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■シルヴァン×クラウス
■小説ベース
-----------------------
ある天気の良い放課後。
生徒代表のクラウス・フォン・モールは、
新入りが居るウーティス寮に向かっていた。
ウーティスの最上級生であるアルベルトに用事があるだけなのだが、
なんとなく嫌な予感がしていた。
「アルベルトは居るか」とサロンに顔を出すのがもっとも効率的だ。
サロンにあいつが居なければいい、と願いながら扉を開ける。
俺の願いを無視するかのように陽気な声が上がった。
「あっ! クラウス!」
シルヴァン・クラーク。17歳。高等部第一学年。
一か月前に編入してきた、やたら厄介な新入りだ。
俺よりも若干背が高い。男のくせに髪が長い。
かなり遠くから見ても、こいつだと解る目立つ容姿。
菫色の瞳を輝かせながら、俺の目の前までやってきた。
「クラウス! 僕に会いに来てくれたんですか?」
「誰が。アルベルトに会いに来たんだ」
「またですか? なんだか最近多くありません?」
「一応、あいつがウーティスの最上級生だからな、色々話があるんだよ」
「それを言い訳に、僕の顔を見に来てくれているのかと思っていました」
「ふざけるな。それよりお前、講義にちゃんと出てるのか?」
「…え。ええ、まあ」
「講義の時間に、お前が森や街に行く姿が度々目撃されているんだが?」
「クラウス! もしかして僕の追っかけをしてくれてるんですか!?」
「誰がするか。ったく、相変わらずのようだな、お調子者」
「はい。おかげさまで。あっ、今度はクラウスも一緒に行きましょう?」
「俺は講義を休まない主義だ」
「真面目ですね、クラウスは」
「当然のことだろうが。講義に出席するのは生徒の『義務』だ」
「うーん。『権利』だと思いますけどねえ、僕は」
出会った時から意見が合わない奴だったが、
今もこいつと俺の主張は平行線のままだ。
ドイツ軍人の家系に生まれた俺は、
規律を遵守することは空気を吸うのと同じことだった。
寮生達からは生真面目、堅物などと揶揄されることもあるが、
生まれ持った性格なので直しようがない。
この新入生は俺とは真逆だった。おそらく、こいつの辞書には、
『ルール』という単語は載っていないのだろう。
もしくは、その単語の意味には『それは破るもの』と書かれているか。
こんな奴と話していては埒が明かない。
しかし、生来の負けず嫌いが災いして、
ムキになり、挨拶だけのつもりが長くなってしまう。
こういう場合は、自らが退くことが最良の手段だ。
「じゃあな」
「あっ、待って下さい、クラウス」
新入りは人差し指を立てて、笑顔を見せる。
「では、今度の『休日』に行きましょう?」
「…何故、そうなる?」
「この前、学院案内をして貰ったお礼に、今度は僕が島を案内しますよ」
「礼など要らん。あれは俺の任務だ。第一、休日はアクティヴィティがあるだろう」
「じゃあ、アクティヴィティってことで」
「…今『じゃあ』って言ったろ、お前」
「決まりですね。楽しみにしています」
「勝手に決めるな!」
次の休日。
宣言通り、新入りは俺を外に連れ出した。
こいつの入学初日と同じように、今日も一日振り回された。
入学から一か月しか経ってないのに。
新入りは俺よりずっとこの島のことを知っていた。
こいつがタクシードライバーやその友人に連れて行って貰ったところ、
その中からオススメだという場所に連れて行かれた。
相当歩いたが、疲れは感じなかった。
自分は、軍人の訓練をしているから当然だが、
その俺より先に歩いていくこいつの体力や持久力は、
お調子者というだけには収まらないものがあった。
それに、こいつだって今までに一回しか行ってないのに、
観光ガイド並に、ペラペラと島の豆知識を喋っていた。
島民に聞いたことを丸暗記しているかのように。
身体能力と知力が半端じゃない。
もう何年も居る島なのに、今日見たもの聞いたものは、
