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Marginal Prince Short Story
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■エドガー×ヤン
聖アルフォンソ学院 正門前。
早朝ランニングから、一人の生徒が戻って来た。
門番は門を開けて一礼する。
「おかえりなさいませ、エドガー様」
「ただいま。今日すげーイイ天気だなっ」
ウーティス寮の最高学年エドガー・ラッセル。
Tシャツにジャージ姿。快活な足取りで門を駆け抜けて行く。
正門から校舎までの大きな一本道は、月桂樹のアーチになっている。
木々の間から眩しい朝陽が降り注ぐ。
エドガーが真上を向くと、金色の短髪も輝いた。
「何度見てもイイなー、朝の月桂樹は」
新鮮な酸素を吸って再び駆け出す。月桂樹の森を通って寮に戻ることにした。
朝の森は、生徒の姿が殆どない。
森に住む動物達が顔を出し易いのもこの時間帯。
そこここでウサギやリスがひょこひょこと歩いている。彼等も朝食の時間らしい。
木の上に人影があった。その根元には切り落とした枝葉。
13歳で入学し、かつ早起きのエドガーは顔馴染みの相手だった。
「よっ、バロウズ。いつも朝からお疲れっ」
呼ばれた男はハンチング帽を取り、胸に当てた。
「これはエドガー様。おはようございます」
パーマのかかった髪が風に揺れる。綺麗な顎鬚を持つ細身の男。
広大な森の管理維持を担当する森番だ。
剪定を行う時はカジュアルなツナギを着用していた。
作業服姿を知っている生徒はそう多くない。
剪定作業は、生徒が森を通ることが少ない時間帯に行われるからだ。
「エドガー様は、ランニングの帰りですか?」
「ああ。ちょっと海見てきたんだ、すっげキレーだった」
「良かったですね」
「うん。じゃな、バロウズ」


それから一時間後、シュヌーシア寮ダイニングルーム。
「おはよー」
パジャマ姿の寮生達がちらほらと集まり、朝の挨拶を交わしている。
朝はビュッフェスタイル。各自好きな物を皿に乗せて席に着く。
聖アルフォンソ学院では中等部から高等部まで同じ寮に住む。
原則13歳から18歳までの男子生徒が一緒に生活している。
自然と最高学年の生徒はお兄さん役として後輩達の面倒を看る、筈なのだが。
中等部の生徒が、きょろきょろを周りを見る。
「あれ、ヤンは? もう朝ごはん終わってるのかな?」
「いーや、来てねえと思うけど?」
「また夜中まで数学遊びして、まだ寝てんじゃねーのか」
「そーだな、きっと」
「誰か起こしに行ってこいよ」
「もー。生徒代表にもなったのに、しょうがないなー、ヤンはー」
寮生達が笑う。シュヌーシア寮の最高学年ヤン・ハシェクは、
どちらかと言うと後輩達に面倒を看て貰う方だった。


朝食を終えたエドガーは、キャンパス内を歩いていた。
今日はあたたかくなりそうなので、ブレザーは置いてきた。
ワイシャツは第二ボタンまで外していた。
今日の一時間目は、ヤンと一緒に受けている講義なので、
シュヌーシア寮までヤンを迎えに行くことにした。
エドガーはウーティス寮であり、二人は住んでいる寮が違う。
だが、同じ学年なので付き合いが長く、互いに気の置けない友人だった。
ヤンは学院きっての数学の天才なのだが、数学以外のことは、まるでダメ。
どうもあちこち抜けているタイプなので、エドガーもつい世話を焼いてしまうのだった。
(なーんか昨日、様子がヘンだったから、ヤな予感すんだよなー)
エドガーがシュヌーシア寮に到着する。
寮の端っこがヤンの部屋だった。窓の外から部屋の中を覗き込む。
ヤンはまだ眠っていた。眼鏡を掛けたまま、猫のように身体を丸めている。
ベッドではなく、部屋の中央で。
そして何故か、ヤンの周りにトイレットペーパーが散乱している。
エドガーは額に手を当てる。
「何をしたら、こうなるんだ…」
窓に触れたら無用心にも開いてしまったので、窓から部屋に入ることにした。
窓枠に手を置いて、ひょいっと身軽に飛び越えた。
この部屋にはよく来るのだが、相変わらず、
『掃除』や『後片付け』という言葉を知らない部屋だ。
そのくせ、数学の本を置く本棚だけは綺麗に整頓されていた。
床に転がっているトイレットペーパーには、何か数字の羅列が書かれていた。
ヤンの筆跡だ。ヤンの手許に近付くにつれて、
その数字が細く、眠たげに変わっていくのが見て取れた。ペンも落ちている。
白い巻紙を踏まないように、ヤンの傍に行く。
ヤンはワイシャツに紺のカーディガンという昨日の格好のまま。
艶のない灰色の髪は結構伸びてきて、もうすぐ肩に届きそうだ。
寝顔の前でしゃがんで、ほっぺを人差し指で突いた。
「ヤーン。起きろよ、この数学バカ」
何度か大声で呼んでやると、やっと小さな呻き声が聞こえた。
輝きのない灰色の瞳が薄く開く。
「起きたか? ヤン」
「んん…ん…えど?」
「お前さ、まず寝る時はベッドで寝ろ。それから、このトイレットペーパーは何なワケ?」
「え…もう、食べられないよ…でも、いちごなら…」
「寝惚けるな。起きろってば」
ヤンは、ぼさぼさの髪を掻きながら、ゆっくりと上体を起こす。
辺りに散らかっている巻紙を見て、ちょっと小首を傾げていた。
「おいおい、解らないのか? これ、お前の字だろ、ほれ」
紙を突き出すと、ヤンは眼鏡を掛け直し、目を近付けた。
「あ。ああ、僕ね、ちょっと円周率を書いてみようかなあと思って」
「円周率って、あの、3.14なんとかってずっと続くヤツか?」
「うん。やっぱり、一回やってみたいでしょ? 円周率って」
「俺はやってみたくねーけどな。てか、なんで、トイレットペーパーなんかに」
「え? だって、長い紙って、これしか思い付かなくて…」
「いや、だからって」
「ん? このトイレットペーパーは綺麗だよ? バトラーに新しいの貰ったから。
でも書くの大変だったんだ、そっと書かないと破れちゃうんだもん」
「当たり前だろ、バカ」
「あっ、エド、そこ踏んじゃうよ? 気を付…」
びりっという音がして、エドガーの足が滑る。
「うわっ!」


「ヤンー。朝ごはんの時間、終わっちゃうよー?」
「俺達、もう食べ終わったぜー」
ヤンの部屋の前に、シュヌーシアの生徒三人が立っていた。
自分の部屋に戻るついでに、ヤンを起こしてあげようとやってきた。
ドアの向こうからバタンッと大きな音がした。
「どうしたの、ヤン? 開けるよ?」
「うわっ、ちょい待ちっ!」
エドガーが叫んだにも関わらず、ドアが開いた。
ドアノブを持っている下級生は目が点になる。
違う寮のエドガーが、ヤンに覆い被さっている。
そして部屋の中はトイレットペーパーだらけ。
「えっ…」
シュヌーシアの上級生は笑って、下級生の目を覆った。
「中等部は見ちゃダメだぞー。もうちょいおっきくなってからなー?」


fin
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