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■シルヴァン アルフレッド
■ラストシーン 3/4 続編
「彼は『しょうがないなあ』と言いながら、メモ帳を1ページ破って、書いてくれました。
ブライアン・シュミットが想う、映画のレゾンデートルを」
そこまで話すと、シルヴァンは顔を上げ、アルフレッドを見つめた。
「その時のメモ帳を、僕は今も持っています」
「ここにあるのか? この部屋に」
「はい」
「じゃあ、あんたが俺に見せたい物があるって言ってたのは」
「ええ。君が入学したら、早く見せようと思ったのに。すみません、今まで黙っていて」
「いいんだ、俺に気ぃ遣ってくれたんだろ?」
シルヴァンは、首を横に振った。
「僕はただ、世界でたった一枚しか残らなかったブライアンのサインを、
僕だけの物にしたかっただけかもしれません」
ごめんなさいアルフレッド、と謝る奴に、責める言葉は掛けられなかった。
「アルフレッドが望むなら、今ここでお見せします。ブライアン本人以外から、
伝えられるのは不本意かもしれませんが。どうしますか? アルフレッド」
返事は決まっていた。
「見せてくれるか」
「ええ」
シルヴァンは机に向かった。一番上の引き出しを開けて、小箱を手に取った。
箱の中には、細々とした物が幾つか入っているようで、
アルフレッドがちらりと見た物には、まるで統一性が見られなかった。
サビついたバッジ、ペシャンコの白い絵の具のチューブ、折り畳まれた新聞の切り抜き。
シルヴァンは、箱の底のほうから一枚の紙切れを取り出した。
「これが、ブライアンが書いた、サイン色紙です」
無地の小さなメモ用紙。アルフレッドはひとつ息を吐いてから、それを見た。
真っ白な四角に、黒のボールペン。綺麗な筆跡だ。
細いけれど、しっかりした字で、こう書いてあった。
――映画は、楽しい明日へのチケット。 ブライアン・シュミット――
アルフレッドは、ハン、と笑った。青い瞳は潤んでいた。
「イミわかんね。どこまで詩人なんだよ」
「ブライアンはこんなことを言っていました。
辛くて悲しくて退屈な毎日でも、いい映画を見て、笑ったり泣いたりした後は、
気持ちがすっきりして、明日からもまたやっていこうって気分になるだろう?
楽しい明日を約束してくれる。だから、映画は必要で、廃れないんだ。
映画を見る前は、世の中に絶望していた人でも、
映画館を出る時には、自分の居る世界が、昨日より少し好きになってる。
僕もそういう作品を作りたいんだ、って」
「じゃあ、なんで作らなかったんだよ!」
アルフレッドの拳がテーブルを打ちつける。
「1シーンだって撮れなかったくせに、ばかやろう……」
語尾は擦れて、消えていくようだった。
アルフレッドの肩が小さく震えているのに、シルヴァンは気付いた。
項垂れた髪の隙間から、透明な雫が頬を伝うのが見えた時、
シルヴァンはアルフレッドを腕の中に包み込んだ。
「ほんと、大馬鹿野郎ですよ」
それから数日過ぎた放課後。
暦の上では秋だが、まだ夏のような日が続いていた。
日もまだ長く、ウーティス寮サロンの窓からは燦々と強い日差しが差し込んでいる。
夏の似合う男が、勢い良くドアを開けた。
「やあ、ウーティスの諸君! お邪魔するよ!」
今日も元気に登場したのはテオだった。
住んでいる寮はシュヌーシアだが、生徒代表だからか、彼はこの寮にもよく訪れる。
「みんな、今日も一日お疲れ様っ! おやっ?」
返事がない。メインテーブルの周りには誰も居なかった。
「なんだ、まだ誰も来ていないのか」
ペラ、と本のページが捲れる音が聞こえた。
そちらのほうを見やると、ソファに埋もれている生徒の頭の先が見えた。
テオは両手を広げながらニコニコと隅のテーブルに向かう。
「読書中だったんだね、プリンセス」
膝の上に視線を落としていたのは、テオが思った通りの人物だった。
ウーティス寮の高等部一年、アンリ=ユーグ=ド=サン・ジェルマン。
テオは王子さながら、アンリの前で片膝を着いた。
「ああ、何度見ても美しい。今日の君はハバネロの花のようだ」
花に見立てられた男子生徒は、気だるげに頬杖を突いて、
「僕、君に、悪口を言われるようなことしたかな?」
「ハバネロの花を見たことがないのかい? 植物園にも咲いているから、次の夏は探してみるといい。
小さく真っ白で、それはそれは可愛らしい花なのだよ? まるで君のように」
静かにドアが開いた。テオと目が合ったのは、赤い瞳。
ウーティス寮に住むジョシュア・グラントである。一学年先輩のテオを見て、後輩はすぐに挨拶した。
「あっ、来ていたんですね。こんにちは、テオ」
