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Marginal Prince Short Story
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■WARNING! シルヴァンの重大なネタバレを含みます。
シルヴァンの『秘密』をご存知の方、ネタバレOKな方のみ、どうぞ。

■シルヴァン×ハルヤ ハルヤ×シルヴァン
アンリ×シルヴァン ジョシュア×アンリ 春臣×春也
■ゲームシナリオベース。ハルヤの一人称「俺」です。
■1/13シルヴァンお誕生日&第1回投票4位、おめでとうございます!
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「ねえ。シルヴァン。今夜、君の時間を貰っても構わない?
僕の部屋に来て欲しいのだけれど」

ぞくっとするバニラボイスに呼び止められて。
僕は、笑顔を作ってから振り向きました。

「君が僕を誘うとは珍しいですね、アンリ。どんなご用件ですか?」

「僕は、此処で話しても良いんだけどね?」

朝食へ向かう途中。
いつ誰が通るか解らない寮の廊下で。
学院内外のファンから『天使』と称されるその人は、
天使には程遠い、妖艶な笑みを浮かべています。

「…どうする? 話そうか?」

美し過ぎる笑みに、僕は後退りしていました。

「いえ…せっかくですから、君の部屋で、お聞きしますよ」

「その方が良いと思うよ? では待っているよ、シルヴァン」



「じゃあ次! シルヴァンは、どう思う?」

気付くと、目の前には興味津々なユウタ。
しかし、僕は何を問われているのかが解りませんでした。

「ったく、聞いてなかったのかあ?」とレッド。

隣から肘で突付かれて、ハルヤが小声で教えてくれます。
「王が実在したと思うかって話だよ」

昼休み。僕達は、カフェでランチを食べていました。
アルフォンソ王の謎についてみんなで議論していたんです。
レッドが、映画『アルフォンソ王』のフィルムについて熱く語っている間に、
僕は、今朝のアンリの言葉を思い出していたようです。

「…シルヴァン?」

ユウタが可愛らしく首を傾げるので、
僕は慌てて自分の見解を述べました。

「えっと、そうですね…僕はアルフォンソ王の謎のそのものよりも、
謎を謎のままにしておく何らかの力が、
数世紀にも渡って働いたことに興味がありますね」

ジョシュアは感心したように頷きます。
「成程。そういう考え方もあるのか。確かにそうだね。
アルフォンソ王は、陰謀から逃れる為、この島に避難して来たと言われている。
数ある伝説の中には、王は自身や家臣を守る為、
自らの身を隠し、別人として生きたという一説もあるし」

「ええ。別人として生きるということは、
家族や友人と一緒に居られないということですから。
秘密を守り続けるのは辛かったでしょうね」

予鈴が鳴って、レッドが立ち上がりました。

「ヤベッ! 次、体育なのに着替えてねーし!」

みんながバタバタと講義に向かう中。
カフェには、僕とハルヤだけが残りました。

「おや? ハルヤも次の講義あるのでは?」

「君も、でしょ?」

どうやら、ハルヤも講義に行く気がないようです。

あまり物事に動じず、飄々と振舞う彼。
一見、真面目そうなルックスに反して、面倒臭がり屋さん。
普段はクールなのに、結構シャイで。
無気力そうな言動の裏には、優れた感受性と洞察力を持っています。
誰かの様子がいつもと違う時、最初に気付くのは、いつも彼です。

人の表情やちょっとした仕草を敏感に察知するだけではなく、
木々や花などの自然に対しても、素直に綺麗だと感じる力を持っています。
感受性の高さは、天才子役と謳われたレッドにも劣らないほどです。
きっと『表現者』の素質なのでしょう。

レッドと違うのは、感情の表現方法だけなのかもしれません。
感じたまま、全身全霊で表現するレッドと。
同じことを感じていても、必要最小限しか表に出さないハルヤ。
見た目も性格も相克に見える二人が、兄弟のように感じられるのも、
元々持っている素質が、似ているからなのかもしれません。

ハルヤと知り合ってから、もう1年経ちますが。
初めて会った時の印象とは、大分違います。
君は、知れば知る程、新しい一面を見せてくれるから。
次はどんなハルヤに会えるのか楽しみで。
つい、君には色々話し掛けたくなるんですよね。

