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■王子×王×側近
------------------
翌朝。
王の寝室に従者が現れた。
「陛下、失礼致します」
主は既に起きていて、窓から見える我が国を見ていた。
「おはよう、ラルヴィス。良い天気だな」
従者は、王のベッドで未だ眠っている人を一瞥する。
白い肩を覗かせているのは、ジョシュア・グラントだ。
「陛下。何を考えておいでです」
「声が大きい。まだ眠っているのだから、起こすなよ」
主に従い、臣下は声を潜めて、言う。
「殿下というご身分でなければ、この場で息の根を止めていますよ」
「物騒なジョークだな。らしくないぞ、ラルヴィス」
「貴方のせいでしょう。私を困らせるのは執務中だけでたくさんです」
「お前がそれほど嫉妬してくれるのは初めてだな」
「嫉妬などではありません。この方は…ご自分の甥でしょう?」
「ああ。解っている」
「では何故」
「償いだ、父を早くに失ったことへの」
「償い…」
「それから」
臣下の腰に、主の腕が回される。
目の前に主の顔があって、唇が塞がれていた。
従者は、主の胸を押し、すぐに離れる。
「陛下。眠る殿下の前で何を」
「鉄は、溶かす楽しみがあると言っただろう? 妬いたお前が見たかった」
そう宣う御顔には微笑が浮かんでいて、本心か冗談か判断できない。
どちらにしても、こんなことで動揺してはいけない。
この御方のお言葉をいちいち気に留めていては、
心臓が幾らあっても足りないのに。
臣下は主を直視できず、視線を外す。
「…そのご冗談、朝には相応しくありませんよ、陛下。
お仕度下さい、朝食の準備はできております」
臣下は一礼し、逃げるように王の寝室を後にした。
ジョシュアが目覚めた時、部屋には誰も居なかった。
最初に見慣れない天井が視界に入り、
此処がウーティス寮でないことに気付く。
起き上がると、広い部屋の大きなベッドの上に居た。
自分が居る場所を把握する。
王の寝室だ。
隣は空だった。
ドアがノックされる。
「カーディス?」
側近の従者が、一礼する。
「おはようございます、ジョシュア殿下」
「あっ…」と言ったきり、ジョシュアは言葉が出ない。
今、自分が此処に居ることを、どう説明すれば良いのだろう。
今更ながら、昨夜の許されない行為を思い悩む。
従者は酷く冷静な声で言う。
「陛下は、既に朝食を召し上がっておられます」
「そう、ですか」
「殿下の朝食もすぐにご用意致します、お着替えをお手伝い致しましょうか」
ジョシュアは目を伏せる。
「いえ…一人で平気です」
「畏まりました。お召し物はそちらの衣装でお願い致します」
「はい、解りました」
「では失礼致します」
国王のベッドで目を覚ましたジョシュアに対し、
従者は何も言わなかった。
無表情な臣下の顔を貼り付けて。
無機質な声で、必要な連絡事項を伝えただけだった。
その夜。ロレートの国王とその臣下は、夕食会に出席していた。
近隣諸国の王族が勢揃いする大きな行事だ。
吹き抜けのホールで、立食式のパーティが行われていた。
今年度の会場国はロレート公国。
我が国では、最も格式の高いコンサートホールを提供している。
高い天井には豪華なシャンデリアが輝いている。
その下には王族とその臣下しか居ない。
君主の装束、姫君のドレス、軍服の臣下が蠢いている様子は、
世俗とは懸け離れていて、異様な光景だった。
側近は、我が国の主を見て、音なく苦笑する。
『王族らしい』方々に囲まれると、
我が主がいかに『王族らしくない』かがよく解る。
貴族の形式ばった社交辞令を面倒そうに受け流し、美酒を煽るだけ。
その顔には「下らない」としか書かれていない。
例えそう思っていたとしても、これほど公の場で、
堂々と不満げな態度を取っているのは、
この錚錚たる顔触れの中でも、我が主だけだった。
それに、多くの王が、傍らに女性を連れている。
先も、むせ返るような香水と擦れ違った。
目の前の大きなテーブルには、彩り鮮やかな食事が並んでいる。
このホールにある物も人も、全てが空々しい程、光り輝いていた。
それらに目もくれない主は、グラスを空にしていた。
ラルヴィスは近くにあったワインボトルを持つ。
主のグラスに注ぎ、そっと囁く。
「陛下だけですね、姫君を連れていないのは」
上物の白ワインが底を着く。
今宵の王は、酒ばかりを煽っている。
