忍者ブログ
Marginal Prince Short Story
Admin  +   Write
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

■レッド×アンリ アンリ×レッド
オーギュスト×アンリ デッド・プリンス
■若干のゲーム要素とオーギュの捏造設定で出来ています。
■第1回BL投票3位、おめでとうございます。
-------------------------------------

「あのっ! ウーティス寮の、アルフレッド先輩ですか?」

放課後。
寮に戻る途中、レッドは声を見知らぬ生徒に掛けられた。
眼鏡を掛けている、小柄な少年だった。
おどおどした様子で、こちらの顔色を伺っている。
まだ新しい制服を見ると、高等部1年のようだ。
学年の違う俺にわざわざ会いに来たってことは、俺のファンかな?
態度がビクついてんのも、緊張してるからなのかも。
レッドは愛想良く、気さくに返事をした。

「そうだよ。俺がアルフレッド・ヴィスコンティ。俺に何か用かい?」

「はい。あのっ、これを…」

彼は白い封筒を差し出した。
レッドはそれを受け取って、更に機嫌を良くする。

「俺にファンレター? サンキュ! 嬉しいぜ? 必ず読むよ!」

「いえっ、ごめんなさい、違うんです。
貴方と同じ寮の…アンリ先輩に渡して貰えませんか?」

「なーんだ。君はアンリのファンか。
てっきり俺のファンかと思っちまったぜ」

「すみません。あ、あのっ...」

「オーケイ。アンリに渡しとけばイイんだろ?」

「はい。ありがとうございます。失礼します。じゃっ」

「あっ待って! 君の名前!」

男子生徒は恥ずかしそうに俯いたまま駆けて行く。

「…行っちまった。見た目より、足早いんだなあ、アイツ」

レッドは手にしている封筒に視線を戻す。
少し膨らんでいて、重みもある。
中に入っているのは、手紙だけでは無いらしい。
白い封筒を太陽に透かしてみる。
細い棒状の物が見えた。

「ペン…かなあ?」



夕食の後。
レッドはマリンブルーの髪を追い掛けて、肩を叩いた。

「アンリ。これ、お前に」

白い封筒を差し出す。
アンリは微笑して、レッドを見上げた。

「僕にラブレターでも書いてくれたのかい、レッド?」

「ちげーよっ! バカ!
書いたのは俺じゃなくて、お前のファン!
お前に渡してくれって頼まれたんだ!」

アンリの表情から笑みが消える。

「…誰が、持って来たの?」

「あー、名前は聞きそびれちまったんだけどな。
高等部の1年だと思うぜ?
なんか気弱そーな奴で…お前の知り合い?」

「そんな曖昧なこと言われても解らないよ」

「まあ、とにかく。受け取っとけって」

アンリは手を組んだまま。

「レッド。悪いけど、ソレ、捨てておいてくれる?」

「なんでだよ?」

「他人から貰ったものなんて、受け取れるわけないでしょ。
中に何が入っているかしれないし」

「ったく、何言ってんだよ、お前はー!
『ファン』は大切にするのはジョーシキだろ?」

冷たい吐息が漏れる。

「君と違って、僕はハリウッドスターでも何でもないの。
アルフレッド・ヴィスコンティと一緒にしないでくれる?」

「そっか! お前は『スター』じゃなくて、『プリンセス』だもんなっ?」

太陽の笑顔に、氷柱のような視線が飛ぶ。

「失礼するよ、レッド。それ、必ず捨てておいてね」

アンリが踵を返すと、明るい声が返って来る。

「んなことできっかよ。なら、俺が開けてやるっ!」

「レッド!」

レッドの手に、封筒の中身が、するりと落ちた。

「手紙と…なんだこれ、万年筆?」

重厚感のある、青い万年筆。
それを見たアンリは、小さく溜め息を吐いた。

「僕の万年筆、だね。…彼が送り主か」

「彼って?」

「昨日の講義で、彼が、たまたま隣に居たんだ。
どうやら、書く物を忘れたようでね。
『ペンが無い』ってあちこち探していて。
目障りだったから、僕の万年筆をあげたんだよ」

