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■アイヴィー×ソクーロフ
■とある大きなバー 一年後
「昨日、デッドプリンスどもが、うち遊びに来てさー」
金髪の男は酒が入っているせいか、少し子供っぽい口調だった。
彼の前には、気に入りのビール。ジョッキは半分まで金色。
「もうすぐハルヤが誕生日だからってミニパーティすることになったんだー。
って言っても、いつも通りメシ作ってやっただけなんだけど。あ、あとカンパイはした」
線の細い長髪は結ぶことなく、そのままブルーのワイシャツに下ろされている。
首許には緩い黒ネクタイ。ごく稀にキツク結ばれることもあるが、
普段はただ形ばかりにぶら下げているだけだった。
「それでさ、ハルヤ、何て言ったと思う?
『もう17歳かあ。17歳って、もっと大人かと思ってた』って言ったんだよね。
俺も17歳の時なら、きっと同じこと言ったと思うケドさ。
何歳になっても、自分の年齢にビックリするもんなのかねー」
金髪の男は顎を右手で支えて、少し上を眺める。
此処は聖アルフォンソ島の中では大きいバー。
店内のテーブルは、六割方埋まり、皆が気持ちよく酔っている。
陽気な話し声とR&Bが自然と混ざり合い、ひとつの音楽のようだった。
金髪はグイッと顔を突き出す。
「ソクちゃんはどう? ビックリする?」
向かいの席で、金髪の話を黙って聞いているのは、眼鏡の男。
こちらはアルコール度数の高いウイスキー。
彼も髪は長いが、こちらは一つに束ねていた。
「そうだな。私も、生徒達と同い年の子供が居ても可笑しくはない年齢だ」
「あー。そう考えると、すごいビックリだねー」
金髪は、ひひひと笑う。笑われた眼鏡は冷静に返した。
「何が可笑しい? お前にも言えることだぞ」
「ソクちゃんの子供ってコワそうでヤだなと思ってさ?」
眼鏡の眉がぴくりと動く。言葉は気だるげに返された。
「失礼な」
テーブルには酒の肴。洒落たものはない。
ジャーキー、チョコレートなど注文したらすぐに出てくるようなものだ。
金髪が手を伸ばしているのはトルティーヤチップス。
「毎日マージナルプリンスども見てるとさ。若くてイイなあって思っちゃってるんだよねー。
んで。若い時に、ああしておけばよかった、こうしておけば良かった、って思ってんの。ヘンなのー」
コーン色の薄べったい三角を、冷やしたサルサソースを付けて食べる。
酸味のあるソースのおかげで、コーンチップのくどさが軽減される。
金髪は三角の頂点に赤いソースを付け、バリバリと軽快な音を立てて食べていた。
彼の自宅にもよくあるものだ。
コーンの香ばしさと、チェダーチーズの濃い味付けが、
ビールに合うので、彼が好きなつまみのひとつだった。
「そういうこと言う大人って年寄り臭いなって昔は思ってたのにねー」
次に手を伸ばしたチップは、てっぺんが割れて小さな台形になっていた。
上辺でソースを掬い、口に入れる。
指に付いた塩を皿の上でパラパラと落とした。それでも取れない分は舐める。
親指の先を咥えたまま、金髪の動きが止まった。視線が右上を向いていた。
眼鏡は、また下らない事でも考えているのか、と訊ねた。
「あ、うん。そういやさ、去年の春も二人でココ来たなーと思って」
「そうだったか?」
「うん。同じ時期だった気がする。店の外に黄色いお花咲いてたから」
店の前には小さな花壇があった。
花祭りも近いので、島の至る所で花が飾られる季節だが、
この店では例年黄色い花が咲いていた。
「来年もさ、また一緒に来れるかな?」
眼鏡は紫煙を昇らせる。
ゆっくりと空気に溶けていく。
「さあな」
金髪はまた子供っぽい笑顔を見せる。
「だよね」
二人の傍には、それぞれ違う柄の煙草。
金髪の黒いジッポは箱の上に乗せていた。
眼鏡はスナックを殆ど食べていなかった。
煙草かグラス。それを交互に手にしていた。
今は長い指に煙草を挟んでいる。トン、と灰皿に灰を落とす。
「島の人間でない者は、此処に骨を埋めることはできない」
感情の籠もらない声で、眼鏡は淡々と続ける。
「此処は特殊な場所だ。いつ何時、島を出ろと言われるかもしれない」
「そう、だけど」
テーブルの中央にはシルバーの灰皿。
吸殻が三本。眼鏡側に二本、金髪側に一本ある。
「私は医師で、お前は軍人。島を出れば、もう会うこともないだろう」
二人の間をゆらりと紫煙が昇っていく。