「主に嫌味か、ラルヴィス中将」
主はワインを水のように流し込む。
もうグラスの半分も飲まれている。
「いえ。助かります。女性の香りは苦手ですから」
主は、口許に向けていたグラスを離し、くくと笑う。
「お前も后選びは当分できないようだな」
「ええ。私には貴方のおもりをする時間しかありませんから」
「言ってくれる。俺も、お前が傍に居る間は、后を迎える必要は無いな」
機嫌良くそう仰ると、残りのワインを飲み干す。
「またそのようなお戯れを。私は貴方の妻ではありませんよ」
「戯れではないさ」
ワイングラスを勧めるボーイが王の前に現れる。
王はまだ飲みたりない筈だ。
当然貰い受けるだろうと思っていたが、王は断った。
「陛下。ワイン以外のものをご用意しますか?」
「いや。少し席を外す。理由は適当に言っておけ」
「いけません。まだ皆さん、列席されているのに」
「外の空気を吸ってくるだけだ。此処は暑い」
「しかし、閉会式では陛下のご挨拶もありますし」
「今日は立食式だ。皆、酔いも回った頃だし、
一人くらい居なくなったって分からんさ」
「何度も申し上げて恐縮ですが、
貴方お一人居なくなることは、我が国を揺るがす大問題です」
「10分だ。それで戻らなければ探しに来い」
王が席を離れる。
その後に続こうとする臣下達を止める。
「待て、お一人で良い」
「宜しいのですか、閣下」
「聞いただろう。10分後、すぐに探し出せ」
ラルヴィスは、広い会場を見渡す。
王が席を離れるのに合わせ、動く影がひとつだけあった。
我が主の後を追う影は、宝石のような髪を揺らしていた。
「殿下…」
カーディスはパーティ会場から外に出る。
森が見えるテラス。
木々は黒にしか見えない。
遠くから王族達の声が聞こえる。
周りに誰も居ないことを確認し、後ろを付いて来た者に声を掛けた。
「約束を違えるつもりか、ジョシュア」
「カーディス…俺…」
「パーティの間、ずっと俺を見ていたな。
お前は昨夜で、俺を忘れると誓った筈だが?」
「…はい。そのつもりでした。ですが…」
「困った甥だな。しかし、手の掛かる子供もまた可愛いというものだ」
「えっ…」
「名を呼び捨てられたのは久方振りだった。
この国の者は、俺などを敬称で呼んでくれるからな。
カーディスと呼ばれて、学院に居る頃を思い出したよ」
話し掛けているというよりは独り言のように聞こえて、甥は返答につまる。
叔父は言葉を続けた。
「お前は明朝、学院に戻るのだったな?」
「はい。そうですが…」
「俺は明日、すぐに出国するから、会えない。
今回は、此処でお前とはお別れだ」
「解りました。あの、この度は」
「こちらから呼んだのに、土産のひとつも渡していなかったな」
カーディスはジョシュアを引き寄せた。
ジョシュアは目を丸くする。
「別れの口付けだ」
カーディスの長い髪が揺れた。
薄い唇が、自分の唇と重なっている。
遠くの方から王族達の華やかなパーティの音が聞こえる。
触れるだけの優しくて、切ない口付け。
此処だけ時が止まったように感じられた。
カーディスは唇を離すと、ジョシュアの肩に顔を埋めた。
「俺は昨夜、お前と共に過ごしたことを後悔していない。
だが、俺とお前は、傍には居られない。解るな?」
父に似た優しい声が、振動となって肩から胸へと響く。
この人は俺の想いを真摯に受け止めた上で「傍には居られない」と言っている。
正論だ。もちろん解る。俺のことを考えてくれていることも。
だが、突き放さずも、受け入れない曖昧な優しさは、
貴方への想いを更に強めていく。
想いを握り潰すように、拳を固く結ぶ。
「ジョシュア。次に会った時は、叔父と甥として振舞えるか?」
「…はい」
カーディスは、ジョシュアからゆっくり離れる。
「よし。此処までにしよう。すぐに臣下達が俺を探しに来る」
「カーディス…」
「10分で俺が戻らなければ、探しに来るよう命じてある。
お前も俺も、これ以上深入りしてはならないからな」
複数の足音と「陛下」と呼ぶ声が近付いてきた。
王は肩を竦める。
「時間切れだ。また、いつでも来い、ジョシュア。此処はお前の国だ」
ロレートの王は身を翻し、会場へと戻っていった。
一人残されたジョシュアは額を押さえる。
目からは雫が溢れ始める。
叔父の前で零さないよう、くい止めるのが限界だった。
甥はしゃがみ込む。
膝の中に顔を隠した。
闇夜には、月も出ていない。