「…目障りって、お前;」

「返さなくて良いって言ったんだけどな。無駄に律儀な子だね」

「いや、返すだろ、フツー。ほら、手紙にも、
『貸して下さってありがとうございました』って書いてあるし」

アンリは興味無さそうに一瞥しただけだった。

「そう。他に用が無いなら、これで失礼するよ」

レッドは、手に持っていた封筒をアンリに見せる。

「おいおい、忘れもんだぜ?」

「何度同じことを言わせるつもり? 捨ててと言ったでしょ」

頑なに拒否する視線を向けられて、レッドは手を下ろした。

「では、失礼」

レッドの手に、また封筒が残った。



翌日になっても、レッドは手紙と万年筆を捨てられずにいた。
ファンから貰った手紙やプレゼントを捨てたことがないレッドには、
人の好意を無にするような行為がどうしてもできなかった。

講義中も青い万年筆をぼーっと眺めていた。
教授の声は、もはや全く耳に入っていない。
万年筆で、ノートに意味も無く、ぐるぐると円を描いていた。

滑らかに青い円が重なって行く。
明るい青。
綺麗な色だと、レッドは思う。
青は朝の海の色。
青は晴れた空の色。
青は…

「レッド? 講義、終わっているよ」

そうジョシュアに言われるまで、
周りの生徒が全員退室しようとしていることにも気が付かなかった。

「その万年筆、アンリのものとよく似ているね?」

「ああ。元々、あいつのもんだからな」

「貰ったのかい? 珍しいな、アンリが人に物をあげるなんて」

「そーいや…」

ジョシュアは春風のように微笑む。

「アンリは、よっぽどレッドのことが気に入っているんだな」

「んなわけねーだろ! それに、貰ったのは俺じゃねーし……」

そうだ。俺が貰ったわけでもないのに、
なんでまだ持ってるんだ、俺。

「生徒代表殿、居る?」

教室の外に、マリンブルーの髪が見えた。
大儀そうにドアに凭れている。

「アンリ、どうしたんだい?」と生徒代表。

「さっき、君の担当教授に会ってね。
君に伝言。『時間ができたら研究室に来て欲しい』って。
…なんで僕に頼むんだか。いい、伝えたからね?」

「ありがとう、アンリ。では行って来るね。
すまない、レッド。先に失礼するよ」

「おう! また後で」

ジョシュアと入れ替わりに、アンリが教室に入る。
レッドのノート見て、クスリと笑った。

「ふうん。流石だね、レッド?」

「ああ?」

「講義を聞きながら美術も嗜むとは。
しかも素晴らしく芸術的な絵画だ。
君の才能は溢れるばかりだね?」

ノートに描かれていたのは、青いリングのみ。
板書の痕跡はこれっぽっちも無い。

「遠回しに毒吐いてないで、
素直に『講義聞いてなかったのか』って言えよっ!」

アンリの視線が、ノートの傍らに転がっていた青い万年筆を見つける。
アンリがゆっくりと、顔を上げる。
冷たい目は「あれだけ捨てろと言ったのに」と語っていた。
レッドは反射的に、万年筆を掴む。

