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Marginal Prince Short Story
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■ハルヤ+アイヴィー
他、ウーティス寮の愉快な仲間達。
シルヴァン×ハルヤ レッド×ユウタ
レッド×ハルヤ   レッド×アンリ 
■ほのぼの。以前の拍手御礼小説です。

「今日のこと、みんなには言わないでね?」
マージナルプリンスと、タクシードライバー。
車の中で、ココだけの話――
-------------------------------------
王子様の運転手 ハルヤver. ~君の、後ろの席~



ウーティス寮の朝。
食堂へ続く廊下に賑やかな足音が響く。
「今日の朝ごはん何かな~♪」
先頭を行くユウタに、レッドとハルヤが続く。
「俺、ツナサンドがイイ!」
「レッド、そればっか」
「そーゆーハルヤだって、アボカドマグロ丼なんか好きなくせに!」
「美味いのに…」
三人揃って、食堂のドアを開けると、席に着いているのはアンリだけだった。
アンリの食器を片付けていたバトラーが挨拶する。
「おはようございます、レッド様、ハルヤ様、ユウタ様」
三人は、それぞれ朝の挨拶を返し、自分の席に着く。
バトラーが運んで来た朝食に、三人は仲良く「いただきます」と言って食べ始めた。
レッドは今まで、食事の前に挨拶をする習慣が無かったが、
二人の日本人と過ごすうち、いつの間にかその挨拶を身に付けていた。
「あれ?」ユウタは、食器類が置かれていない空席に首を傾げる。
「ジョシュアとシルヴァンは? もう居ないの?」
バトラーは、ユウタのカップにミルクを注ぎながら、
「ええ。ジョシュア様は、早くから学院に向かわれました。
今日は行事の打ち合わせがあるそうで」
「朝から大変だね、生徒代表殿は」アンリは白いナプキンで口元を拭く。
「じゃ、僕は失礼するよ」ナプキンをテーブルの上に置いた。
「え。アンリも行っちゃうの?」とユウタ。
「ああ。僕は食事が終わったし。これから騒がしくなりそうだから?」
アンリがちらと視線を送る。
その視線を受け止めたレッドが口を尖らせる。
「…それは俺のことデスカ?」
「そう聞こえたのなら、そうかもね」
「なにぃー!?」
まあまあ、とユウタが割って入る。
「でもアンリ、講義にはまだ早くない?」
「…君が心配することじゃないと思うけど」
「まさかアンリ、外に行くの?」
 真っ直ぐな瞳から逃れるように、アンリは溜め息を吐く。
「月桂樹の森を散歩するだけだよ。それじゃ、ごゆっくり」
アンリは席を立つ。戸口に居たバトラーの前を「ごちそうさま」と通って退室した。
「ったく、アンリの奴! せっかくユウタが心配してやってんのに!」
レッドはオレンジジュースを飲み干して、バトラーにおかわりを頼む。
「良いって、レッド」とユウタが宥める。
「けどさあっ!」
いつも通り賑やかに朝食が進んでいく。食後のコーヒーを飲んでいる時、
一人だけ浮かない顔をしていることに、レッドが気付いた。
「ハルヤ、どうした? また腹でも痛いのか?」
ハルヤは手にしていたカップを置く。
「あ、ううん。シルヴァンはどうしたのかなって思って」
「ああ、そういや。バトラー、知ってるか?」
「シルヴァン様は、外へ行かれたようです。
帰りが遅くなるかもしれないから、夕食は要らないとのことでした」
「そう」とハルヤ。
レッドは3個目のツナサンドに手を伸ばす。
「またかよ。何処行ったんだ、アイツ?」
「すみません。行き先までは…」
ユウタは、ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを美味しそうに飲んで、
「シルヴァン、街にも知り合い多いから、友達に会いに行ったのかな?」
「かもな、アイツよく講義サボるし。その割に、成績ソコソコ取るんだよなー」
「レッドが、要領悪いだけじゃないのー?」
「ユウタおめー、言うようになったなあ、このっ!」
「あははっ、やめてよーレッド!」
「ごちそうさま」ハルヤがナプキンで口元を拭く。
「あ、じゃあ俺達もそろそろ戻るか」
「うんっ」
レッドとユウタが、ガタガタと部屋を出て行く。
少し遅れてハルヤが席を立つ。
部屋を出る前に「ねえ、バトラー」と小さく声を掛ける。
「はい?」
「あのさ。悪いんだけど、車を呼んでおいて貰えないかな?」
「おや。ハルヤ様もお出掛けですか?」
「うん。あ、僕は夕食までには戻るから」
「左様ですか。お時間はどう致しましょうか?」
「そうだなあ...じゃあ16時に、いつものとこ」
「畏まりました」


