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Marginal Prince Short Story
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■シュヌーシア
放課後。高等部二年のテオと中等部三年のシルフェが、
校舎からシュヌーシア寮へ帰る途中のこと。
テオが何かを見つけて、感動の溜め息を漏らした。

「――ああ。ごらん、シルフェ。美しい花が二輪も咲いているよ?」

シルフェは「二輪の美しい花」を探したが見当たらない。

「ん? どこ?」

テオは微笑みながら「ほら、あの木の下だよ」

改めてテオの視線を追うと、ここから少し離れたところに、
ウーティス寮のジョシュアとアンリの姿が見えた。
それは月桂樹の森の傍で、確かに木の下に居る。

「二輪の美しい花」は、あの二人のことか、とシルフェは察する。
テオは前にもウーティス寮に遊びに行ってきたことを、
「ウーティスの花達を愛でてきた」と表現したことがあったからだ。

シルフェは二輪の花を観察してみる。
アンリは立っていたが、ジョシュアは片膝を着き、地面のほうを見ていた。
何を見ているのかと思えば、ジョシュアの傍には一匹のウサギが居た。
毛色は薄茶色で両耳は垂れ下がっている。月桂樹の森に棲んでいるウサギだ。

寮に帰る途中、ジョシュアがウサギを見つけて足を止めたので、
アンリは仕方なく、それに付き合わされているような光景に見えた。
機嫌が悪そうなアンリが、ジョシュアに何か言っている。
テオはうっとりと言った。

「いやはや。美しいねえ」

「片方には棘がありそうだけど?」

「棘がある花もまた、美しいものだよ」

ジョシュアは近くにあった草花をウサギに差し出していた。
ウサギはジョシュアを見上げている。ジョシュアは笑顔で、
何か言葉をかけながら、草花をウサギの傍にそっと置いた。

「おお! すごい! プレゼントされたお花を食べているよ!
さすがジョシュア。動物を愛し、愛される者は違うねえ」

テオは本当に花を愛でるような目をして、ジョシュア達を見ていた。

「ところで、テオ。声かけなくて良いの?」

いつものテオなら「おおーい!」と花達に駆け寄って、
スコールのように賞賛の言葉を浴びせるのにとシルフェは思ったのだ。

「いやいや。私が今、出て行ったら、
花達をビックリさせてしまいそうだからね。
遠くから拝見しているだけで、私は充分なのだよ。おや?」

いつのまにか、ウサギはジョシュアの腕の中に居た。
抱き抱えられ、優しく頭を撫でられている。
ウサギも気持ちが良いのか大人しく、双方共に幸せそうだった。

「ああ! 今すぐ腕の良い絵描きさんを呼びたいくらいだ!」

すると、アンリはジョシュアとウサギを置いて、
一人でウーティス寮に向かってしまった。
ジョシュアは苦笑しつつ、ウサギを地面に置く。
ウサギの頭にぽんと触れながら、何か言葉をかけている。
そして立ち上がったジョシュアは、アンリを追いかけた。

