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Marginal Prince Short Story
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■ユウタ×姉貴
■ayakoさんとのチャットから
「聖アルフォンソ学院には月桂樹の森があってね」
「月桂樹の森?」
「うん。生徒は皆大好きになる森なんだ。きっと君も気に入るよ、ユウタ」

父さんの友達で、笑顔がとっても優しいおじさん。
すごくお金持ちな人で、昔は不思議な学校に通っていた。
ジラールさんの話を聞いてると、僕もその学校に行ってみたくなった。
どうしてかって聞かれると上手く説明できない。
どんなトコなんだろう、ってなんだか、わくわくしてきて。
『行きたい』っていうよりは、『行かなくちゃいけない』の方が近い気がした。
ジラールさんに「じゃあ、ご家族に相談してごらん」って言われて。
やっぱり最初は、姉ちゃんに言った方が良いかなと思ったんだ。
でも、機嫌悪い時には話し掛けられないし、僕だってちゃんとタイミングは考えた。
姉ちゃんの好きなアルフレッド・ヴィスコンティのドラマ、
久し振りに一緒に見ようって言って、姉ちゃんが好きな話のとこ選んだんだ。
1stシーズンの第18話、「コリンとジミーと不思議な夜」。
エンディングのスタッフロールが終わるまで、どきどきしながら待って。
姉ちゃんがちゃんと機嫌が良い時に言ったんだ……なのに。

「…大体、アルフォンソって何よ! それ、マンゴーの名前じゃない!」
「それはわかんないけど、でもね、姉ちゃん。島にはすごくおっきな森があって」
「なんで、あんたが、そんな聞いたこともない島に行かなくちゃいけないの!?」
「でも、僕はっ」
「どうせ行くなら、イギリスとかアメリカとか、もっと普通の場所にしなさいよ!」
「せ、聖アルフォンソ島じゃなきゃダメなんだっ」
「私が居ないと何もできないくせに…私はゼッタイ反対だからっ!」

むちゃくちゃ怒られて、それから僕と話してくれなくなった。
毎週、家族皆で見てたクイズ番組の時間になっても、リビングに下りて来ないし。
姉ちゃんの部屋に入ろうとしても「勉強してるんだから入って来ないで!」とか言って。
ゼッタイ勉強なんかしてないのにさ。
でも、夜遅くに姉ちゃんの部屋の前を通ると、ドアの隙間から電気の光が見えたりして。
もしかして、なんか本当に勉強中だったのかもとか思うと余計に入り辛くなった。
姉ちゃんにはなかなか話し掛けられないまま、留学の話は前向きに進んでいった。
ジラールさんが父さんと母さんに学院のこと説明してくれたおかげ。
僕はなんとか聖アルフォンソ島に行けそうだけど。
どうして姉ちゃんはそんなに反対するんだろ。
母さんに「姉ちゃんは僕が寄ろうとすることいっつも反対する」って言ったら、
「お姉ちゃんの気持ちも考えてあげなさい」とか言われちゃった。
わかんないよ。お姉ちゃんのことなんか。