ハルヤが講義を終えて寮に戻ると、玄関の前でバトラーが待っていた。
「おかえりなさいませ、ハルヤ様。お車の準備は、できております」
「ありがとう、バトラー」
自室で着替えを済ませると、小さな鞄だけ持って寮を出た。


学院の前に着くと、黄色の車が止まっていた。
ボンネットに腰掛けて、紫煙を燻らせている男が居る。
アルフォンソ島の数少ないタクシードライバー、アイヴィーだ。
青いワイシャツのボタンは二番目まで開いている。
白く覗いた首元には、緩く結ばれた黒ネクタイが揺れていた。
金色の髪は、車の色に負けないほど、鮮やかに見える。
「よお。マージナルプリンス」
彼は、近付いて来る生徒の姿を見つけると、片手を挙げた。
「こんちは。アイヴィー」
「今日の王子はハルヤか。珍しいな?」
「うん。来るの随分早かったね? 16時までまだ20分もあるのに」
「王子を待たせるわけないだろう? お前達に呼ばれたら、
すぐに駆け付けるし、いつまででも待っていられるんだ」
眼鏡の王子は、じっと運転手を見上げる。
「嘘吐きな大人はキライだな」
「え?」
ハルヤが人差し指を伸ばして、大人の頬を突いた。
唐突な行動に、大人は首を傾げる。
白い指は、つうと頬をなぞって、
「寝痕。また保健室で昼寝してたんでしょ?」
運転手の傍を通り過ぎて、自分で後部座席のドアを開けた。
アイヴィーは、突かれた頬を撫でてみる。
大きな縦線。くっきりとシーツの痕が刻まれていた。
「わざと黙ってやがったな、ソクーロフの奴」


アイヴィーは、自分の席に乗り込む。
シートベルトを締めて、ルームミラーを見る。
鏡の中の王子と目を合わせる。
「さて。何処へお連れしようか、マージナルプリンス?」
「んー。ヒミツ、かな」
「ええ?」思わず声がひっくり返る。
「おいおい。目的地を知らないドライバーは、ただのナイスガイだぜ?」
「それ、自分で言う台詞?」と軽くスルーする。
ハルヤは車内の時計を見ながら、
「今日はね、まだ時間があるから幾つか寄り道して欲しいんだ。
行き先は順番に言うよ」
「ふうん。目的地は最後までのお楽しみ、か?」
「そーゆーことっ。良いかな?」
「もちろん。マージナルプリンスの仰せのままに。
 じゃあ、最初の目的地を、お教え願えるかな?」
「うん。最初は、街の方に向かってくれる?」
「了解」
サイドブレーキを下ろして、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。


