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■古傷7 続編
第三学生寮へ帰って行く生徒達の姿が、保健室の窓から見える。
先程、本日の授業終了を告げる鐘が鳴ったからだ。
ガラス越しに子ども達の笑顔を眺めながら、
保健室の先生は、淹れたてのコーヒーを持って机に戻った。
警備組織に協力した翌日。
白衣の先生は保健室でカルテを書いていた。
カルテの端には顔写真が付いている。
映っているのは子供ではなく、大人の顔だった。
保健室には、ゆったりとした音楽が流れている。
作曲者は音楽の父、ヨハン・ゼバスチャン・バッハ。
ピアノと似た鍵盤楽器『チェンバロ』の練習曲として作られた。
音楽と同じように、カルテはゆっくりと綴られている。
時折、手は止まり、ボールペンの頭部で下唇をなぞっていた。
元気な足音が廊下から聞こえた。先生は卓上の時計を見る。
カウンセリングの開始時刻より15分程早かった。
何枚にも渡るカルテは、青いクリアファイルにさっと仕舞われる。
クリアファイルは裏返しにされ、机の上に置かれた。
カセットテープの停止ボタンを押す。ガチャとアナログな音がした。
「ハーイ! 博士!」
よく通る、役者の声と共にドアが開いた。
本日、定期カウンセリングを受ける生徒だ。瞳にはパワーがみなぎっている。
白衣の先生は笑顔を見せた。ボールペンを白衣の胸ポケットに差しながら、
「やあ。アルフレッド。今日は早く来てくれたんだね」
「ああ! 博士にも早く聞かせてやりたいと思ってさ、
約束より早く来ちまった! あ。もしかして、ちょっと早過ぎた?」
「いいや。この保健室にはいつ来てくれたって構わないんだよ」
座りなさい、と診察用の椅子を手で勧める。
「では早速、その話というのを聞かせて貰えるかな?」
通常ならカウンセリングルームへ移動してから始めるのだが、
相手の「早く話したくて堪らない」と雰囲気を優先した。
診察室の椅子に座った生徒は、前のめりで話し始めた。
「聞いてくれよ、博士! 今年はスゴイんだ! しかもイブイブでさー!」
興奮している時、話の順序は全く無視される。
主語など重要な部分が抜け落ち、勢いに任せて、支離滅裂に話し始める。
彼の『話し方のクセ』を知り尽くしているカウンセラーは、
暫くの間、相槌は頷く程度に留め、彼が満足するまで話させた。
そうして、彼のお喋りを聞き続けていると、徐々に話の全体像が見えた。
クリスマスイブのイブ、つまり12月23日に、
彼のバンド『デッドプリンス』がクリスマスライブを行うらしい。
昨年のそれより、大幅に客席を増やし、
友人や島民に無料の招待券を配りまくっているそうだ。
その際には、サンタクロースの格好をして、
サンタの大きな袋からチケットを取り出す徹底振り。
準備や練習に追われる日々が楽しくてならない、
その気持ちは、彼の身振り手振りからも伝わってきたし、
何より、その目の輝きが、当日の待ち遠しさを語っていた。
「でさ! いつも世話ンなってるから、博士にもプレゼント!」
アルフレッドがチケットケースを差し出した。
派手なクリスマスカラーに彩られた、特注品のようだった。
「いちお、二枚入ってるからさ、ガールフレンドでも誘って来てよ!」
「おや。私に、交際している女性は居ないよ?」
「あ、そーなの!? 博士はモテモテだと思ってた!
もう日によって、とっかえひっかえなくらい!」
「まさか。そんなことはないよ」
「じゃあ、これから仲良くなりたい子でも、野郎でもイイからさ!