「さて。私達も我が家に帰ろうか」


シュヌーシア寮に戻ったテオとシルフェは、
テキストを置く為、それぞれの自室に向かった。
テオはその後、いつものように寮のサロンに行った。

「あっ! テオ帰ってきた! テオー」

テオがシュヌーシア寮サロンに入ると、
中等部一年のラビがテオに飛びついてきた。
テオはそれを嬉しく受け止めた。

「どうしたんだい、ラビ?」

「あのね。急に、明日、数学の小テストって言われてね」

「おや。それは大変だ」

「テスト範囲の中にある問題で、
ぼくもレオンも解んないのがあって」

ラビの視線を追って、テーブル席を見ると、
シャープペンシルを手の中で回しているレオンと目が合った。

「それでね、テオに教えて欲しいの。良いかなあ?」

見上げてくるラビを見つめて、テオはにっこりと笑った。

「うん。もちろんだとも」

「ありがとう! じゃあこっち来てー」

テオは小さな手に引かれ、テーブルのほうへ連れて行かれた。


次にシルフェがサロンにやってきて、ソファに座った。
テーブル席でテオがラビとレオンに挟まれているのを見て、
また勉強を教えてるんだな、と思った。

「シルフェ様」

シュヌーシア寮のバトラーが側に来た。

「お疲れ様でございました。お紅茶をどうぞ」

「サンキュ。今日は何?」

「今日のリーフは、ムーンストーンでございます」

「あ、俺、ソレ好き」

シルフェに紅茶をサーブしたバトラーは、
次に、新聞を読んでいる生徒に視線を移した。

「クラウス様は、コーヒーで宜しいでしょうか」

「ああ。すまんな」

「畏まりました」

バトラーがカップにコーヒーを注ぐ。
コポコポと心地の良い音と共に、コーヒーの良い香りが流れてきた。


「できたー!」

問題の解き方が理解できたラビは笑顔になっていた。

「ありがと、テオ!」

「どういたしまして。ラビもレオンもお疲れ様」

「テオもお疲れ様。テオってほんと天才だよね。
ぼく達が解んない問題、いつも解るもん」

「いやー、そうかい?」

「照れるな。テオがラビ達の問題ができるのは当たり前だろう」

そう言ったのは高等部三年のクラウスだった。

「高二が中一の問題を解けなくてどうする」

シルフェがニヤリと笑いながら、

「とか言って、クラウスが解けなかったら面白いよな?」

クラウスはムッとした。

「俺ができないわけないだろう」

「じゃー、試してみる? ――おい、レオン。
お前達が解んなかったヤツ、クラウスにやらせてみな?」

レオンがテキストを取って、これ、と指で差した。

「誰かクラウスに紙とペン貸してやってー」

そうシルフェが言うと、

「いや、なくて良い」

クラウスは人差し指でテキストの上に、
透明な文字をサラサラと書き、あっという間に問題を解いた。

「できたぞ。答えは12だ」

ラビは自分のノートを見る。そこに書いてある答えも12だった。

「すごい。正解だよ」

テオは力いっぱい拍手した。

「おおー! さすがはクラウス!」

シルフェは、やるきのない拍手をしながら、

「なーんだ。クラウス、つまんなーい」

「……つまらないとは何事だ」

コンコン、とサロンのドアがノックされた。

「失礼しまーす。今日のお菓子をお持ちしましたー」

オレンジ色の腰巻エプロン姿をした小柄なシェフ。
シュヌーシア寮専属シェフのドニ・ドームが、
サロンに今日のおやつを運んできた。

「待ってましたー!」

「今日はなあにー?」

駆け寄った生徒達がシェフをわっと取り囲む。
子供好きなシェフは嬉しそうだった。

「今日はいちごのショートケーキです。
中にもいちごが入っていますよ。皆様、おひとつずつどうぞ」

一人分の大きさの丸いケーキには、いちごがちょこんとひとつ乗っていた。
可愛いケーキがたくさん並んでいる光景を見て、テオは目を輝かせた。

「宝石箱のようだね! いちごがルビーに見えるよ!」

テオがシェフを褒めちぎっているのを眺めながら、
毎日毎日、よく褒め言葉が見つかるものだな、とクラウスは思った。

「なあ、クラウス!」

レオンがニコニコしながら、目の前に来ていた。

「クラウスは甘いの苦手だから、このケーキ、食べないよなっ?」

「ん? ああ」

「じゃあ、クラウスのケーキ争奪じゃんけん大会やろうぜ!」

「俺もやるー!」

「俺も入れてー!」

クラウスのケーキを奪ったレオンの周りに寮生達が集まる。