アルフォンソ島の中心街。
ハルヤは「買い物してくるから、ちょっと待ってて?」と街の中へ消えて行った。
一人残された運転手は、ポケットから煙草を取り出す。
煙草を相棒に、王子を待つことにした。
中心街は、結構人の往来が激しい。
辺境の島と呼ばれているが、此処には各国の品物が揃っている。
それは、世界中から生徒が集まる、
あの学院のおかげだと、島の住民は噂している。
アルフォンソ王の伝説と、様々な国の文化が混ざり合って、
島独自の文化や、食べ物が生まれた。
それらには全て可笑しな名前が付いている。
アイヴィーが愛煙している煙草もそのひとつ。
『死神の指』――その皮肉めいた名前が気に入っていた。
黒い箱に描かれているのは、死神の鎌。
何とも正直なパッケージだ。
短くなった煙草を大事に深く息を吸って、ゆっくりと吐く。
「それって、そんなに美味しいの?」
いつの間にか帰って来たハルヤが、小首を傾げながら大人を見上げる。
「ああ。美味しい毒の味がする」
「じゃあ、僕にも頂戴?」
伸びて来た手から、首ごと逃れる。
「それはダメ」
「なんで?」
「お前にはまだ早いよ。それに、一生知らなくても良いものだ」
ハルヤは、はあと息を漏らす。
「こういう時だけは、早く大人になりたいと思うよ」
「どうして?」
「アイヴィーと一緒に、煙草吸ったり、お酒飲んだりしてみたいから」
「ご指名とは光栄だね」
「あれ、言ってなかった? 僕、ずっと前から決めてたんだけど」
「何を?」
「初めて煙草吸う時は、アイヴィーに色々教えて貰おうって」
 アイヴィーは目を伏せる。久し振りに思い出した顔。
前にも似たようなことを言われたことがある。
彼も月桂樹の王子だった。だが、彼との約束は守れなかった。
大人になる前に、彼が空へ昇ってしまったから。
「アイヴィー? ダメ、だったかな?」
「いいや」大人は、王子の肩を軽く叩いて、
「楽しみにしてるよ、お前が大人になる日を」


ハルヤは、手にドーナツ屋の箱を持っていた。
白い箱には青のライン。アイヴィーも知っている店の名前が刻まれている。
「お前、ドーナツを買って来たのか?」
「うん。うちの寮はみんな甘いの好きだから、お土産にね。
 こういうの買って帰るとさ、結構バカみたいに喜んでくれるし」
「あーそういや、レッドもシルヴァンも、甘いもの好きだったもんな」
以前はデッドプリンスの練習中に、よく差し入れに行っていた。
ドーナツを持って行った時は、しっぽ振るみたいに喜んでたっけ。
ハルヤは手にしている箱を見つめる。
「うん。それに、貰う方と同じくらい、あげる方も嬉しいんだなって知ったから。
この箱を持って帰ると、みんなわーっと寄って来て、わいわい食べるでしょ? 
そういう顔見れるの嬉しいし。ねえ。アイヴィーも、そういう気持ちだった?」
「まあな」
「うん。今なら僕も分かる気がする」
昔、分からなかったことが、分かってくる。そうやって少しずつ年を重ねていく。
この少年もまた、いつか島を出る時が来るんだな。
運転手が一瞬、感傷に浸り始めた時、
「ねえ。アイヴィーはどのドーナツが好き?」
「え? そうだなあ…やっぱり『永遠の指輪』かな」
日本では『オールドファッション』と呼ばれているドーナツだ。
チョコやクリームなどの飾りは無く、甘さも控えめ。
何の変哲も無い姿をしている一番オーソドックスなドーナツだ。
だが、そのシンプルな美味しさは、
長年その姿を変えることなく、多くの人に愛されている。
「へえ。意外と普通だね。なんで好きなの?」
「美味いし、やっぱ名前が良いだろ?
 憧れの『エンゲージリング』って意味だしな」
「アイヴィーは『憧れ』のままで、終わりそうだけどね?」
「うっわー...お前、毒舌のお友達に似て来たんじゃないの?」
「そうかな? アンリには敵わないと思うけど」
敵わなくていいから、と運転手は思う。
ハルヤは、ドーナツの箱を開けて、中身を確認する。
「あ、『永遠の指輪』は2個あるから、1個食べても大丈夫だよね」
「あははっ、お土産じゃなかったのかー?」
ハルヤはドーナツを1つ取り出して、アイヴィーの前で2つに分けた。