「これ、綺麗なインクだったからさ、ちょっと使ってただけだよ」

「…じゃあ、このラクガキは、万年筆で描いたの?」

「悪かったな、万年筆で描いて!
ったく、さっきは絵画とかって言ったくせに、
今度はラクガキかよ。これだから毒舌使いは…」

教室の扉の影に、眼鏡の少年が見えた。

「あっ! ねえ、君!」

レッドが声を上げると、彼の肩がビクっと跳ねた。

「あっ、こ、こんにちは…」

突然、レッドの手から万年筆が抜き取られた。

「お、おい、アンリ!?」

万年筆を持って、アンリは少年の傍に行った。

「あ、アンリ先輩…」

「ごきげんよう。もう一度、君に会いたいと思っていたんだ」

「…僕に、ですか?」

「そう、君に。僕の万年筆を届けて貰ったお礼が言いたかったんだ。
ありがとう。ちゃんと受け取ったから。ほら、ね?」

「なっ! アンリお前何言って…!?」

レッドが叫ぶと、刺さるような視線が飛んで来た。
レッドが静止したのを確認し、先輩は後輩に向き直る。

「あの、アンリ先輩…僕っ…」

「何?」

「い、いえ…。先日は本当に、万年筆を貸して頂いて、
ありがとうございました。…すみません。僕、失礼します」

「そう。ではまたね」

下級生はもう一度頭を下げて、走って行った。

少年の姿が見えなくなると、アンリは手にしてる万年筆を見せた。

「というわけで、レッド。コレは返して貰うから」

「え?」

「返せない? 手離せないほど気に入った?」

「いやっ、てゆうかお前どーした!?
さっきの態度なにっ!?
なんだ、あの優しい言葉は!?」

「下級生には優しくしないと、ね」

レッドは、アンリの両肩を掴み、ゆさゆさ揺さぶる。

「大丈夫かお前!? 保健室に行け保健室!
今すぐソクーロフ博士に診て貰えっ!」

「…どこも悪くないのに、何故ソクーロフなんかに会わなくてはならないの」

「お前の口から『優しい』なんて言葉が出るわけねーだろ!?
絶対熱がある! しかも高熱だ!」

アンリは、肩に置かれた手を払う。

「熱なんか無いよ」

アンリは、万年筆を持ったまま、教室を出て行った。

講義開始の鐘が鳴る。

「もう次始まるのかよっ!」

慌てて机の上から教科書を掻き集める。
ノートには、幾重もの青い円。

「…元々、あいつのだっただろ」

ノートを閉じて、次の教室へ向かった。




アンリが部屋に戻ると、紳士が紅茶を飲んでいた。

「…オーギュスト。何してるの」

「お帰り。君の紅茶もあるよ」

神秘学の特別講師、オーギュスト・ボージェ教授。アンリの担当教授だ。

「此処は僕の部屋だと思ったけど?」

「そう、正解だよ。此処は私の教え子の部屋だ」

「知らなかった。教え子の部屋なら、
カフェ代わりに使って良いという規則があるなんて」

アンリが、ボージェ教授の前に立つ。
自分の唇に人差し指を当てて、一枚の紙と青い万年筆を見せた。
ボージェ教授は、それを受け取って、こう言った。

「どうやら、ご機嫌斜めのようだね、アンリ。今日は失礼するよ」

「そうしてくれるとありがたいね。では、ごきげんよう」

ボージェ教授は部屋を出ると、閉じられた扉に背を預けた。

先程の紙を取り出す。
書かれているのは三行の走り書き。
一行目には、こう記されていた。


―― 黙って、オーギュ ――


優雅で繊細な文字。
間違い無く、アンリの筆跡だ。
ボージェ教授は、視線を下に移す。


―― 今すぐ解体して欲しい ――


―― 中に、何か入ってる ――





「レッド。次、歴史だよね。そろそろ行こ?」

レッドの部屋に、ハルヤとシルヴァンが迎えに来た。
歴史の特別講義は、レッドに付き合って、二人も一緒に受けていた。
学院の創設者、アルフォンソ王についての講義だ。

しかし、王はその存在の有無すら、はっきりしていない。
講義の内容も数ある伝説を挙げ、解説することに終始する。
教授にも断言できる情報が限りなく少ないからだ。

「ああ、今行くよ。…あっ」

レッドは、部屋の窓に目を奪われた。

アンリの後方から、あの眼鏡の生徒がやってくるのが見えたのだ。
