのか、頭上に向けて両手を広げる。
「ああ、なんと美しい歌声なのでしょう! あの鳥の名前は?」
「…ナイチンゲールだ」
質問と回答には激しい温度差があった。早速ダメ出しが飛んで来る。
「クラウス! そんな、そっけない! 此処で生徒代表は、森の伝説を話さなくては!
この森は私達マージナルプリンスにとって、大切な場所だろう?」
貴族出身者も確かに生徒の中には居る。
クラウスも「フォン」という貴族姓を持つのだが、
プリンスと呼ばれることにどうも抵抗があった。
だが、テオはその名称が大層気に入っているらしく、
街でマージナルプリンスと呼ばれる度に笑顔で応えていた。
「なあ、テオ。まだやるのか?」
「まだ始まったばかりだよ、クラウス。
新入生の学院案内は、生徒代表の重要な任務なのだろう? さあ、次は寮に行こう」
シュヌーシア寮に到着すると、テオは感激したように声を上げる。
「わあ。これは素晴らしい建築物ですね。一体誰が建てたのでしょう!」
「…自画自賛するな、テオ。此処はお前の家が建てたんだろうが」
「私は新入生役だと言ったじゃないか。クラウス、何故そんなに気落ちしているの?」
「お前のテンションが高過ぎるんだ」
「あっ、テオだー」
寮の庭で遊んでいた中等部が駆け寄って来る。
人気者のテオはあっという間に囲まれた。
「テオ、テオー。何やってんのー?」
「君達も一緒に来るかい? 今ね、クラウスが生徒代表になった時の為に、
学院案内の予行練習をしているのだよ」
「マジでー! 面白そうじゃん! 俺も行くー!」
「僕も僕も! 生徒代表ごっこしたい!」
「良いとも。じゃあ、皆で行こう」
集まって来た中等部が、ぞろぞろとクラウスの後ろに並ぶ。
「早く行こーぜ。生徒代表!」
「行こ行こー!」
ハイテンションな子供達に背中を押され、クラウスは額を押さえる。
「…俺は保育士か」
疲れ切っているクラウスを先頭とした、シュヌーシアの行列が学院内のあちこちを移動している。
その様子を、他の寮の生徒達は不審な表情で伺っていた。
「シュヌーシアで、アヒルの真似事が流行っているとは知らなかったね」
中でも冷たい視線を送っているのはウーティス寮中等部2年のアンリだ。
隣に居る中等部3年のジョシュアも不思議そうに見守っている。
「前の方に居るのはクラウスとテオみたいだね。新しい遊び…なのかな?」
「シュヌーシアって子供っぽいのが集まってると思ってたけど。
あれじゃ小等部みたいだよ。
此処には13歳以上しか入れない筈じゃなかった?」
「でも、なんだか皆楽しそうだよ?」
「先頭はそうでもなさそうだけどね」
ジムに辿り着いたシュヌーシア御一行は器具に乗って遊び始めた。
「そういや俺、ジム来たの初めてー!」
「あっ、これ新しい機械だ!」
自由な新入生役達を生徒代表役が叱り付ける。
「こらっ! お前達! 勝手に動くなっ! ほら、次の場所に行くぞ!」
テオはクスクスと笑う。
「流石だね。凛々しいよ、クラウス。今すぐにでも生徒代表になれそうだ」
「誰が。こんな面倒なことを」
「無理に統制を図るより、好奇心を伸ばす方が
楽しいのではないかな? 新入生も生徒代表もね?」
はしゃいでいる中等部をテオは愛おしく見つめている。
「辺境の島に居る間は、マージナルプリンスとして自由に暮らせる。
皆の好きなように過ごせば良いのだよ。それが許される稀少な空間なのだから」
先まで先頭切って騒いでいたテオが、しんみりとそう言った。
いつか、思い出す時が来るかもしれない。
そんなことを思わせる言葉だった。
テオの言葉は時折、すうっとクラウスの身体に入る。
まるで海水が砂浜に滲みるように。
それはとても自然なことに感じた。
「テオ」
「ん?」
「もし、俺が生徒代表に指名されたらの話だが…俺に務まると思うか?」
「もちろんだよ、クラウス。私は貴方が最も相応しい人だと思っている」
ジムの器具で遊んでいた中等部がばたばたとやってくる。
「俺もクラウスがいいな、生徒代表」
「っぽいもんね! クラウスって」
「うん。クラウスってさ、お父さんっぽいし」
「だよなー。口煩いとことか、うちのオヤジにソックリだよ!」
中等部の生徒達が賑やかに笑い出した。
後輩達に小言を言いながら、クラウスには新しい想いが生まれ始めていた。
――もし、自分が生徒代表になったら――
クラウスが、そう考え始めたのは、この『学院案内の予行練習』からだった。
ひと月後。クラウスの元に封筒が届いた時。
既にしっかりと心の準備ができていた。
俺が後輩と友人を守る。
その覚悟が決まっていたのは――
「おめでとう、クラウス。今宵は盛大な就任パーティをしよう!」
この、楽しいことが大好きな友人のおかげなのだろう。
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