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Marginal Prince Short Story
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■ハルヤ×ドニ
愛のアルフォンソ劇場 第二幕「満たされなくて」 続編
「皆様、おはようございます」
休日の朝。ウーティス寮ダイニングルーム。
朝食はブッフェ式なので、各自好きなものを取って食べるのだが、
今日はシェフが直々に何か運んで来た。
日本の焼き物らしき大きな皿には醤油色に染まった煮魚。
薄く切った筍が美しく添えられている。
シルヴァンはキラキラと目を輝かせ、手を合わせる。
「わお! お殿様のお食事みたいですね!」
シェフはコック帽を取って、胸の前で持つ。
「今朝は特別メニューをご用意致しました。黒メバルの煮付けです。
春の超高級魚と京都の筍を、和歌山の厳選濃口醤油で煮た物でございます。
よろしければ、どうぞご賞味下さいませ」
ハルヤは、前にカミーユが言ってた魚がこれかな、と思ったので取りに行く。
カミーユが取り分けてくれて、筍も二つ綺麗に乗せてくれた。
自分の席に戻り、箸で魚の身を掴む。
和食に慣れていない生徒の為に、骨は完全に抜かれているようだ。
口に運ぶ。醤油の香り。脂の乗った身はとろりと溶けた。
「あ、美味しいよ、カミーユ」
シェフはコック帽を握り締める。
「恐れ入ります。ハルヤ様のお口に合って良かったです」
ハルヤの様子を見守っていた他の生徒達は、続々と黒メバルに詰め掛けた。
彼等はフォークで食べた。あちこちで歓声が上がる。
今日の特別メニューは、約一名を除き、なかなか好評のようだ。
「なんか日本に居るみたーい。このお皿も日本っぽいし」
「てかさ、今年になって和食の日が増えてねえ?」
「それはもちろん、ハルヤとユウタが居るからですよ。僕も嬉しいですし」
「俺も嬉しいな、日本のことを知るのは」
「ちっ。どいつもこいつも日本贔屓になりやがって」
「日本贔屓は、何もウーティス寮だけの現象ではないと思うけれど」
「どういうことだよ、アンリ」
「和食は『長寿に導くヘルシーフード』として、今や世界的に注目を浴びている。
おかげでビジネスの上でも、なかなか楽しませてくれるようになったよね」
「お、お前っ、まさか、和食でひと儲けしたのかよ!?」
「…だったら?」
「ちったあ、俺達にケーキとかおごれよ! コッソリ儲けてんじゃねえ!」
「五歳の時から、ボロ儲けだった人には言われたくないな」
「アンリ、朝からレッドに噛み付くなよ」
いつも通り賑やかな朝食。ハルヤはマイペースで煮魚を口に運ぶ。
みんなが言う通り、今年は和食の日が増えている。シェフが和食を勉強しているおかげだ。
ハルヤは和食を食べると、少し胸が痛んだ。
カミーユはいつも一生懸命、料理を作ってくれてる。
なのに自分は、カミーユに隠れて、ドニやアイヴィーの料理を食べに行っているのだ。
それも、一度や二度ではない。
カミーユが尽くしてくれているのは解る。解ってる。


朝食後。
生徒達はわいわい言いながら、ダイニングルームから出て行く。
「あ、ねえ、ジョシュア。情報学のことで教えて欲しいことがあるんだけど」
「うん? どこだい、ユウタ?」
「あのね、この前の七章のとこで、ユ、ユーザービリー?」
「ユーザビリティ?」
「あ、そう、それそれ」
「おい、毒舌社長! 俺と一本、勝負しろよ!」
「良いよ、遊んであげても。チェスならね」
「何言ってんだよ、アームレスリング!」
「シルヴァン、呼ばれてるよ」
「はいはーい。青コーナーより、『ラテンのサムライ』パンサー・シルヴァンの入場です!」
「おめーは呼んでねえっ!」
ハルヤは会話には入らず、一番後ろを歩いていた。
自分の部屋に戻る。月曜日までの宿題をしたり、
なんとなくベースに触ってみたりしたが、どれも気が乗らない。
暫く経つと、自然と小腹が空いてくる。お昼ご飯まではまだ時間があった。
「植物園でも見てこよっかな。そろそろ桜も散っちゃうし」