そちらに行かなかったラビは、テオのブレザーを少し引っ張った。

「ねえ、テオ」

じゃんけん大会の行方を見ていたテオが、ラビに向き直る。

「ん? なんだい、ラビ」

ラビは自分のケーキに乗っているいちごをフォークで差し、
それをテオの前に差し出した。

「ぼくのいちごあげる」

テオは両手を挙げて驚いた。

「ええっ!? どうしてだい?」

「お礼だよ。テオはいつもぼくに勉強教えてくれるから」

「そんな! 貰えないよ。それはラビのいちごじゃないか」

「でも、テオにあげたいの」

「……良いのかい?」

「うん。じゃあ、おくち開けて?」

「うん」

「はいっ。いつもありがと、テオ」

テオの口の中にラビのいちごが入った。

「美味しい? テオ」

「うん。とっても甘かったよ。何よりラビの優しさがね」

ラビはふふふと笑った。

「テオにお礼できて良かった」

「じゃあ、次は私がラビにお礼をする番だね?」

「え?」

テオは自分のいちごをフォークに刺して、ラビに差し出した。

「ラビが私にいちごをくれたお礼がしたいんだ。
受け取ってくれるかい、ラビ?」

「でも……」

「ああ、どうしてもラビにお礼がしたいなあ!
とってもとっても嬉しかったから」

「……ぼく、貰っていいの?」

「もちろん。はいっ」

テオのいちごがラビの口に入る。

「美味しいかい、ラビ?」

「うんっ。テオありがと。テオだいすきっ」

「私も大好きだよ、ラビ」

テオはぎゅーっとラビを抱き締めた。

シルフェはクラウスに視線を送りながら、

「シュヌーシア家は今日も平和だねー。ね、おとーさん?」

クラウスは憮然としながら、

「だから、俺にその呼び方はおかしいだろ。
大体、その『シュヌーシア家』って何だ?」

「え? 何を今更。ウチに住んでるみんなのことデショ?
おとーさんがアンタで、おかーさんがテオ。あとは可愛い子ども達。
だから、アンタもここでは、クラウス・シュヌーシアで、
俺もシルフェ・シュヌーシア。知らなかった?」

「知らん。一体いつから」

「ねえ、ねえ。じゃあ、ぼくもラビット・シュヌーシア?」

「もちろん」

「やった!」

「では、私もテオ・シュヌーシアなのだね。
テオ・シュヌーシア。ああ、なんと素晴らしい響きなのだろう!」

「いや、明らかに語感がおかしいだろう」

「何を言っているんだい、クラウス!
ウィーアー ファミリー! ウィーアー シュヌーシアだよ!」


その日のディナータイム。
珍しくテオの隣にレオンが座った。
今日のメインディッシュはステーキで、
テオはナイフとフォークを持ったところだった。

「テオ。これ、やる」

レオンがテオの前に一切れのステーキを突き出した。
唐突な申し出に、テオは首を傾げた。

「私に? レオン、ステーキ、嫌いになったのかい?」

「ちがっ。好きだよ!」

「では、どうして私に?」

「……そんなの、決まってんだろ」

「え? ええと?」

「……今日、勉強教えて貰ったお礼」

「おお! レオンまで私にごちそうしてくれるのかい?
そんなにお礼をして貰えるようなことはしていないのだけどねえ」

「ラビのいちごは食ったのに、俺のは食わないのかっ!?」

「いや。ありがたく頂くよ。では食べさせてくれるかい、レオン」

「……おう。じゃ、口開けろよ」

「うん!」

大きく開いた口に一切れのステーキを入れた。

「とっても美味しかったよ、レオン。ありがとう!」

「……そーかよ」

「あれー? レオン、ステーキ要らないのー?
じゃー、俺が貰っちゃおーっと」

「ああーっ!? シルフェ! てめっ、何食ってるんだよ! 返せっ!」

「もう飲んじゃいましたー。あー、美味しかったー」

「お前なあ……じゃあ、シルフェのステーキも貰うからなっ!」

「なっ、勝手に人の食いモン取るなよー」

「それはお前だろっ!?」

見かねたクラウスが、眉間に皺を寄せながら注意した。

「おい、お前達。料理を取り合うな。見苦しい」

ラビはまた自分の分をテオに差し出していた。

「ねえ、テオ。ぼくのステーキも、いっこあげるー」

「おや。じゃあ、私のステーキもひとつあげるよ」

「そこも! 何度も食べさせ合うな!
料理は、自分の分を、自分で食べろ!」

ドッと笑いが起き、食卓が笑いに包まれる。
今日もシュヌーシアの夜は楽しく更けていった。


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