二人は近くのベンチに腰掛ける。
青空の下、食べるドーナツは最高だ。
「これで、アイヴィーも共犯だからね?」
「ハイ…」
ハルヤがクスクスと笑い出す。
「やだ、アイヴィー。ポロポロ落とし過ぎじゃない?」
いつのまにか足元に鳥が集まって来ている。
「前から思ってたんだけど、アイヴィーって大人のくせに時々子どもみたい。
 俺よりずっと年上なのに、全然そんなかんじしないし」
アイヴィーが溢したドーナツを食べ終えた鳥達が、今度はハルヤへと近付く。
ハルヤは、鳥達に自分のドーナツを分けている。
「ふうん。じゃあどんな人だと、年上らしいんだ?」
「え? そうだなあ...なんかよく解んないけど、
 面倒くさいもの色々背負ってるかんじがする。
 周りからのプレッシャーも歳とる度に大きくなりそうだし」
どうやら『大人』はハルヤの兄貴のことらしい、とアイヴィーは思う。
ハルヤが俺を兄代わりにしているのは、かなり前から感じていた。
無理も無い。お家騒動の渦中、仲の良い兄弟は遠く離されてしまったのだから。
普通の家庭に比べ、彼等の場合は「兄と弟」としての時間が少な過ぎた。
兄貴とはこんなふうにドライブもしたことも無いのだろう。
大人は『死神の指』に火を点ける。
子どもは伸びをしたまま、空を眺めた。
「ずっと、このままなら良いのになあ」
視線の先で、ゆっくり白い雲が流れて行く。
太陽はまだ沈んでない。空は青のままだ。
「大人になったらさ、好きな時にドライブなんか出来無いよね。
 どうして、子どものままでは居られないのかな?」
鳥達は首を傾げながら、ドーナツとこちらを交互に窺っている。
大人は、紫煙をゆっくりと吐く。
生暖かい煙は、身を翻しながら広い空へと昇って行く。
「俺も昔はよくそう思ったよ」
「アイヴィーも?」
「ああ」
「だけど、大人になっちゃった?」
「どうかな。年だけはとったんじゃないか?」
ハルヤは、一瞬きょとんとした表情になって、フッと笑いを漏らした。
「そっか。なんか分かった」
「何が分かったんだ?」
王子は手を組んで、頭の後ろに回す。
「大人自身も、いつ大人になったのか分かんないだ、ってことが分かったよ。
 知らないうちに大人になっちゃうもんなんだね。なんかコワイな」
大人はもう一度、煙草を吸う。
今日の煙草は、少し苦い。
「大人になったって、ドライブくらいできるさ」
「ほんとかなあ? じゃあ今日みたいに、ドライブしてくれる?」
「もちろん。王子を迎えに行くのが俺の役目だ」
王子は、あははっと声を上げて、
「大人は嘘吐きだからなー」
楽しそうに笑っていた。
嘘にするつもりは無いんだけどな、大人は声を出さずに伝える。
道に迷ったり疲れて歩けなくなった時は、俺を呼べばいい。
迎えに行くよ、何処へでも。
だって俺は、タクシードライバーだもの。


二人が車に乗り込む。
運転手は鏡越しに、王子に尋ねる。
「次は何処へ行くんだい?」
「じゃあ次は、CDショップにでも行こうかな」
「ほう。まだ目的地は教えてくれないんだ?」
秘密にされると、知りたくなる。
手に入らないから、欲しくなる。
駄目と言われるほど、触れたくなる。
そんな潜在的な欲求を知ってか知らずか、
ハルヤは「ナイショ♪」と答えた。
「はいはい。じゃ、行きますか、CDショップね」
「ん。お願い」
メインストリートを抜けて、次の場所へと王子を運ぶことにした。


