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■アルフレッド五歳
「見ろよ、ジミー! すっげえだろっ!」
コリンは窓を開けて、外を見ていました。夜空はキラキラしています。
「キレイだなあ。一度でイイから、お星様を食べてみたいよな、ジミー!」
ジミーはワンワンと返事しました。
「だろっ? きっと、あまくてオイシイんだろーなー」
家族で山へキャンプに遊びに来たコリン&ジミー。
今日はロッジに泊まっています。この小屋の中は木のいい匂いがしました。
こんなに素敵な場所に来たのに、やんちゃな二人が静かにおねんねする筈がありません。
パパとママは一階でもう眠っていますが、
二階に居るコリン&ジミーはわくわくして眠れませんでした。
窓から顔を出して、空いっぱいの星を眺めています。
少し冷たい風が吹いて、コリンは、ぶるるっと身体が震えました。
「うー、ちょっと、寒いな。…え、ジミー?」
ゴールデンレトリバーがぴたっと寄り添います。
コリンはふさふさの長い毛を、ぎゅっと抱き締めました。
「ジミーといっしょだと寒くないや」
その時です。
「えっ? なんだあれっ!」
流れ星が見えました。けれど、真っ赤なのです。
ひゅうっと赤いラインを引きながら、森の方に落ちていきます。
「今の見た?」
ジミーはワンワンと返事します。
「よしっ! 探しに行こうぜ、ジミー!」
ジミーはワオーンと返事しました。
「カットー! 一発OKだ」
監督の声で、スタジオの張り詰めていた空気が一気に解ける。
主演の子役は「よしっ」と笑顔でゴールデンレトリバーを頭を撫でる。
口髭がトレードマークの監督は威勢良く立ち上がる。
「セットチェンジするぞ。25分後に撮影再開だ、遅れるな」
はい、とスタッフが一斉に動き始める。
彼等の手やポケットには揃いの冊子。
初回から高視聴率をマークしているホームドラマ、
『わんぱくコリンといたずらジミーの大冒険』の台本だ。
今日は『第18話 コリンとジミーと不思議な夜』の撮影だった。
主演のコリン役は五歳。この作品がデビュー作ながら、
明るく元気な演技が好評で、早くも天才子役と呼ばれていた。
それもそのはず、と言えるかもしれない。
父親は敏腕プロデューサーのジャンニ・ヴィスコンティ、
母親は名女優のグロリア・ヴィスコンティなのだ。
二人の兄も監督業を目指し、修行中という芸能一家。
三人目の息子として生まれたのがこのアルフレッドだった。
スタッフが、スタジオセットを整える間、
子役は犬に「行こっ」と言って、スタジオの隅っこに歩き出す。
監督は丸めた台本を機嫌良く振りながら、子役に声を掛けた。
「アルフレッド。最近、コツを掴んできたんじゃないか? 今のはイイ演技だったぜ」
パンと、台本で子役のお尻を軽く叩いていった。
子役は少し目をぱちくりして、監督の背中を見送った後、いひひっと笑った。
「監督に褒められちゃった。なあ、ロッキーも、今の演技は良かったと思うだろ?」
ゴールデンレトリバーは聞こえていない、というように澄ましていた。
この金色の犬は、子役よりも断然キャリアがある。
映画、CMにひっぱりだこの名男優ロッキー。こちらも天才だった。
演技中はジミー役の通り、相棒のコリンを慕う犬なのだが、
普段は、アルフレッドを少し見下しているような態度を見せる。
役者としては明らかに、ベテランと新人なのだ。
「ちぇっ。ロッキーは監督よりキビシイんだから。まだまだってことかよ?」
子役が監督の後ろ姿を見る。アルフレッドの父親の少し後ろを歩いていた。
嫌な笑顔をして何か話している。監督よりもプロデューサーの方が地位が上だった。
この監督を選んだのは父親なのだ。
監督としての腕は確からしい。が、何かと父親に媚びへつらう姿は好きではなかった。
子役の自尊心が傷付けられるからだ。五歳には五歳のプライドがある。
父親がプロデューサーでなければ、
デビュー作で主役にはならなかったのだろうと、五歳児でもなんとなく解った。
大人達のひそひそ話に混じる『親の七光り』という言葉。
正確な意味はよく解らないが、とにかく自分への悪口らしい。
けれど、この現場に居る多くが父親に頭が上がらないので、
たくさんの大人達が――必要以上に――大切に扱ってくれる。
子役の口はあひるのようになる。
「ロッキー」
犬の前にしゃがむ。他の大人に聞こえないように、ぼそぼそと決意を述べた。
「やっぱ、ロッキーがおれの監督」
