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■王子×王×側近
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数日後。
王の寝室から、他の従者が下がり、
二人きりになった途端、主は側近を傍に呼んだ。
「ジョシュアは無事に学院に着いたか」
臣下は、王が座る椅子の後ろに立つ。
「ええ。先程、お電話がありました。陛下に伝言を預かっております」
「何と言っていた?」
「『叔父上に、ありがとうございました、と伝えて下さい』とのことです」
「叔父上、か」
その短い伝言の中で、甥は叔父との契りを守っていた。
叔父が言った「次に会った時は、叔父と甥として振舞えるか?」
それに応えるつもりなのだろう。素直で真面目な奴だ。
一夜だけの夢を見せる。
ジョシュアには残酷だった筈だ。
しかし、せめて一度でも、想いに応えたかった。
いや。それとも、あの熱い瞳に俺が魅入られていたのか。
「なあ、ラルヴィス」
「はい」
「ジョシュアとの二日間は、間違いだったと思うか」
臣下は主の問いに答える。
「殿下は『ありがとう』と仰っています。それが全てでしょう」
王は口元に手を当てながら、暫く黙っていた。
その間、臣下は静かに次のお言葉を待つ。
年代物の時計が、時を刻む音。
その数だけ、この王が過去を後悔しているように聞こえて。
臣下は目を閉じる。
主の声が、ジョシュアは、と呟く。
弱々しい声。
普段の凛々しさが欠片も含まれていない。
椅子に座っている王は、肩を落として言う。
「ジョシュアは、俺を恨まないと言っていた。
まるで、兄貴に許されたようだった」
臣下は主の背から、その御身を支える。
腕を王の胸元まで回す。
そうしなければ、私の主が崩れ落ちてしまいそうだった。
主に必要な言葉を差し出す。
「兄上だって、貴方を恨んでいませんよ」
主の肩が揺れる。無理に笑っている。
「兄貴は優しいからな。俺は自分で自分を断罪せねばなるまい」
主は、胸元に置かれた臣下の手を取り、自分の手を重ねる。
「兄貴の面影を追い求めていたのは、きっと俺の方だ」
頼り無い唇が、臣下の手に触れる。
まるで、幼い子供が母親に縋るようだった。
臣下は掛ける言葉が見つけられない。
やがて主は、すまない、と臣下の手を離した。
「甘えたな。今の話、決して他言するなよ。特に」
「心得ております。殿下にはお伝えできませんよ、これほど弱い御姿を」
「ああ。せめて甥の前では、強く誇れる叔父でなくてはな」
そう言って笑うと、
主の声は少し強さを取り戻した。
「ラルヴィス。ピアノを弾いてくれないか?」
「畏まりました」
王の寝室には、グランドピアノがあった。
しかし、王は自分では弾けない。
このピアノを弾くのは、今ではラルヴィスだけだった。
軍服を着た自分が、ピアノの前に座る。
似つかわしくない光景だ。
器楽隊ならば軍にもあるが、ピアノを弾く者は殆ど居ない。
だが、このピアノが私の運命を変えた。
あれはまだ、私が邸の掃除をしていた時だった。
当時の王は、カーディスのお父上で、
カーディスはまだ王子。「殿下」と呼ばれていた。
私がカーディスの寝室を開けると、そこにはグランドピアノがあった。
兄上であるエドワード殿下は弾けたが、
カーディス殿下がピアノを弾くという話は聞いたことがなかった。
私は、バケツとモップを床に置き、
引き寄せられたように、ピアノに近付いていた。
久し振りに見たピアノ。
どうしても弾きたくなって、鍵盤に触れた。
調律されている。
ピアノの音が部屋に響く。
時と場所も弁えず、私はピアノを弾いていた。
まだ若い私は、すぐ後ろに居る人の気配にも気が付かなかった。
「見事なものだな」
「カーディス殿下!? 申し訳ありません!」
「何故止める。続けろ」
「は、はい」
一曲弾き終わるまで、殿下は私のピアノを黙って聞いていた。
「…あの、以上です」
「綺麗な音色だな。心が洗われるようだった」と手放しで賞賛した。
「ありがとう、ございます、殿下…」
「お前はピアノが弾けるのか。軍で習ったのか?」
「いえ。母に…義母に教わりました。もう亡くなったのですが」
「そうか。ではお前の手は形見だな」
思わず、自分の手を見てしまった。
そう言われて初めて、この手が特別なものに感じられた。