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翌朝。
王の寝室に従者が現れた。
「陛下、失礼致します」
主は既に起きていて、窓から見える我が国を見ていた。
「おはよう、ラルヴィス。良い天気だな」
従者は、王のベッドで未だ眠っている人を一瞥する。
白い肩を覗かせているのは、ジョシュア・グラントだ。
「陛下。何を考えておいでです」
「声が大きい。まだ眠っているのだから、起こすなよ」
主に従い、臣下は声を潜めて、言う。
「殿下というご身分でなければ、この場で息の根を止めていますよ」
「物騒なジョークだな。らしくないぞ、ラルヴィス」
「貴方のせいでしょう。私を困らせるのは執務中だけでたくさんです」
「お前がそれほど嫉妬してくれるのは初めてだな」
「嫉妬などではありません。この方は…ご自分の甥でしょう?」
「ああ。解っている」
「では何故」
「償いだ、父を早くに失ったことへの」
「償い…」
「それから」
臣下の腰に、主の腕が回される。
目の前に主の顔があって、唇が塞がれていた。
従者は、主の胸を押し、すぐに離れる。
「陛下。眠る殿下の前で何を」
「鉄は、溶かす楽しみがあると言っただろう? 妬いたお前が見たかった」
そう宣う御顔には微笑が浮かんでいて、本心か冗談か判断できない。
どちらにしても、こんなことで動揺してはいけない。
この御方のお言葉をいちいち気に留めていては、
心臓が幾らあっても足りないのに。
臣下は主を直視できず、視線を外す。
「…そのご冗談、朝には相応しくありませんよ、陛下。
お仕度下さい、朝食の準備はできております」
臣下は一礼し、逃げるように王の寝室を後にした。
ジョシュアが目覚めた時、部屋には誰も居なかった。
最初に見慣れない天井が視界に入り、
此処がウーティス寮でないことに気付く。
起き上がると、広い部屋の大きなベッドの上に居た。
自分が居る場所を把握する。
王の寝室だ。
隣は空だった。
ドアがノックされる。
「カーディス?」
側近の従者が、一礼する。
「おはようございます、ジョシュア殿下」
「あっ…」と言ったきり、ジョシュアは言葉が出ない。
今、自分が此処に居ることを、どう説明すれば良いのだろう。
今更ながら、昨夜の許されない行為を思い悩む。
従者は酷く冷静な声で言う。
「陛下は、既に朝食を召し上がっておられます」
「そう、ですか」
「殿下の朝食もすぐにご用意致します、お着替えをお手伝い致しましょうか」
ジョシュアは目を伏せる。
「いえ…一人で平気です」
「畏まりました。お召し物はそちらの衣装でお願い致します」
「はい、解りました」
「では失礼致します」
国王のベッドで目を覚ましたジョシュアに対し、
従者は何も言わなかった。
無表情な臣下の顔を貼り付けて。
無機質な声で、必要な連絡事項を伝えただけだった。
その夜。ロレートの国王とその臣下は、夕食会に出席していた。
近隣諸国の王族が勢揃いする大きな行事だ。
吹き抜けのホールで、立食式のパーティが行われていた。
今年度の会場国はロレート公国。
我が国では、最も格式の高いコンサートホールを提供している。
高い天井には豪華なシャンデリアが輝いている。
その下には王族とその臣下しか居ない。
君主の装束、姫君のドレス、軍服の臣下が蠢いている様子は、
世俗とは懸け離れていて、異様な光景だった。
側近は、我が国の主を見て、音なく苦笑する。
『王族らしい』方々に囲まれると、
我が主がいかに『王族らしくない』かがよく解る。
貴族の形式ばった社交辞令を面倒そうに受け流し、美酒を煽るだけ。
その顔には「下らない」としか書かれていない。
例えそう思っていたとしても、これほど公の場で、
堂々と不満げな態度を取っているのは、
この錚錚たる顔触れの中でも、我が主だけだった。
それに、多くの王が、傍らに女性を連れている。
先も、むせ返るような香水と擦れ違った。
目の前の大きなテーブルには、彩り鮮やかな食事が並んでいる。
このホールにある物も人も、全てが空々しい程、光り輝いていた。
それらに目もくれない主は、グラスを空にしていた。
ラルヴィスは近くにあったワインボトルを持つ。
主のグラスに注ぎ、そっと囁く。
「陛下だけですね、姫君を連れていないのは」
上物の白ワインが底を着く。
今宵の王は、酒ばかりを煽っている。
「主に嫌味か、ラルヴィス中将」
主はワインを水のように流し込む。