この犬はコネや権力に屈していない。あらゆるものから自由な存在。
ロッキーだけが、自分を役者として、正当に評価してくれる気がした。
五歳児の強い眼差しが犬の目の前に突き出される。
「おれ、お前の友達にして貰えるまで、付いて行くからなっ」
遠くから監督の声が聞こえる。
「コリン&ジミー、どこ行ったー? 撮影始めるぞー」
「あっ、はい!」
五歳の天才は一瞬にして、わんぱく少年の表情になる。
犬の呼び方も本名から役名に切り替わった。
「行くぜ、ジミー!」
ワンワンと吠える犬も冒険好きな声になりきっていた。
プロデューサーのジャンニ・ヴィスコンティはスタジオの後方で撮影を見守っている。
今日の物語は、これまでとは一風違い、ファンタスティックなものだ。
コリン&ジミーは、森に落ちた流れ星を探しに行く。其処に居たのは星の妖精だ。
星の妖精は森の地面に落ちてケガをしている。
妖精と出会ったコリン&ジミーは、夜中にだけ見えるという薬草を探しに行く。
妖精は、三回までコリンを助けてくれるという、星のステッキをくれる。
今回は不思議な夜の冒険というわけだ。
ステッキの力を二回使って、薬草を手に入れ、無事に妖精の元へ戻ってくる。
元気になった妖精は星空に帰っていく。
突然、ママの声が聞こえる。そこでコリンは目を覚ますのだ。
今までの出来事は全て夢だったのかと落胆する。
すると、ジミーが口に何か咥えている。星のステッキだ。
ステッキの魔法はあと一回残っている筈。
コリンはステッキを振って言うのだ。「おれ、お星様を食べてみたい! 甘くてオイシイの!」
すとんと空から降ってくる袋。中には星型のクッキー。
コリンとジミーで仲良く食べてエンディング、という物語だ。
星の妖精は最新のCGで映像化する。
役者は何もない空間に向かって演技することになる。
視線の位置を掴む為に、妖精が居る場所には、代わりに犬のぬいぐるみを置いている。
こちらはジミーをイメージしたオリジナル商品で、なかなかよく売れているものだ。
CGの妖精は、編集スタッフが寝ずに作成中。なんとかオンエアには間に合わせるとのこと。
これからCG技術は確実に進歩する。今後はもっと楽に作れるようになるだろう。
スタジオの端で子役の演技を見つめている女が居た。
大雑把に結わえた長い髪、不恰好な眼鏡、黒のスタッフジャンパー。
服装は地味だが、素材は良い。自身の魅力に気付いていないタイプの女だった。
ジャンニはクスリと笑って、女に近付いていく。
女の背後に立って、トントンと肩を叩いた。
「キミ」
女が振り向く。眼鏡を掛けなおしながら言う。
「プロデューサー? 何かご用でしょうか?」
弱々しい、細いソプラノだった。
「キミはスタッフにしておくには勿体無いなと思ってね」
「あの、仰っている意味が解りませんが」
「キミは美しいね、と言っているんだよ?」
女は俯き、その場を去ろうとする。
「ご用がないのでしたら、私は失礼致します」
「あるさ。キミに言いたいことがある」
ジャンニは誰にも見えないように、そっと女の手を握った。
「またスタッフに変装して見学か、グロリア」
カット、とでも言われたかのように、女は途端に高飛車な口調に変わった。
「どうしてすぐに解るのっ」
ボリュームは抑えているが、ややヒステリックな声。
グロリア・ヴィスコンティ。天才子役アルフレッドの母、つまりジャンニの妻だった。
変装を見破られたハリウッド女優はご立腹だ。
「もう、今日はメイクに二時間も掛けて来たのに」
「悪いが、名女優の香りには、敏感なのでね?」
「その台詞で、今までに何人の女優を口説いて来たのかしら? 女優の敵ね」
「お前を妻に出来たんだ。充分役目を果たした台詞だろう」
「イタリアの男は口ばっかり。大体、母親が息子の勇姿を見に来て何が悪いのよ」
「家では『撮影には絶対付き添わない』とか言って。
この前は弁当屋の格好だったか? 思いの外、似合っていたが。強がっても親バカだな」
「あーら。生まれたばかりの息子を天才子役だと言い張った父親に言われたくないわね」
「天才だろう、ほら」
「そうよ、そうよ。私はあの子を見に来たんだから。もう話し掛けないで頂戴」
その様子を、彼等の息子は遠くからしっかり見ていた。
もちろん、両親の会話は息子が居るスタジオまでは聞こえていない。
五歳児の目には、自分が撮影をしている間に、
父親が見知らぬ女に言い寄っているようにしか見えないのだ。
(パパがまたナンパしてる…ママに言っちゃうぞっ)
五歳児の小さな拳は、わなわなと震えていた。