「ハルヤ、次の時間のご予定はあるんですか?
僕は、これからシエスタの研究でもしようかと思ってるんですけど♪」

「そっか。シエスタの研究論文を執筆中なんだよね、
シルヴァン・クラーク教授は?」

「はい。日々、順調にデータを収集してますよ♪」

ハルヤは笑顔を見せて、眼鏡を押し上げる。

「クラーク教授? 研究には、助手が必要じゃない?」



月桂樹の森。
僕達は、お気に入りの木の下に寝転びました。
木漏れ日は毛布のように暖かくて。
時折、心地好い風も吹きます。
いつもなら、目を閉じればすぐに夢の国へと行けるのに。
脳裏には、冷たい笑顔と声が残っていて。
今日は、とても眠れそうにありませんでした。
どうやらハルヤも寝付けないらしく、遠慮がちな声が聞こえてきました。

「クラーク教授、起きてる?」

「ええ。眠れませんか? コバヤシ君」

「うん。…あのさ、シルヴァン」

ハルヤは、僕の呼び名を改めました。

「はい?」

「今日、なんかあった?」

「いえ、別に…どうしてそう思うんです?」

「アルフォンソ王の話をしてた時、上の空ってかんじだったから。
俺が君を突付くまで、俺が隣に居る事も気付いてないみたいだったし」

「…ああ。先程はハルヤのおかげで助かりました。ありがとうございます」

「何考えてたの、シルヴァン?」

天使のような悪魔の笑顔を思い出していた――とは、とても言えません。

「…ちょっと、ぼーっとしていただけですよ」

ハルヤは寝返りを打って、こちらに顔を向けました。
僕の回答に納得がいかなったのでしょう。
眼鏡を掛けていないハルヤが、僕の表情を伺っています。
白く透き通るような素顔。
眼鏡を取ったハルヤは、今までにも何度かお見掛けしているのに。
こうして近くで見せられると、いつもドキっとしてしまいます。
ハルヤは、僕の顔がよく見えないのか、すぐ傍まで寄って来ました。

「ちょ、ちょっとハルヤ…そんな近くで見つめられると僕…」

「やっぱりヘンだ」

「は、はい?」

「今日のシルヴァン、元気無くない?」

「え...そう見えましたか? すみません、心配させてしまって。
自分ではそんなつもりなかったんですけどね」

「ほんと? でも、いつも眠そうだし。夜、ちゃんと眠れてる?」

レンズを通さずに、直接向けられる瞳。
その素直な眼差しに吸い寄せられるように、
僕の口から、言葉が零れ落ちました。

「最近、ちょっと夢見が良くないんです」

言ってしまってから、後悔しました。
普段は飄々と振舞う割に、洞察力や感受性の高いハルヤ。
そんな彼を、徒に心配させるようなことを口走ってしまうなんて。
案の定、僕の余計な一言は、ハルヤの表情を曇らせてしまいました。

「シルヴァン、怖い夢見るの?」

「いえ。怖くはないのですが…子供が泣いている夢なんですよ」

「子供が? それは、後味良くないね…」

「はい。それで、あまり眠った気がしないのかもしれません」

「それ、よく見るの?」

「ええ。ここ数年は」

「…数年? そうだったんだ。うーん。
『泣く子供』の夢って、何か意味とかあるのかなあ?」

「夢占い、ですか?」

「うん。あっ、そうだ。アンリに聞いてみる?
アンリ、前に夢占いの話してたから、何か知ってるかも」

「待って下さい、アンリにはっ!」

アンリは僕にとって、気の抜けない人物の一人です。
彼は、僕の過去を調べ、公表されている情報は全て手に入れています。
それでも真相に辿り着かなかった彼は、こう言いました。

――シルヴァン。君、一体、何者?

あの後は約束通り、詮索を止めてくれたようですが。
僕の素性に疑問を抱いている彼に、余計なことを吹き込むわけには。
それでなくとも、今夜会わなくてはいけないのに。

「僕では嫌なのかい、シルヴァン?」

頭上から、今最も聞きたくないバニラボイスが、降ってきました。
ハルヤは「あ。丁度良かったよ、アンリ」と身体を起こします。
僕が止める間も無く、ハルヤはアンリに話し掛けました。

