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■ハルヤ×ドニ
■愛のアルフォンソ劇場 第四幕「甘くない男」 続編
アランは夕食の後片付けが終わったところだった。
綺麗だが、殺風景としか言いようがないアルファルド寮キッチン。
黒いエプロンを置いて、外へ出て行く。
褐色の腕が夜の風に当てられる。半袖のTシャツでは肌寒い。
宿舎のメルキュール館へと向かうと、見知った顔が見えた。アランより30cmほど小さい男。
シュヌーシア寮専属シェフ。ドニ・ドーム。
アランはすたすたと歩いて、後ろから子供のような左腕を掴んだ。
手首を握られたドニは、びくっと肩が跳ねた。
振り向くとアランだったので、とてもほっとした様子だった。
「もー。ビックリさせないで下さいよ、アランさん」
アランは手を離さず、ドニの顔を見つめている。
そのまま十秒ほど黙ったままだった。ドニが沈黙を破る。
「アランさん? どうしたんですか?」
アランはドニから視線を逸らしたが、手を離さない。
また黙ってしまったので、ドニは待ってみることにした。
ナイチンゲール達が何か歌いながら頭上を通り過ぎていく。
「お前」
アランの低音には強弱がない。
ドニはすかさず、「はい」と相槌を打つ。無表情のまま、アランが続ける。
「これから、外へ行くのか?」
「ええ。晩ご飯を食べに」
この先輩と話す時、ドニはいつもかなり見上げた姿勢になる。
長身の背後にはまあるい月が浮かんでいる。普段は無口な男が、低い声でぼそりと言った。
「お前、最近、どうした?」
「え?」
「あまり、笑わなくなった」
握られた手首がぴくと動く。今度はドニが喋らなくなった。
アランは覗き込むようにドニを見つめる。ドニは俯いてしまう。
「ボクは、別に何も…」
大きな手がドニの頭に被さる。自分よりずっと大きな手。ドニは目をぱちくりする。
「アラン、さん?」
褐色の手にポンポンと頭を撫でられる。
その意味は言葉にせず、アランはメルキュール館へ歩いて行った。
ドニは撫でられた場所に触れてみる。その面積は広かった。自分の小さな手では覆いきれない。
「…アランさんの手、おっきいな」
それから数時間後、アイヴィーは遅い夕食を食べに街を歩いていた。
自分の頭の中にあるフィンシャルグルメマップを頼りに、
まだやっていそうな店を探す。現在23時ちょい前。
この近くには、ラストオーダーギリギリのバーがある。軽食も食べさせてくれる店だ。
やや早歩きで店に向かう。黄色いドアを開けるとレトロな鐘の音がした。
「こんばんはー。ラストオーダー、間に合うかな? パニーニだけ食べさせて欲し…」
店の中から若いボーイが突進してくる。
「ああっ、アイヴィー! イイトコに来るじゃん!」
嬉しそうな若いボーイに腕を組まれる。
「な、なんだよ」
「いやー、このお客さんがグッスリでさー」
ボーイが示す先には小柄な男。テーブルにつっぷして、気持ち良さそうに眠っていた。
「なんだ、ドニじゃん。コイツ、酔うと寝ちゃうから」
「閉店も近いし、起こさなきゃなんだけど、なんか可愛いから起こせなくて困ってたんだー。
このマージナルプリンス、アイヴィーの友達だろ?