fin
「見ろよ、ジミー! すっげえだろっ!」
コリンは窓を開けて、外を見ていました。夜空はキラキラしています。
「キレイだなあ。一度でイイから、お星様を食べてみたいよな、ジミー!」
ジミーはワンワンと返事しました。
「だろっ? きっと、あまくてオイシイんだろーなー」
家族で山へキャンプに遊びに来たコリン&ジミー。
今日はロッジに泊まっています。この小屋の中は木のいい匂いがしました。
こんなに素敵な場所に来たのに、やんちゃな二人が静かにおねんねする筈がありません。
パパとママは一階でもう眠っていますが、
二階に居るコリン&ジミーはわくわくして眠れませんでした。
窓から顔を出して、空いっぱいの星を眺めています。
少し冷たい風が吹いて、コリンは、ぶるるっと身体が震えました。
「うー、ちょっと、寒いな。…え、ジミー?」
ゴールデンレトリバーがぴたっと寄り添います。
コリンはふさふさの長い毛を、ぎゅっと抱き締めました。
「ジミーといっしょだと寒くないや」
その時です。
「えっ? なんだあれっ!」
流れ星が見えました。けれど、真っ赤なのです。
ひゅうっと赤いラインを引きながら、森の方に落ちていきます。
「今の見た?」
ジミーはワンワンと返事します。
「よしっ! 探しに行こうぜ、ジミー!」
ジミーはワオーンと返事しました。
「カットー! 一発OKだ」
監督の声で、スタジオの張り詰めていた空気が一気に解ける。
主演の子役は「よしっ」と笑顔でゴールデンレトリバーを頭を撫でる。
口髭がトレードマークの監督は威勢良く立ち上がる。
「セットチェンジするぞ。25分後に撮影再開だ、遅れるな」
はい、とスタッフが一斉に動き始める。
彼等の手やポケットには揃いの冊子。
初回から高視聴率をマークしているホームドラマ、
『わんぱくコリンといたずらジミーの大冒険』の台本だ。
今日は『第18話 コリンとジミーと不思議な夜』の撮影だった。
主演のコリン役は五歳。この作品がデビュー作ながら、
明るく元気な演技が好評で、早くも天才子役と呼ばれていた。
それもそのはず、と言えるかもしれない。
父親は敏腕プロデューサーのジャンニ・ヴィスコンティ、
母親は名女優のグロリア・ヴィスコンティなのだ。
二人の兄も監督業を目指し、修行中という芸能一家。
三人目の息子として生まれたのがこのアルフレッドだった。
スタッフが、スタジオセットを整える間、
子役は犬に「行こっ」と言って、スタジオの隅っこに歩き出す。
監督は丸めた台本を機嫌良く振りながら、子役に声を掛けた。
「アルフレッド。最近、コツを掴んできたんじゃないか? 今のはイイ演技だったぜ」
パンと、台本で子役のお尻を軽く叩いていった。
子役は少し目をぱちくりして、監督の背中を見送った後、いひひっと笑った。
「監督に褒められちゃった。なあ、ロッキーも、今の演技は良かったと思うだろ?」
ゴールデンレトリバーは聞こえていない、というように澄ましていた。
この金色の犬は、子役よりも断然キャリアがある。
映画、CMにひっぱりだこの名男優ロッキー。こちらも天才だった。
演技中はジミー役の通り、相棒のコリンを慕う犬なのだが、
普段は、アルフレッドを少し見下しているような態度を見せる。
役者としては明らかに、ベテランと新人なのだ。
「ちぇっ。ロッキーは監督よりキビシイんだから。まだまだってことかよ?」
子役が監督の後ろ姿を見る。アルフレッドの父親の少し後ろを歩いていた。
嫌な笑顔をして何か話している。監督よりもプロデューサーの方が地位が上だった。
この監督を選んだのは父親なのだ。
監督としての腕は確からしい。が、何かと父親に媚びへつらう姿は好きではなかった。
子役の自尊心が傷付けられるからだ。五歳には五歳のプライドがある。
父親がプロデューサーでなければ、
デビュー作で主役にはならなかったのだろうと、五歳児でもなんとなく解った。
大人達のひそひそ話に混じる『親の七光り』という言葉。
正確な意味はよく解らないが、とにかく自分への悪口らしい。
けれど、この現場に居る多くが父親に頭が上がらないので、
たくさんの大人達が――必要以上に――大切に扱ってくれる。
子役の口はあひるのようになる。
「ロッキー」
犬の前にしゃがむ。他の大人に聞こえないように、ぼそぼそと決意を述べた。
「やっぱ、ロッキーがおれの監督」
この犬はコネや権力に屈していない。あらゆるものから自由な存在。
ロッキーだけが、自分を役者として、正当に評価してくれる気がした。