ハルヤは、知り合いのバンドのCDを何枚か買って戻って来た。
インディーズのコーナーに並んでいるから、と頼まれたらしい。
他にも何か買い物をしたようで、ズボンのポケットが膨らんでいた。
ハルヤは、車に乗り込んで、時計を眺める。
「もう少し時間がありそうだね」
運転手は鏡越しに、王子に尋ねる。
「次も、寄り道かい?」
「うん。そうだなあ…次は、海沿いに走ってくれる?
もうすぐ夕焼けだから、綺麗な海が見れそうだし
 多分、途中で引き返すことになるけど、行けるとこまでってことで」
「そいつは良いドライブコースだな。俺が女なら惚れてるぜ?」
「そう? 今時、流行んないでしょ、海にドライブなんて」
「…そーですか」
車は中心街を抜けて、住宅地に入っていく。
窓の背景が、徐々に灰色から緑に変わる。
「アイヴィーってさ、最近忙しいの?」
「どうして、そう思うんだ?」
「デッドプリンスの兄貴面してる人が、ライブ会場に顔を出さないからだよ」
デッドプリンス。レッド、シルヴァン、ハルヤが組んでいるバンドの名前だ。
バンドを組んだ当時は、よく世話をしていた。
この島に来て間もなく、知り合いも居ない彼等の為に、
ライブハウスを探してやったり、他のバンドを紹介したものだ。
しかし、今ではそんな世話も必要ない。
デッドプリンスの名はかなり知られて来たし、ファンもたくさん付いている。
ライブハウスの中、大歓声に包まれる彼等を見た時、自分の役目は終わったなと感じた。
それ以来、ライブ会場に向かう足はなんとなく重くて、なかなか顔を出せないで居た。
もちろん、そんなことを弟分に言える筈も無い。
我ながら情けない兄貴だ。アイヴィーは自嘲的に笑う。
「ちょっと、何が可笑しいの?」
情けない大人は更に罪を重ねる。
「いや。ハルヤは、ライブの時いつも俺を探してくれてたんだ、と思って」
「なっ…そんなんじゃないよ、もう」
予想通り、ハルヤを俯かせてしまった。
しかし、次にハルヤが口にした言葉までは予想していなかった。
「もしかしてアイヴィーは、夜に何かヤバイことでもやってるのかなって思ったんだ」
「ヤバイって、例えばどんな?」
「それはわかんないけど…アイヴィーってタクシードライバーだからさ、
黙ってても情報通になるじゃん?
だから、なんか面倒くさいことに巻き込まれる可能性もありそうだし…」
ルームミラーを見ると、王子は真剣に言っているようだった。
「確かに情報屋ではあるがな。お前が心配するようなことにはならんさ。
映画の見過ぎだよ。お前に、んなもん見せたのはシルヴァンか?」
「…ああ、そう言えばこの前、一緒に見たかも」
ハルヤの笑顔を見て、アイヴィーは音無く、溜め息を吐いた。


赤信号になり、運転手は、煙草の箱に手を伸ばす。
こんな時に限って中身は空だ。
くしゃと箱を潰して、仕方無く吸殻入れに手を伸ばす。
短くなった『死神の指』をもう一度燃やした。
「ねえ」
「ん?」
「最近、ウーティス寮の誰かを乗せた?」
運転手は、ゆっくりと息を吐いてから、
「おや? シートに友達の髪の毛でも落ちてたかい?」
ミラーを覗くと目が合わなかった。
運転手は、一番最近乗せた王子を挙げる。
「そういや青い髪の、小柄な子を乗せたぜ?
名前何て言ったっけ、めちゃくちゃ長いんだよな…えっと」
「アンリ?」
「そうそう、アンリ。あの子は黙ってると、綺麗なんだけどなあ」
「アンリが最近出掛けたのは知ってるよ。
彼が外出する時は、僕達も大騒ぎになるし」
王子は視線をシートに落としたまま、ぽつりと呟く。
「…長くて、派手な髪の毛が落ちてるんだけど」
「嘘吐きな王子は嫌いだな」
王子の肩が僅かに跳ねる。
「俺、車の中だけはキレイにしておく主義なんだ」
後部座席から小さな溜め息が聞こえる。
信号が青に変わった。
運転手は、またアクセルを踏み込んだ。