金髪はジョッキを握ったまま俯いていたが、ぱっと顔を上げた。
「でも、俺がケガしちゃって、ソクちゃんの居る病院に担ぎ込まれるとかっ」
「身を傷付けてまで私に会いたいのか? 殊勝なことだな」
「た、例えばの話でしょ」
金髪はビールを口に運ぶ。
こくりと喉を動かし、テーブルにビアジョッキを戻す。
左側にある壁に身体を預けた。金髪がくしゃりと歪む。
「俺、やだな」
眼鏡はウイスキーグラスの上部に触れたまま、金髪の表情を眺めている。
ジョッキの中では黄金の泡沫が幾つも上がっていく。
「ソクちゃんとお酒飲めなくなっちゃうの、やだ」
ジョッキの半分より上には泡の痕。泡と硝子の縞模様ができている。
金髪はジョッキに貼り付いた泡を見つめて言った。
「寂しく、なっちゃうよ」
雫がウイスキーグラスの頬を伝う。それは紙のコースターに吸い取られた。
緑色の丸い厚紙。グラスの周囲だけ濃緑の染みになっている。
「寂しいなどと言うな。子供か、お前は」
再び煙草を咥えた。
金髪は、うーん、と言いながら椅子に深く凭れる。
「いつから大人になっちゃったのかなー、俺」
眼鏡は何も言わない。
金髪は機械的にチップを口に運んでいた。
顔馴染みのボーイが通り掛かる。
二人のグラスを見て、テーブルの傍で跪く。
ボーイの方が一回り若く、人懐っこい笑顔だった。
「アイヴィー、センセ。次、何飲むー?」
金髪は薄っぺらいメニューを手に、ええっとー、と考え始める。
眼鏡はボーイに向かって微笑を見せる。
「ありがとう。今夜はもう失礼するから、構わないよ」
金髪は、えっ、っと言った。眼鏡は目を合わせない。
ボーイは眼鏡の表情を盗み見ると、
テーブルに手を付いて、身軽に腰を上げた。
「はーい。じゃ、また来てね、お二人さん」
アイヴィーとセンセーお帰りでーす、と叫びながらボーイが行ってしまう。
眼鏡は席を立ち、薄手のコートを掴む。
席に座ったままの金髪が相手を見上げる。
「ソクーロフ」
「行くぞ」
コートに腕を通す。するりと衣擦れの音。
金髪は席を立たない。笑顔で人差し指を立てる。
「じゃさ、もう一軒、行こ?」
ねっ? と言う連れに、眼鏡は見向きもしない。
テーブルに置いていた煙草をポケットに仕舞い、伝票を手に持った。
「ソクちゃん、もう飲めないの? 弱くなっちゃった?」
「今日は、止めておけ」
存外に優しい声。大人が子供を諭すようだった。
眼鏡は先に歩き出し、会計に向かう。
置いていかれた金髪は頬を膨らます。
「いじわる」
残っていたビールを飲み切る。生温くて不味い。
渋々、席を立ち、煙草をズボンのポケットに押し込む。
椅子に掛けていたジャケットを右肩に背負い、連れを追い駆けた。
「どうもありがとうございましたー」
ボーイの明るい声。眼鏡は財布を仕舞ったところだった。
眼鏡はボーイが開けてくれたドアを通る。金髪は小走りでその後に続く。
ボーイは二人の男に手を振った。
「おやすみー。アイヴィー、帰り道、転ぶなよー?」
「ダイジョーブだっつの」
金髪は片手を挙げ、ひらひらと振った。
外は夜の気温。春になったと言ってもこの時間では肌寒い。
道はタイルで綺麗に舗装され、等間隔に設置された洋灯を浴びていた。
先に進んでいる連れの隣に並ぶ。眼鏡の顔を覗き込む。
「ね、ソクちゃん。今日は、おごってくれたの? 次は俺がおごるね」
「次の次もだ」
コートの裾が翻る。
金髪は立ち止まって、ひひひと笑う。
「イジワルさんだなー、ソクちゃんは」
二人分の足音が、夜の街に吸い込まれていく。
彼等の後方には小さな花壇。黄色の花が咲いていた。
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■とある大きなバー 一年後
「昨日、デッドプリンスどもが、うち遊びに来てさー」
金髪の男は酒が入っているせいか、少し子供っぽい口調だった。
彼の前には、気に入りのビール。ジョッキは半分まで金色。
「もうすぐハルヤが誕生日だからってミニパーティすることになったんだー。
って言っても、いつも通りメシ作ってやっただけなんだけど。あ、あとカンパイはした」
線の細い長髪は結ぶことなく、そのままブルーのワイシャツに下ろされている。
首許には緩い黒ネクタイ。ごく稀にキツク結ばれることもあるが、
普段はただ形ばかりにぶら下げているだけだった。
「それでさ、ハルヤ、何て言ったと思う?
