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■ハルヤ
和歌山にある梅ヶ枝本家。
日本舞踊 梅ヶ枝流の家元が暮らす邸だ。
縁側の前には庭が広がっている。
梅の木に、まだ花は咲いていないが、少しずつ蕾が膨らみ始めていた。
今日の稽古を終えた幼い兄弟が、縁側に座って、おやつを食べている。
今日のおやつは最中。薄皮の中には大きな栗と白あんが入っていた。
兄は温かい緑茶を両手でずずずと飲んだ。
兄弟は稽古着のままで、兄は淡い青地の着物に紺の帯。
弟は淡い緑地の着物に黄緑の帯を結んでいる。
弟は縁側で足をぶらぶら揺らしている。
真っ白な膝小僧の下には、この前、練習中に転んだ痕が青く残っていた。
「うめが、さいたら、わかるかなあ?」
「ん? どうした、春也」
「あのね。ぼく、まだわからないの。うめのきもち」
「ああ、じいさまが言ってたやつか」
「うん」
梅ヶ枝流は梅に纏わる演目が多い。
次の舞台では、兄が白梅の精、弟が紅梅の精という役を与えられている。
目下、その練習中で、師範の祖父から「梅の気持ちで舞うように」と言われていた。
「にいさまは、うめのきもち、わかった?」
「ううん。でも、解らなくても、良いんじゃないかなあ」
「えっ?」
「僕達にはまだ解らないことなのかもしれない。
でも、いつか解るような気がするんだ」
「いつかって……あした?」
「ううん。多分、明日とかじゃなくて。僕達が大人になった時かもしれない」
「えっ! とうさまくらい、おとなになったら?
もしかして、じいさまくらいにならないと、わからないのかな?」
「どうかな。でも、きっと解る日が来る。
じいさまには梅の気持ちが解るんだから、僕達にもいつか解るよ」
「そっか。じゃあ、ぼく、わかるまで、まってみる」
「うん」
「でも、にいさま」
「ん?」
「にいさまが、うめのきもちがわかったら、ぼくにもおしえてね?
もし、ぼくがさきに、うめのきもちがわかったら、にいさまに、おしえるから!
ぜったい、いちばんに、おしえるから!」
「うん」
弟は、まだ小さな足を元気良く揺らした。
「たのしみになってきちゃった。はやくしりたいな。うめのきもち」
「大丈夫。春也なら、いつかきっと解るよ」
「うんっ!」
「春臣、春也。ここに居たのか」
古木のような色の和服を着た老人が邸から出てきた。
梅ヶ枝流家元、梅ヶ枝春海。幼い兄弟の祖父だ。
稽古中の祖父は、時に厳しくもある師範だが、
稽古が終わってしまうと、孫が大好きな優しいじいさまに戻る。
「そんなところで、寒くないか?」
「大丈夫、寒くないよ、じいさま」
「じいさま、じいさま」
「なんだ、春也」
「うめ、いつ、さくの?」
「じきに咲くよ。ご覧、蕾も段々膨らんできたじゃろう?」
「もうすぐ、さくの? あした?」
「はははっ。明日は気が早いやろうけど、春になれば咲く。私達の季節にな」
祖父と二人の孫は、まだ花のない梅の木を見上げていた。
ウーティス寮ダイニングルーム。
四人の生徒が席に着いていた。
本日のディナーはフレンチのフルコース。
シェフが一人一人の皿にかぼちゃのクリームスープをよそっている。
「ハールヤー! これ見て下さーい!」
シルヴァンが入ってきた。右手にはB5サイズの紙を持っていた。
「あれ? ハルヤ、まだ来てないんですか?」
「うん、まだだけど」
ユウタはシルヴァンの右手を見ながら、
「シルヴァンは何持ってるの? チラシ?」
「はい。今日、街で貰ったんですー。今度の日曜日、早食い大会があるんですって。
だから、ハルヤに出場して貰おうと思いまして。
ハルヤは島一番のフードファイターですから!」
「早食い大会かあ! ハルヤが出るなら、俺も応援に行こうかなっ!」とユウタ。
「そのフードファイターが、まだ姿を見せないなんて珍しいね」
アンリの意見にジョシュアが頷く。
「そうだね。もうディナータイムなのに。どうしたのかな」
「僕が部屋に行って呼んできますよ!」
「頼むよ、シルヴァン」
ハルヤの部屋の前。シルヴァンはコン、コンとドアをノックする。
「ハールヤ、お待ちかねのディナータイムですよー」
返事がないので、そっとドアを開けてみる。
ハルヤは勉強机の椅子に座ったまま、自分の腕を枕に眠っていた。
「シエスタ中でしたか。おや。これは」
机の上には扇が置かれていた。先日、寮の中で発見された舞扇だ。
白い扇には、梅の絵と菅原道真が詠んだ和歌が綴られている。
ハルヤの祖父とアルフレッドの祖父が在学時に隠した物のようで、
ハルヤとアルフレッドとユウタが宝探しをした結果、ウーティス寮の中で見つけた。
眠りに落ちるまで、ハルヤは舞扇を見ていたのだろうか。
舞扇はハルヤの手元に落ちていた。シルヴァンは思わず微笑む。
「起こしにくい寝顔ですね。良い夢でも見ているんでしょうか?」