聖アルフォンソ島 植物園。
此処に来ると日本コーナーには必ず立ち寄ってしまう。
桜の枝は既に薄絹を纏うのみ。所々に小さな葉が顔を覗かせている。
幹の足許には、開き切った花弁が、何十、何百と散っていた。
昔見た景色が思い浮かぶ。ご近所さんからは『梅屋敷』なんて呼ばれてた家。
「…零れ桜も綺麗だね」
和歌山ではもう葉桜の時期かもしれない。
「そうしていると、ハルミそっくりじゃなあ」
優しいおじいさんの声。ハルヤにとっては見慣れた顔だった。
腰は少し曲がってて、おでこも眩しめ。
「あっ、こんにちは。園長さん」
「こんにちは、ハルナくん」
「あ、えと…ハルヤです」
「ははは。また間違えてしまったわ」
此処の園長さんは、アンジェロ・ボルジアの数少ない研究者で、
かつ、学院で植物学を教えている先生だ。
毒草にも詳しいそうだから、ちょっとコワイ人なのかなと思ってたけど。
この人は、じいさまを知っていた。
梅を見に来ていたら「昔、君に似た生徒が居てな」と話し掛けられた。
話を何度か聞いているうち、それってうちのじいさまかも、と遅ればせながら思ったのだ。
ハルヤが自分のことを伝えると「ハルミの孫か」ととても驚かれた。
以来、とても親切にしてくれる園長さんだ。
「今日は菜園が見頃だよ。まるで花畑じゃな」
春に会う園長さんはいつもニコニコしてる。あちこちいっぱい花が咲くからかもしれない。
「じゃ、行ってみますね、菜園」
「ああ。ゆっくりしておいで、ハルナ君」
「う、うん…」
もう面倒だったので訂正しなかった。

菜園と呼ばれる一角には、野菜や果物が栽培されている。
園長さんが言った通り、様々な色の花が咲いて綺麗だった。
菜園に沿って歩いていると、しゃがんで、畑の雑草を抜いている人が居た。
あの作業は腰に悪そうだ。よく見ると、見覚えのある背格好だった。
「あれ。カミーユ?」
「おお、これはハルヤ様。あ、お見苦しい格好ですみません」
シェフのユニホームではない。ラフな普段着だ。服の裾は土で汚れ、額には汗が滲んでいる。
カミーユは小さな畑の前に居た。花が咲いている。白い菜の花のように見えた。
「あ、それがワサビの花?」
「はい。とても綺麗に咲いてくれました。真っ白で美しいですね」
ごきげんカミーユが顎を撫でている。
「夏になると食べられますよ。きっと良いワサビになるでしょう」
「ねえ…カミーユ」
「はい?」
「もしかして、いつもこうやってワサビの面倒看てくれてたの?」
「いつもと言うわけでもありませんが、時間のある時には。
いやはや、ワサビ栽培というものは思った以上に繊細な作業ですな。
食物の生産者には頭が上がりませんよ。
我々料理人は、生産者からのバトンを受け継いで、
皆様に料理を提供しているのだと身に沁みて感じました。
それもこれも、ハルヤ様のおかげです。ありがとうございます」
「えっ…俺、別に何も」
シェフは胸に手を置く。シャツの真ん中が土で少し汚れる。
「いいえ。ハルヤ様はいつも私に喜びを与えて下さいます。
毎日、私の料理を残さず、お召し上がりになるじゃないですか。
料理人は、美味しく食べて下さる方が居るからこそ、料理をお作りするのです」
ハルヤの視界には小さなワサビ畑。純白の花。
ひとつひとつの花は小さいが、その白は何処までも気高い。
「ハルヤ様、一本目に採れたワサビは、アボカドマグロ丼にしましょうね」
「うん…そう、だね」