「あのさ、アンリは『夢占い』できる?
この夢はこういう意味がある、とかってヤツ」

「昔、多少の文献を読んだことがある程度だけど。どんな夢?」

「泣く子供の夢。あ、見たのは俺じゃなくて、シルヴァンなんだけど」

金色の瞳は、面白そうに僕を見下ろします。

「ふうん。シルヴァンが、ね」

「アンリ、良くない夢だと思う?」とハルヤ。

「どうかな。シルヴァン、その子供、どんなふうに泣いているの?」

「とても小さな声で、すすり泣くようでした」

「では、泣き疲れているのかもしれないね?
ずっとそこで泣いているのかな」

「ずっと、一人で、ですか」

「その子供、知ってる顔ではないの?」

「解りません。姿は見えなくて。
真っ暗な空間で、声だけが聞こえてくるんです」

「その声を聞いて、嫌な気がした?」

「いいえ」

「男の子の声?」

「おそらく」

「じゃあ…」

細い指がゆっくりと上がって、僕に向けられました。

「君かもしれないね? 泣いているのは」

黄金の瞳に僕が映っています。
サン・ジェルマン伯爵家の血を最も濃く受け継いだ、高貴な瞳。
僕は、まるで金縛りに合ったように動けませんでした。
アンリの瞳が愉快そうに閉じた時、僕はやっと息が出来ました。

「午睡の邪魔をして悪かったね。おやすみ、良い夢を」

去り際、アンリは僕を見て、
「では後でね」と言い残し、寮の方へ消えて行きました。



小さな背中が完全に見えなくなると、
ハルヤは倒れるように、寝そべりました。

「はあー。ビックリしたー。
アンリって、妙に迫力があるっていうか…」

「ええ。さすが、サン・ジェルマンの子孫ですね」

「あ、ビックリしたと言えば、さっきのシルヴァンにも驚いたよー」

「さっき、と言いますと?」

「アルフォンソ王の話してる時。
シルヴァン、『秘密を守り続けるのは辛い』って言ったでしょ?
昔同じようなこと、兄様に言われたんだ」

ハルヤは空を眺めます。

「...俺ね、兄様が好きだったおもちゃ、壊しちゃったことあるんだ」

「どんなおもちゃだったんです?」

「かえる。触ると音が鳴るヤツ。
兄様は、それでよく俺を驚かせて遊んでたんだ」

「微笑ましい兄弟じゃないですか」

「まあ。今、思うとそうだけどさ。
当時は毎日大変だったんだよ? あちこちに、かえる仕掛けられて...
仕返ししたくって、兄様の机から勝手にかえるを取ったんだよ」

「仕返しは成功したんですか?」

「ううん。色々触ってるうちに壊れちゃったみたいで。音が鳴らなくなったんだ。
それで俺、かえるのおもちゃ隠したんだよ、庭に埋めてね。
兄様に怒られるの嫌で、言い出せなかったんだよ」

「でも、お兄さんに怒られたでしょう?」

「いや、怒りはしなかったよ。兄様はね、俺の部屋に来て、
一回だけ『本当に知らないか』って聞いたんだ。俺は『知らない』って答えた。
そしたらね、兄様は静かに俺を見つめて、
『秘密を秘密のままにするのは辛いぞ』って言って、俺の部屋を出て行った」

「それから?」

「俺ね、それでも黙ってたんだよ。昔の方が根性あったのかな?
でも、兄様の顔、正面から見れないし。最低限の会話しかできなくて。
秘密を守り続けることの辛さ、痛いほど解って。最後は泣きながら謝ったんだ」

「その時、お兄さんは何て?」

「『あほっ』って俺の頭叩いて許してくれた」

照れたように笑って、ハルヤは自分の髪を梳きました。

「そうですか。良かったですね、ハルヤは秘密を話せて」

話せない秘密など、持たない方が良いですからね。
僕だって、身を隠して生きるなんて秘密は、持ちたくありませんでした。

5年前。組織から命を狙われた僕達家族が、
生き延びる方法は、たった1つ。
地上から僕達の存在が消滅したと、彼等に認識させること。

その為には、かつての名を捨て、
家族全員が別人として生きる道しか残されていませんでした。

僕は、大切な家族と離されて、自分の名前を失いました。
そして、シルヴァンという人間が13歳で誕生してからというもの。
昔の自分も、新しい自分も。
どちらも偽物のように思えて。
過去を思い出す時は、
擦りガラスを1枚通して見ている気分に陥りました。
自分という存在が、よく解らなくなってしまったんです。

シルヴァンという名を呼ばれる度に、罪悪感に蝕まれて行くようでした。
僕は、この人に昔の名を知らせていないのだと思い知らされて。
まるで、全てに人に、嘘を突き通しているような感覚でした。

アルフォンソ学院に入学して、友人の数が増える度に、
この名を呼ばれる回数も増えていきました。
僕はいつもたくさんの友人に囲まれているのに。
彼等は、自分のことを話してくれるのに。
僕だけが、自分のことを話していない。
過去の話を問われた時はいつも、笑顔で交わすことしかできない。