fin
和歌山にある梅ヶ枝本家。
日本舞踊 梅ヶ枝流の家元が暮らす邸だ。
縁側の前には庭が広がっている。
梅の木に、まだ花は咲いていないが、少しずつ蕾が膨らみ始めていた。
今日の稽古を終えた幼い兄弟が、縁側に座って、おやつを食べている。
今日のおやつは最中。薄皮の中には大きな栗と白あんが入っていた。
兄は温かい緑茶を両手でずずずと飲んだ。
兄弟は稽古着のままで、兄は淡い青地の着物に紺の帯。
弟は淡い緑地の着物に黄緑の帯を結んでいる。
弟は縁側で足をぶらぶら揺らしている。
真っ白な膝小僧の下には、この前、練習中に転んだ痕が青く残っていた。
「うめが、さいたら、わかるかなあ?」
「ん? どうした、春也」
「あのね。ぼく、まだわからないの。うめのきもち」
「ああ、じいさまが言ってたやつか」
「うん」
梅ヶ枝流は梅に纏わる演目が多い。
次の舞台では、兄が白梅の精、弟が紅梅の精という役を与えられている。
目下、その練習中で、師範の祖父から「梅の気持ちで舞うように」と言われていた。
「にいさまは、うめのきもち、わかった?」
「ううん。でも、解らなくても、良いんじゃないかなあ」
「えっ?」
「僕達にはまだ解らないことなのかもしれない。
でも、いつか解るような気がするんだ」
「いつかって……あした?」
「ううん。多分、明日とかじゃなくて。僕達が大人になった時かもしれない」
「えっ! とうさまくらい、おとなになったら?
もしかして、じいさまくらいにならないと、わからないのかな?」
「どうかな。でも、きっと解る日が来る。
じいさまには梅の気持ちが解るんだから、僕達にもいつか解るよ」
「そっか。じゃあ、ぼく、わかるまで、まってみる」
「うん」
「でも、にいさま」
「ん?」
「にいさまが、うめのきもちがわかったら、ぼくにもおしえてね?
もし、ぼくがさきに、うめのきもちがわかったら、にいさまに、おしえるから!
ぜったい、いちばんに、おしえるから!」
「うん」
弟は、まだ小さな足を元気良く揺らした。
「たのしみになってきちゃった。はやくしりたいな。うめのきもち」
「大丈夫。春也なら、いつかきっと解るよ」
「うんっ!」
「春臣、春也。ここに居たのか」
古木のような色の和服を着た老人が邸から出てきた。
梅ヶ枝流家元、梅ヶ枝春海。幼い兄弟の祖父だ。
稽古中の祖父は、時に厳しくもある師範だが、
稽古が終わってしまうと、孫が大好きな優しいじいさまに戻る。
「そんなところで、寒くないか?」
「大丈夫、寒くないよ、じいさま」
「じいさま、じいさま」
「なんだ、春也」
「うめ、いつ、さくの?」
「じきに咲くよ。ご覧、蕾も段々膨らんできたじゃろう?」
「もうすぐ、さくの? あした?」
「はははっ。明日は気が早いやろうけど、春になれば咲く。私達の季節にな」
祖父と二人の孫は、まだ花のない梅の木を見上げていた。
ウーティス寮ダイニングルーム。
四人の生徒が席に着いていた。
本日のディナーはフレンチのフルコース。
シェフが一人一人の皿にかぼちゃのクリームスープをよそっている。
「ハールヤー! これ見て下さーい!」
シルヴァンが入ってきた。右手にはB5サイズの紙を持っていた。
「あれ? ハルヤ、まだ来てないんですか?」
「うん、まだだけど」
ユウタはシルヴァンの右手を見ながら、
「シルヴァンは何持ってるの? チラシ?」
「はい。今日、街で貰ったんですー。今度の日曜日、早食い大会があるんですって。
だから、ハルヤに出場して貰おうと思いまして。
ハルヤは島一番のフードファイターですから!」
「早食い大会かあ! ハルヤが出るなら、俺も応援に行こうかなっ!」とユウタ。
「そのフードファイターが、まだ姿を見せないなんて珍しいね」
アンリの意見にジョシュアが頷く。
「そうだね。もうディナータイムなのに。どうしたのかな」
「僕が部屋に行って呼んできますよ!」
「頼むよ、シルヴァン」
ハルヤの部屋の前。シルヴァンはコン、コンとドアをノックする。
「ハールヤ、お待ちかねのディナータイムですよー」
返事がないので、そっとドアを開けてみる。
ハルヤは勉強机の椅子に座ったまま、自分の腕を枕に眠っていた。
「シエスタ中でしたか。おや。これは」
机の上には扇が置かれていた。先日、寮の中で発見された舞扇だ。
白い扇には、梅の絵と菅原道真が詠んだ和歌が綴られている。
ハルヤの祖父とアルフレッドの祖父が在学時に隠した物のようで、
ハルヤとアルフレッドとユウタが宝探しをした結果、ウーティス寮の中で見つけた。
眠りに落ちるまで、ハルヤは舞扇を見ていたのだろうか。
舞扇はハルヤの手元に落ちていた。シルヴァンは思わず微笑む。
「起こしにくい寝顔ですね。良い夢でも見ているんでしょうか?」
fin
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