「やあ、ジョシュア。お邪魔しているよ。今日の君は赤いスイートピーのようだね?」
テオの口から紡がれる華美な言葉。その真意などはジョシュアにもよく解らないのだが、
彼の言動に悪気がないのは解るし、きっと褒めてくれたのだろうと思ったので、一応お礼は言った。
「えっと、俺、紅茶でも淹れましょうか?」
「相変わらず優しいねえ、ジョシュアは。ありがとう」
僕も、と向こうのほうからバニラボイスが呟かれた。
ジョシュアは自分の分を含め、三人分の紅茶を淹れた。
その間、テオは一方的にアンリに話し掛け、盛り上がらない会話を楽しんでいた。
「お待たせしました。どうぞ、テオ」
ジョシュアは先輩の前にティーカップを置く。
続いてアンリの前へ「ダージリンのセカンドフラッシュだよ」
最後に自分のカップを取った。三人はほぼ同時に紅茶を口に運んだ。
夏摘み紅茶のマスカットのような香りを楽しんだ後、アンリは異物を見るような目をして、
「で、貴方はウーティスに何しに来たの? テオ」
邪魔だから早く出ていってくれない、と言わんばかりの口振りだ、
とジョシュアは感じたが、テオは全く気にならなかった様子で、
「ああ、そうそう。今日はアルフレッドに声を掛けに来たのだよ。
本格的な秋に入る前に、あと一回くらいはサーフィンができそうだよ、と知らせにね」
「アルフレッドに用事だったんですか?」ジョシュアは申し訳なさそうに、
「すみません。彼ならシルヴァンと街へ遊びに行ったんだと思います。
さっき、タクシーに乗るのを見掛けたので」
「シルヴァンと?」テオが聞き返す。
「ええ。最近は、毎日のように、二人で出掛けているみたいですよ」
「急に、つるむようになったよね、あの二人。おかげで食事が煩くなって、すごく迷惑。
片方、シュヌーシアに連れて行って欲しいくらいだよ」
「アンリ、噛み付くなよ。あの、連れて行かないで下さいね、テオ」
「ああ、もちろん。シルヴァンとアルフレッドが同じ寮になったのは、きっと運命だから」
そう言ってティーカップに口付けた。ジョシュアとアンリは顔を見合わせる。
疑問を浮かべた二人の顔を、テオは笑顔で受け止めるだけだった。
「さて。アルフレッドが海より楽しい場所を見つけられたのなら、
私の船に乗せる必要もなくなってしまったな。ああ、そうだ。
アンリ、私と夜明けのクルーズにでも出掛けるかい? 甘いケーキと紅茶も用意するよ?」
「ケーキで僕が釣れると思った?」
「今日はまた、一段と美しい、氷の微笑だね」
「失礼致します」
初老の紳士がドアを開けた。シュヌーシア寮のバトラーだ。
「テオ様、生徒代表室にお電話が。ミーティングのお時間のようです」
「えっ?」
生徒代表は掛け時計を見上げた。
「これは大変だ。すっかり忘れてしまっていた。あ、美味しい紅茶と楽しい時間をありがとう。
名残惜しいが失礼するよ。またね、美しいウーティスの花達」
生徒代表がドアの向こうに消える。しん、となったサロンで、アンリが呟いた。
「あの人には、ここがお花畑にでも見えるのかな」
聖アルフォンソ島南西部。
海の近くに小さなコテージがある。ここに住む男はPCの前でのんびりと煙草を吹かしていた。
海と同じ色のYシャツに、だらりとぶら下げたネクタイ。
開け放した窓。まだ少し夏の匂いが残る潮風に、長い金髪の先を時々弄ばれる。
デスクに置かれている小型ラジオは、待ちぼうけを食らっている彼をレゲエであやしていた。
PC画面に、生徒代表が映った。
「すまない、アイヴィー。待たせてしまったね。泣いてないかい?」
アイヴィーは吹き出しながら、「泣かねえよ」と煙草を灰皿に置き、ラジオを切った。
テオは画面の隅ある時計を見ながら、
「16時の待ち合わせだったのに、30分も遅れてしまったね、すまない」
「いんや。今日は急ぎの用事じゃねえし。こっちこそ、ちょくちょく呼んで悪い。
じゃ、サクッとミーティングしちまうか」
理事会のメールを元に、学院側、警備側の情報を交換する。
本番はまだ先だが、ミーティグ上では『文化祭』の文字が出てくるようになった。
今日のところは、まだ切羽詰まった状態ではなく、文化祭当日までのスケジュール確認が主な議題だった。
「まあ、こんなかんじで進んでいくから、よろしくな」
「うん」
「どした? 今日は元気ないじゃん?」
「いや。生徒代表という任務は、思ったより、大変ではないなあ、と思ってね。
就任時は、もっと毎日忙しくなるのだろうと覚悟していたのだけど、
難しいことはアイヴィーがサポートしてくれるし、
警備、理事会の皆さんや、学院の先生方、職員の方々が、私に協力してくれるから」
「お前さんは、去年のクラウスを見てたからなあ。
あいつはさ、ほら、そこまでやらんでも、ってトコまでやらないと気が済まないタイプだったろ?
