×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
■アイヴィー×ハルヤ
■コミックスベース
----------------------
「アイヴィー。おなかすいた…」
受話器から聞こえたハルヤの声は、
続けて腹の虫が聞こえてきそうなくらい切実なものだった。
聖アルフォンソ島 南西部の海岸。
切りだった崖の上にあるコテージ。
アイヴィーの自宅は海が見えた。
窓からは潮風が入り、ふわりと金髪を撫でられる。
今日は久し振りにオフだった。
まだ海も青い午後4時。海を見ながら煙草を咥えていた。
学院の通信室から、直接電話が入った。
出てみれば、騒がしいデッド・プリンスの中で唯一大人しいプリンス。
開口一番、空腹を告げられて苦笑せざるを得ない。
左手に持っていた煙草の灰を、ぽとりと灰皿にと落とす。
「俺に言うことかよ。お前んとこには、腕の良いシェフが居るだろーが」
「アイヴィーのご飯が食べたいから、電話してるんだよ」
「俺んちはピザ屋かよ。デリバリーは、やってねーぞ」
「だから、俺がそっちに行くってば。ねえ。迎えに来て、すぐに。
俺、おなかすいて…もうだめかも」
「死にそうな声、出してんじゃねえよ。わーったよ、行けばいーんだろ」
「よかった、ありがと。じゃあ死なないで待ってる。あ。ついでにさ」
「ん?」
「今夜はアイヴィーんち、泊まってもいい?」
「なんで?」
「ご飯食べた後に帰るの面倒だから。じゃ、正門前でね」
車で迎えに行ってみれば、既に待っていた。
肩を落とし、本当に『おなかすいた』オーラを全身に纏ってた。
腹ぺこ王子を車に乗せる。
「最近アイヴィー捕まらなかったからさ…俺、ガマンしてたんだよ?」
「俺のなんか恋しがってんじゃねえよ」
「だって好きなんだもん」
「ったく。あ、スーパーに寄るからな?」
自宅に戻る前に、スーパーで降りた。
大抵のものは揃うし、島の特産フルーツなんかも売ってる。
家を出て来る時に冷蔵庫を覗いたら、特に何もなかったし、
腹ぺこ王子は、この華奢な身体で俺の3倍は軽く食うから。
カゴを持つ俺の後ろを、ハルヤが付いて来る。
その目は空腹のせいかちょっと虚ろで、
目に映る食べ物にふらっと手を伸ばさないか心配になる。
「ハルヤ。なんか食べたいもん、あんのか?」
「アイヴィーの作るものなら何でもいいよ」
それより早く、というメッセージに聞こえた。
早々に買い物を済ませた方が良さそうだ。丁度、目に映った完熟トマト。
結構美味そうだったから、幾つかカゴに入れる。それで大体メニューが決まった。
スーパーを一回りしながら、俺がポンポンと
カゴに放り込むのをハルヤは黙って見ていた。
この食材で何ができるのだろうと想像しているのか、
それとも腹が減り過ぎて、もう何も考えられないのかもしれない。
「あっ、アイヴィー」
急にシャツを引っ張られた。
「ね。これ、買って欲しいんだけど…ダメ、かな?」
ハルヤの手には緑の箱。
グリーンティのティーパックだった。
買い物を済ませ、自宅に着いた。家の前で一度車を停める。
「ハルヤ。先行って入ってな」
「うん」
ハルヤに家のカギを渡し、先に降ろす。
車庫に向かう。アイヴィーが保有している車は三台。
仕事用の黄色いタクシーの他、自分用に二台持っていた。
車から降り、スーパーの紙袋を抱えて、我が家に向かう。
海の匂いがした。
丁度、海に夕陽が沈んでいくところだった。
沖の方はロゼワインのような淡いピンク、
浜辺の方は貴腐ワインのような琥珀色に輝いていた。
俺はもうすっかり見慣れた景色だが、
ハルヤは「わあ…」と感嘆の声を漏らしていた。
その頭をぽんと叩いて、ドアを開けさせる。