五歳児の強い眼差しが犬の目の前に突き出される。
「おれ、お前の友達にして貰えるまで、付いて行くからなっ」
遠くから監督の声が聞こえる。
「コリン&ジミー、どこ行ったー? 撮影始めるぞー」
「あっ、はい!」
五歳の天才は一瞬にして、わんぱく少年の表情になる。
犬の呼び方も本名から役名に切り替わった。
「行くぜ、ジミー!」
ワンワンと吠える犬も冒険好きな声になりきっていた。
プロデューサーのジャンニ・ヴィスコンティはスタジオの後方で撮影を見守っている。
今日の物語は、これまでとは一風違い、ファンタスティックなものだ。
コリン&ジミーは、森に落ちた流れ星を探しに行く。其処に居たのは星の妖精だ。
星の妖精は森の地面に落ちてケガをしている。
妖精と出会ったコリン&ジミーは、夜中にだけ見えるという薬草を探しに行く。
妖精は、三回までコリンを助けてくれるという、星のステッキをくれる。
今回は不思議な夜の冒険というわけだ。
ステッキの力を二回使って、薬草を手に入れ、無事に妖精の元へ戻ってくる。
元気になった妖精は星空に帰っていく。
突然、ママの声が聞こえる。そこでコリンは目を覚ますのだ。
今までの出来事は全て夢だったのかと落胆する。
すると、ジミーが口に何か咥えている。星のステッキだ。
ステッキの魔法はあと一回残っている筈。
コリンはステッキを振って言うのだ。「おれ、お星様を食べてみたい! 甘くてオイシイの!」
すとんと空から降ってくる袋。中には星型のクッキー。
コリンとジミーで仲良く食べてエンディング、という物語だ。
星の妖精は最新のCGで映像化する。
役者は何もない空間に向かって演技することになる。
視線の位置を掴む為に、妖精が居る場所には、代わりに犬のぬいぐるみを置いている。
こちらはジミーをイメージしたオリジナル商品で、なかなかよく売れているものだ。
CGの妖精は、編集スタッフが寝ずに作成中。なんとかオンエアには間に合わせるとのこと。
これからCG技術は確実に進歩する。今後はもっと楽に作れるようになるだろう。
スタジオの端で子役の演技を見つめている女が居た。
大雑把に結わえた長い髪、不恰好な眼鏡、黒のスタッフジャンパー。
服装は地味だが、素材は良い。自身の魅力に気付いていないタイプの女だった。
ジャンニはクスリと笑って、女に近付いていく。
女の背後に立って、トントンと肩を叩いた。
「キミ」
女が振り向く。眼鏡を掛けなおしながら言う。
「プロデューサー? 何かご用でしょうか?」
弱々しい、細いソプラノだった。
「キミはスタッフにしておくには勿体無いなと思ってね」
「あの、仰っている意味が解りませんが」
「キミは美しいね、と言っているんだよ?」
女は俯き、その場を去ろうとする。
「ご用がないのでしたら、私は失礼致します」
「あるさ。キミに言いたいことがある」
ジャンニは誰にも見えないように、そっと女の手を握った。
「またスタッフに変装して見学か、グロリア」
カット、とでも言われたかのように、女は途端に高飛車な口調に変わった。
「どうしてすぐに解るのっ」
ボリュームは抑えているが、ややヒステリックな声。
グロリア・ヴィスコンティ。天才子役アルフレッドの母、つまりジャンニの妻だった。
変装を見破られたハリウッド女優はご立腹だ。
「もう、今日はメイクに二時間も掛けて来たのに」
「悪いが、名女優の香りには、敏感なのでね?」
「その台詞で、今までに何人の女優を口説いて来たのかしら? 女優の敵ね」
「お前を妻に出来たんだ。充分役目を果たした台詞だろう」
「イタリアの男は口ばっかり。大体、母親が息子の勇姿を見に来て何が悪いのよ」
「家では『撮影には絶対付き添わない』とか言って。
この前は弁当屋の格好だったか? 思いの外、似合っていたが。強がっても親バカだな」
「あーら。生まれたばかりの息子を天才子役だと言い張った父親に言われたくないわね」
「天才だろう、ほら」
「そうよ、そうよ。私はあの子を見に来たんだから。もう話し掛けないで頂戴」
その様子を、彼等の息子は遠くからしっかり見ていた。
もちろん、両親の会話は息子が居るスタジオまでは聞こえていない。
五歳児の目には、自分が撮影をしている間に、
父親が見知らぬ女に言い寄っているようにしか見えないのだ。
(パパがまたナンパしてる…ママに言っちゃうぞっ)
五歳児の小さな拳は、わなわなと震えていた。
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