『もう17歳かあ。17歳って、もっと大人かと思ってた』って言ったんだよね。
俺も17歳の時なら、きっと同じこと言ったと思うケドさ。
何歳になっても、自分の年齢にビックリするもんなのかねー」
金髪の男は顎を右手で支えて、少し上を眺める。
此処は聖アルフォンソ島の中では大きいバー。
店内のテーブルは、六割方埋まり、皆が気持ちよく酔っている。
陽気な話し声とR&Bが自然と混ざり合い、ひとつの音楽のようだった。
金髪はグイッと顔を突き出す。
「ソクちゃんはどう? ビックリする?」
向かいの席で、金髪の話を黙って聞いているのは、眼鏡の男。
こちらはアルコール度数の高いウイスキー。
彼も髪は長いが、こちらは一つに束ねていた。
「そうだな。私も、生徒達と同い年の子供が居ても可笑しくはない年齢だ」
「あー。そう考えると、すごいビックリだねー」
金髪は、ひひひと笑う。笑われた眼鏡は冷静に返した。
「何が可笑しい? お前にも言えることだぞ」
「ソクちゃんの子供ってコワそうでヤだなと思ってさ?」
眼鏡の眉がぴくりと動く。言葉は気だるげに返された。
「失礼な」
テーブルには酒の肴。洒落たものはない。
ジャーキー、チョコレートなど注文したらすぐに出てくるようなものだ。
金髪が手を伸ばしているのはトルティーヤチップス。
「毎日マージナルプリンスども見てるとさ。若くてイイなあって思っちゃってるんだよねー。
んで。若い時に、ああしておけばよかった、こうしておけば良かった、って思ってんの。ヘンなのー」
コーン色の薄べったい三角を、冷やしたサルサソースを付けて食べる。
酸味のあるソースのおかげで、コーンチップのくどさが軽減される。
金髪は三角の頂点に赤いソースを付け、バリバリと軽快な音を立てて食べていた。
彼の自宅にもよくあるものだ。
コーンの香ばしさと、チェダーチーズの濃い味付けが、
ビールに合うので、彼が好きなつまみのひとつだった。
「そういうこと言う大人って年寄り臭いなって昔は思ってたのにねー」
次に手を伸ばしたチップは、てっぺんが割れて小さな台形になっていた。
上辺でソースを掬い、口に入れる。
指に付いた塩を皿の上でパラパラと落とした。それでも取れない分は舐める。
親指の先を咥えたまま、金髪の動きが止まった。視線が右上を向いていた。
眼鏡は、また下らない事でも考えているのか、と訊ねた。
「あ、うん。そういやさ、去年の春も二人でココ来たなーと思って」
「そうだったか?」
「うん。同じ時期だった気がする。店の外に黄色いお花咲いてたから」
店の前には小さな花壇があった。
花祭りも近いので、島の至る所で花が飾られる季節だが、
この店では例年黄色い花が咲いていた。
「来年もさ、また一緒に来れるかな?」
眼鏡は紫煙を昇らせる。
ゆっくりと空気に溶けていく。
「さあな」
金髪はまた子供っぽい笑顔を見せる。
「だよね」
二人の傍には、それぞれ違う柄の煙草。
金髪の黒いジッポは箱の上に乗せていた。
眼鏡はスナックを殆ど食べていなかった。
煙草かグラス。それを交互に手にしていた。
今は長い指に煙草を挟んでいる。トン、と灰皿に灰を落とす。
「島の人間でない者は、此処に骨を埋めることはできない」
感情の籠もらない声で、眼鏡は淡々と続ける。
「此処は特殊な場所だ。いつ何時、島を出ろと言われるかもしれない」
「そう、だけど」
テーブルの中央にはシルバーの灰皿。
吸殻が三本。眼鏡側に二本、金髪側に一本ある。
「私は医師で、お前は軍人。島を出れば、もう会うこともないだろう」
二人の間をゆらりと紫煙が昇っていく。
金髪はジョッキを握ったまま俯いていたが、ぱっと顔を上げた。
