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Marginal Prince Short Story
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闇の家系03 続編
「お話ししたいことがあるので、生徒代表室に来て頂けませんか」

電話でそうジョシュアに呼ばれたアイヴィーは、
ソクーロフを連れて、生徒代表室に向かった。
生徒代表室のドアをノックすると、少し硬い表情をしたジョシュアがドアを開けた。

「すみません。突然お呼びして。どうぞ」

大きな窓の外では、月桂樹の青々とした葉が揺れている。
アイヴィーとソクーロフはソファに通され、
テーブルを挟み、ジョシュアと向き合って座った。

アイヴィーがそっと18歳の生徒代表の表情を窺うと、
可哀相になるくらい、緊張し、思い詰めた顔をしていて、
どう切り出して良いのか解らない、といったかんじが読み取れた。

呼び出された理由は、事件の話だろうとアイヴィーも解っていた。
しかし、近年の生徒代表の中でも、人一倍、気の優しいジョシュアだ。
この手のネタは、話し難いのだろうとアイヴィーは察する。

ジョシュアは一度、口を開きかけたが、そのあと俯いてしまった。
何とも言えない、気まずい沈黙が数秒続く。

重苦しい間に耐えられず、アイヴィーは、そっとソクーロフに視線を投げる。
すると、無音の溜め息を吐かれ、冷たい眼差しがアイヴィーに向けられた。

「ジョシュア?」

一秒前の冷たさとは真逆の、慈愛に満ちた声がソクーロフの口から出ていた。
名を呼ばれ、ジョシュアがビクリと顔を上げた。

「君の伯父さんが襲撃され、怪我をしたという事件については、私達も知っているよ。
君からアイヴィーに電話があった時も、その件について話していたところだ」

ソクーロフがそう切り出すと、強張っていたジョシュアの肩が下がり、
その表情からは明らかに緊張が和らいだ。

「そう、でしたか」

それまで止めていた息をゆっくりと吐き出すかのように、
ジョシュアは静かに呼吸をした。

「伯父さんが被害に遭い、君はさぞ苦しんだだろう。
それに、酷い書き方をされていた記事もあったね。まるで君が犯人かのように」

この場はソクーロフが引き受けてくれるようなので、
アイヴィーは完全に話し手を譲り、二人の会話を見守ることに徹する。
この時のソクーロフは、落ち着きのある、優しい話し方をしていた。
普段よりゆっくりと、一語一語をしっかり相手に伝えるように。

アイヴィーと接している時とは全然違う。
これではまるで『信頼できるドクター』みたいだ。
アイヴィーは少し腑に落ちない思いをしていた。

「最初に伝えておくよ。ジョシュア。
私達は、あれが君の仕業だとは微塵も思っていない」

ジョシュアは唇を硬く結んだ。
ジョシュアが今欲しているであろう言葉を全て与えるかのように、
ソクーロフは優しく、言葉を重ねていく。

「何故なら、まず、君には伯父さんを狙う理由がない。
何より、君のように優しい子には、到底できない、
思いつきもしない所業だからだ。そうだろう?」

「……はい。俺じゃありません」

「解っているよ。君じゃない。君の筈がない。
それは、君と六年一緒に居る私達がよく知っていることだ」

「……ありがとう、ござい、ます。
ウーティスのみんなも、そう、言ってくれて……」

最後のほうは声が掠れて、よく聞こえない程だった。
ジョシュアは泣くのを必死に堪えていた。

アイヴィーはギョッとする。
たった数分で、泣く寸前までジョシュアを感動させたドクターの手腕に。

すると、ソクーロフは席を立ち、ジョシュアの傍に行った。
どうしたんだろう、とアイヴィーが見守っていると、
ソクーロフはジョシュアを抱き締めた。

驚きの余りアイヴィーは声さえ出なかった。
ソクーロフは抱き締めながら、ジョシュアに何か声をかけていた。
「すみません……」と呟くジョシュアの涙声が微かに聞こえる。
ソクーロフは更に、ジョシュアの頭を引き寄せ、
すっぽりとジョシュアの全てを包み込むようなハグをしていた。

