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Marginal Prince Short Story
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■ディーノ×アンリ
■アンリシナリオベース
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「ディーノ。君、何考えてるの?」
「ん? 今宵のディナー、お姫様のお口には合わなかったか?」

ホテルの最上階にあるVIPルーム。
シチリアの騒々しい夜景を見ながら、
アンリは、マフィアと二人、ディナーを食べ終わったところだった。

食後酒を飲んでいるマフィアの前には、木製の赤い箱が置かれている。
ヒュミドールと呼ばれる葉巻保管箱。
クリーム色のラインが一本、赤い四隅を囲っている。
中には十数本の葉巻が並んでいた。
マフィアは、断りもなく喫煙する気らしい。
アンリは膝の上に乗せていた白い布をテーブルの上に置く。

「シチリア料理は悪くなかったけどね。如何して僕が、
君なんかと食事しなくてはいけないのかなと思ってね」
「Una principessa chiassosa.(口の悪いお姫様だ)」
「今のイタリア語? 僕に解らない言葉で悪口でも言ったのかな?」
「いいや、別に?」
マフィアの口髭が可笑しそうに歪む。
ウェーブのかかった長い黒髪を耳に掛けた。

マフィアは箱の中から、ダークブラウンの葉巻を一本選ぶ。
シガーカッターの二枚刃で、葉巻の頭部をカットした。
平面な吸い口が出来る。

「お前は明日も此処で商談がある。だからこのホテルと、
護衛付きのディナーを用意してやったんだろう?」
「護衛にしても、こんな、必要はないでしょう?」
「愛でも囁いて欲しいのか、お姫様?」
「僕とビジネスを続けたいから、と言ってくれた方が解り易い」
「坊やだな」

ゴールドのライターで細い葉巻に火を点ける。
先端部全体が焦げるまで、葉巻をゆっくりと回す。
折った中指の上に葉巻を乗せ、上から人差し指で支える。
葉巻を口に咥えて、先端が燃えるよう、静かに吹かす。

立ち上る白煙から、甘いコーヒーの香りがした。

アンリは鈍い頭痛を覚えて、額を押さえる。
葉巻から流れてくる煙に、記憶が甦る。

薄暗い部屋。
女性の肖像画。
紅の肘掛け椅子。
幾つもの宝石を嵌めた指。
その指に挟まれていた、葉巻。

恐る恐る、目の前のマフィアを見上げる。
咥えている葉巻。
上部には、赤いラベル。
銘柄を示すシガーリングが巻かれていた。
見覚えのある、白い十字のデザイン。

「その、葉巻…」
「お前も好きなのか? 肌に悪いぞ、お姫様」
「…僕じゃ、ない」

マフィアは低く笑う。
薄く開いた口内には白煙が充満していた。

「へえ。そいつは奇遇だったな」

葉巻をシガートレイに置く。大理石で出来た灰皿。
平たく、四角い石には、葉巻一本を置けるだけの溝がある。
黒と白の斑のシガートレイに、灰が落ちた。
それを確認すると、マフィアは席を立った。

「さあ、来い」
アンリの細い腕を引いて、無理矢理、席を立たせる。
「ディーノ、痛い…」
乱暴に手を離す。華奢な身体がベッドに跳ねる。
アンリは身を起こし、睨み付ける。
刺すような視線も、この男には何の効果もない。

「夢を、見せてやるぜ?」

マフィアはアンリを頭から抱え込んだ。
口許、衣服から薫る、きつい葉巻の匂い。
この葉巻の香りは、甘いコーヒーに似ていて。
苦味の中にキャラメルナッツの香りが混ざっている。
間違いない。知っている。
この葉巻を吹かしていたのは。

マフィアは眼下にある髪に息を吹きかける。
「お前、こんな近くで嗅いだことないんだろう?」
「悪趣味だ…離して」
「嘘吐け。本当はこうされたかったくせに」
「…僕は、嘘なんか」
「目を閉じてみな? 錯覚くらいはできるぜ」

マフィアは嫌気が差す程、優しい手つきで頭を撫で始めた。
まるで赤子をあやすように。
「いい子だ、アンリ、いい子だな…」
その言葉を繰り返した。

言われたことの無い言葉を何度も唱えられて、
強張っていた肩が、諦めたように力を失っていく。
幼い頃から焦がれてた。
ただ、そっと抱き締めて、
優しく名前を呼んで欲しかった。

本当は、あの人に。


ゆっくり離れたマフィアは、再び葉巻を咥えて軽く吹かす。
大理石の灰皿に葉巻を戻す。
アンリの顎を支えながら、下唇をなぞった。
指の動きは緩慢過ぎて、鼓動が早くなる。

「次は此処で、葉巻を味あわせてやるよ」
「ディーノ…」

唇が塞がれた。
執拗に追い回されて、嫌でも口内で葉巻の味を感じた。
苦くて、甘い。
コーヒーとキャラメルナッツの香り。

幼い頃、この香りが漂う度に怯えてた。

また怒鳴られる。
また髪を掴まれる。
また『悪魔』と呼ばれる。

近付けなかった香り。
遠くから見るだけで怖かった白煙。
嫌なのに、嫌なのに。

せめて一度でも。
この香りに、包まれたかった。

「…あっ……ん」

漏れる吐息が、熱くなる。
口内で与えられる快楽と、香り。
僕の腕は、マフィアの首に回っていた。

シガートレイから細い煙が昇る。
赤く燃えていた先端は、
白く気高い灰になっていった。


「世話の掛かるお姫様だ」

アンリが眠ったのを確認すると、
ディーノは初めて、柔らかい表情になった。
寝顔を見下ろす。
先まで潤んでいた琥珀の瞳は閉じられている
乱れた髪を梳いてやる。
露わになった額は、しっとりと濡れていた。
額に口を寄せて、イタリア語で囁く。

「Ti amo.(愛してる)」

真っ白な額に、静かに唇を落とす。
少し、甘い匂いがした。

安らかな寝顔。このままでは起こしてしまいそうだ。
一人、ベッドから起き出す。
口淋しくて、葉巻を咥える。

コーヒーとキャラメルナッツの香りが立ち昇る。

寝顔を覗くと、唇が薄く開いた。
震えるように動く。
紡がれたのは、幼いフランス語。

「…papa.(パパ)」


fin
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