送ってやってくんないかな、ていうか、この時間、ガッコの門、開いてんの?」
「こいつはマージナルプリンスじゃねえよ。シェフ。これでもオトナ」
「あああ? このカオで?」
「あと、門はもう開いてないな。頼めば開けて貰えるけど面倒だし。
しょうがない。俺がお持ち帰りしてやっか」
「サンキュー、アイヴィー! えっと、オーダー、パニーニだっけ?」
「あ、ああ」
「ラジャ! お礼にスペシャルver.で作ってくるよ!」
「ドーニッ。朝だぞー。そろそろ起きとけ」
翌朝。ドニが目覚めると、知り合いの顔があった。
聖アルフォンソ学院の専属ドライバー。
「えっ…アイヴィーさん? あ、いてて…」
「おいおい、二日酔いかよ。待ってな、水持ってきてやっから」
アイヴィーがキッチンへ行く。ドニは重い頭を押さえながら身体を起こす。
やや殺風景な部屋。煙草の香りがするベッド。ドニは、やっと気付く。
此処はメルキュール館の自分の部屋ではない。
「あの…アイヴィーさん、ココは…」
「ん? 俺んちだけど?」
冷蔵庫の閉まる音がして、コポコポと水をコップに注ぐ音がする。
ドニは疑問符を幾つも浮かべているような顔をしていた。
「…どうして…あれ? ボク、昨日は何してたんでしょうか…」
アイヴィーは笑いながらキッチンから戻ってくる。
たっぷり水を入れたコップを差し出す。
「まあ、とりあえず、これでも飲めば? 二日酔いには水だからな」
「は、はい」
コップを両手で持つ。手の平がひんやりと気持ち良い。
水をひとくち飲むと、全身に染み渡るような爽快感が走る。
そこで脳が、喉が渇いていたと思い出したように、水分補給を要求する。
命じられるまま、ゴクゴクとコップ一杯をあっという間に飲み干した。
空になったコップに、さっと手が差し出される。ドニは、おずおずとコップを返す。
「ご、ごちそうさまでした」
「あいよ」
アイヴィーがコップを受け取り、そういや、と言った。
「ドニはうち来んの初めてだっけか?」
「ええ。ボ、ボク、アイヴィーさんちにお泊まりしちゃったんですか?」
「あー。完全に記憶がないパターンだな。じゃ、昨夜、俺とナニしたかも忘れちゃった? 意外と薄情だねー」
「…えっ、えっ? ま、まさか、ボク、アイヴィーさんと…」
かああとトマトのようになるドニを見て、アイヴィーは声を立てて笑った。
「いや、悪ぃ。からかい過ぎたわ。何もしちゃいねえって、お前さんは。
昨日、ドニはバーでしこたま飲んでて、寝ちゃってたの。
んで、たまたま俺が店に来て、もう門が閉まってる時間だったから、お持ち帰りしたわけ」
「ごめんなさい、ボク、そんなにご迷惑を…」
「どうってことねえよ。ドニにはいつもつまみ食いさせて貰ってるし。
それより朝メシにしよーぜ? 食ったら、即行、学院に送ってくからな。
マジプリどもの朝メシ作んなきゃいけねーんだろ、シュヌーシア寮のコックさん?」
「うわっ、どうしよっ、今何時ですか?」
「早朝四時半。お前さんがいつも起きる時間と同じだろ?」
「はい…ありがとうございます…」
以前、シェフトリオとアイヴィーで飲み会をした時に、
シェフの朝は早いという話題になったことがある。
アイヴィーはその時のことを覚えていたようだ。
それにしても、今日は彼にとってはかなりの早起きになった筈だ。
空のコップを持ったアイヴィーはキッチンにそれを置きに行った。
「んじゃ、メシにしようぜ、あ、先に顔洗いたかったら、洗面所とかソッチな」
リビングのローテーブルに二人分の朝食が並んでいる。
「ちょっと見た目が悪いのは勘弁してあげろよ? コッチは素人さんなんだからな?」
それは異常にグロテスクなトーストだった。
潰れた目玉焼きやチーズが、ぐしゃと乗っかったものらしい。