それから暫くハルヤは黙っていた。
アイヴィーも、無理に声を掛けようとしなかった。
前方に、海が見えて来る。
流れる景色が、段々と青に占められる。
太陽は徐々に色を変えて、海に入る準備を進めているようだ。
しかし、まだ海まで届かない。
「あのさ。最近、シルヴァンの様子が変なんだ」
「へえ」
「あんまり部屋に居なくて、いつも何処かに出掛けてるみたいで」
「そんなの、いつものことだろ?」
「うん。そうなんだけど…何て、言ったらいいのかな…。
 最近ね、シルヴァンの笑顔、凄く綺麗なんだ」
運転手は少し首を傾げる。
「それは、まあ、確かに綺麗な顔した奴だがなあ」
「そーじゃなくて…。笑顔が完璧過ぎるんだよ。
まるで作り物なんだ。アイヴィーも見たことあるでしょ?」
「ああ。アイツは、困ってる時ほど綺麗に笑える奴だからな」
「うん…」
王子の表情が曇っていく。
こちらまで、深い海に沈んでいくような気分になる。
こういう顔に弱いんだよな、と運転手は肩を落とす。
「乗ったよ」
「えっ?」
「この前、シルヴァンを乗せて、街で落とした。
けど、そこで何をやっていたかは聞いてない」
ハルヤは視線を膝に落とす。
「そう。アイヴィーにも言ってないんだ」
「そんなに心配なら、直接本人に聞いてみれば良いだろう?」
「教えてくれないと思うけど…」
「それは心の準備が出来てないからだろう。
言うべき時が来たら、アイツの方から話すさ。それまで待ってやんな。
 お前は、いつも傍に居るんだ、そのくらいの時間はあるだろう?」
「…そっか、うん。そうだね」
運転手は海の色が変わっていることに気付く。
「ハルヤ、顔を上げろよ。お待ちかねの景色が見られるぜ?」
夕陽は、既に水面に触れていた。
海は煩いくらい、キラキラと輝いている。
「うわ。結構キレイじゃん…」
ハルヤの視線は、窓の向こうに奪われる。
光を浴びて、白く透き通る肌が、夕陽色に染まって行く。
その眩しい横顔を、運転手は鏡越しに見守っていた。



暫く海沿いを走った後、ハルヤは時計を見て「あ」と声を漏らした。
「やばっ、そろそろ時間だ。アイヴィー、Uターンして?」
「楽しいドライブはお終いか。もう夜も近いが、これから目的地に向かうのか?」
「うん」
「ふうん。じゃあ、最後の目的地を教えて貰おうか?」
「学院」
「...学院!?」
運転手が後方を振り返って、車体がぐらっと揺れる。
「ちょっと! 前見てよ、前!」
後部座席から本気の抗議の声が上がる。
運転手は視線を前方に戻す。
「もう危ないなあ」
「ああ、悪い。だが、なんで学院に戻るんだ? まだ何処にも着いてないだろ?」
「だって、夕食の時間だもん」
「おい...もしかして『まだ時間がある』とか『そろそろ時間』って、
晩メシのこと言ってたのか?」
ハルヤは、くすくすと笑い出す。
「はー。おなかすいたっ。早く戻ろ?」
「ったく。お前は一番大人しそうな顔して...」
運転手がルームミラーを睨む。
眼鏡の王子は、子どものように眩しく笑っていた。
変わってきたのかな、とアイヴィーは思う。
この王子は、普段はどこか気だるそうで、大人びた表情を見せることが多いから。
周りの大人達によって、より早く大人の表情を手にしてしまった。
アルフォンソ学院に逃れてくる生徒には、そんな子どもがとても多い。
ハルヤも入学当時は、今よりもっと『大人』の顔をしていた。
彼が学院に来た経緯は知っている。
生まれた瞬間から、お家騒動の中心に立たされ、
近付いて来る大人は誰も信用できず、家族に弱音を吐く事もできなかった。
きっと俺のような『からかえる大人』に出会ったのも、初めてなんだろう。
ハルヤは今、楽しそうに笑っている。
こういう顔が見たくて、俺はこの車に乗っているのかもしれない。
俺にできるのは、訳ありの子ども達を乗せて、月桂樹の館へ運ぶことと、
その館がいつまでも、彼等が安心して笑える場所であることを願うくらいだ。
「今日はありがと。楽しかった」
「そりゃあ、良かった」
「あの、さ。今日のこと、みんなには言わないでね?」
「どうしてだ?」
「なんか、愚痴とか色々言っちゃったから。
 みんなに知られて心配されるのも面倒くさいし、恥ずかしいじゃん?」
「俺に言うのは、恥ずかしくないのか?」
「君は…トクベツなんだよ」
どうして、という言葉を飲み込む。
問うたところで「学院の人間じゃないから」なんて答えが返って来るだけだ。