少年がアンリに追い着き、何か話し掛けた。
振り向いたアンリが、言葉を返している。

俺達以外の奴と話をしている。

「レッド、何見てるの?」

ハルヤが視線を追う。

「いや。別に…」

「あ、アンリだ。あれ? 一緒に居る子、誰だろう?」

「アンリのファンじゃないですか? 学院の何処かに、
彼のファンクラブがあるって噂もあるくらいですし♪」

「でも、アンリ、ファンの子と話なんかしないでしょ?
適当にあしらうか、無視するかだし。新しい友達ができたのかもよ?」

「あっ、お話、終わったみたいですよ?」

少年は一礼して、アンリから離れて行く。

三人は寮を出て、アンリの元へ駆け寄った。
アンリが三人の姿を認める。

「どうしたの、デッド・プリンス? 僕に何か用?」

「ねえ、アンリ。今の男の子、新しい友達?」とハルヤ。

「それとも、アンリのファンですか?」

「別に? ただの下級生だよ。同じ講義を受けてるだけのね」

「先程はどんなお話をしてたんですか?」

「朝の挨拶をされただけだよ。どうしてそんなことに興味があるの?
デッド・プリンスは、ステージを降りても騒がしいんだね。
下らない質問ばかりするなら、僕は失礼するよ?」

アンリの前に、レッドが立つ。

「お前、なんであいつに構うんだ?」

「構ってるつもりはないけど」

「構ってるじゃねーか! お前が俺達以外と話すなんて、
アルフォンソ島に雪が降っちまう!」

「何、その言い方。
それではまるで、僕が君達の所有物みたいじゃない?
思い上がりも甚だしいね」

「俺達には毒吐くくせに、あの下級生には優しいんだな!」

「彼のことをやたら口にするのは君の方ではないの?
だから、彼と僕が話すことが嫌なのかい?
彼のことが気になって夜も眠れないのかな?」

「バカかお前!? 俺が気にしてんのは…!」

レッドは一瞬、言葉を失くして、見つけた単語で繋ぐ。

「…あ、あの万年筆だよっ! お前、あれ結局捨てたりしてねーだろうなっ!?」

今度はアンリが黙る。

「図星かよ!? 返せって言っておきながら捨てたのか!?」

「あれは僕のものだ。君には関係のないことだよ、レッド」

「んだと、このやろぉー!」

ハルヤがレッドの腕を押さえる。

「はい、時間切れ。授業行くよ?」

「僕はもう少し見ていたかったですけどねー♪」とシルヴァン。

「じゃ、僕は失礼させて頂くよ。ではね、デッド・プリンス?」

「おい! こら待てっ!」

ハルヤが眼鏡を押し上げる。

「シルヴァン。レッドを捕獲」

「はーい♪」

「うおっ、な、なにすんだ、お前ら!?」

「そのまま教室まで強制連行」

「了解です、ハルヤ♪」

「って、引きずるなあー! おーい、俺の話を聞けー!」





数日後。
ボージェ教授は、アンリの部屋に入った。
ノックはしない。する必要がないからだ。
今は、講義が終了したばかりの時刻だ。
彼が此処に現れるまで、ゆうに10分はある。
紅茶を淹れるには、充分な時間だ。

部屋に温かい香りが満ちる。
カップを口に運んでいると、部屋の窓から彼の姿が見えた。


アンリが、眼鏡を掛けた少年に声を掛ける。

呼ばれた後輩は、先輩を驚いたように見つめている。

アンリが、彼の耳元に唇を寄せる。

囁かれた言葉。

後輩の瞳から涙が零れる。

先輩は、泣いている後輩を見下ろしながら、語り掛ける。

後輩は頷いて、先輩を見上げた。

深く頭を下げ、駆けて行く。

先輩は、後輩が見えなくなるまで見送っていた。




アンリが部屋に戻ると、「やあ、遅かったね」と声を掛けられた。
紳士が紅茶を飲んでいる。

「…オーギュスト。どうして君は、勝手に僕の部屋に入るの?」

「学院内で、君の安全を保証することも、私の仕事だからだよ」

アルフォンソ学院に入学したサン・ジェルマン家の人間は、
代々、神秘学の特別講義を受けることになっている。

ボージェ教授は神秘学の研究対象として、
以前からサン・ジェルマン伯爵家一族に興味があった。
それ故、この家の歴史や内部事情にも詳しい。
彼は、アンリが今置かれている状況を知っている、数少ない人間の一人だ。