俺んちは非常にシンプルな作りになってる。悪く言えば殺風景。
俺にとっては居心地の良い場所だった。
PCと電話があるテーブルは仕事用の空間だ。
一番スペース取ってんのは音楽機材。俺の趣味だ。
習慣的にラジオを付ける。流れてきたのはジャズだった。
ハルヤが来ているから、少しボリュームを下げる。
キッチンテーブルに紙袋を置き、早速料理に取り掛かる。
紙袋の中から、緑の箱を取り出す。
ハルヤが欲しがったグリーンティだ。
「ハルヤ。これで、しのいでろ」
キッチンからリビングに向かって箱を投げる。
箱は弧を描いて、ソファに居るハルヤの膝元に届いたのだが、
眼鏡の王子は取り損なって落としていた。
足許に落ちた箱を拾って、自分でお茶の準備をする。
ポットの場所も、カップがある場所もハルヤは知っていた。
俺は鍋に水を入れ、火を付ける。
沸くまでの間に、野菜を洗い始めた。
「そういや、ハルヤが一人でうちに来るなんて久し振りだな」
「うん。そうだね。いつもは三人で来るから」
ハルヤは、レッドとシルヴァンとバンドを組んでいた。
デッド・プリンス。
そのバンド名を知らない島民は居ないくらいだった。
マージナルプリンスのバンド。
島民にとっては、それだけでも希少価値だったが、
実力の伴う歌唱力とその派手さに、一躍、島の人気者となっていた。
この三人は、どういうわけか俺んちによく遊びに来る。
俺が家を空けている時でさえ、勝手に入ってた時もあった。
「お前、今日はあいつらとケンカでもしたのか?」
「まさか。ケンカになんないよ、俺達じゃ」
デッド・プリンスは個性がバラバラだ。
音楽性の不一致で解散したバンドは幾つも聞いたが、
こいつらの場合は、最初っから音楽性が一致していなかった。
しかし、それが上手く新しい音楽を生み出していた。
性格の上でも三人は個性が揃っていないからこそ、相性が良いようだった。
どちらかと言えばハイテンションな二人に、ローテンションなハルヤ。
彼が居ることで、一種の中和剤の役割を果たしているようだった。
なんでか、わざわざ俺んちに来て、よくライブの曲選びをしている。
俺に晩メシを作らせている間に、三人がミーティングをしていた。
先ずは、レッドとシルヴァンがマシンガンのように意見を放つところから始まる。
次に、ぎゃいぎゃい言いながら、遠慮なく意見を戦わせる。
その間、ハルヤはまるで話を聞いていないかのように、お茶を飲んでいたりする。
自己主張合戦が難航し、二人の口数が少なくなった頃。
「あのさ」と、お茶を飲み終わったハルヤが、ぽつんと言葉を零す。
その意見は、二人が納得するような中立案。
双方の主張を汲んだ、最も望ましい意見だったりする。
それから先は、サクサクと話がまとまっていく。
ミーティングが無事に終わると、
三人は揃って「腹減ったー」とばたばた騒ぎ出す。
俺は、その前に料理を作り終えなくてはならなかった。
こいつらは、いつもこんなかんじで。
誰が欠けても成り立たない、ある意味、理想的なメンバーらしかった。
デッド・プリンスのリーダーは誰の目にもレッドだと映るようだが、
事実上、影で均衡を保っているのは、この眼鏡の王子かもしれなかった。
もちろん、本人は全く気付いていない。
それが解っているのは、せいぜい俺とシルヴァンくらいだろう。
リビングを覗くと、ハルヤは今日も両手でマグカップを口に運んでいた。
俺は、茹で上がったパスタを大皿に盛る。
それに、トマト、バジル、モッツァレラチーズを乗せた。
フライパンからはガーリックの香り。
オリーブオイルで炒めた狐色のガーリックソースをパスタに和える。
ソースの熱で、チーズの端が溶け、とろりと丸みを帯びていく。