「あの…殿下もピアノをお弾きになるのですか?」
「いいや。俺の周りは弾ける奴が居るのだがな。母や兄、あと悪友が弾ける」
「そうですか。では、このピアノは」
「兄貴の置土産だ」
「成程。やっと納得がいきました。貴方が弾く姿は想像できなかったので」
「面白いことを言う」
「…あ、申し訳ありません。殿下に失礼なことを…」
「気に入った。お前、俺の側近になれ」
「側近…ですか?」
「ああ。俺の傍を離れなければ良いだけだ。嫌か?」
「いえ…」
「それから、偶にで良い。俺の為にピアノを弾いてくれ」
カーディス殿下がそう仰ってから、もう数年お傍に居る。
ピアノを聞く時の御顔は、いつも寂しげだった。
過去の自分を深く悔いた人。
自分のせいで兄上を失ったと、自らを贖罪の檻に閉じ込めた。
一生、其処から出るつもりはないのだろう。
傷が治りかければ、何度でもかさぶたを引き剥がす。
それを兄上が亡くなってから、もう10年以上繰り返している。
この旋律が今、貴方の傷口を少しでも塞ぐことを願って止まない。
曲が終わる。
私が立ち上がって一礼すると、主は尋ねた。
「美しい曲だな。名は何と言う?」
「ショパンの『別れの曲』です」
「お前…まさか、聞いていたのか」
臣下は微笑する。
「『別れの口付け』のことですか?」
「…改めて言われると俺が恥ずかしいだろう。何故、後を追って来た」
「私の使命は『貴方から離れないこと』です。貴方が仰ったのですよ、陛下」
「口の減らない臣下を持ったものだな」
「では、不出来な臣下に調教でもされれば良い」
無礼な臣下は艶やかで温かい表情をしていた。
「芝居が下手だな、ラル。台詞と顔が合っていないぞ」
「それは貴方でしょう、カーディス様」
粗野な台詞も、冷たい行動も。
貴方のお優しい御心とは合っていない。
本当はジョシュア様のことが大切で仕方がないのに。
主の手が臣下の顎を持ち上げる。
「ラル。今宵は加減できないぞ」
「貴方に加減された覚えがありません」
「お前ほど、不出来で調教が必要な臣下は他に居ないな」
主は可笑しそうに苦笑する。
柔らかい笑みを湛えて言う。
「ラル」
「はい」
「死ぬまで、俺の傍に居てくれ」
fin
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数日後。
王の寝室から、他の従者が下がり、
二人きりになった途端、主は側近を傍に呼んだ。
「ジョシュアは無事に学院に着いたか」
臣下は、王が座る椅子の後ろに立つ。
「ええ。先程、お電話がありました。陛下に伝言を預かっております」
「何と言っていた?」
「『叔父上に、ありがとうございました、と伝えて下さい』とのことです」
「叔父上、か」
その短い伝言の中で、甥は叔父との契りを守っていた。
叔父が言った「次に会った時は、叔父と甥として振舞えるか?」
それに応えるつもりなのだろう。素直で真面目な奴だ。
一夜だけの夢を見せる。
ジョシュアには残酷だった筈だ。
しかし、せめて一度でも、想いに応えたかった。
いや。それとも、あの熱い瞳に俺が魅入られていたのか。
「なあ、ラルヴィス」
「はい」
「ジョシュアとの二日間は、間違いだったと思うか」
臣下は主の問いに答える。
「殿下は『ありがとう』と仰っています。それが全てでしょう」
王は口元に手を当てながら、暫く黙っていた。
その間、臣下は静かに次のお言葉を待つ。
年代物の時計が、時を刻む音。
その数だけ、この王が過去を後悔しているように聞こえて。
臣下は目を閉じる。
主の声が、ジョシュアは、と呟く。
弱々しい声。
普段の凛々しさが欠片も含まれていない。
椅子に座っている王は、肩を落として言う。
「ジョシュアは、俺を恨まないと言っていた。
まるで、兄貴に許されたようだった」
臣下は主の背から、その御身を支える。
腕を王の胸元まで回す。
そうしなければ、私の主が崩れ落ちてしまいそうだった。
主に必要な言葉を差し出す。
「兄上だって、貴方を恨んでいませんよ」
主の肩が揺れる。無理に笑っている。
「兄貴は優しいからな。俺は自分で自分を断罪せねばなるまい」
主は、胸元に置かれた臣下の手を取り、自分の手を重ねる。
「兄貴の面影を追い求めていたのは、きっと俺の方だ」
頼り無い唇が、臣下の手に触れる。
まるで、幼い子供が母親に縋るようだった。
臣下は掛ける言葉が見つけられない。
