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Marginal Prince Short Story
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■オーギュスト×アンリ
■追加シナリオ後
「このように、錬金術の記号は様々なものがある」

黒板いっぱいに羅列された無数の記号。たまたま神秘学の教室を通り掛かった者が、
この黒板を廊下から見たら、どんなに薄気味悪く思うだろう。

そう言えば昔、黒魔術の授業時に、理系の教授が二人、
通りすがったことがあった。あの時の顔は今思い出しても笑える。
後日、彼等が「あれは子供達に教えて良い学問なのか」って影口を叩いているのを見掛けた。

聖アルフォンソ学院には『生徒が興味を持つことには全て、彼の成長を促す鍵がある』という教育方針があるから良い。
むかついたから、彼等にその都合の良い呪文を唱えてやったら、黙らせることができた。いい気味だ。

「賢者の石の製法を綴った文章は、錬金術を継ぐべき者だけが読み取れるように、
わざと記号化して、難解な錬金術マニュアルを残したんだ」

確かに、12星座のマークまでは素人でも解るとして、他は意味不明だろう。
三角が『火』だとか、四角が『食塩』だと読める人間のほうがどうかしてる。
神秘学の教授は暗号めいた黒板を上にスライドさせる。何も綴られていない黒板が下りてくる。

「それから、最も象徴的な記号」

今日の装いは、ダージリン色のスーツ。右の袖口が白い粉で少し汚れているのが気になる。
君はチョークを手にして、僕達生徒に背を向けた。

「これが表すものは」

まっさらな黒板の中央上部より、やや左でチョークを掲げる。
解説しながら、君はそれを描き始めた。

「始まりと終わりの一致、生と死の一致、輪廻転生」

大きな白い円になる。
ただ、書き始めの部分は繋がっていないので、壺のような絵にも見えた。

「復活、『一は全、全は一』、無限の時間」

一重円が二重円になっていく。上部はまだ塞がらない。

「語源は『尾を飲み込む者』という意味の古代ギリシャ語で」

空白だった、壺の口の部分がちょこちょこと書き足される。
絵心まで持ち合わせているらしい。ちゃんと、自分の尾を咥えた蛇の頭になった。

「錬金術に於いては、賢者の石の象徴。それが」

僕達のほうを向く。

「この、ウロボロス」

コンコン、と黒板をノックする。
君は時々そうする。試験に出るのかと思ってノートにメモする生徒も居るが、
彼にそのつもりはない。ただの嫌味な癖だ。

「数学で用いられる、この記号」

蛇の隣に『∞』と描く。無限大のマーク。

「このインフィニティも、ウロボロスがモデルだという説があるんだよ」

チョークを置き、手を少し払う。

「錬金術師は、言わば、無限の命、無限の財産を手に入れようと、
賢者の石を追い求めたと言える。諸君は無限を手にしたいと思うかい?」

生徒達の顔を見渡す。いつものように、発言する者は居ない。
君はにこやかに微笑んだ。

「聡明な諸君は、無限の愚かさを理解しているだろうね。
限りがあるから美しい、これは真理だと、私は思うよ」

鐘が鳴った。講義終了の合図だ。
君は天を見上げた。そこには何もないのに。

「おや、中途半端なところで終わってしまったね。すまない。
続きは次回にしよう。では、ごきげんよう、諸君」


その後は普段通り、黒板を消していた。
確かに君は、夕方まで教壇にいて、神秘学の特別講師として立っていた。
だけど今は、僕のベッドの中に居る。僕のすぐ隣で、透けるような鎖骨を晒してる。

「ねえ、オーギュ」

今夜は雨。しとしと、と耳に付く。長くて弱い雨音が一番嫌い。
さっきまでは気にならなかったけれど。

「ん? なんだね? アンリ」

「結局さ」

肩で夜気を感じる。素肌に夜気は冷たい。

「僕と君って、血族なわけでしょう? 始祖と末裔だから、近親とは言えないかもしれないけれど」

先日、学院に現れた、可笑しな三人組。異世界から来たと主張する彼等によって、
月桂樹の森に一本だけある棕櫚の木、そこが時空の歪みであると明かされた。

それに前後して僕は知る。神秘学の講師が、何故、執拗に僕に構うのかを。
僕が彼の末裔だったから。
あまりに馬鹿げた結末が、唯一、全ての辻褄を合わせる真実だった。

「それが、どうかしたかい?」

「僕に素性がバレたのに、まだこういうことして、良いと思ってる?」

教師と教え子、同性、それに加えて、血が繋がっているだなんて。

「私は既に、人として大きな禁忌を犯してる。
今更、ひとつ罪を重ねるくらい、大したことではないよ」

「悪い大人」

「そうだね。良い子は私のようになってはいけないよ」

始祖が末裔の髪を撫でる。

「もし僕が」

優しく触れられるのは、好きじゃない。

「賢者の石を飲んでみたい、と言ったら、どうする?」

「良い子は私のようになってはいけないと言っただろう?」

宥めるように僕の髪に口付けた。

「いつか、僕が死んだら、君はどうするの?」

「生き続けるよ、永遠に。それが大罪を犯した罰だから」

「僕を騙して、石を飲ませるチャンスは今まで幾らでもあった筈なのに、どうして」

僕の唇を親指でなぞりながら、

「可愛いお口に、悪いお薬は入れられないだろう?」

「じゃあ、何故、僕の前に現れたの」

そう言うと、君は笑顔を消して、厳かに言った。

「愛しているから」

苛々する。

「なら、僕に石を渡せばいいじゃない」

君はにこっと微笑んだ。

「ごめんね、アンリ。ありがとう」

「矛盾してる。君の言動は矛盾ばかりだ」

憂鬱な雨音がまだ止まない。


fin
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