アイヴィーはこの時ほど『ハグの力は偉大だ』と思ったことはない。
その後、ジョシュアが落ち着くまで、ソクーロフはずっと抱き締めていた。

アイヴィーはその間、ハグ・カウンセリングの邪魔にならないよう、
黙って見ていることしかできなかったが、
思っていた以上に、ジョシュアは傷付いていたようだと知った。

相手がソクーロフとは言え、少し声をかけられたくらいで、
これほど脆く、感情が揺れるとは思いもしなかった。
いや、傷付いていたという以上に、ソクーロフやウーティスの仲間達が、
全面的に自分を信じてくれたことへの感動だったのかもしれない。

だが、信じて貰えるのは、ジョシュアの人望によるものであって、
信じて貰えないかもしれないと思っていたのは、おそらく本人だけだろう。
時間を持て余していたアイヴィーは、そんなことを考えていた。

ジョシュアが充分に落ち着いた頃、ソクーロフは話を再開させた。

「さて。君の伯父さんが襲われ、犯人の候補として君の名が挙がっている中、
君は私達に話があると呼び出した。話というのは、これで終わりかい?
それとも、私達に何か頼みたいことがあるのかな?」

「はい。警備の皆さんにお願いしたいことがあります」

ソクーロフはアイヴィーをチラと見ながら、

「警備ね。丁度、その責任者がここに居るよ。
遠慮なく言ってごらん、ジョシュア」

「伯父さんを襲った犯人が、次に何をするか解りません。
万一のことを考えて、島の警備強化をお願いしたいと思っています。
もし、犯人の狙いがグラントの人間であるなら、
――可能性は低いとは思いますが、次は俺かもしれません。だから」

ソクーロフとアイヴィーに見つめられる中、ジョシュアは言った。

「みんなを守って下さい」

「それが、君のお願いかい?」

「はい」

「その『みんな』の中には、君も入っていると、そう考えても良いのかな?」

「……はい、でも」

「でも?」

「みんなを優先して下さい。俺のせいで他の誰かが傷付くのは」

「ジョシュア?」

ソクーロフは優しく、かつ毅然とした声で語り掛けた。

「自分が犠牲になっても、みんなを守りたい。
その思想を、私はとても尊いと思うよ?
けれど、自分を蔑ろにするということは、
君の周りに居る人のことも蔑ろにするのと同義なんだ。解るかね?」

ジョシュアは黙ってしまった。ソクーロフは続ける。

「君の場合は、自分の立場を他人に置き換えてみると理解しやすいかな?
例を挙げて話そう。例えば、君を狙って、この島に大勢の侵入者が来たとする。
そうなれば、警備組織は、君を守る為に戦うだろう。
そして、最後に敵が一人残ったとする。敵は警備司令官にこう言う。
司令官が死ぬのなら、ジョシュアの命は見逃しても良い、と」

「えっ?」

「そうなれば、司令官は迷わず言うだろう。解った、と」

「駄目です! そんな、そんなこと」

「どうして駄目なんだい? ジョシュア。
君はさっき、それと同じことを私達に言ったんだよ?
『みんなを優先して下さい』と。みんなと自分、二者択一の場面があれば、
自分が死んでも、みんなを優先して欲しい、そう君は願ったんだろう?」

「はい……」

「君が死んで、みんなが助かっても、みんなは悲しむだけだ。
自己犠牲という名の身勝手は周囲を悲しませる。解るかい? ジョシュア」

「……はい。すみません、博士」

「良いんだよ。この問題は難しく、大人でも解っていない者が居るから。
それでは、もう一度、私達にお願いしてごらん、ジョシュア」

「はい」

ジョシュアが大人達を見上げる。

「みんなを守って下さい、俺も、警備の皆さんも含めて。
どうか、警備の皆さんも怪我をしないで下さい」

アイヴィーは思わず吹き出す。
まさかここで、警備も『みんな』に含められるとは思っていなかった。

「アハハッ。ソクちゃんのせいでムチャ振りになっちゃったよ」

「それで良いんだよ、ジョシュア。よく言えたね」

ソクーロフに褒められ、少し照れたジョシュアは、
普段の大人びた顔より子どもっぽく見えて、アイヴィーは妙に安心した。


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