家族全員の命を守る為に、かつての名を捨て、
シルヴァン・クラークとして生きることを決めたのに。
僕はどうしても、好きになることができませんでした。
血の繋がった家族に一目会うことも許されない、この偽物の名前が。

「シルヴァン? どうしたの、急に黙っちゃって」

「…いえ。風が冷たくなってきたなあと思いまして。
今日は、そろそろ戻りましょうか、コバヤシ君?」

「えー? でも、今日はシエスタの研究、
全然進んでないよ、クラーク教授?」

「大切な助手に風邪など引かれては、元も子もありません。
有能な助手は、教授の指示に従うものですよ?」

ハルヤは不思議そうに僕を見ています。
眼鏡を通さず、直接向けられる瞳。
その視線を受け止めることができなくて。
僕は傍らに置いてあった眼鏡を取って、ハルヤにそっと掛けます。

「シルヴァン…?」

「眼鏡を掛けていない顔もお綺麗ですが、
やはり、こちらの方が可愛いですね、ハルヤは」

「…俺みたいなの捕まえて、よく可愛いとか言えるね」

「でも日本ではハルヤのような人を、『メガネ美人』と言うのでしょう?」

「…俺のことは言わないの。もう…変な日本語ばっかり覚えてくるね、君は」

「すみませんっ♪」

「笑顔で心にも無いこと言うなっ」



二人で森から寮へ戻る途中。
僕は、ハルヤとお兄さんの話を反芻していました。

「そう言えば。ハルヤのお兄さん、お名前は何ておっしゃるんですか?」

「春臣だよ」

「ハルオミさん? 確か、おじいさんは、ハルミ・ウメガエですよね?
ハルヤの家は、皆さん『ハル』が付いているのですか?」

「うん。 父が近春。俺だけ苗字が、小林だけどね。
だから、名前が『証』っていうか、
『春』が、俺と兄様を兄弟だって認めてくれてる気がするんだ」

「名前が、証、ですか」

「…ああ、ごめんね。なんか変な話になっちゃって」

「いいえ。とても素敵じゃないですか」

名前が証。
その通りですね。
シルヴァン・クラークというこの名前が、
僕と家族との関係を証明しています。
彼等とはもう、縁が切れていることを。

「…僕の名前も、家族と繋がっていたら、良かったんですけどね」

「え?」

「いや、僕の名前も漢字だったら良かったなーと思いまして♪」

「日本人みんなが、同じ漢字を家族に付けるわけじゃないよ?
昔は普通だったかもしれないけどね。今は、珍しいくらいなんだ」

「へえ。そうなんですかー。また日本のことが1つ解りましたっ♪」

「ほんと、日本が好きなんだね、シルヴァンは」

「はい♪ 日本のことは何でも知りたいんです♪」

だって、日本を知れば、君と話せることが増えますから。
無理を言って、日本からサムライの衣装を送って貰ったのも。
本当はもう君より上手い、殺陣を練習したいと言ったのも。
既に知っている、日本の漫画について質問したのも。
君との楽しい時間を、過ごしたいだけなんですよ。




「アンリ? 何を読んでいるの?」

アンリの部屋。
ジョシュアは本棚の前に立つ人に尋ねる。

「下らない本だよ。
『泣く夢』は逆夢で良い兆候の証だとか、
『子供の夢』は健康運が良いとか。
つまらないことが書いてある」

分厚い本を閉じて、本棚に戻す。

「それで、今日はどうしたんだい?
アンリの方から部屋に来いだなんて、珍しいね?」

「今日は、ささやかな遊びに興じてみようかと思ってね」

「面白そうだね。どんな遊びをするの、アンリ」

「待って。まだプレイヤーが揃ってないから」

「…他に、誰か呼んでいるの?」

「そうだよ。君だけを招いたわけじゃない。何か不満?」

「…少し、ね」

「へえ。君も面白い冗談が言えるようになったものだね?」

「誰のせいかな」

「さあね」

アンリは微笑する。

「全く…騒がしいな」と言ってドアへと向かった。

しかし、ジョシュアの耳には、騒がしい音は一切聞こえなかった。
足音も、ドアをノックする音も。




夜。約束の時間。
僕はアンリの部屋の前に居ました。
ドアをノックする手が、途中で止まります。

――今夜、君の時間を貰っても構わない?

