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Marginal Prince Short Story
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■シュヌーシア寮
聖アルフォンソ学院専属理髪店3 続編
「本日はどう致しましょう。いつも通りでございますか?」

「ああ。頼む」

「畏まりました」

夏の日差しが降り注ぐ、7月末の朝。
理髪店に来店したクラウスは、いつも通りの遣り取りをして、
正面の鏡に映るロマンスグレーの理髪師を見ていた。

理髪師はクラウスの髪に触れ、髪の状態を見てから、鋏を入れた。
チョキチョキと小気味の音。
ベテランの理髪師が奏でるその音は、ひとつの音楽のようにも聞こえた。

「お疲れ様でございました。こちらでいかがでしょうか」

散髪が終わり、理髪師がクラウスの背後で大きな鏡を持つ。
その鏡越しに見えた後頭部も、すっきりしていた。
いつもなら「ああ。ありがとう」と言って席を立つ。
しかし、今日のクラウスは表情を曇らせていた。
こんなことは今まで一度もなかったので、理髪師は首を傾げた。

「クラウス様? お気に召しませんでしたか?
もう少し切ったほうが宜しければ」

「いや、違うんだ。髪はこれでいい。ありがとう。――あのな、アンシュ」

「はい?」

いつもはきはきと答える生徒代表は、
一瞬言い難そうな顔を見せ、そして告げた。

「おそらく、アンシュに髪を切って貰うのは今日で最後だ」

ロマンスグレーの理髪師は静かに言った。

「左様で、ございましたか」

理髪師は手にしていた大きな鏡を抱き締めるように持つ。

「来月上旬、卒業する。今までお世話になり、ありがとうございました」

「こちらこそ。ありがとうございました。クラウス様」

「俺がアンシュにこんなことを言うのは可笑しいかもしれないが、
これからも、後輩達のことをよろしくお願いします」

「畏まりました。私どもにできることは、
マージナルプリンスの御髪を整えることだけではございますが、
クラウス様の頼みとあらば、謹んでお受け致します」


クラウスが店を出て行く。
理髪師はいつものように、店の外まで見送りに来てくれた。
クラウスは、店の看板がふと目に入った。
古い木の板に、黒い文字で『Ramada』と書かれている。

「もし、差しつかえがなければ、最後に聞きたいことがあるのだが」

「はい。何でしょうか」

「この店名は何語でどういう意味なんだ?」

「差しつかえなどございませんよ。当店の店名『ラマダ』は、
スペイン語で『木陰の休息所』という意味でございます」

「木陰の休息所……」

「はい。この店が、マージナルプリンスにとって、
心安らぐ木陰で在れるようにと、
当店の初代店主であるアッローロが名付けました」

「アッローロか。それもまた変わった名前だな」

「左様でございますね。アッローロは、
イタリア語で月桂樹という意味でございますから」

「……月桂樹?」

「木陰の休息所、と名付けられた理髪店でございますので、
理髪師も全員、木の名前を付けよう、と、
初代店主からの言い付けでございまして。
私どもも、この島に生きる木々から名前を頂きました」

クラウスは息を吐き、成程な、と呟いた。

「そうだったのか。なんだか胸がすっとした。
三年間ずっと疑問だったことが、今日で全部、謎が解けたよ」

「おや。ずっと疑問に思われていたのですか?
いつでも聞いて下されば宜しかったのに」

「聞いてはいけないことかと思ったんだ」

クラウスは散髪したばかりの頭を掻く。

「お気遣い頂いたのですね。ありがとうございます。
それでは、そのお詫びとお礼に、もうひとつお教え致しましょうか」

ユーカリの名を持つ理髪師が、穏やかに微笑む。

「スペイン語の『ラマダ』には、『次なる世界へ向けて』との意味もあるそうです」

理髪師達はいつものように丁寧に見送ってくれた。
クラウスは彼等に背を向けたあとは、もう振り返らなかった。

月桂樹の森を歩き、自分の寮に向かって歩いていく。
新鮮な空気と月桂樹の青い香りを感じる。
頭上では、夏の風が、さわさわと木を揺らしていた。

月桂樹が生い茂る森の奥には、聖アルフォンソ学院専属理髪店がある。
マージナルプリンスにとって、心安らぐ場所で在り続ける、
木陰の休息所――ラマダ――という名の。


fin
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