あ、もちろん、一人で来たって退屈はさせないぜ!」
「ありがとう。都合が付けば必ず伺うよ」
「ああ! 俺達、デッドサンタクロースがサイッコーのイブイブにしてやるよ!」
じゃあ会場で待ってるからー、と言い残し、保健室を飛び出していった。
バタバタと足音が遠ざかっていく。
その音が完全に聞こえなくなってから、白衣のカウンセラーは席を立つ。
向かった先はカルテ用の棚。ここには全生徒のカルテがある。
この学院に着任して出会った生徒達の記録が詰まっている。
独自のルールで並んでいる、たくさんのカルテの中から、
一枚の透明なクリアファイルを取り出し、机まで戻ってきた。
クリアファイルから出したカルテには、先程までここに居た顔が映っている。
机の上に置かれていた青いファイルをどけ、
カウンセラーはすぐに生徒のカルテを書き始めた。
サラサラと綴っている。音楽は流していなかった。
静かな保健室でカウンセラーは黙々とボールペンを動かしている。
数分程で書き終わったそれを、再び透明なクリアファイルに挟む。
カルテ用の棚の元あった場所に戻された。
机に戻ってくると、机上にはひとつのクリアファイルが残っていた。
裏返しに置かれ、端に寄せられた青いファイル。
カウンセラーはそれを引き寄せる。中から取り出したカルテを机の上に置いた。
手を伸ばし、先程と同じ音楽をかける。
白衣の胸ポケットからボールペンを抜き、書きかけだった部分を補完していった。
チェンバロのレトロでゆるやかな音色が保健室に流れている。
眠れない人の為に演奏された、との逸話を持つ曲だった。
書き終わったカルテを青いクリアファイルに挟む。
それを仕舞う為、カウンセラーは机の引き出しを開けた。
その引き出しに、他のカルテは入っていない。
ただ、大きな紺色の箱が入っていた。カウンセラーが箱の蓋を開ける。
中は綺麗に整頓されていたが、多種多様な物が入っていた。
その奥には、封の切られていない煙草の箱が幾つか積み重なって並んでいた。
全てを覆い隠すように、それらの上に青いクリアファイルがふわりと置かれる。
その上から、紺色の箱の蓋を閉じ、そっと引き出しを閉めた。
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第三学生寮へ帰って行く生徒達の姿が、保健室の窓から見える。
先程、本日の授業終了を告げる鐘が鳴ったからだ。
ガラス越しに子ども達の笑顔を眺めながら、
保健室の先生は、淹れたてのコーヒーを持って机に戻った。
警備組織に協力した翌日。
白衣の先生は保健室でカルテを書いていた。
カルテの端には顔写真が付いている。
映っているのは子供ではなく、大人の顔だった。
保健室には、ゆったりとした音楽が流れている。
作曲者は音楽の父、ヨハン・ゼバスチャン・バッハ。
ピアノと似た鍵盤楽器『チェンバロ』の練習曲として作られた。
音楽と同じように、カルテはゆっくりと綴られている。
時折、手は止まり、ボールペンの頭部で下唇をなぞっていた。
元気な足音が廊下から聞こえた。先生は卓上の時計を見る。
カウンセリングの開始時刻より15分程早かった。
何枚にも渡るカルテは、青いクリアファイルにさっと仕舞われる。
クリアファイルは裏返しにされ、机の上に置かれた。
カセットテープの停止ボタンを押す。ガチャとアナログな音がした。
「ハーイ! 博士!」
よく通る、役者の声と共にドアが開いた。
本日、定期カウンセリングを受ける生徒だ。瞳にはパワーがみなぎっている。
白衣の先生は笑顔を見せた。ボールペンを白衣の胸ポケットに差しながら、
「やあ。アルフレッド。今日は早く来てくれたんだね」
「ああ! 博士にも早く聞かせてやりたいと思ってさ、
約束より早く来ちまった! あ。もしかして、ちょっと早過ぎた?」
「いいや。この保健室にはいつ来てくれたって構わないんだよ」
座りなさい、と診察用の椅子を手で勧める。
「では早速、その話というのを聞かせて貰えるかな?」