余計な分まで、自分で仕事を増やすから、いつも忙しそうに見えただけさ」
「成程、そうだったのか」
階下のガレージから物音が聞こえてきた。
「わ、こんな時に」
「どうしたんだい? アイヴィー」
「悪ぃ、誰か来たみたいだ。ミーティングは一応終わってるよな。今日はこの辺でお開きでいいか?」
「うん、そうだね。ではまた」
「ん。お疲れさん」
一階から螺旋階段を上がってくる音が近付いてくる。
アイヴィーは手早くパソコンをシャットダウンさせ、耳を澄ます。今度は人の声。
「おい、シルヴァン。勝手に上がっていいのかよ?」
「大丈夫ですよ。二階はあちこち散らかってますが、寛いでって下さいね、レッド」
今までは一人分しか聞こえなかった声が、今日は二人分聞こえる。
アイヴィーは立ち上がって、頭を掻く。
「やれやれ。なんか増えてるな」
我が家のように部屋に入ってきたのは、すっかり見飽きたマージナルプリンス。
「こんにちは、アイヴィー。レッドが喉が乾いたというので、何か飲み物頂けます?」
後ろから、ひょこっと顔を出した新顔。
「あ、紹介しますね」とシルヴァンが手で指し示す。
「こちら、僕の新しい友達、アルフレッド・ヴィスコンティです!」
fin
■ラストシーン 3/4 続編
「彼は『しょうがないなあ』と言いながら、メモ帳を1ページ破って、書いてくれました。
ブライアン・シュミットが想う、映画のレゾンデートルを」
そこまで話すと、シルヴァンは顔を上げ、アルフレッドを見つめた。
「その時のメモ帳を、僕は今も持っています」
「ここにあるのか? この部屋に」
「はい」
「じゃあ、あんたが俺に見せたい物があるって言ってたのは」
「ええ。君が入学したら、早く見せようと思ったのに。すみません、今まで黙っていて」
「いいんだ、俺に気ぃ遣ってくれたんだろ?」
シルヴァンは、首を横に振った。
「僕はただ、世界でたった一枚しか残らなかったブライアンのサインを、
僕だけの物にしたかっただけかもしれません」
ごめんなさいアルフレッド、と謝る奴に、責める言葉は掛けられなかった。
「アルフレッドが望むなら、今ここでお見せします。ブライアン本人以外から、
伝えられるのは不本意かもしれませんが。どうしますか? アルフレッド」
返事は決まっていた。
「見せてくれるか」
「ええ」
シルヴァンは机に向かった。一番上の引き出しを開けて、小箱を手に取った。
箱の中には、細々とした物が幾つか入っているようで、
アルフレッドがちらりと見た物には、まるで統一性が見られなかった。
サビついたバッジ、ペシャンコの白い絵の具のチューブ、折り畳まれた新聞の切り抜き。
シルヴァンは、箱の底のほうから一枚の紙切れを取り出した。
「これが、ブライアンが書いた、サイン色紙です」
無地の小さなメモ用紙。アルフレッドはひとつ息を吐いてから、それを見た。
真っ白な四角に、黒のボールペン。綺麗な筆跡だ。
細いけれど、しっかりした字で、こう書いてあった。
――映画は、楽しい明日へのチケット。 ブライアン・シュミット――
アルフレッドは、ハン、と笑った。青い瞳は潤んでいた。
「イミわかんね。どこまで詩人なんだよ」
「ブライアンはこんなことを言っていました。
辛くて悲しくて退屈な毎日でも、いい映画を見て、笑ったり泣いたりした後は、
気持ちがすっきりして、明日からもまたやっていこうって気分になるだろう?