アルフォンソ学院前。
黄色いタクシーは最後の目的地に到着した。
ハルヤは、窓の向こうの見慣れた景色から視線を逸らして、
今座っている黒いシートにそっと触れた。
運転手は先に外に出て、後部座席のドアを開けてくれる。
「ほい。目的地に到着だ」
ハルヤが外に出ると、冷たい風に髪を撫でられた。
冷気に晒されて、初めて車中の温かさに気付く。
こういうのも『後ろ髪を引かれる』というのかな、とハルヤは思う。
薄着の運転手も自分の肩を抱いている。
「最近、夜は冷えるよな。お前も早く寮に戻んな」
王子は動かず、運転手を見上げる。
「ねえ、アイヴィー」
「ん?」
「今日のこと、怒ってない?」
運転手は、王子の頭をぽんと叩いた。
「俺を誰だと思ってんだよ。
お前達に振り回されるのは、いい加減慣れてる」
「また、呼んだら、来てくれる?」
「言っただろ。王子を迎えに行くのは、俺の役目。いつでも呼べよ、ハルヤ。
俺は、王子に呼ばれたら断れないタクシードライバーだからな?」
「…ん。そうだね。わかってる」
君はタクシードライバーなんだよね、とハルヤは思う。
呼べばいつだって来てくれる。
だけど、呼ばなければ来てくれない事も、判ってる。
ハルヤは俯いて、ポケットに手を入れる。
すると、手に触れる物があった。
「あ、忘れるとこだった」と小さな箱を差し出して、
「あげる。街で買っておいたんだ。
今日、振り回したお詫びとお礼、ってことで貰っておいて?」
その箱には、死神の鎌が描かれている。アイヴィーが愛煙してる『死神の指』だ。
ハルヤは、大人に囁く。
「ホントは、今日この味を教えて貰おうかなーと思って買ったんだけど。
 アイヴィーにダメって言われたから、君に預ける。
 僕がアイヴィーと一緒に、煙草を吸う日に、返してくれればいいよ。
だから。今日の約束、忘れないで?」
大人はフッと微笑んで、子どもの視線を受け止める。
「ああ」
子どもは嬉しそうに笑って、
「じゃあね、アイヴィー」寮に戻っていった。
運転手は、小さくなる後姿を見送った後、『死神の指』を見つめた。
丁度、煙草が切れていたところに、こんなにありがたいプレゼントはない。
封を切ろうとして手が止まる。
「大人になるまで、とっておく、か」
王子との約束を胸ポケットに仕舞う。
運転手は、愛車に凭れて息を吐く。
「マージナルプリンスどもめ」
夕闇には一番星が輝いていた。