通常ならカウンセリングルームへ移動してから始めるのだが、
相手の「早く話したくて堪らない」と雰囲気を優先した。
診察室の椅子に座った生徒は、前のめりで話し始めた。
「聞いてくれよ、博士! 今年はスゴイんだ! しかもイブイブでさー!」
興奮している時、話の順序は全く無視される。
主語など重要な部分が抜け落ち、勢いに任せて、支離滅裂に話し始める。
彼の『話し方のクセ』を知り尽くしているカウンセラーは、
暫くの間、相槌は頷く程度に留め、彼が満足するまで話させた。
そうして、彼のお喋りを聞き続けていると、徐々に話の全体像が見えた。
クリスマスイブのイブ、つまり12月23日に、
彼のバンド『デッドプリンス』がクリスマスライブを行うらしい。
昨年のそれより、大幅に客席を増やし、
友人や島民に無料の招待券を配りまくっているそうだ。
その際には、サンタクロースの格好をして、
サンタの大きな袋からチケットを取り出す徹底振り。
準備や練習に追われる日々が楽しくてならない、
その気持ちは、彼の身振り手振りからも伝わってきたし、
何より、その目の輝きが、当日の待ち遠しさを語っていた。
「でさ! いつも世話ンなってるから、博士にもプレゼント!」
アルフレッドがチケットケースを差し出した。
派手なクリスマスカラーに彩られた、特注品のようだった。
「いちお、二枚入ってるからさ、ガールフレンドでも誘って来てよ!」
「おや。私に、交際している女性は居ないよ?」
「あ、そーなの!? 博士はモテモテだと思ってた!
もう日によって、とっかえひっかえなくらい!」
「まさか。そんなことはないよ」
「じゃあ、これから仲良くなりたい子でも、野郎でもイイからさ!
あ、もちろん、一人で来たって退屈はさせないぜ!」
「ありがとう。都合が付けば必ず伺うよ」
「ああ! 俺達、デッドサンタクロースがサイッコーのイブイブにしてやるよ!」
じゃあ会場で待ってるからー、と言い残し、保健室を飛び出していった。
バタバタと足音が遠ざかっていく。
その音が完全に聞こえなくなってから、白衣のカウンセラーは席を立つ。
向かった先はカルテ用の棚。ここには全生徒のカルテがある。
この学院に着任して出会った生徒達の記録が詰まっている。
独自のルールで並んでいる、たくさんのカルテの中から、
一枚の透明なクリアファイルを取り出し、机まで戻ってきた。
クリアファイルから出したカルテには、先程までここに居た顔が映っている。
机の上に置かれていた青いファイルをどけ、
カウンセラーはすぐに生徒のカルテを書き始めた。
サラサラと綴っている。音楽は流していなかった。
静かな保健室でカウンセラーは黙々とボールペンを動かしている。
数分程で書き終わったそれを、再び透明なクリアファイルに挟む。
カルテ用の棚の元あった場所に戻された。
机に戻ってくると、机上にはひとつのクリアファイルが残っていた。
裏返しに置かれ、端に寄せられた青いファイル。
カウンセラーはそれを引き寄せる。中から取り出したカルテを机の上に置いた。
手を伸ばし、先程と同じ音楽をかける。
白衣の胸ポケットからボールペンを抜き、書きかけだった部分を補完していった。
チェンバロのレトロでゆるやかな音色が保健室に流れている。
眠れない人の為に演奏された、との逸話を持つ曲だった。
書き終わったカルテを青いクリアファイルに挟む。
それを仕舞う為、カウンセラーは机の引き出しを開けた。
その引き出しに、他のカルテは入っていない。
ただ、大きな紺色の箱が入っていた。カウンセラーが箱の蓋を開ける。
中は綺麗に整頓されていたが、多種多様な物が入っていた。
その奥には、封の切られていない煙草の箱が幾つか積み重なって並んでいた。
全てを覆い隠すように、それらの上に青いクリアファイルがふわりと置かれる。
その上から、紺色の箱の蓋を閉じ、そっと引き出しを閉めた。
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