楽しい明日を約束してくれる。だから、映画は必要で、廃れないんだ。
映画を見る前は、世の中に絶望していた人でも、
映画館を出る時には、自分の居る世界が、昨日より少し好きになってる。
僕もそういう作品を作りたいんだ、って」
「じゃあ、なんで作らなかったんだよ!」
アルフレッドの拳がテーブルを打ちつける。
「1シーンだって撮れなかったくせに、ばかやろう……」
語尾は擦れて、消えていくようだった。
アルフレッドの肩が小さく震えているのに、シルヴァンは気付いた。
項垂れた髪の隙間から、透明な雫が頬を伝うのが見えた時、
シルヴァンはアルフレッドを腕の中に包み込んだ。
「ほんと、大馬鹿野郎ですよ」
それから数日過ぎた放課後。
暦の上では秋だが、まだ夏のような日が続いていた。
日もまだ長く、ウーティス寮サロンの窓からは燦々と強い日差しが差し込んでいる。
夏の似合う男が、勢い良くドアを開けた。
「やあ、ウーティスの諸君! お邪魔するよ!」
今日も元気に登場したのはテオだった。
住んでいる寮はシュヌーシアだが、生徒代表だからか、彼はこの寮にもよく訪れる。
「みんな、今日も一日お疲れ様っ! おやっ?」
返事がない。メインテーブルの周りには誰も居なかった。
「なんだ、まだ誰も来ていないのか」
ペラ、と本のページが捲れる音が聞こえた。
そちらのほうを見やると、ソファに埋もれている生徒の頭の先が見えた。
テオは両手を広げながらニコニコと隅のテーブルに向かう。
「読書中だったんだね、プリンセス」
膝の上に視線を落としていたのは、テオが思った通りの人物だった。
ウーティス寮の高等部一年、アンリ=ユーグ=ド=サン・ジェルマン。
テオは王子さながら、アンリの前で片膝を着いた。
「ああ、何度見ても美しい。今日の君はハバネロの花のようだ」
花に見立てられた男子生徒は、気だるげに頬杖を突いて、
「僕、君に、悪口を言われるようなことしたかな?」
「ハバネロの花を見たことがないのかい? 植物園にも咲いているから、次の夏は探してみるといい。
小さく真っ白で、それはそれは可愛らしい花なのだよ? まるで君のように」
静かにドアが開いた。テオと目が合ったのは、赤い瞳。
ウーティス寮に住むジョシュア・グラントである。一学年先輩のテオを見て、後輩はすぐに挨拶した。
「あっ、来ていたんですね。こんにちは、テオ」
「やあ、ジョシュア。お邪魔しているよ。今日の君は赤いスイートピーのようだね?」
テオの口から紡がれる華美な言葉。その真意などはジョシュアにもよく解らないのだが、
彼の言動に悪気がないのは解るし、きっと褒めてくれたのだろうと思ったので、一応お礼は言った。
「えっと、俺、紅茶でも淹れましょうか?」
「相変わらず優しいねえ、ジョシュアは。ありがとう」
僕も、と向こうのほうからバニラボイスが呟かれた。
ジョシュアは自分の分を含め、三人分の紅茶を淹れた。
その間、テオは一方的にアンリに話し掛け、盛り上がらない会話を楽しんでいた。
「お待たせしました。どうぞ、テオ」
ジョシュアは先輩の前にティーカップを置く。
続いてアンリの前へ「ダージリンのセカンドフラッシュだよ」
最後に自分のカップを取った。三人はほぼ同時に紅茶を口に運んだ。
夏摘み紅茶のマスカットのような香りを楽しんだ後、アンリは異物を見るような目をして、
「で、貴方はウーティスに何しに来たの? テオ」
邪魔だから早く出ていってくれない、と言わんばかりの口振りだ、
とジョシュアは感じたが、テオは全く気にならなかった様子で、
「ああ、そうそう。今日はアルフレッドに声を掛けに来たのだよ。
本格的な秋に入る前に、あと一回くらいはサーフィンができそうだよ、と知らせにね」
「アルフレッドに用事だったんですか?」ジョシュアは申し訳なさそうに、
「すみません。彼ならシルヴァンと街へ遊びに行ったんだと思います。
さっき、タクシーに乗るのを見掛けたので」
「シルヴァンと?」テオが聞き返す。
「ええ。最近は、毎日のように、二人で出掛けているみたいですよ」
「急に、つるむようになったよね、あの二人。おかげで食事が煩くなって、すごく迷惑。
片方、シュヌーシアに連れて行って欲しいくらいだよ」
「アンリ、噛み付くなよ。あの、連れて行かないで下さいね、テオ」