シュヌーシア寮キッチンは甘い香りが漂っていた。
今日のおやつは完成済み。シェフはお茶の時間になるまで、
此処で待機していようと思い、ぼうっとしていた。
黄色のバンダナとコックチーフと明るい色を身に付けているが、
キッチンにはどんよりとした空気が漂い、時折、物思いに溜め息など吐いていた。
ばたばたと足音が近付いて来る。その音でシェフは時計を見上げた。
「あっ、お茶の時間過ぎちゃってる」
慌てて立ち上がった時、キッチンの扉が開いた。
「ドニー。おやつ遅いぞー」
「なんか、いいにおいするー」
現れたのはシュヌーシアの生徒、レオンとラビットだ。
中等部二年生の仲良しコンビはおやつを迎えに来たらしい。
「すみません、お待たせしました」
「今日はなあに?」
シェフはトレイに載せたものを見せる。
「『魔女のボンボン』をちょっとアレンジしてみました」
みたらし団子風の食べ物で、植物園の売店で売っているものだ。
ドニは、それを少し変えて、今日のおやつを作った。
中央の大皿には、竹串に刺さった白玉団子が並んでいる。
それぞれ、串の先に団子はひとつだけだ。
大皿の周りを、みたらし、あんこ、ごまあんの皿が囲んでいる。
「この三つのソースの中から、お好きなものをディップしてお召し上がり下さい」
「へー。なんかチョコフォンデュみたいだな」
「楽しそうだね」
「なあ、ドニ。そっちの、ちっちゃい皿は?」
キッチンには、ちょこんと小皿が残っていた。
葉の形をしている皿に、串団子が一本乗っている。
この串には団子が三つ。既にソースがディップされた三色団子になっていた。
シェフは視線を泳がしながら答えた。
「これは、えっと…ボクの、です」
「なーんだ、ドニ用か。余ってんならオレが食べてやろうと思ったのに」
「ドニもお菓子好きだもんね」
「え、ええ。あ、じゃあ、お運びしますね」
「おう! おっやつ、おっやつー」


夜のシュヌーシア寮キッチン。夕食の後片付けは終わった。
ぴかぴかのテーブルには葉っぱの形をした小皿が置かれている。
誰も手をつけていない三色団子が一本。シェフは暫く皿を眺めていた。
掛け時計を見上げ、串団子に手を伸ばす。
そっと口に入れた。
一番上はみたらし。二番目はあんこ。
三番目のごまを口に入れると、キッチンに足音が近付いて来た。
シェフはちょっとむせて、胸をトントンとノックする。
お団子を飲み込んで、ドアの方を見た。
「ドニ、居る?」
「は、はいっ」
「あのね、家庭科のことでね、教えて欲しいことがあるの」
顔を出したのはシェフより小さい金髪の男の子。シュヌーシアの生徒だった。
「…ラビット様でしたか」
「あ、あの、今忙しかった? だめ?」
「いいえ。ボクでお答えできることなら」
「よかった。じゃあ、ちょっとぼくの部屋来て貰ってもいいかな?」
「はい」
シェフはシンクに皿と串を置く。キッチンの電気を消して、生徒の後に続く。
「ラビット様、どんなお勉強なのですか? ボク、難しいことは解りませんよ?」
「えっとね、今度、パンケーキを焼く授業でね」
「わあ、美味しそうな授業ですね。ボクも食べたいなあ」
小柄な背中が二つ、廊下の奥へ消えていった。


シュヌーシア寮キッチンは空っぽになる。
シンクには葉の皿が一枚。その上に串が一本。
小窓から月の光だけが差している。
その仄かな明かりに、団子のない串が照らされていた。
また、キッチンに足音が近付いて来た。
今度は寮の中からではなく外からだ。
足音は傍まで来ると、中に入ることなく、止まった。
眼鏡の奥の瞳は、外から小窓を見上げている。
電気の光がない。
音も匂いも感じない。
生徒は肩を落とし、おなかを押さえる。
脳裏にちらりとフランス人の顔が過ぎる。
ほぼ四角四面の輪郭、割れた顎。
ツンと痛む胸。もう一度、小窓を見上げる。
何度見ても、明かりはない。
「帰ろ…」
空腹の声には元気の欠片もない。
来た道を引き返す。力ない足音が、とぼとぼと遠ざかっていった。


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