もうグラスの半分も飲まれている。
「いえ。助かります。女性の香りは苦手ですから」
主は、口許に向けていたグラスを離し、くくと笑う。
「お前も后選びは当分できないようだな」
「ええ。私には貴方のおもりをする時間しかありませんから」
「言ってくれる。俺も、お前が傍に居る間は、后を迎える必要は無いな」
機嫌良くそう仰ると、残りのワインを飲み干す。
「またそのようなお戯れを。私は貴方の妻ではありませんよ」
「戯れではないさ」
ワイングラスを勧めるボーイが王の前に現れる。
王はまだ飲みたりない筈だ。
当然貰い受けるだろうと思っていたが、王は断った。
「陛下。ワイン以外のものをご用意しますか?」
「いや。少し席を外す。理由は適当に言っておけ」
「いけません。まだ皆さん、列席されているのに」
「外の空気を吸ってくるだけだ。此処は暑い」
「しかし、閉会式では陛下のご挨拶もありますし」
「今日は立食式だ。皆、酔いも回った頃だし、
一人くらい居なくなったって分からんさ」
「何度も申し上げて恐縮ですが、
貴方お一人居なくなることは、我が国を揺るがす大問題です」
「10分だ。それで戻らなければ探しに来い」
王が席を離れる。
その後に続こうとする臣下達を止める。
「待て、お一人で良い」
「宜しいのですか、閣下」
「聞いただろう。10分後、すぐに探し出せ」
ラルヴィスは、広い会場を見渡す。
王が席を離れるのに合わせ、動く影がひとつだけあった。
我が主の後を追う影は、宝石のような髪を揺らしていた。
「殿下…」
カーディスはパーティ会場から外に出る。
森が見えるテラス。
木々は黒にしか見えない。
遠くから王族達の声が聞こえる。
周りに誰も居ないことを確認し、後ろを付いて来た者に声を掛けた。
「約束を違えるつもりか、ジョシュア」
「カーディス…俺…」
「パーティの間、ずっと俺を見ていたな。
お前は昨夜で、俺を忘れると誓った筈だが?」
「…はい。そのつもりでした。ですが…」
「困った甥だな。しかし、手の掛かる子供もまた可愛いというものだ」
「えっ…」
「名を呼び捨てられたのは久方振りだった。
この国の者は、俺などを敬称で呼んでくれるからな。
カーディスと呼ばれて、学院に居る頃を思い出したよ」
話し掛けているというよりは独り言のように聞こえて、甥は返答につまる。
叔父は言葉を続けた。
「お前は明朝、学院に戻るのだったな?」
「はい。そうですが…」
「俺は明日、すぐに出国するから、会えない。
今回は、此処でお前とはお別れだ」
「解りました。あの、この度は」
「こちらから呼んだのに、土産のひとつも渡していなかったな」
カーディスはジョシュアを引き寄せた。
ジョシュアは目を丸くする。
「別れの口付けだ」
カーディスの長い髪が揺れた。
薄い唇が、自分の唇と重なっている。
遠くの方から王族達の華やかなパーティの音が聞こえる。
触れるだけの優しくて、切ない口付け。
此処だけ時が止まったように感じられた。
カーディスは唇を離すと、ジョシュアの肩に顔を埋めた。
「俺は昨夜、お前と共に過ごしたことを後悔していない。
だが、俺とお前は、傍には居られない。解るな?」
父に似た優しい声が、振動となって肩から胸へと響く。
この人は俺の想いを真摯に受け止めた上で「傍には居られない」と言っている。
正論だ。もちろん解る。俺のことを考えてくれていることも。
だが、突き放さずも、受け入れない曖昧な優しさは、
貴方への想いを更に強めていく。
想いを握り潰すように、拳を固く結ぶ。
「ジョシュア。次に会った時は、叔父と甥として振舞えるか?」
「…はい」
カーディスは、ジョシュアからゆっくり離れる。
「よし。此処までにしよう。すぐに臣下達が俺を探しに来る」
「カーディス…」
「10分で俺が戻らなければ、探しに来るよう命じてある。
お前も俺も、これ以上深入りしてはならないからな」
複数の足音と「陛下」と呼ぶ声が近付いてきた。
王は肩を竦める。
「時間切れだ。また、いつでも来い、ジョシュア。此処はお前の国だ」
ロレートの王は身を翻し、会場へと戻っていった。
一人残されたジョシュアは額を押さえる。
目からは雫が溢れ始める。
叔父の前で零さないよう、くい止めるのが限界だった。
甥はしゃがみ込む。
膝の中に顔を隠した。
闇夜には、月も出ていない。
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