「でも、俺がケガしちゃって、ソクちゃんの居る病院に担ぎ込まれるとかっ」
「身を傷付けてまで私に会いたいのか? 殊勝なことだな」
「た、例えばの話でしょ」
金髪はビールを口に運ぶ。
こくりと喉を動かし、テーブルにビアジョッキを戻す。
左側にある壁に身体を預けた。金髪がくしゃりと歪む。
「俺、やだな」
眼鏡はウイスキーグラスの上部に触れたまま、金髪の表情を眺めている。
ジョッキの中では黄金の泡沫が幾つも上がっていく。
「ソクちゃんとお酒飲めなくなっちゃうの、やだ」
ジョッキの半分より上には泡の痕。泡と硝子の縞模様ができている。
金髪はジョッキに貼り付いた泡を見つめて言った。
「寂しく、なっちゃうよ」
雫がウイスキーグラスの頬を伝う。それは紙のコースターに吸い取られた。
緑色の丸い厚紙。グラスの周囲だけ濃緑の染みになっている。
「寂しいなどと言うな。子供か、お前は」
再び煙草を咥えた。
金髪は、うーん、と言いながら椅子に深く凭れる。
「いつから大人になっちゃったのかなー、俺」
眼鏡は何も言わない。
金髪は機械的にチップを口に運んでいた。
顔馴染みのボーイが通り掛かる。
二人のグラスを見て、テーブルの傍で跪く。
ボーイの方が一回り若く、人懐っこい笑顔だった。
「アイヴィー、センセ。次、何飲むー?」
金髪は薄っぺらいメニューを手に、ええっとー、と考え始める。
眼鏡はボーイに向かって微笑を見せる。
「ありがとう。今夜はもう失礼するから、構わないよ」
金髪は、えっ、っと言った。眼鏡は目を合わせない。
ボーイは眼鏡の表情を盗み見ると、
テーブルに手を付いて、身軽に腰を上げた。
「はーい。じゃ、また来てね、お二人さん」
アイヴィーとセンセーお帰りでーす、と叫びながらボーイが行ってしまう。
眼鏡は席を立ち、薄手のコートを掴む。
席に座ったままの金髪が相手を見上げる。
「ソクーロフ」
「行くぞ」
コートに腕を通す。するりと衣擦れの音。
金髪は席を立たない。笑顔で人差し指を立てる。
「じゃさ、もう一軒、行こ?」
ねっ? と言う連れに、眼鏡は見向きもしない。
テーブルに置いていた煙草をポケットに仕舞い、伝票を手に持った。
「ソクちゃん、もう飲めないの? 弱くなっちゃった?」
「今日は、止めておけ」
存外に優しい声。大人が子供を諭すようだった。
眼鏡は先に歩き出し、会計に向かう。
置いていかれた金髪は頬を膨らます。
「いじわる」
残っていたビールを飲み切る。生温くて不味い。
渋々、席を立ち、煙草をズボンのポケットに押し込む。
椅子に掛けていたジャケットを右肩に背負い、連れを追い駆けた。
「どうもありがとうございましたー」
ボーイの明るい声。眼鏡は財布を仕舞ったところだった。
眼鏡はボーイが開けてくれたドアを通る。金髪は小走りでその後に続く。
ボーイは二人の男に手を振った。
「おやすみー。アイヴィー、帰り道、転ぶなよー?」
「ダイジョーブだっつの」
金髪は片手を挙げ、ひらひらと振った。
外は夜の気温。春になったと言ってもこの時間では肌寒い。
道はタイルで綺麗に舗装され、等間隔に設置された洋灯を浴びていた。
先に進んでいる連れの隣に並ぶ。眼鏡の顔を覗き込む。
「ね、ソクちゃん。今日は、おごってくれたの? 次は俺がおごるね」
「次の次もだ」
コートの裾が翻る。
金髪は立ち止まって、ひひひと笑う。
「イジワルさんだなー、ソクちゃんは」
二人分の足音が、夜の街に吸い込まれていく。
彼等の後方には小さな花壇。黄色の花が咲いていた。
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