「ハルヤ、ひとつできたから持って行け。先に食べてな」
「うんっ」
元気良く返事して、カップをテーブルに置く。
できたてのパスタを受け取り、リビングのローテーブルに運ぶ。
ハルヤは両手を合わせて、日本語で何か言ってから、食べ始めた。
それから、幾つかの料理を作った。
一仕事終えた俺は、ポケットから煙草を出して、口に銜える。
リビングに入るとハルヤは俺に目を合わさずに、俺の料理を食っている。
17歳よりずっと子供に見えて、つい笑い声が漏れた。
ハルヤが顔を上げる。
「あ、アイヴィー。このパスタ、すっごい美味しかったよ」
「良かったな」
「あれ? アイヴィーは食べないの?」
「後で少し食べるかもな。作ってるだけで胸やけするくらい大量だからな」
「じゃあ、このパスタ、全部食べてもいい?」
「…よく食えんな、お前。またソクーロフの世話になんじゃねーのか?」
「大丈夫。アイヴィーのご飯では、お腹壊したことないから」
「あっそ」
以前ソクーロフが言っていた言葉を思い出した。
「ハルヤは、精神力が非常に強い子だ」と。
自身の思想が、身体をコントロールする力が突出しているらしい。
しかし、その力を本人が自覚しておらず、
また発展途上の為に意識的な制御にはなっていない。
つまりハルヤは無意識に、その身体を操っている。
現状では、プラスにもマイナスにも作用する両刃の剣と成り得る。
ハルヤが可笑しな思い込みをしないよう気を付けてやることだ。
そうドクターに言われていた。
今ハルヤが断言した「俺のメシでは腹を壊さない」という自論。
何の根拠もないその確固たる自信が、
例え、生物学的には考えられないことであっても、
ハルヤの身体を、自論の通り統制しているらしい。
「んなことあんのかよ」とドクターに尋ねたが、
「とある実験にて、既に検証済みだ」と返された。
ハルヤの身体使ってどんな実験したんだよ、あの変態。
「あっ」
まるで宝物を見つけたかのような声が上がった。
「見て? このトマト、繋がってる」
サラダに入っていた輪切りのトマト。
ハルヤのフォークには、切れていなかったトマトが3つぶら下がっていた。
俺は紫煙を吐き出す。
「悪かったな、へたくそで」
「ううん。俺、こういうとこ好きなんだ、アイヴィーの料理って」
大事そうに、繋がったトマトを自分の皿に入れた。
俺が作ったのはフツーのサラダだ。
手でちぎったレタスと、不恰好に切ったトマトに、
ツナ缶とコーン缶をざーっと入れた。
味付けは塩とブラックペッパー。それらをボールの中で混ぜただけ。
テーブルに並んでいる他のパスタも肉野菜炒めも、
調理法は至って煩雑なものだった。
パスタの皿には、真っ黒に焦げたガーリックも乗っていた。
どれも見た目の悪い料理を、うちに遊びに来るデッド・プリンスどもは、
いつも喜んで平らげていった。大量に作るのに、残されたことは一度もなかった。
「俺なんかのへたくそ料理のどこがイイんだか」
「だって、繋がったトマトなんて、寮の料理じゃ絶対ないもん。
一流シェフの料理しか出てこないからさ。
味はもちろん美味しいんだけど、なんか完璧過ぎちゃって、
人が作ったってかんじがしないっていうか。でもアイヴィーのごはんは、
アイヴィーが作ってくれたんだな、ってかんじがするんだ」
ハルヤは両手で笑顔を支えながら、サラダボールを眺めている。
「綺麗な盛り付けなんかしてないし、
切り方も全然揃ってないし…でも、味は美味しくてさ。
なんかね、ほっとするんだ。だから時々すごく食べたくなっちゃう。
俺、大好きだよ、アイヴィーが作ってくれたごはん。
…あ。あの、すごく褒めてるつもりなんだけど…怒った?」
「ばーか。その言葉、カミーユが聞いたら泣くぜ?