彼から話があると言われたら、僕は断る権利が無いも同然です。
一体、どんなお話があるというのでしょう?
もしや……まさか……でも……

「早く入れば?」

ドアが勝手に開いて、サファイア色の髪に出迎えられました。

「アンリ!? どうして僕が居るって解ったんですか?」

「君は、黙ってても騒がしいからね」

「え…それは、どういう…」

「早く入れば、と言っているのだけれど?」

「…あ、はい。お邪魔します」

部屋に入ると、見知ったエメラルド色の髪が見えました。

「アンリ? 誰か来たのかい?」

蜂蜜のように甘く優しい声。
先客が居るとは思わなかった僕は、つい声を上げてしまいました。

「ジョシュア! どうして貴方が此処に?」

「え? 俺はアンリに呼ばれたんだけど…」

「僕も、そうなんですけど…」

ジョシュアと僕の視線を一手に浴びた人は、

「揃ったね」

と言って、ドアを閉めました。


アンリの部屋で。
決して大きくはないテーブルを、3人で囲んでいます。
ジョシュアと僕が、頭の上に疑問符を浮べる中、
アンリだけが1人で楽しそうです。

「アンリ? 何を考えているのです?」

「別に。ちょっと暇潰しに、みんなで遊ぼうかと思ったんだ」

「…随分と奇抜なご提案ですね、アンリ。
一体何をして遊ぶのですか、このメンバーで?」

「コレだよ」

アンリはポケットから、タロットカードを取り出しました。

「占いをしてくれるんですか、アンリ?」

「いいや。僕、占いはできないんだ。正式な占い方を知らないからね」

「では、タロットで何を?」

「ただのカード遊びだよ」

アンリが、タロットをテーブルに広げます。
絵柄が上で、色とりどりのカードが並んでいます。

「じゃあ、遊びを始めようか。
シルヴァン、この中から、好きなカードを1枚選んで?」

「…僕ですか?」

「そう。深く考え込まず、適当に選んでくれればいいよ」

「解りました。そうですね…僕はこのカードが好きです」

「『吊るされた男』だね。それを選んだ理由はある?」

「はい。絵柄は残酷な仕打ちを描いたものですが、彼の表情が好きです。
全てを受け入れていると言うか、何か大切なことを悟った顔に見えて」

「ねえ。そのカード、前から好きだったの?
それとも、今なんとなく惹かれた?」

「今、ですけど?」

「では、君が『カードに選ばれた』可能性があるね」

アンリは、白い指で赤い唇を撫でながら、
僕のことを、品定めでもするかのように眺めています。
氷の視線に、足先から髪まで、ゆっくりとなぞられて。
まるで、実際に触られているようでした。

どこか、ぼうっとした黄金の瞳には、
常人には見えないものが、映っているのかもしれませんでした。
ふうと息を漏らしたアンリは、こう言いました。

「君の持ち物、何か壊れるかもね」

「え?」

「このカードの意味は知っている?」

「いいえ」

「THE HANGED MAN『吊るされた男』。
両の手を縛られた上、足は木に括られ、逆さ吊り。
このカードは、自己犠牲の象徴、なんだ。
君が、長い間ずっと持っていたものを失う。そういう意味があるカードだよ」

「長い間、ずっと持っていたもの、ですか」

ジョシュアは隣に居る人を見ます。

「アンリ。それは、ペンや本のように、形ある物なのかな?」

「そうとも限らないね。無形の可能性もある」

「例えば、愛や地位、名誉とか?」

「そう。或いは…『秘密』とか、ね?」

射抜くような視線。
僕が声を出せないでいると、アンリはフッと笑いを漏らしました。

「どうしたの、シルヴァン?
これは、ただのカード遊びだと言ったでしょう?
正式な占いではないのだから、気にすることも、怖がる必要も無いんだよ?
尤も、僕の言った事を信じるかどうかは、君の勝手だけれどね」