これで完成品なのか失敗作なのかが解らない。どちらかというと後者に見える。
ドニが絶句していると、アイヴィーは頬を掻いた。
「プロのシェフにメシ食わせるのって、なんか恥ずかしいんだけど、
食わないよりはイイかと思って…えと…ダメ?」
「いえっ! そんなことは! い、いただきます」
ドニは意を決してトーストを持つ。えい、とかぶりついた。
サクッと香ばしい音。トーストを覆うチーズの中には半熟より少し固めの卵が入っていた。
ふんわりと甘いバターの香りもする。
「うわっ、美味しい…アイヴィーさん、これ、とっても美味しいですっ!」
「え、そ、そう?」
「はい! 毎朝食べても良いくらいです」
「お前さんでも食えたなら良かったよ」
プロに絶賛されて、アイヴィーはまんざらでもないようだった。
「ボク、初めて食べました! これ、どうやって作るんですか? レシピを教えて下さい!」
「お前さんに俺が料理を教えんのかよ」
「秘伝のレシピなんですか? でも、ボク、また食べたいです…」
「いやいや、秘伝とかそんな大層なもんじゃねえって。こんなんで良ければ教えるけど」
「嬉しいです! ボク、飲み潰れてて良かったな。嫌なことの後には良いことがあるものですね」
「嫌なこと?」
「い、いえ、何でもありません。あ、あたたかいうちに頂きますね」
朝食後、アイヴィーはドニを車に乗せて学院に向かった。
レシピを乞われ、運転しながら話していた。
「改めて聞かれるとなあ、どうやって作ってんだろ、俺」
「思い出して下さいよー。早くしないと学院に着いちゃいます」
「えーと、まずはフライパンにバターをちょっと落として」
「あ、はい、やっぱりバター入れてたんですね」
「その上に食パン置いて、片面を焼くだろ? で、一回パンを出して、皿に置く」
「はい」
「フライパンに卵落として、溶けるチーズもテキトーにかける。
あ。この時、卵の殻で黄身にちょっと穴空けるとイイ」
「そこがポイントなんですね」
「うん。さっき焼いたパンを、ソフトタッチで乗せる」
「あ、待って下さい。パンはまだ焼いてない面が下ですか?」
「そうそう。で、卵がちょい潰れるまでパンをソフトタッチで押す。
パンの下から卵とか出てきちゃっても、パンにくっつければヘーキ」
「成程です。これでチーズと卵とパンがひとつになるんですね」
「うん。あと、まあ、イイかんじになるまで焼くと、できあがり」
「最後アバウトですね。焼き面が綺麗に固まった頃ということですか?」
「そうだな。解った? 今のあんぽんたんな説明で」
「ええ。ボク、後で作ってみます。あ、この料理の名前はあるんですか?」
「名前なんかねえけど」
「じゃあ、今決めて下さいよ」
「ええー? んなこと急に言われても…んー。じゃあ『つぶされタマゴ』とか?」
聖アルフォンソ学院 正門前でタクシーが止まる。
門番はアイヴィーの顔を見て敬礼した。アイヴィーは笑顔を見せて、車の窓から顔を出す。
「おはよ。いつも朝早くからお疲れさん。
ちょっと早いけど、門、開けて貰ってもイイかな? 夜遊びシェフをお届けに来たんだ」
アイヴィーは親指で後部座席を示す。
門番が確認する。何か怒られるかもと思ったドニは、びくびくと顔を出す。
無表情に近い門番と目が合う。
「ドニ・ドームシェフですね。おかえりなさいませ」
笑った顔は意外と優しかった。
車から降りたドニはドライバーにお詫びを述べた。
「すみません、アイヴィーさん。泊めて頂いた上、送って頂いて」
「そんなに気にすることじゃねーよ。それより、早くキッチン帰んな?」
「はい。あ、また今度、キッチンに遊びに来て下さいね。お礼に何かご馳走したいですし」