「ああ、もちろん。シルヴァンとアルフレッドが同じ寮になったのは、きっと運命だから」
そう言ってティーカップに口付けた。ジョシュアとアンリは顔を見合わせる。
疑問を浮かべた二人の顔を、テオは笑顔で受け止めるだけだった。
「さて。アルフレッドが海より楽しい場所を見つけられたのなら、
私の船に乗せる必要もなくなってしまったな。ああ、そうだ。
アンリ、私と夜明けのクルーズにでも出掛けるかい? 甘いケーキと紅茶も用意するよ?」
「ケーキで僕が釣れると思った?」
「今日はまた、一段と美しい、氷の微笑だね」
「失礼致します」
初老の紳士がドアを開けた。シュヌーシア寮のバトラーだ。
「テオ様、生徒代表室にお電話が。ミーティングのお時間のようです」
「えっ?」
生徒代表は掛け時計を見上げた。
「これは大変だ。すっかり忘れてしまっていた。あ、美味しい紅茶と楽しい時間をありがとう。
名残惜しいが失礼するよ。またね、美しいウーティスの花達」
生徒代表がドアの向こうに消える。しん、となったサロンで、アンリが呟いた。
「あの人には、ここがお花畑にでも見えるのかな」
聖アルフォンソ島南西部。
海の近くに小さなコテージがある。ここに住む男はPCの前でのんびりと煙草を吹かしていた。
海と同じ色のYシャツに、だらりとぶら下げたネクタイ。
開け放した窓。まだ少し夏の匂いが残る潮風に、長い金髪の先を時々弄ばれる。
デスクに置かれている小型ラジオは、待ちぼうけを食らっている彼をレゲエであやしていた。
PC画面に、生徒代表が映った。
「すまない、アイヴィー。待たせてしまったね。泣いてないかい?」
アイヴィーは吹き出しながら、「泣かねえよ」と煙草を灰皿に置き、ラジオを切った。
テオは画面の隅ある時計を見ながら、
「16時の待ち合わせだったのに、30分も遅れてしまったね、すまない」
「いんや。今日は急ぎの用事じゃねえし。こっちこそ、ちょくちょく呼んで悪い。
じゃ、サクッとミーティングしちまうか」
理事会のメールを元に、学院側、警備側の情報を交換する。
本番はまだ先だが、ミーティグ上では『文化祭』の文字が出てくるようになった。
今日のところは、まだ切羽詰まった状態ではなく、文化祭当日までのスケジュール確認が主な議題だった。
「まあ、こんなかんじで進んでいくから、よろしくな」
「うん」
「どした? 今日は元気ないじゃん?」
「いや。生徒代表という任務は、思ったより、大変ではないなあ、と思ってね。
就任時は、もっと毎日忙しくなるのだろうと覚悟していたのだけど、
難しいことはアイヴィーがサポートしてくれるし、
警備、理事会の皆さんや、学院の先生方、職員の方々が、私に協力してくれるから」
「お前さんは、去年のクラウスを見てたからなあ。
あいつはさ、ほら、そこまでやらんでも、ってトコまでやらないと気が済まないタイプだったろ?
余計な分まで、自分で仕事を増やすから、いつも忙しそうに見えただけさ」
「成程、そうだったのか」
階下のガレージから物音が聞こえてきた。
「わ、こんな時に」
「どうしたんだい? アイヴィー」
「悪ぃ、誰か来たみたいだ。ミーティングは一応終わってるよな。今日はこの辺でお開きでいいか?」
「うん、そうだね。ではまた」
「ん。お疲れさん」
一階から螺旋階段を上がってくる音が近付いてくる。
アイヴィーは手早くパソコンをシャットダウンさせ、耳を澄ます。今度は人の声。
「おい、シルヴァン。勝手に上がっていいのかよ?」
「大丈夫ですよ。二階はあちこち散らかってますが、寛いでって下さいね、レッド」
今までは一人分しか聞こえなかった声が、今日は二人分聞こえる。
アイヴィーは立ち上がって、頭を掻く。
「やれやれ。なんか増えてるな」
我が家のように部屋に入ってきたのは、すっかり見飽きたマージナルプリンス。
「こんにちは、アイヴィー。レッドが喉が乾いたというので、何か飲み物頂けます?」
後ろから、ひょこっと顔を出した新顔。
「あ、紹介しますね」とシルヴァンが手で指し示す。
「こちら、僕の新しい友達、アルフレッド・ヴィスコンティです!」
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