「…そうですか。ご忠告、ありがとうございます」

「どういたしまして。これで今日の遊びは、おしまいにしようか。
部屋に戻って良いよ、シルヴァン。どうやら、君は少し疲れているようだし」

「すみません。では、僕は失礼しますね」

ジョシュアが席を立ち、優しいハニーボイスを聞かせてくれます。

「大丈夫かい、シルヴァン? 部屋まで送ろうか?」

「いいえ、ご心配には及びませんよ、ジョシュア。ありがとうございます」

2つの甘い声から逃れるように、僕はドアを閉めました。



シルヴァンが部屋を出た後、アンリは手にしているタロットを掲げた。

「残念だな。逆位置なら、抜け出せない苦悩を表す悪いカードだったのに」

「アンリ?」ジョシュアが首を傾げる。

「正位置なら、大きな変転、優先順位の変化を表す、
割と良いカードなんだ。試練の先には良い事が待ってる…彼が耐え切れたらね」

カードを指の上でくるくると弄ぶ。

「アンリ…。どうして、それを伝えないんだ?」

「そんなの、僕の勝手でしょ」

窓から涼しい夜風が吹く。空色の髪が揺れた。

「相変わらず素直じゃないね、アンリは」

「相変わらずなのは君でしょ。周りの心配ばかりして。生徒代表も大変だね」

「そう言えば、アンリ。どうして、俺を同席させたの?
君は、シルヴァンとカード遊びをしたかったんだろう?」

「君を呼んだ理由は二つだよ、ジョシュア。
彼は僕を警戒しているからね。僕と二人で話すより、
ジョシュアが居た方が、安心して話し易いかと思ったんだ、色々とね」

「色々?」

「後は、僕のボディーガード代わりだよ。
学院の理事と唯一繋がっている生徒代表殿の前では、
余程の事が無い限り、彼も下手な動きもしないだろうから」

「さっきから何を言っているの、アンリ」

「解らない? ひょっとしたら、彼に殺されたかもしれないってことだよ」

「アンリ、何を言い出すんだ」

「冗談だよ。面白かった?」

「面白くないよ。…でも、光栄ではあるかな」

「光栄?」

ジョシュアはアンリの前に跪いて、白い手を取った。

「君のナイトに、俺を選んでくれたから」




翌日。ハルヤと僕は、また揃って月桂樹の森に来て居ました。
今日は、ハルヤから誘ってくれたんです。
午後の講義が始まる前、僕の部屋まで来てくれて、

「今日は、絶好の研究日和じゃない?」

僕も、これから行こうと思っていたので、喜んでご一緒させて頂きました。
こんなに、もやもやとした擦りガラスのような気持ちでは、
教授の声が耳に入ることもないでしょうから。

実は、また泣く子供の夢を見たんです。
真っ暗な空間には、ただ泣き声だけが響いていました。
どうして、泣いているのでしょう?
どうすれば、泣き止んでくれるのでしょう?
アンリが言った通り、あの子は本当に、僕なのでしょうか?

昨日と同じ木の下で。
ハルヤは眼鏡を取って寝転びました。
今日もいい天気です。
僕の気持ちが曇っていても、この森だけは晴れやかで。
変わらない温かさと、気持ちの良い風を与えてくれます。
そして何より、隣に居る君。
君と一緒に居るだけで、穏やかな気持ちになれます。
誰かと違って、緊張する必要もありませんからね。
自然と気が安らいで、僕は笑顔を作る余裕が出て来ました。

「最近、シエスタの研究ばかりですね、僕達」

「今に始まったことじゃないでしょ、クラーク教授?」

「コバヤシ君は良いんですか? 僕などに付き合っていて」

「良いに決まってんじゃん。今日、君を誘ったのは俺だよ?」

抑揚の少ない、淡々とした話し方。
それでも誰かのように、冷たく聞こえることはありません。
君の声は、とても柔らかいから。

心地好いクッションのようで、ずっと傍で聞いていたくなります。
だから、君と居る時は、こんなに安心するのでしょうか。
君が子守唄を歌ってくれたら、きっと、良い夢が見られるのに…

「そうだ! ハルヤ、歌ってくれませんか!?」

「何、急に…」

「研究の為に決まってるじゃないですかー、コバヤシ君♪
今日は『子守歌とシエスタの相関関係』が研究テーマ、ってことで♪
僕が被験者になりますから、助手の君が歌って下さいね?」

「ええっ? 今、此処で歌えって言うの?」

「曲は、この前ライブで歌ってくれた曲が良いです♪」

「えっ、でも、あの曲は子守歌っていうか、ラブソングに近いんだけど…」

「恥ずかしがらなくても大丈夫ですよー、僕しか聞いてませんからっ♪
この時間、この森には誰も来ませんよ?」

「…いや、そのへんに問題があると思うんだけど…」

「研究の為なんですから、協力して下さいよー。
それに、僕、大好きなんです、ハルヤの歌。
君が歌ってくれたら、きっと良い夢が見れると思うんです♪
ね? だからお願いします、ハルヤ?」

