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Marginal Prince Short Story
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■ハルヤ×ドニ
愛のアルフォンソ劇場 第一幕「二番目で良かった」 続編
ウーテイス寮、ハルヤの部屋。
夕食から一時間ほど経った頃。
ハルヤは円いちゃぶ台に、つっぷしていた。
「おなかすいた…」
きゅるるるーと弱々しい悲鳴が聞こえる。
ちなみに今日のディナーは、正統派フランス料理フルコース。
ウーティス寮シェフが最も好みのジャンルだった。
得意分野だけに、その完成度は極めて高い。
シェフ曰く、かつて王宮の晩餐に並んだものの再現だそうだ。
ジョシュア、アンリは普段と同じように食していた。
あの二人は、家に専属シェフを持つような家の出身だから、
毎日高級料理でも特に不都合はないのだろう。
まだ全てが目新しく映るユウタは「すごーい」と何度か叫んでいた。
他三名の表情にはうんざりという本音が少々滲んでいた。

ハルヤもそのうちの一人だが、料理は全て平らげた。
食べた直後、お腹は満たされた。
だが、気持ちの上で、満腹とは言い難かった。
満腹だからと言って満足するとは限らない。それはハルヤの自論だった。
こんなに完璧な料理なのに、何かがすっぽりと抜けているのだ。
具体的にそれが何なのか、言葉では説明できなかったが、
やはり、何処か満たされなかった。

最近になって、ハルヤは自分を満たしてくれる料理人を見つけた。
灯台下暗しと言うか、シュヌーシア寮のシェフ。名はドニ・ドーム。
彼は家庭料理を愛するシェフだと聞いて、そうかとハルヤは妙に納得したものだ。
自分は、高級フレンチなど今まで口にしたこともないのだから、
カミーユよりドニの料理の方が合っているのだろう。
時々、ドニのキッチンに訪れて、シュヌーシアのおやつの切れ端を貰ったり、
作りかけの夕食をつまみぐいさせて貰っていた。
シュヌーシアの生徒達の分がなくなってはいけないので、貰うのはちょっとだけ。
しかし、その『ほんの少し』という量には、とても満足感があった。

東京に居た頃と似ているかもしれない。母親は小料理屋を営んでいる。
もちろん、お客さんに出す料理は、ハルヤには食べさせてくれない。
だが、お客さんに出せない料理は、ハルヤの口に入れてくれるのだ。
例えば、きゅうりや玉子がはみだしている太巻きの端っこ。
それはハルヤの為に残しておいてくれる。
仕事前、母と台所に立ったまま食べるそれは妙に美味しかった。

これからドニに会いに行って、あり合わせの物で適当に夜食を作って貰おうと思った。
この前、頼んだ『二番目に安いスープ』も、とても美味しく、
やはりドニの味は自分に合っていると確信した。
薄手のジャケットを羽織って、ウーティス寮を出た。
足は自然とシュヌーシア寮に向かっていたが、
もう夕食も終わっている時刻なので、寮のキッチンには居ないかもしれない。
いや、明日の仕込みをしている可能性もある。
キッチンを覗いて居なかったら、メルキュール館まで行ってみよう
そう思い、シュヌーシアのキッチンに向かった。
最近、良く来るようになったシュヌーシア寮。
到着すると、中に入る前から居ないみたいだと解った。
電気も付いていないし、何より匂いがしない。
メルキュールまでドニに会いに行くのは初めてだ。

寮より大きな館。
聖アルフォンソ学院の教授陣、職員全ての住まい。
生徒達が此処に来ることは多いとは言えないだろう。
此処はあくまで、大人達のプライベートな空間だ。
先生に用事があれば講義の時に聞けば良いのだし、
講義後には、研究室棟に行けば会える。
先生だって生徒達が暮らす寮に来ることは多くない。
生徒達は、メルキュール館の内部についてあまりよく知らない。
大体は寮と同じような部屋らしいが、
メルキュールの場合は全室完全防音という噂もある。
館の方へ歩いていると、建物の中から誰か出てきた。
小柄な人影。
カジュアルなジャケットを着たドニ・ドームだった。
彼の小さい丸顔を見ると、なんだかほっとしてしまった。
ハルヤは笑って、ドニのところまで行こうとした。
しかし、ドニは驚いた顔をしていて、その場から動かない。
ドニの後方から、二人の男がやってきた。
一人は背の高い無表情な男、もう一人は四角い顔に割れた顎。
ハルヤは何か言わなくちゃ、と思い、とりあえず挨拶する。