やがて主は、すまない、と臣下の手を離した。
「甘えたな。今の話、決して他言するなよ。特に」
「心得ております。殿下にはお伝えできませんよ、これほど弱い御姿を」
「ああ。せめて甥の前では、強く誇れる叔父でなくてはな」
そう言って笑うと、
主の声は少し強さを取り戻した。
「ラルヴィス。ピアノを弾いてくれないか?」
「畏まりました」
王の寝室には、グランドピアノがあった。
しかし、王は自分では弾けない。
このピアノを弾くのは、今ではラルヴィスだけだった。
軍服を着た自分が、ピアノの前に座る。
似つかわしくない光景だ。
器楽隊ならば軍にもあるが、ピアノを弾く者は殆ど居ない。
だが、このピアノが私の運命を変えた。
あれはまだ、私が邸の掃除をしていた時だった。
当時の王は、カーディスのお父上で、
カーディスはまだ王子。「殿下」と呼ばれていた。
私がカーディスの寝室を開けると、そこにはグランドピアノがあった。
兄上であるエドワード殿下は弾けたが、
カーディス殿下がピアノを弾くという話は聞いたことがなかった。
私は、バケツとモップを床に置き、
引き寄せられたように、ピアノに近付いていた。
久し振りに見たピアノ。
どうしても弾きたくなって、鍵盤に触れた。
調律されている。
ピアノの音が部屋に響く。
時と場所も弁えず、私はピアノを弾いていた。
まだ若い私は、すぐ後ろに居る人の気配にも気が付かなかった。
「見事なものだな」
「カーディス殿下!? 申し訳ありません!」
「何故止める。続けろ」
「は、はい」
一曲弾き終わるまで、殿下は私のピアノを黙って聞いていた。
「…あの、以上です」
「綺麗な音色だな。心が洗われるようだった」と手放しで賞賛した。
「ありがとう、ございます、殿下…」
「お前はピアノが弾けるのか。軍で習ったのか?」
「いえ。母に…義母に教わりました。もう亡くなったのですが」
「そうか。ではお前の手は形見だな」
思わず、自分の手を見てしまった。
そう言われて初めて、この手が特別なものに感じられた。
「あの…殿下もピアノをお弾きになるのですか?」
「いいや。俺の周りは弾ける奴が居るのだがな。母や兄、あと悪友が弾ける」
「そうですか。では、このピアノは」
「兄貴の置土産だ」
「成程。やっと納得がいきました。貴方が弾く姿は想像できなかったので」
「面白いことを言う」
「…あ、申し訳ありません。殿下に失礼なことを…」
「気に入った。お前、俺の側近になれ」
「側近…ですか?」
「ああ。俺の傍を離れなければ良いだけだ。嫌か?」
「いえ…」
「それから、偶にで良い。俺の為にピアノを弾いてくれ」
カーディス殿下がそう仰ってから、もう数年お傍に居る。
ピアノを聞く時の御顔は、いつも寂しげだった。
過去の自分を深く悔いた人。
自分のせいで兄上を失ったと、自らを贖罪の檻に閉じ込めた。
一生、其処から出るつもりはないのだろう。
傷が治りかければ、何度でもかさぶたを引き剥がす。
それを兄上が亡くなってから、もう10年以上繰り返している。
この旋律が今、貴方の傷口を少しでも塞ぐことを願って止まない。
曲が終わる。
私が立ち上がって一礼すると、主は尋ねた。
「美しい曲だな。名は何と言う?」
「ショパンの『別れの曲』です」
「お前…まさか、聞いていたのか」
臣下は微笑する。
「『別れの口付け』のことですか?」
「…改めて言われると俺が恥ずかしいだろう。何故、後を追って来た」
「私の使命は『貴方から離れないこと』です。貴方が仰ったのですよ、陛下」
「口の減らない臣下を持ったものだな」
「では、不出来な臣下に調教でもされれば良い」
無礼な臣下は艶やかで温かい表情をしていた。
「芝居が下手だな、ラル。台詞と顔が合っていないぞ」
「それは貴方でしょう、カーディス様」
粗野な台詞も、冷たい行動も。
貴方のお優しい御心とは合っていない。
本当はジョシュア様のことが大切で仕方がないのに。
主の手が臣下の顎を持ち上げる。
「ラル。今宵は加減できないぞ」
「貴方に加減された覚えがありません」
「お前ほど、不出来で調教が必要な臣下は他に居ないな」
主は可笑しそうに苦笑する。
柔らかい笑みを湛えて言う。
「ラル」
「はい」
「死ぬまで、俺の傍に居てくれ」
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