あんだけ尽くさせておいて。ヒドイ男だな、お前は」
カミーユ・ルブラン。ウーティス寮のシェフ。得意料理はフレンチだが、
ハルヤのリクエストに答えてアボカドマグロ丼を作った。
ハルヤのこだわりは相当だったようで、何度も作り直させたらしい。
ルブランが用意した超高級食材を却下して、敢えて質を落とすよう頼んだ。
母親が作った味を再現する為に。
ハルヤは繋がったトマトを3つ食べ終える。
「カミーユには感謝してるよ。でもやっぱ、俺はアイヴィーの方が好きだな」
「今度、街で会ったら言ってやろー」
「あ、それはだめっ! カミーユには言わないでっ」
「言えるかよ。あいつド真面目な努力家だからな、言ったらマジで泣くぜ」
ささやかながらも楽しい食卓が終わると、
ハルヤは自ら進んで皿洗いを始めた。
「俺は料理うまくないし、このくらいしかできないから」と食器を運んだ。
あの月桂樹の館には、皿洗い自体したことがない生徒の方が多い。
食事の用意はその家専属のシェフが行う。それがざらな世界だ。
マージナルプリンスどもの中で、ハルヤは家事に関して相当『できる』方だろう。
煙草を吹かしながら、リビングで食後の一服を楽しむことにする。
キッチンに立つハルヤの後姿が見える。
キュッキュッと食器を洗うスポンジの音は、
マイペースでのんびりとしたテンポだった。
俺は思わず呟く。
「絶景だなあ」
キッチンから相鎚が聞こえてくる。
「海見えるもんね、ここ」
「ちげーよ。キッチンに立ってるお前を見てっと、
なんか新妻を貰ったみたいだなって思ったんだよ」
「に、新妻!?」
「ガッコを卒業したら、俺がヨメに貰ってやってもいいぜ?」
食器の音が止まる。水道から水が流れる音だけが響いた。
「なあっ! お前用にフリフリのエプロン買ってやろっか?」
「あ。それなら持ってる」
「持ってるっ!?」
「うん。ピンクのだけど」
「…今度うちに来る時は、ゼヒ持って来い」
「服汚すと困るから? 俺、別に気にしないよ?」
「いや、気になるから。今すげー気になってるから」
食後の一服が終わる。
吸殻を灰皿に押し付ける。先端の黒い灰が、音無く崩れた。
窓の外から見える海も闇の色。
沖の方にある灯台の光だけが、ぼんやり海を照らしている。
「お前、腹いっぱいになって満足したか?」
「うん。すっごく美味しかった。ありがと」
「じゃ、次は俺の番だな。そろそろデザートにするか」
「えっ? アイヴィー、デザートも作れるようになったの?」
「まあな。スウィートな方がお好みかい?」
「えっと…俺、あんまり甘いのは食べられないんだけど…」
「なら、今日はちょいと刺激的にするか」
部屋の明かりを消す。
窓の向こうには、灯台の明かりが見える。
真っ暗になった部屋からは、きょとんとした声が聞こえる。
「ねえ、アイヴィー、なんで電気消したの? デザートは?」
「焦んなって。これからゆっくり料理してやっから」
「ん? ちょっと、アイ…」
漆黒の海に、一筋の光が浮かんでいる。
闇夜にだけ現れる幻想的な光の橋だ。
「……ん。ウマイ♪」
fin
■コミックスベース
----------------------
「アイヴィー。おなかすいた…」
受話器から聞こえたハルヤの声は、
続けて腹の虫が聞こえてきそうなくらい切実なものだった。
聖アルフォンソ島 南西部の海岸。
切りだった崖の上にあるコテージ。
アイヴィーの自宅は海が見えた。
窓からは潮風が入り、ふわりと金髪を撫でられる。
今日は久し振りにオフだった。
まだ海も青い午後4時。海を見ながら煙草を咥えていた。
学院の通信室から、直接電話が入った。
出てみれば、騒がしいデッド・プリンスの中で唯一大人しいプリンス。
開口一番、空腹を告げられて苦笑せざるを得ない。
左手に持っていた煙草の灰を、ぽとりと灰皿にと落とす。
「俺に言うことかよ。お前んとこには、腕の良いシェフが居るだろーが」
「アイヴィーのご飯が食べたいから、電話してるんだよ」
「俺んちはピザ屋かよ。デリバリーは、やってねーぞ」
「だから、俺がそっちに行くってば。ねえ。迎えに来て、すぐに。
俺、おなかすいて…もうだめかも」
「死にそうな声、出してんじゃねえよ。わーったよ、行けばいーんだろ」
「よかった、ありがと。じゃあ死なないで待ってる。あ。ついでにさ」
「ん?」
「今夜はアイヴィーんち、泊まってもいい?」
「なんで?」
「ご飯食べた後に帰るの面倒だから。じゃ、正門前でね」
車で迎えに行ってみれば、既に待っていた。
肩を落とし、本当に『おなかすいた』オーラを全身に纏ってた。
腹ぺこ王子を車に乗せる。
「最近アイヴィー捕まらなかったからさ…俺、ガマンしてたんだよ?」