「や、やあ、カミーユ」
四角い顔のフランス人は、嬉しそうに笑った。
「ハルヤ様じゃないですか」
「あの、カミーユ達、これからどっか行くの?」
「はい。今宵はシェフ三人で、外へ食事に」
「…そ、そっか」
「ハルヤ様?」
「あ、あの。カミーユ達って仲良いなあ、と思ってさ」
「長い付き合いですからね」カミーユは後方を振り返った。
「ハルヤ様は彼等をご存知ではありませんよね。紹介致します。
こちらがアルファルド寮を担当しています、アラン・ウー」
無愛想な男が軽く頭を下げる。ハルヤも同じようにちょっと頭を下げた。
「そして、こちらがシュヌーシアのドニ・ドームです」
ドニはハルヤとは視線を合わさない。
「こ、こんばんは」
「あ、うん。こんばんは、ドーム・シェフ」
ハルヤもぎこちなく夜の挨拶を返した。

カミーユは自慢の息子とでも言うように同僚へハルヤを紹介する。
「アラン、ドニ。こちらは我がウーティスのハルヤ様だ。
何でも残さずたくさん召し上がる素晴らしい方で、
ほら、前に話したことがあるだろう? アボカドマグロ丼を考案された方だ」
「あ、はい、そうですね」
ドニが相槌を打つ。カミーユは素朴な疑問を述べた。
「ところで、ハルヤ様は何故、メルキュールまでいらしたのです?
あ、もしかして、先生方にご用事ですか?」
ハルヤは横髪に触れながら答える。
「う、うん…先生にちょっと質問があって、終わったらすぐ帰るから」
「こんな時間にですか? ハルヤ様は勉強熱心ですね」
ハルヤの目的はドニだったのだが、カミーユの前でそんなことは言えない。
「あ、そうそう、ハルヤ様! もうすぐ旬の超高級魚が手に入る時期なのですよ。
黒メバルというのですがね? あれはこの時期、絶品でして」
ご機嫌で割れた顎を撫でている。料理の話をするカミーユは口調も熱かった。
「ハルヤ様はお魚お好きでしょう? 早ければ来週にも手に入るかもしれません。
私、必ず競り落として参ります! 楽しみにしていて下さいね!」
「う、うん。楽しみにしてる」
後方に居た背の高いアランが、無言で先に歩きだす。
それを見て、カミーユは苦笑した。
「ああ、すみません、立ち話などしてしまって。では失礼致します、ハルヤ様」
カミーユが一礼した。ドニもぴょこんと素早く礼をして、先輩達の後に続いた。
寮のシェフ全員が居なくなってしまった。ハルヤは三人の背中を眺めながら呟く。
「ドニ…」
きゅるるるーとまた悲鳴が聞こえて、しょんぼりと項垂れる。
「…おなかすいた。どうしよう。あ、そうだ」


「お前さん、晩メシ食った後によくそんだけ食えるな。コッチが胸焼けするわ」
「だって、アイヴィーの料理、美味しいもん」
カミーユ達と別れてからおよそ一時間後、ハルヤは満腹になっていた。
此処は聖アルフォンソ島南西部。海岸に程近い絶壁に建てられたコテージ。
窓から潮風が入る爽やかなおうち。平たく言うとアイヴィーの自宅だ。
家主は料理には殆ど手を付けず、専ら煙草を咥えていた。
ローテーブルには空になった皿達。ハルヤは両手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
大皿のミートスパゲッティは、あっという間に消えてしまった。
パスタを茹でて、缶詰のミートソースを混ぜただけのものだが、
ハルヤは美味しいと言って、一人で全部たいらげた。
今は満足そうにソファの端っこに深く身を沈めている。
「ねえ、アイヴィー」
家主は煙草を口から離す。
「あい?」
ハルヤは眼鏡を外して、テーブルに置く。
「なんか、ねむたくなってきちゃった…寮に戻るの、むりかも…」
「何言ってんすか、ハルヤさん」
瞼はもう閉じかかっていた。目許をゴシゴシする。
「…おやすみ」
「って、ソファで寝ようとすんな!」
「ん…だいじょぶ。俺、どこでも寝れる、から」
「ベッドをオススメしてんじゃねーんだよ。俺んちで寝るなって言って…」
ぱたんと瞼が閉じてしまった。おなかいっぱいの寝顔。
そんな幸せそうな顔を見せられては、叩き起こす気も失せる。
ゆっくりと肩が上下に動いて、すー、すー、と早くも寝息が聞こえてきた。
「ったく。しょうがねーな、コイツは」
アイヴィーはベッドから自分の毛布を取ってくる。
それをハルヤに掛けようとして、止まった。
「美味そうな口紅してんじゃねえよ」
唇の端がミートソース色に染まっている。
ハルヤの髪にそっと手を置く。
「寝る前には、口紅、落とさなきゃだろ?」


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