聖アルフォンソ学院 ウーティス寮ダイニング。
テーブルにはシェフが作った美麗な料理の数々。
朝食はブッフェ式で、各自好きな物を選んで食べていた。
この寮は朝から元気が良い。バンドを組んでいるメンバーが会話の中心だった。
長髪のドラマーは自慢げに発表した。
「僕、ライブハウスのステージをゲットしてきましたっ!」
「おっ! やったじゃん! さっすがシルヴァン!」
ハイタッチして喜んでいるのがギター兼ボーカル。
彼は数年前までハリウッドに居た映画スターだった。
「で、それ、いつ?」
「来月最初のサタデーナイトです。ということで、早速、曲を決めなきゃですね」
「何にすっかなー。セルロイド・ボーイズの曲も結構やったしなあ」
「そうですねえ」
昔、アルフレッドが兄や友人と組んでいたバンド。
当時の曲をデッドプリンスでもリサイクルしていた。
「じゃあ、いっちょ新曲でも作ってみっか!」
「わお、イイですね! レッド、今日は冴えてるじゃないですか!」
「『今日は』が余計なんだよっ」
面倒臭そうな展開になってきてベースを担当する生徒は少し困り顔だった。
「曲作るって簡単に言うけどさ、どうやんの?」
「ノリだよノリ! なんとでもなるって!」
「まあ、レッドが作るっていうなら良いけどさ」
「あ、そだ! ハルヤもベース上手くなってきたし、ベースのソロとか入れよーぜ!」
「入れましょう入れましょう! レッド、ホントに冴えてますね、今日は!」
「二回も言うなっつの」
「ちょ、ちょっと待ってよ。俺、ソロなんて…」
「なーに遠慮してんだよ! いいから俺に任せとけって!」
「遠慮してるんじゃなくて、俺、お前達と違って、目立つのとかあんまり…」
「レッドレッド! ハルヤのソロ、長めでお願いします!」
「おうよ! フフフッ、俺様プロデュースに期待してろよー!」
「もう…めんどくさっ」
会話に加わっていなかった寮生がコーヒーカップをソーサーに戻す。
白いナプキンをテーブルに置いて、席を立った。隣の生徒がぼそりと呟く。
「こんな朝早くから、生徒代表室?」
言い当てられた生徒代表は、思わず友人を振り向く。
美しい琥珀の瞳が自分を見上げている。
「う、うん。色々連絡が来ていると思うから、確認に行ってくるよ」
「ふうん。連絡、ね。バッドニュースじゃないと良いね、生徒代表殿?」
「あ、あの、アンリ。その、呼び方なんだけど」
「僕が君をどう呼ぼうと、僕の勝手だと思わない? しかも蔑称どころか、敬称なのだし」
「…あ、うん。すまない」
「って、なんでお前が謝ってんだよ、ジョシュア! 人が好過ぎるぞっ!」


「梅干なんて別に要らないよね。あ、でも、要るかなー」
旅立ち二週間前。ユウタは引越作業中だった。
部屋の中は泥棒が出て行った後のように、あちこち引っ繰り返されている。
ユウタは物に埋もれた状態で、あれこれ手にとっては、部屋を更に散らかしていた。
次に目に入ったのは二つのマフラー。
母さんがプレゼントしてくれたちょっと高めのやつと、
姉ちゃんが作ったへたっぴなお手製。
「ジラールさん、冬はちょっとだけ寒いよって言ってた、よね?」
右手のぐだぐだマフラーと左手の大人っぽいマフラー。
見つめたまま、時計の針は刻々と回っていく。
「二つも要らないよね。…姉ちゃんなんか、僕の話、全然聞いてくれないし」


聖アルフォンソ島南西部。
自宅で起き抜けの男は、まだ眠たい身体でメールチェックをしていた。
幾つか並んでいるタイトルの中に、目を惹くものがあった。
それを読み終わり、一服しながら考え事をしていると、
無機質な電子音に呼ばれた。ネットを介したお喋りのお誘い。
生徒代表室からだ。先日、就任した新しい代表は、マメな男だった。
通信許可のボタンをクリックする。
PC上に大きなウインドウが開く。ぴっちぴちの17歳のカオが映った。
「おはようございます、アイヴィー」
「おはようさん。理事会のメール見たんだ?」
「はい、入学希望者の審査が受理されたそうですね」
「新入生かー。あ、お前さん、初めての学院案内じゃない?」
「ええ…そうなんです」
美人のカオが曇る。
「どした? もしかして緊張とかしてんの?」
「はい。俺に、ちゃんとできるのかなって」
「真面目だねー。今の台詞、テオに聞かせてやりたいぜ」
「テオ? 彼は初めての学院案内の時、どんな様子でしたか?」
「いやー、もう明日が楽しみで眠れない、とか言いながらガッチリ寝てるタイプ?」
PCの中に居る17歳は僅かに笑った。
生徒代表に就任後、こいつの笑顔は初めて見たかもしれない。
本当に、毎年毎年、生徒代表のキャラクタは全然違う。
「あ、そうそう。ジョシュア。新入生のこと、他の生徒にはまだナイショな?」
「え?」
「直前になって入学取り消しーなんてことも時々あるからさ。
 当日まで、俺とお前さんだけのヒミツってことでヨロシク」
「はい。解りました」