「…めんどくさいけど、仕方無いっか。
有能な助手は教授の指示に従わなきゃいけないし」

「はい♪ ありがとうございます、ハルヤ」


あたたかな森の中。

僕は月桂樹の下で、目を閉じました。

感じるのは、綺麗な空気と土の匂い。

小さな深呼吸が聞こえて。

君の柔らかい歌声は、

あっという間に、僕を夢の国へと連れて行きました。




歌い終わったハルヤは、シルヴァンを覗き込む。
すやすやと眠る横顔に、ハルヤは苦笑する。

「この曲…本当にラブソングじゃなくて、子守唄だったみたいだね」

ハルヤは自分のブレザーを脱いで、彼に掛ける。
つい、その寝顔に目を惹かれた。

初めて見た時は、女の人かと思った。
長い髪がよく似合っていて。白く整った顔立ち。
高い背に、すらりとした手足。
モデルの人だと紹介されたら、普通に信じただろうな。

でも、喋り出したら、また違うんだけど。
好奇心旺盛と言うのか、好きなものに対しては煩いくらいで。
最近は、日本文化に凝ってるみたいで、俺にも色々聞いてくる。
着物が着たいとか、殺陣を習いたいとか、言われることも多い。

シルヴァンのお願いは突拍子が無くて、いつも驚かされる。
さっきも急に歌ってくれなんて言うし。
いつのまにか、君のワガママに振り回されてる俺が居る。
どうして俺も面倒なことに付き合っちゃうんだろ。

でも君は「ありがとうございます、ハルヤ♪」と言って笑うから。
色々面倒なことしても最後には、まあいいっか、って思ったりして。
君のお願いは、始めも終わりも、ドキドキさせられる。
…ほんと、君と居ると疲れるよ。

気持ち良さそうな寝顔、だね。

俺の歌が、子守唄になるとは思わなかったけど。
そう言えば、君があっさり眠れたことが気に掛かる。
すぐに眠れた、ということは、他の時間、眠れていないのかもしれない。

――君が歌ってくれたら、きっと良い夢が見れると思うんです♪

また、あの夢を見たのかもしれない。
子供が泣く夢を。

普段は、明るくて騒がしいぐらいの人なのに。
みんなが笑って話している時、急に笑顔が沈む時がある。
誰も居ないサロンで、一人遠くを見ている時がある。

そういう時、君は、何を考えているの?

