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Marginal Prince Short Story
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■ジョシュア×アンリ
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「バトラー。今夜の食事は要らないから。明日の朝もだ」

「アンリ様…それではお身体を」

「僕の言うことが聞けないの、バトラー」

「…失礼致しました」

「いい? 彼等の電話は、二度と、僕に繋がないで」

「はい、申し訳ありません、アンリ様」

「彼等の声は虫酸が走るよ。身の程を知らない奴等だね。
あんな誘導に引っ掛かるくらいでは、僕と取引などできるわけがない。
Il faut tourner sa langue sept fois dans sa bouche avant de parler.」

ウーティス寮の廊下から、不機嫌な声が通り過ぎた。
いつも以上にきつい口調。

サロンで午後のティータイムを楽しんでいた三人をも凍らせる程だった。
ユウタは、自分が言われたわけではないのにビビリ気味だ。

「い、今のアンリだよね? なんかめちゃくちゃ怒ってなかった?
途中からフランス語になっちゃってるし…何て言ってたんだろ?」

ジョシュアがコーヒーカップを置く。

「すまない、ユウタ。気にしないで。今のはちょっと…悪態、だから」

「ジョシュアは解ったんだ? アンリ、何て言ってたの?」

「そうだね…意味としては『話す前によく考えろ』かな」

「ふうん。アンリ、何かあったのかなあ?」

「うん。最近、彼の事業が上手くいっていなくてね。気が立っているんだよ。
今のも事業に関係のある電話だったんだろうね。
バトラーには俺から謝っておかなくちゃ…」

「てゆうか、只の八つ当たりじゃん。ったく、あいつもガキだよなー」

可笑しそうなレッドに対して、ユウタは心配そうだ。

「大丈夫かなあ、アンリ。部屋で物壊したりとかしてないかなあ」

「それはないだろ。あいつ、毒吐く以外のことできねーから」

「そう言えばアンリ、最近、俺達とあんまり話してないね」

「バトラーに当たってるくらいだから、末期かもな。
あいつ、あれで自分の中に感情を押し込めるとこあるんだよなー」

「レッド…」

「どうした、ジョシュア」

「いや、少し驚いてしまった。アンリのこと、よく見ているんだね」

「人間観察は役者の基本さ。毎日同じ寮に居るんだぜ?
嫌でも解るさ、あいつがバカだってことはな」

「すごーい! レッド、カッコイイー!」

「へへーん♪」

ジョシュアが席を立つ。
レッドが見上げる。

「ジョシュア?」

「ちょっと心配だから、宥めてくるよ」

「あのアンリを? できるの、ジョシュア?」

不思議そうなユウタに、ジョシュアは微笑む。

「どうかな。上手くいくと良いね」

サロンに二人を残して、ジョシュアが退室する。
レッドはソファに仰け反った。

「ったく。ジョシュアの奴、アンリにばっか甘くしやがって。
やってらんねーぜ! あんな毒使い、放っておけば良いのによ!」

「レッド…?」

「ジョシュアが甘やかすから、あいつの毒が増えんだろーが!
毒を浴びる方の身にもなれってんだよ! だー! 腹立つー!」

「レッドは、ジョシュアに怒ってんの? アンリに怒ってんの?」

「どっちもだよ! どっちも!!」


アンリの部屋がノックされた。
部屋の主は返事せず、拒否反応を見せる。

「俺だよ、アンリ。入っても良いかい?」

「駄目。一人にして」

ドアが開く。

「ジョシュア…駄目だと言ったでしょ。君まで僕を怒らせないで」

「荒れているね。みんなも心配していたよ?」

「煩いな。ねえ、もう出て行って」

「アンリは、グラントが魔法使いの家だと知っていたかい?」

「…何を言い出すの」

「グラントにはね、代々伝わる魔法があるんだよ」

ヨーロッパ屈指の名門であるグラント家は、ジョシュアの母方の家だ。
母、クリスティーナ・グラントは高貴な令嬢ではあったが、
決して魔女などではない。

「俺が、アンリに気持ちが静まる魔法をかけてあげるよ」

「悪いけど、君のつまらない冗談には付き合えなっ…」

アンリの視界は深緑に染まっていた。
制服の色だ。
ジョシュアに、正面から抱き留められている。

「では、魔法をかけるね?」

耳元でジョシュアの声がする。
息がかかるくらい、すぐ傍で。

「俺がこれから10数えるよ。それまで目を閉じていて。いいかい? 1…」

ジョシュアの優しい声は、ゆっくりと数を数えていった。

数がひとつ増える度に、身体から棘が抜けていく。
ざあざあ、と波打っていた感情が引いていく。

まるで眠りに落ちる前のような感覚だ。
10で終わってしまうのを惜しく思っている自分が居た。

「…10。目を開けて良いよ」

ジョシュアはアンリを解放する。

「少しは落ち着いたかい?」

アンリは言葉を返せない。
先までの苛立ちが嘘のように消えている。

「どうやら魔法にかかったみたいだね、アンリ?」

「…これは、催眠術の一種なの?」

「言っただろう? 魔法、だよ」

「…なんで…こんなことで…」

「さあね。理由は俺もよく解らないけれど。
幼い頃、母がよくこうしてくれたんだ。俺が怖い夢を見た時とか、悲しい時にね」

「ジョシュアの……」

「腕の中で、優しい声を聞いているうちに、
気持ちが安らいでくる。不思議だよね。
子供の頃は、母は魔法使いなんだと信じていた時もあったな」

「君もその魔法を受け継いだというわけか」

「うん。嬉しいよ、アンリ。俺の魔法にかかってくれて」

「嬉しい?」

「この魔法は、使える相手が限られてる。
魔法をかける者とかけられる者が、
近しい存在でなければ、成功しない魔法だからね」

「だろうね。初対面の人に使ったら、蹴られるよ」

「そうかもしれないね。だから嬉しいんだ」

ジョシュアは、温かい笑顔を見せる。

「俺がこの魔法を使ったのは、君が初めてだよ、アンリ」

「光栄だね、実験台にして貰えて」

「いつものアンリに戻ったみたいだね。良かった。
そうだ。さっき、バトラーに食事は要らないと言っていたね?
いけないよ。暫くまともに食事をしていないだろう?」

「そう、だね…」

「今夜はみんなと一緒に食べよう?」

「…解った」

「ありがとう」

「…ねえ、ジョシュア。バトラーに」

「解ってる。アンリが反省していたと伝えておくよ」

「…話す前に考えていないのは僕の方だったね」

「良い子だね、アンリ。俺が考えた魔法もあったのだけど。もう必要無いかな?」

「君が考えた?」

「うん。今は使えないけれどね。月の光が必要だから」

「月の光?」

「そう。これは夜にしか使えない魔法なんだ。…今夜、試してみるかい?」


fin
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