「あいよ。またつまみ食いに行くわ」
「待ってます。ありがとうございましたっ!」
ぴょこんと礼をして、シュヌーシア寮キッチンに向かって駆けて行く。
朝ごはんを食べた身体は、ほくほくとあたたかい。
(アイヴィーさんの朝ごはん、美味しかったな。ネーミングセンスはちょっとヘンだけど)
走っていると、やがて不思議な様式の建築物が見えてきた。
門からシュヌーシア寮までの間にある建物。
ウーティス寮。
思わずドニの足は止まってしまった。
昇ってきた朝陽に照らされて、屋根がきらきらと輝いている。
ドニは目を瞑って、シュヌーシア寮へ走り出した。
fin
■愛のアルフォンソ劇場 第四幕「甘くない男」 続編
アランは夕食の後片付けが終わったところだった。
綺麗だが、殺風景としか言いようがないアルファルド寮キッチン。
黒いエプロンを置いて、外へ出て行く。
褐色の腕が夜の風に当てられる。半袖のTシャツでは肌寒い。
宿舎のメルキュール館へと向かうと、見知った顔が見えた。アランより30cmほど小さい男。
シュヌーシア寮専属シェフ。ドニ・ドーム。
アランはすたすたと歩いて、後ろから子供のような左腕を掴んだ。
手首を握られたドニは、びくっと肩が跳ねた。
振り向くとアランだったので、とてもほっとした様子だった。
「もー。ビックリさせないで下さいよ、アランさん」
アランは手を離さず、ドニの顔を見つめている。
そのまま十秒ほど黙ったままだった。ドニが沈黙を破る。
「アランさん? どうしたんですか?」
アランはドニから視線を逸らしたが、手を離さない。
また黙ってしまったので、ドニは待ってみることにした。
ナイチンゲール達が何か歌いながら頭上を通り過ぎていく。
「お前」
アランの低音には強弱がない。
ドニはすかさず、「はい」と相槌を打つ。無表情のまま、アランが続ける。
「これから、外へ行くのか?」
「ええ。晩ご飯を食べに」
この先輩と話す時、ドニはいつもかなり見上げた姿勢になる。
長身の背後にはまあるい月が浮かんでいる。普段は無口な男が、低い声でぼそりと言った。
「お前、最近、どうした?」
「え?」
「あまり、笑わなくなった」
握られた手首がぴくと動く。今度はドニが喋らなくなった。
アランは覗き込むようにドニを見つめる。ドニは俯いてしまう。
「ボクは、別に何も…」
大きな手がドニの頭に被さる。自分よりずっと大きな手。ドニは目をぱちくりする。
「アラン、さん?」
褐色の手にポンポンと頭を撫でられる。
その意味は言葉にせず、アランはメルキュール館へ歩いて行った。
ドニは撫でられた場所に触れてみる。その面積は広かった。自分の小さな手では覆いきれない。
「…アランさんの手、おっきいな」
それから数時間後、アイヴィーは遅い夕食を食べに街を歩いていた。
自分の頭の中にあるフィンシャルグルメマップを頼りに、
まだやっていそうな店を探す。現在23時ちょい前。
この近くには、ラストオーダーギリギリのバーがある。軽食も食べさせてくれる店だ。
やや早歩きで店に向かう。黄色いドアを開けるとレトロな鐘の音がした。
「こんばんはー。ラストオーダー、間に合うかな? パニーニだけ食べさせて欲し…」
店の中から若いボーイが突進してくる。
「ああっ、アイヴィー! イイトコに来るじゃん!」
嬉しそうな若いボーイに腕を組まれる。
「な、なんだよ」
「いやー、このお客さんがグッスリでさー」
ボーイが示す先には小柄な男。テーブルにつっぷして、気持ち良さそうに眠っていた。
「なんだ、ドニじゃん。コイツ、酔うと寝ちゃうから」
「閉店も近いし、起こさなきゃなんだけど、なんか可愛いから起こせなくて困ってたんだー。
このマージナルプリンス、アイヴィーの友達だろ?