「俺のなんか恋しがってんじゃねえよ」
「だって好きなんだもん」
「ったく。あ、スーパーに寄るからな?」
自宅に戻る前に、スーパーで降りた。
大抵のものは揃うし、島の特産フルーツなんかも売ってる。
家を出て来る時に冷蔵庫を覗いたら、特に何もなかったし、
腹ぺこ王子は、この華奢な身体で俺の3倍は軽く食うから。
カゴを持つ俺の後ろを、ハルヤが付いて来る。
その目は空腹のせいかちょっと虚ろで、
目に映る食べ物にふらっと手を伸ばさないか心配になる。
「ハルヤ。なんか食べたいもん、あんのか?」
「アイヴィーの作るものなら何でもいいよ」
それより早く、というメッセージに聞こえた。
早々に買い物を済ませた方が良さそうだ。丁度、目に映った完熟トマト。
結構美味そうだったから、幾つかカゴに入れる。それで大体メニューが決まった。
スーパーを一回りしながら、俺がポンポンと
カゴに放り込むのをハルヤは黙って見ていた。
この食材で何ができるのだろうと想像しているのか、
それとも腹が減り過ぎて、もう何も考えられないのかもしれない。
「あっ、アイヴィー」
急にシャツを引っ張られた。
「ね。これ、買って欲しいんだけど…ダメ、かな?」
ハルヤの手には緑の箱。
グリーンティのティーパックだった。
買い物を済ませ、自宅に着いた。家の前で一度車を停める。
「ハルヤ。先行って入ってな」
「うん」
ハルヤに家のカギを渡し、先に降ろす。
車庫に向かう。アイヴィーが保有している車は三台。
仕事用の黄色いタクシーの他、自分用に二台持っていた。
車から降り、スーパーの紙袋を抱えて、我が家に向かう。
海の匂いがした。
丁度、海に夕陽が沈んでいくところだった。
沖の方はロゼワインのような淡いピンク、
浜辺の方は貴腐ワインのような琥珀色に輝いていた。
俺はもうすっかり見慣れた景色だが、
ハルヤは「わあ…」と感嘆の声を漏らしていた。
その頭をぽんと叩いて、ドアを開けさせる。
俺んちは非常にシンプルな作りになってる。悪く言えば殺風景。
俺にとっては居心地の良い場所だった。
PCと電話があるテーブルは仕事用の空間だ。
一番スペース取ってんのは音楽機材。俺の趣味だ。
習慣的にラジオを付ける。流れてきたのはジャズだった。
ハルヤが来ているから、少しボリュームを下げる。
キッチンテーブルに紙袋を置き、早速料理に取り掛かる。
紙袋の中から、緑の箱を取り出す。
ハルヤが欲しがったグリーンティだ。
「ハルヤ。これで、しのいでろ」
キッチンからリビングに向かって箱を投げる。
箱は弧を描いて、ソファに居るハルヤの膝元に届いたのだが、
眼鏡の王子は取り損なって落としていた。
足許に落ちた箱を拾って、自分でお茶の準備をする。
ポットの場所も、カップがある場所もハルヤは知っていた。
俺は鍋に水を入れ、火を付ける。
沸くまでの間に、野菜を洗い始めた。
「そういや、ハルヤが一人でうちに来るなんて久し振りだな」
「うん。そうだね。いつもは三人で来るから」
ハルヤは、レッドとシルヴァンとバンドを組んでいた。
デッド・プリンス。
そのバンド名を知らない島民は居ないくらいだった。
マージナルプリンスのバンド。
島民にとっては、それだけでも希少価値だったが、
実力の伴う歌唱力とその派手さに、一躍、島の人気者となっていた。
この三人は、どういうわけか俺んちによく遊びに来る。
俺が家を空けている時でさえ、勝手に入ってた時もあった。
「お前、今日はあいつらとケンカでもしたのか?」
「まさか。ケンカになんないよ、俺達じゃ」
デッド・プリンスは個性がバラバラだ。
音楽性の不一致で解散したバンドは幾つも聞いたが、
こいつらの場合は、最初っから音楽性が一致していなかった。
しかし、それが上手く新しい音楽を生み出していた。
性格の上でも三人は個性が揃っていないからこそ、相性が良いようだった。
どちらかと言えばハイテンションな二人に、ローテンションなハルヤ。
彼が居ることで、一種の中和剤の役割を果たしているようだった。
なんでか、わざわざ俺んちに来て、よくライブの曲選びをしている。
俺に晩メシを作らせている間に、三人がミーティングをしていた。
先ずは、レッドとシルヴァンがマシンガンのように意見を放つところから始まる。
次に、ぎゃいぎゃい言いながら、遠慮なく意見を戦わせる。
その間、ハルヤはまるで話を聞いていないかのように、お茶を飲んでいたりする。
自己主張合戦が難航し、二人の口数が少なくなった頃。
「あのさ」と、お茶を飲み終わったハルヤが、ぽつんと言葉を零す。
その意見は、二人が納得するような中立案。
双方の主張を汲んだ、最も望ましい意見だったりする。
それから先は、サクサクと話がまとまっていく。