ウーティス寮の夜。
夕食後、ハルヤがドーナツの箱を持って、サロンのドアを開けると、
朝は居なかったジョシュア、シルヴァンも含め全員の顔が揃っていた。
「ハルヤー。何持ってるの?」とユウタが駆け寄ってくる。
「それ、あそこのドーナツじゃん!?」
「ん。みんなで食べて?」
「えー! ハルヤありがとー!」
向日葵の様な笑顔は、楽しい夜を保証していた。
嬉しそうな表情につられて、ハルヤも微笑んでしまう。
箱をレッドとユウタに渡して、自分の席に座る。
席に着いていたジョシュアは、
箱に群がる二人を微笑ましげに見つめた後、ハルヤに視線を戻した。
「今日は、わざわざ街までドーナツを買いに行って来たのかい?」
「ううん。ドーナツは、ついで。行く場所は何処でも良かったんだ。
 目的地には、ずっと座れてたから」
「え?」
「それよりジョシュア、イイの? アレ、止めなくて?」
レッドとユウタの取り合いに、いつの間にかアンリが巻き込まれてる。
それをシルヴァンが、楽しそうに見守っている。
ジョシュアが仲裁に入っていく。
いつもの光景。
期待した通りの夜が訪れて、ハルヤは満足だった。
「ハルヤ」
隣の席にシルヴァンが来ていた。
「はい。無くなりそうなので、ハルヤの分も取って来ました」
差し出されたのは、白いココナッツパウダーでコーティングされたドーナツ。
「ハルヤは、この『雪の指輪』が好きでしたよね?」
「うん。ありがと」と受け取って、
「よかった」と呟いた。
シルヴァンは首を傾げる。
「何がです?」
「今のシルヴァン、普通に笑ったから」
「え?」
ハルヤは『雪の指輪』を見つめながら、
「最近のシルヴァン、なんか無理して笑ってるみたいに見えたから。
 今日、ドーナツ買って来て良かったよ」
「ハルヤ...」
「シルヴァン、最近、何か困ってるみたいに見えて。
でも君、言いたくないみたいだったから...
僕、いつか君から話してくれるまで待ってるよ」
ハルヤは返事を待たずに、シルヴァンの隣から離れて、騒いでる輪の中へ入っていく。
レッドとアンリは未だに揉めている。
「あぁー! アンリ! その『花の指輪』は俺のだぞ!」
「勝手に決めないで貰いたいね」
ジョシュアとユウタは、仲良く分け合っている。
「あ、ジョシュアのも美味しそうだねー。ひとくち俺にも頂戴?」
「良いよ、ユウタ」
ハルヤはアンリの傍に行く。
「ね。アンリ、僕もそれ食べたいな。少し分けてくれる?」
「構わないよ」
「なんでハルヤにはあげるんだよっ!」
「誰かと違って煩くないからね、彼は」
「誰かって誰だよ!?」
「自覚もないのかい、重症だね」
「アンリ、レッドに噛み付くなよ」
ユウタが振り向く。
「あれ? シルヴァーン、もう要らないのー?」
シルヴァンはフッと息を吐いて、席を立つ。
「じゃあ、ユウタが持ってるのを少し頂けますか?」
「うんっ」
シルヴァンも皆の輪に加わって、また一層サロンは騒がしくなる。
そんな中、ユウタは「あっ」と声を上げた。
「どうしたの? ユウタ」
「あ、ううん。なんかさ、ドーナツの箱を、みんなが取り囲んで、
 俺達の方がドーナツみたいだなと思って」
一瞬、静寂がサロンを包む。ユウタは照れたように笑う。
「あははっ、なんちゃってー。違うよね。
 俺達はドーナツみたいに、消えて無くなったりしないもん」
レッドがユウタの首に腕を回す。
「だな! 俺達がドーナツなら、毒の味が入っちまう」
シルヴァンは、くすくすと笑って、
「レッド。それを言うなら、バニラ味って言って下さいよ」
「誰のことだい、レッド、シルヴァン?」
「自覚が無いとは重症だな~」
「へえ。僕の台詞、よく覚えていられたね」
「当たり前だっ!」
ウーティス寮のサロンで、楽しい夜が更けていく。
やっぱり自分は、こういうのが好きなんだ、とハルヤは思う。
ずっと、このままならいいのに。
今なら、自分の息が止まってもいい。
そんな考えさえ浮かんで、眩暈がする。
ひとつ溜め息を吐いて、席を立った。
ドーナツ、もういっこ食べようかな、と箱の中を見る。
アイヴィーが好きだと言っていた『指輪』が残っていた。

――やっぱ名前が良いだろ?

オールドファッション。
今までも、これから先も、変わらないドーナツ。
「ん。良い名前だね」
ハルヤは、そっと呟いて『永遠の指輪』を取り出した。


fin

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