送ってやってくんないかな、ていうか、この時間、ガッコの門、開いてんの?」
「こいつはマージナルプリンスじゃねえよ。シェフ。これでもオトナ」
「あああ? このカオで?」
「あと、門はもう開いてないな。頼めば開けて貰えるけど面倒だし。
しょうがない。俺がお持ち帰りしてやっか」
「サンキュー、アイヴィー! えっと、オーダー、パニーニだっけ?」
「あ、ああ」
「ラジャ! お礼にスペシャルver.で作ってくるよ!」
「ドーニッ。朝だぞー。そろそろ起きとけ」
翌朝。ドニが目覚めると、知り合いの顔があった。
聖アルフォンソ学院の専属ドライバー。
「えっ…アイヴィーさん? あ、いてて…」
「おいおい、二日酔いかよ。待ってな、水持ってきてやっから」
アイヴィーがキッチンへ行く。ドニは重い頭を押さえながら身体を起こす。
やや殺風景な部屋。煙草の香りがするベッド。ドニは、やっと気付く。
此処はメルキュール館の自分の部屋ではない。
「あの…アイヴィーさん、ココは…」
「ん? 俺んちだけど?」
冷蔵庫の閉まる音がして、コポコポと水をコップに注ぐ音がする。
ドニは疑問符を幾つも浮かべているような顔をしていた。
「…どうして…あれ? ボク、昨日は何してたんでしょうか…」
アイヴィーは笑いながらキッチンから戻ってくる。
たっぷり水を入れたコップを差し出す。
「まあ、とりあえず、これでも飲めば? 二日酔いには水だからな」
「は、はい」
コップを両手で持つ。手の平がひんやりと気持ち良い。
水をひとくち飲むと、全身に染み渡るような爽快感が走る。
そこで脳が、喉が渇いていたと思い出したように、水分補給を要求する。
命じられるまま、ゴクゴクとコップ一杯をあっという間に飲み干した。
空になったコップに、さっと手が差し出される。ドニは、おずおずとコップを返す。
「ご、ごちそうさまでした」
「あいよ」
アイヴィーがコップを受け取り、そういや、と言った。
「ドニはうち来んの初めてだっけか?」
「ええ。ボ、ボク、アイヴィーさんちにお泊まりしちゃったんですか?」
「あー。完全に記憶がないパターンだな。じゃ、昨夜、俺とナニしたかも忘れちゃった? 意外と薄情だねー」
「…えっ、えっ? ま、まさか、ボク、アイヴィーさんと…」
かああとトマトのようになるドニを見て、アイヴィーは声を立てて笑った。
「いや、悪ぃ。からかい過ぎたわ。何もしちゃいねえって、お前さんは。
昨日、ドニはバーでしこたま飲んでて、寝ちゃってたの。
んで、たまたま俺が店に来て、もう門が閉まってる時間だったから、お持ち帰りしたわけ」
「ごめんなさい、ボク、そんなにご迷惑を…」
「どうってことねえよ。ドニにはいつもつまみ食いさせて貰ってるし。
それより朝メシにしよーぜ? 食ったら、即行、学院に送ってくからな。
マジプリどもの朝メシ作んなきゃいけねーんだろ、シュヌーシア寮のコックさん?」
「うわっ、どうしよっ、今何時ですか?」
「早朝四時半。お前さんがいつも起きる時間と同じだろ?」
「はい…ありがとうございます…」
以前、シェフトリオとアイヴィーで飲み会をした時に、
シェフの朝は早いという話題になったことがある。
アイヴィーはその時のことを覚えていたようだ。
それにしても、今日は彼にとってはかなりの早起きになった筈だ。
空のコップを持ったアイヴィーはキッチンにそれを置きに行った。
「んじゃ、メシにしようぜ、あ、先に顔洗いたかったら、洗面所とかソッチな」
リビングのローテーブルに二人分の朝食が並んでいる。
「ちょっと見た目が悪いのは勘弁してあげろよ? コッチは素人さんなんだからな?」
それは異常にグロテスクなトーストだった。
潰れた目玉焼きやチーズが、ぐしゃと乗っかったものらしい。
これで完成品なのか失敗作なのかが解らない。どちらかというと後者に見える。
ドニが絶句していると、アイヴィーは頬を掻いた。
「プロのシェフにメシ食わせるのって、なんか恥ずかしいんだけど、
食わないよりはイイかと思って…えと…ダメ?」
「いえっ! そんなことは! い、いただきます」