ミーティングが無事に終わると、
三人は揃って「腹減ったー」とばたばた騒ぎ出す。
俺は、その前に料理を作り終えなくてはならなかった。
こいつらは、いつもこんなかんじで。
誰が欠けても成り立たない、ある意味、理想的なメンバーらしかった。
デッド・プリンスのリーダーは誰の目にもレッドだと映るようだが、
事実上、影で均衡を保っているのは、この眼鏡の王子かもしれなかった。
もちろん、本人は全く気付いていない。
それが解っているのは、せいぜい俺とシルヴァンくらいだろう。
リビングを覗くと、ハルヤは今日も両手でマグカップを口に運んでいた。
俺は、茹で上がったパスタを大皿に盛る。
それに、トマト、バジル、モッツァレラチーズを乗せた。
フライパンからはガーリックの香り。
オリーブオイルで炒めた狐色のガーリックソースをパスタに和える。
ソースの熱で、チーズの端が溶け、とろりと丸みを帯びていく。
「ハルヤ、ひとつできたから持って行け。先に食べてな」
「うんっ」
元気良く返事して、カップをテーブルに置く。
できたてのパスタを受け取り、リビングのローテーブルに運ぶ。
ハルヤは両手を合わせて、日本語で何か言ってから、食べ始めた。
それから、幾つかの料理を作った。
一仕事終えた俺は、ポケットから煙草を出して、口に銜える。
リビングに入るとハルヤは俺に目を合わさずに、俺の料理を食っている。
17歳よりずっと子供に見えて、つい笑い声が漏れた。
ハルヤが顔を上げる。
「あ、アイヴィー。このパスタ、すっごい美味しかったよ」
「良かったな」
「あれ? アイヴィーは食べないの?」
「後で少し食べるかもな。作ってるだけで胸やけするくらい大量だからな」
「じゃあ、このパスタ、全部食べてもいい?」
「…よく食えんな、お前。またソクーロフの世話になんじゃねーのか?」
「大丈夫。アイヴィーのご飯では、お腹壊したことないから」
「あっそ」
以前ソクーロフが言っていた言葉を思い出した。
「ハルヤは、精神力が非常に強い子だ」と。
自身の思想が、身体をコントロールする力が突出しているらしい。
しかし、その力を本人が自覚しておらず、
また発展途上の為に意識的な制御にはなっていない。
つまりハルヤは無意識に、その身体を操っている。
現状では、プラスにもマイナスにも作用する両刃の剣と成り得る。
ハルヤが可笑しな思い込みをしないよう気を付けてやることだ。
そうドクターに言われていた。
今ハルヤが断言した「俺のメシでは腹を壊さない」という自論。
何の根拠もないその確固たる自信が、
例え、生物学的には考えられないことであっても、
ハルヤの身体を、自論の通り統制しているらしい。
「んなことあんのかよ」とドクターに尋ねたが、
「とある実験にて、既に検証済みだ」と返された。
ハルヤの身体使ってどんな実験したんだよ、あの変態。
「あっ」
まるで宝物を見つけたかのような声が上がった。
「見て? このトマト、繋がってる」
サラダに入っていた輪切りのトマト。
ハルヤのフォークには、切れていなかったトマトが3つぶら下がっていた。
俺は紫煙を吐き出す。
「悪かったな、へたくそで」
「ううん。俺、こういうとこ好きなんだ、アイヴィーの料理って」
大事そうに、繋がったトマトを自分の皿に入れた。
俺が作ったのはフツーのサラダだ。
手でちぎったレタスと、不恰好に切ったトマトに、
ツナ缶とコーン缶をざーっと入れた。
味付けは塩とブラックペッパー。それらをボールの中で混ぜただけ。
テーブルに並んでいる他のパスタも肉野菜炒めも、
調理法は至って煩雑なものだった。
パスタの皿には、真っ黒に焦げたガーリックも乗っていた。
どれも見た目の悪い料理を、うちに遊びに来るデッド・プリンスどもは、
いつも喜んで平らげていった。大量に作るのに、残されたことは一度もなかった。
「俺なんかのへたくそ料理のどこがイイんだか」
「だって、繋がったトマトなんて、寮の料理じゃ絶対ないもん。
一流シェフの料理しか出てこないからさ。
味はもちろん美味しいんだけど、なんか完璧過ぎちゃって、
人が作ったってかんじがしないっていうか。でもアイヴィーのごはんは、
アイヴィーが作ってくれたんだな、ってかんじがするんだ」
ハルヤは両手で笑顔を支えながら、サラダボールを眺めている。
「綺麗な盛り付けなんかしてないし、
切り方も全然揃ってないし…でも、味は美味しくてさ。
なんかね、ほっとするんだ。だから時々すごく食べたくなっちゃう。
俺、大好きだよ、アイヴィーが作ってくれたごはん。
…あ。あの、すごく褒めてるつもりなんだけど…怒った?」
「ばーか。その言葉、カミーユが聞いたら泣くぜ?