「それで? 紅茶を飲みに来ただけではないよね、オーギュ?」

ボージェ教授は、勝手に淹れた紅茶を置く。

「ああ。頼まれていた解体実験の報告にね」

ボージェ教授は、チョッキのポケットから、
白いハンカチに包まれたものを取り出す。

その中から現れたのは、ペン先や青い本体。
パーツ毎に解体された青い万年筆だ。

「結果は、アンリの予想通りだったよ。
万年筆のインクに、これが浮かんでいた」

ボージェ教授は、残骸の中からひとつ取って、手の平に乗せる。
とても小さな、灰色のサイコロのようなものだった。

「何だと思う、アンリ?」

「盗聴器、でしょ」

「正解だ。防水加工までしてある、高性能な超小型盗聴器だよ。
素晴らしい技術の結晶だね。壊してしまうのが勿体無いくらいだった。
君に、これを仕掛けたのは、ここの生徒だと言っていたね?
その生徒は始末したのか?」

「いや。さっきディーノ・マンゾーニから電話があってね」

「ああ、君のお友達だね、シチリアマフィアの?」

「ビジネス・パートナーだと言っているでしょう。
マンゾーニは、あの生徒を無害だと判断した」

「無害?」

「あの子にも、色々と家の事情があったようでね。
脅されていたんだ。
機会を伺って、僕に盗聴器を仕掛けるように」

「つまり、彼もまた、命を狙われていたと?」

「そう。だから彼を学院から追放するのも止めにしたよ。
さっき、本人とも話をしてきた。
君を脅かす存在が居なくなったことと、
今後もこの学院に居ても良い、とね」

ボージェ教授は、アンリの前で涙を流していた少年を思い出す。
おそらく、彼がそうなのだろう。

「では、アンリ。その頼んだ人物の方は始末したんだね?」

「あの子に直接声を掛けた男は、ね。
でも結局、その一番上に居るのは、あの人でしょう?」

アンリは自嘲的に嗤う。

「全く、慣れないことは、するものではないね」

「そうだね。無闇に私の仕事を増やすのは止めて貰いたい」

「何が言いたいの、オーギュ?」

「君は、見知らぬ者に、快くプレゼントが
できるような人間ではないと言っているんだよ」

「酷い言われ様だ。それが、教師が教え子に言う言葉?」

アンリは可笑しそうに笑う。
気を悪くした様子は微塵もない。

「君は、最初から予想していたね?
あの生徒が怪しいと踏んで、 自ら隙を与えたとしか考えられない。
今回は盗聴器だったから良かったものの、
もし、爆弾の類だったら、どうするつもりだったんだ」