「やっぱり、コリン&ジミーのスペシャルブックは持って行こっかな。僕の宝物だし」
旅立ち一週間前。ユウタの引越作業は、やっと終わりに近付いていた。
父さんや母さんも手伝ってくれて、大体終わったけど、
まだ二つ、持っていこうか悩んでいるものがあった。
「日本を離れると梅干が欲しくなるって言うしなあ。いちお入れとこっ」
これでちょっと安心。残るはひとつ。
姉ちゃんの網目ぼこぼこマフラー。
去年の誕生日。縫い物なんかできないくせに無理して作ってくれた。僕の為に。
姉ちゃんは結局、僕の入学の書類を書いてくれた。僕の代わりに英語で。
なんで私がこんなことしなくちゃならないのって怒りながら。
「マ、マフラーって、そんなに重いもんじゃないもんね」
えいっ、とマフラーをダンボールの底に押し込んだ。


聖アルフォンソ学院 ウーティス寮。
夜だが此処のカーテンは開いていた。
硝子の向こうには鬱蒼とした森。闇夜には白い球体が浮かんでいた。
現在この部屋に住んでいるのは、錬金術師の末裔。
雪のような手は机にタロットを並べていた。
最近なんとなく、気持ちが落ち着かなくて。カードに触れたかった。
右手で22枚のカードを左回りに撫でる。
今日は少し長いシャッフル。一束に重ねて、頂上を一枚捲る。
綴られた文字はLe Mat(ル・マット)。犬を連れた呑気な自由人。
しかも、太陽が下に落ちている。意味が逆になってしまう。
楽観主義、協調性、不安定、そして、無知。
嫌なカードが出てしまった。机に戻そうとした時、カードが二枚に割れた。
下にもう一枚重なっていた。カード番号3。寓意絵に描かれた人と目が合う。
L'Imperatrice(ランペラトリス)。玉座に就く美しい女性。
「カードを二枚も引くなんて…」
なかなか起こることではない。これにも何か意味があるのだろうか。
手の中には『愚か者』と『女帝』。
ぼうっとカードを眺めていると、あの感覚がした。
脳が澄み切って、少し冷たくて。自分が自分でないような。
だけどこれは、僕に貴方の血が流れてる証。
胸の中に、ふっと言葉が降りて来た。
「…未知なる、者…」


旅立ちの日。
成田空港まで、家族全員で見送りに来てくれた。
でも、姉ちゃんはやっぱりちょっと怒ってた。
アナウンスが流れる。もう出発の時間。行かなきゃならない。
「それじゃ、僕、行って来るね」
「ユウタ!」
姉ちゃんが僕の名前を呼んだ。
何か手に押し付けられた。柔らかい布の感触。
長い耳。裂けたクチ。額にボルト。お腹に「守」の文字。
「これ…」
「うさぎ怪獣のお守り。見れば解るでしょ?」
「あ、網目、グチャグチャだけど」
「グチャグチャ言うなっ! これでも大変だったん…」
姉ちゃんの手、思わず握ってた。
僕より細い指には、あちこちケガした痕があった。
「…何やってんだよ、不器用なくせに」
「悪かったわね」
「ありがと。僕、大事にする」
「あ、当たり前でしょ。もう早く行きなさいよ」
振り払われそうになった手。
離せなかった。
「姉ちゃん、ケータイで写真撮ろ?」
「えっ?」
「ほら早く! 母さん、このボタン押してっ」


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