あんだけ尽くさせておいて。ヒドイ男だな、お前は」
カミーユ・ルブラン。ウーティス寮のシェフ。得意料理はフレンチだが、
ハルヤのリクエストに答えてアボカドマグロ丼を作った。
ハルヤのこだわりは相当だったようで、何度も作り直させたらしい。
ルブランが用意した超高級食材を却下して、敢えて質を落とすよう頼んだ。
母親が作った味を再現する為に。
ハルヤは繋がったトマトを3つ食べ終える。
「カミーユには感謝してるよ。でもやっぱ、俺はアイヴィーの方が好きだな」
「今度、街で会ったら言ってやろー」
「あ、それはだめっ! カミーユには言わないでっ」
「言えるかよ。あいつド真面目な努力家だからな、言ったらマジで泣くぜ」
ささやかながらも楽しい食卓が終わると、
ハルヤは自ら進んで皿洗いを始めた。
「俺は料理うまくないし、このくらいしかできないから」と食器を運んだ。
あの月桂樹の館には、皿洗い自体したことがない生徒の方が多い。
食事の用意はその家専属のシェフが行う。それがざらな世界だ。
マージナルプリンスどもの中で、ハルヤは家事に関して相当『できる』方だろう。
煙草を吹かしながら、リビングで食後の一服を楽しむことにする。
キッチンに立つハルヤの後姿が見える。
キュッキュッと食器を洗うスポンジの音は、
マイペースでのんびりとしたテンポだった。
俺は思わず呟く。
「絶景だなあ」
キッチンから相鎚が聞こえてくる。
「海見えるもんね、ここ」
「ちげーよ。キッチンに立ってるお前を見てっと、
なんか新妻を貰ったみたいだなって思ったんだよ」
「に、新妻!?」
「ガッコを卒業したら、俺がヨメに貰ってやってもいいぜ?」
食器の音が止まる。水道から水が流れる音だけが響いた。
「なあっ! お前用にフリフリのエプロン買ってやろっか?」
「あ。それなら持ってる」
「持ってるっ!?」
「うん。ピンクのだけど」
「…今度うちに来る時は、ゼヒ持って来い」
「服汚すと困るから? 俺、別に気にしないよ?」
「いや、気になるから。今すげー気になってるから」
食後の一服が終わる。
吸殻を灰皿に押し付ける。先端の黒い灰が、音無く崩れた。
窓の外から見える海も闇の色。
沖の方にある灯台の光だけが、ぼんやり海を照らしている。
「お前、腹いっぱいになって満足したか?」
「うん。すっごく美味しかった。ありがと」
「じゃ、次は俺の番だな。そろそろデザートにするか」
「えっ? アイヴィー、デザートも作れるようになったの?」
「まあな。スウィートな方がお好みかい?」
「えっと…俺、あんまり甘いのは食べられないんだけど…」
「なら、今日はちょいと刺激的にするか」
部屋の明かりを消す。
窓の向こうには、灯台の明かりが見える。
真っ暗になった部屋からは、きょとんとした声が聞こえる。
「ねえ、アイヴィー、なんで電気消したの? デザートは?」
「焦んなって。これからゆっくり料理してやっから」
「ん? ちょっと、アイ…」
漆黒の海に、一筋の光が浮かんでいる。
闇夜にだけ現れる幻想的な光の橋だ。
「……ん。ウマイ♪」
fin
PR