「弱気な発言だね、オーギュ。
学院内では、君が僕の安全を保証してくれるのではなかったの?」

「どうして、わざとこんな危険な真似をした? 納得の行く回答を願えるかな」

「…命を狙われている者の目だったから」

「あの少年の目かい?」

「望まない定めを背負わされている者の目なら、すぐに解るよ。
僕も、そうだからね」

「だからと言って、徒に死期を早めるような行動は謹んで貰いたいね」

ボージェ教授は、静かに語り掛ける。

「私はね、怒っているんだよ、アンリ」

「へえ。僕に説教かい?」

「当然だよ、君は私の教え子だ。
…いや。もう息子と言ってもいい。
少なくとも、私はそう思っている」

真摯な眼差しが、アンリを真っ直ぐ見据える。

アンリは不自然に視線を外す。

「僕のせいばかりにしているけれどね、オーギュ」

俯いたまま反論する。

「レッドにも大いに原因がある。
まずは、余計な親切心で、僕への預かり物をしたこと。
そして、僕は『捨てて』と言ったのに、捨てなかったことだ」

「おや。彼が捨てる筈がない、とは全く予想できなかったのかな?」

「そんなこと…思い付くわけないよ」

「よろしい。では、そういうことも含めて、
これからゆっくり勉強していこう」

「君の専門外でしょう、神秘学専攻のボージェ教授?」

「専門の範囲だよ。この世で最上の神秘は、
人の思考と行動だからね?」

「…あっ、そう。君の講義は研究室で聞いてあげるよ。
君、そろそろ仕事の時間ではないの?」

「そうだね。最後にもうひとつ、私の疑問を解決してくれるかい?」

「どうぞ?」

「君は、私に万年筆を渡した時点で、
『中に何か入ってる』と指摘していたね。どうして解った?」

「インクの色が、前と違っていたからね」

「色?」

「僕の万年筆は、少し変わった色でね。紺に近い青なんだ。
でも、レッドが使っていた時、明るい青だった。
だから、中身が変わってるのでは、と思ったんだ」

「では、その友人に感謝することだね。
どうやら、君の安全を保証しているのは、私だけではないようだ」

「あんなの、居ても煩いだけだよ」

ボージェ教授は、ドアに手を掛けながら振り向いた。

「良かったな、アンリ。大切な友人が守れて」

「自分の身を守っただけだよ」




次の講義は、学年共通科目の英語だった。
同じ学年のレッドとアンリは必須科目。
二人が教室で顔を合わせる数少ない講義だ。
アンリが席に着いていると、隣にレッドが座った。
どちらも言葉を発しない。
教授が教室に入って、講義が始まった。

アンリは板書を取ろうとして、筆記用具が無いことに気付く。
オーギュストと話していたせいで、部屋に忘れてきたらしい。
アンリは心の中で彼の名を呟く。
ノートを閉じて、窓の方を見やる。

隣からレッドの小声。

「アンリ。もしかしてペン、無い?」

雲を眺めながら他人事のように応える。

「そうみたいだね」

「貸してやるよ、ほら」

レッドがペンを差し出す。
赤いペンだ。

「隣のヤツが、空ばっか見てると『目障り』だからな?」

アンリは、笑顔と赤いペンを見つめる。

「…悪かったね、目障りで」

そう言ってペンを手に取った。
レッドは、からかうように、アンリの顔を覗き込む。

「おやー? 他人から貰ったもんは、受け取れねーんじゃねーのか?」

アンリは、赤いペンをクルリと回す。

「君だから、受け取ったんだよ、レッド?」

「え?」

「君から貰う物に、危険はない。このペンは絶対に安全だ」

予想外の台詞にレッドは言葉を失う。
絶対に毒舌が帰って来ると思っていた。
普段はあれだけ毒舌を吐いて、俺に優しい言葉のひとつも掛けないくせに。
俺のことは『他人』じゃないって。
俺のことは信用できるって。そう思ってるってことなのか?

回っていた赤いペンが、こちらに向けられた。

「危険な罠を仕掛けるには、それなりの頭脳が必要だ」

レッドは、机を叩いて立ち上がる。

「俺はバカってことかよっ!?」

大声を上げた生徒に、教授の怒号が飛ぶ。

「講義中だぞ! アルフレッド・ヴィスコンティ!」

教室のあちこちで笑いが咲く。

「すみません…」レッドが席に座る。

アンリの表情には、微笑は浮かんでいなかった。
赤いペンを見つめたまま、告げる。

「ありがとう、僕の安全を保証してくれて」

レッドは机の下で拳を震わせる。

「…後で覚えておけよ、アンリ…」

「どうぞ、お好きに?」

アンリは、やっと笑みを見せて、
赤いペンを、くるりと回した。


fin



PR
カレンダー
07 2026/08 09
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
ブログ内検索
キャラ名、CP名などで作品検索可
アーカイブ
カウンター
バーコード
material by bee  /  web*citron
忍者ブログ [PR]