ドニは意を決してトーストを持つ。えい、とかぶりついた。
サクッと香ばしい音。トーストを覆うチーズの中には半熟より少し固めの卵が入っていた。
ふんわりと甘いバターの香りもする。
「うわっ、美味しい…アイヴィーさん、これ、とっても美味しいですっ!」
「え、そ、そう?」
「はい! 毎朝食べても良いくらいです」
「お前さんでも食えたなら良かったよ」
プロに絶賛されて、アイヴィーはまんざらでもないようだった。
「ボク、初めて食べました! これ、どうやって作るんですか? レシピを教えて下さい!」
「お前さんに俺が料理を教えんのかよ」
「秘伝のレシピなんですか? でも、ボク、また食べたいです…」
「いやいや、秘伝とかそんな大層なもんじゃねえって。こんなんで良ければ教えるけど」
「嬉しいです! ボク、飲み潰れてて良かったな。嫌なことの後には良いことがあるものですね」
「嫌なこと?」
「い、いえ、何でもありません。あ、あたたかいうちに頂きますね」
朝食後、アイヴィーはドニを車に乗せて学院に向かった。
レシピを乞われ、運転しながら話していた。
「改めて聞かれるとなあ、どうやって作ってんだろ、俺」
「思い出して下さいよー。早くしないと学院に着いちゃいます」
「えーと、まずはフライパンにバターをちょっと落として」
「あ、はい、やっぱりバター入れてたんですね」
「その上に食パン置いて、片面を焼くだろ? で、一回パンを出して、皿に置く」
「はい」
「フライパンに卵落として、溶けるチーズもテキトーにかける。
あ。この時、卵の殻で黄身にちょっと穴空けるとイイ」
「そこがポイントなんですね」
「うん。さっき焼いたパンを、ソフトタッチで乗せる」
「あ、待って下さい。パンはまだ焼いてない面が下ですか?」
「そうそう。で、卵がちょい潰れるまでパンをソフトタッチで押す。
パンの下から卵とか出てきちゃっても、パンにくっつければヘーキ」
「成程です。これでチーズと卵とパンがひとつになるんですね」
「うん。あと、まあ、イイかんじになるまで焼くと、できあがり」
「最後アバウトですね。焼き面が綺麗に固まった頃ということですか?」
「そうだな。解った? 今のあんぽんたんな説明で」
「ええ。ボク、後で作ってみます。あ、この料理の名前はあるんですか?」
「名前なんかねえけど」
「じゃあ、今決めて下さいよ」
「ええー? んなこと急に言われても…んー。じゃあ『つぶされタマゴ』とか?」
聖アルフォンソ学院 正門前でタクシーが止まる。
門番はアイヴィーの顔を見て敬礼した。アイヴィーは笑顔を見せて、車の窓から顔を出す。
「おはよ。いつも朝早くからお疲れさん。
ちょっと早いけど、門、開けて貰ってもイイかな? 夜遊びシェフをお届けに来たんだ」
アイヴィーは親指で後部座席を示す。
門番が確認する。何か怒られるかもと思ったドニは、びくびくと顔を出す。
無表情に近い門番と目が合う。
「ドニ・ドームシェフですね。おかえりなさいませ」
笑った顔は意外と優しかった。
車から降りたドニはドライバーにお詫びを述べた。
「すみません、アイヴィーさん。泊めて頂いた上、送って頂いて」
「そんなに気にすることじゃねーよ。それより、早くキッチン帰んな?」
「はい。あ、また今度、キッチンに遊びに来て下さいね。お礼に何かご馳走したいですし」
「あいよ。またつまみ食いに行くわ」
「待ってます。ありがとうございましたっ!」
ぴょこんと礼をして、シュヌーシア寮キッチンに向かって駆けて行く。
朝ごはんを食べた身体は、ほくほくとあたたかい。
(アイヴィーさんの朝ごはん、美味しかったな。ネーミングセンスはちょっとヘンだけど)
走っていると、やがて不思議な様式の建築物が見えてきた。
門からシュヌーシア寮までの間にある建物。
ウーティス寮。
思わずドニの足は止まってしまった。
昇ってきた朝陽に照らされて、屋根がきらきらと輝いている。
ドニは目を瞑って、シュヌーシア寮へ走り出した。
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