「ん…」

彼は寝返りを打って、掛けていたブレザーが落ちた。
ハルヤは静かに掛け直す。

「おやすみ、シルヴァン。いいゆめを」

どうか、今だけは。
彼に、あの夢を見せないで。




僕が目を覚ますと、ハルヤは木に寄り掛かって座っていました。

「あ、起きた? おはよ」

「…おはようございます、ハルヤ。今、何時ですか?」

「んー。17時」

「今日の講義、全部終わってますね…」

「いつものことでしょ」

「僕はそうですけど。ハルヤは…」

身体を起こそうとした時、何かが落ちました。
緑色のブレザー。
ハルヤを見ると、白いワイシャツ姿でした。
その腕に触れると、ひんやりと冷たくなっていました。

「…ハルヤ、ずっと此処に居てくれたんですね」

「君の助手だからね。教授を置いていけないでしょ?
それで、子守唄とシエスタの相関関係は分かったの?」

「ええ。結果は僕の期待以上でした。君の夢が見れましたからね?」

「…ほんと?」

「はい♪ 子守唄の効果は絶大のようですねー。
それに、このブレザーの効果かもしれませんね!?
あー、でもでもっ! どんな夢だったのかはヒミツってことで♪」

「別に、聞きたくないよ…」

「またまたー。気になるくせにっ?」

「…もう。ブレザー返して」

「はい♪ ありがとうございます、ハルヤ」

僕は彼の後ろに立って、ブレザーを広げて持ちました。
ハルヤは袖に腕を通します。

「ところで。ハルヤは眠れたんですか?
僕が目覚めた時、起きていましたよね?」

「うん。眠れなかったんだ、結局。
頭の中、ぐるぐるしちゃってさ」

「ハルヤ? 何か悩み事ですか?」

「俺、ずっと考えてたんだ。シルヴァンが言ったこと」

「僕が言ったこと?」

「俺が、兄様のおもちゃを壊した話、したよね?」

「ああ、はい。かえるの…」

「そう。あの時、最後にシルヴァンが言ったこと覚えてる?
『良かったですね、ハルヤは秘密を話せて』って言ったんだよ」

「…そう、でしたか?」

「うん。『ハルヤは』って言い方が気になってたんだ。
シルヴァンは、秘密を話せないのかなって」

「え…」

「君や兄様が言った通り、
何かを秘密にしたまま生きていくのって、凄く辛いことだと思う。
秘密を話せる相手が居たら違うと思うけど」

「ハルヤ…」

「俺では聞かせられない?」

「…狡いな。君にそんな風に言われたら、僕はどうすれば良いんです?」

「シルヴァンの秘密、俺に聞かせて」

眼鏡を外した瞳に、真っ直ぐ見つめられて。
僕はもうその視線から逃れることができませんでした。
これ以上、君に隠し事をしたくはない。

深呼吸をして、僕は口を開きました。

「…誰にも話さないと、約束して頂けますか?」



僕の過去を、ハルヤは黙って聞いてくれました。

家族全員の命が狙われたこと。
生き延びる為に、新しいIDを与えられ、
僕達家族は名を変えて、別の人生を歩むことになったこと。

ハルヤは最後まで聞き終った後、ぽつりと言いました。

「そっか。シルヴァン・クラークは、新しい名前なんだね」

「ハルヤ…『偽名』とは言わないんですか?」

「だって、偽物ってわけじゃないんでしょ?」

偽物だと思っていました。
家族とも会えない名前など偽物で。
今、此処に居る自分さえも、偽物なのではないかと。

「シルヴァンの昔の名前、知りたいな。聞いても良い?」

僕は頷いていました。

「僕の、名は…エルリック・フォン・リヒトホーフェンです」

かつての名を口にすると、
ハルヤは穏やかな笑顔を見せて。

「いい名前じゃん。俺、その名で、呼んでみてもいい?」

「はい」

君は嬉しそうに笑って、僕の名を呼びました。

「エルリック」

柔らかい声で、そう呼ばれて。
僕は。

途端に、君の顔が驚いた表情に変わりました。

「ごめん。昔の名前で呼ばれるの、イヤだった?」

僕は首を横に振ります。

「いえ、嬉しいんです。…捨てた名だと思っていたのに、
その名で呼ばれることが、こんなに嬉しいなんて…可笑しいですよね」

「可笑しくなんて無いよ。家族に呼ばれた名前なんでしょ。
好きだったんだね、家族のこと」

「そう、でしょうか…」

「あっ。俺、あの子を泣き止ませる方法が分かったかも」

「え?」

「君の夢の中で、泣いていた子。
アンリが言ってたように、あれが幼いシルヴァンなら。
きっと、名前を呼んで欲しかったんだよ、『エルリック』って。
今度会ったら、そう呼んでみたら?」

「でも、暫く夢には現れないと思いますよ?」

「…なんで?」

「君が今、呼んでくれましたから」

「そっか」

「でも、また現れるかもしれませんね。
君と二人で居る時は、昔の名で呼んでくれますか?」

「それは良いけど…みんなには教えなくて良いの?」

「ええ…君だけが知っていれば良いです」

「そう? じゃあ、エルリックって呼ぼうかな。
でも、シルヴァンって名前も好きだしなあ…」

「え…そうですか?」

「うん。好きだよ? 
だって、カッコイイじゃん、シルヴァンって名前。
…えっ? 何でここで笑うのっ!?」

「ああ、すみません。可笑しくて…」

「俺が?」

「いえ、僕がです」

君に好きだと言われただけで、
この名前が特別なものに思えるなんて。
本当に可笑しくて。
なんて、幸せなことなんでしょう。

「なんだか急に、シルヴァン・クラークという名前にも、
愛着を感じてきました♪」

「…なんだよ、それ。
まあいいや。それで、もう隠してることはない?」

「もう無いですよー。
こんなに大きな秘密を話してしまったんですから。
本当に、誰にも言わないで下さいね?」

「うん」


すみません、ハルヤ。

君に言えないことは、もうひとつあるんです。


もっともっと大きくて。

溢れてしまいそうな秘密が。


僕はいつまで、隠し通せるでしょうか?


「そうだー! ハルヤっ! 
また日本から取り寄せて、欲しい衣装があるんですけどねっ!?」

「またあー? で、今度は何?」

「舞妓さんの衣装が着てみたいですっ!」

「なんでまた、女物なの…」

「僕では、似合いませんか?」

「…それは……」

「やだー。そんなに褒めないで下さいよっ。照れちゃいますー♪」

「褒めてないっ!」


fin
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