どれも初めてで、まるで入学初日のように新鮮な気分を味わった。
気付けば空は紫に染まりつつあった。
その色を見て、何かと同じ色だと感じた。
「次はドコに行きましょうかねー」
こいつは俺を誘ったくせにタイムスケジュールなど一切考えてなかった。
歩きながら、次の目的地を決めているようだ。
おかげでハプニングが続出している。
「バスに乗っていきましょう」と言っておきながら、
時刻表すら事前に調べていない。
バス停に着けば1時間に1本しか走ってない。
「困りましたねー」という笑顔は全く困ってない。
自分は何事も事前に完璧に調べ上げておかなくては気が済まない性質だ。
新入りの学院案内だってそうだ。
最適なルートを決め、タイムスケジュールを組み、
その通りに任務を終える。そうやって今までやって来た。
それをこの新入りは、俺の計画を台無しにした。
ちょっと目を離した隙に居なくなり、連れ戻すのに苦労させられるは、
初日から夜遊び、外泊などしやがる。
俺が生徒代表になってから、こんな厄介な新入りは初めてだ。
規律や任務を忠実に守ることが美徳だと、
身体にそう叩き込まれた俺とは、まるで正反対。
無法者の自由人。
これほど性格の違う奴とは仲良くなれない、初日にそう思った。
生徒代表と新入生との関係は、通常初日で終わる。
俺がシュヌーシア寮、こいつがウーティス寮と離れて暮らしている為、
本来ならば、その関係性は挨拶をする程度だ。
だが、何故かこいつとは初日以降も話す機会が度々あった。
俺がウーティスの他の奴に用事があって出向いた時も、
こいつは俺の顔を見掛けたらすぐに飛んで来た。
長い髪を跳ねさせて突進してくる様子は、
シッポを振って駆けてくる犬のようだった。
この無法者に比べれば犬の方がずっと忠実だが。
俺を目掛けて走ってくるところは、
幼少期に飼っていた愛犬に似ていたかもしれない。
バス停で立往生しているとトラックが通り掛かった。
こいつは誰かの名前を呼びながら、片手を振る。
すると車は止まった。知り合いらしい。
たった一か月で。島民の車を止められるか、普通?
車の荷台に乗せられて、着いた先は市場だった。
市場にも知り合いが居るようで、あちこちから名前を呼ばれていた。
彼等に「そちらさんもマージナルプリンスかい?」と聞かれて、
「はい。こちら、僕のお父さんです」と勝手に答える。
俺が「調子に乗るな」と叱れば、周囲にはどっと笑いの花が咲く。
お調子者も楽しそうに笑っていた。
もう入学から一か月も経っているのに。
今、こうして新入りと肩を並べていることが不思議でならなかった。
「楽しいですね、クラウス」
相変わらずのハイテンションな笑顔を向けられて、やっと思い当たる。
紫の空は、こいつの瞳と同じ色だ。
嫌なことに気付いてしまった。紫の空は毎日訪れるものなのに。
「クラウス、次、何か見たいものありますか?」
「何を言っている。日が暮れて来たぞ。そろそろ夕食の時間だ」
「ご心配なく。シュヌーシア寮のシェフにはお伝えしてありますから。
クラウスのディナー、今日は要りませんよって」
「…何だと」
「すっごい素敵なお店があるんです! 今日はそこで食べたいと思って」
「おい、俺は聞いていないぞ。シェフには伝えて何故俺に言わない?」
「だってなんか怒られそうでしたし…」
「…今、怒っているのが解らないのか」
「えっと、あの、クラウスもきっと気に入りますから、ね、行きましょう」
「お、おい!」
俺の腕を引いて、駆け出した。
転ばないように俺も歩調を合わせざるを得ない。
人が行き交う直線のストリートを、適確に人を避けて走り抜けていく。
スピードは、俺の息が切れない程度だった。
誰にもぶつからず、颯爽と長い髪を翻している。
着いたのは、こじんまりとしたバーだった。
カウンターに、テーブル席が幾つかあるだけだったが。
殆ど埋まっていた。俺達が店内に入ると店員が新入りの名を呼んだ。
もはや知り合いらしい。店員に何事か耳打ちして、俺の傍に戻って来る。
「メニュー、頼んで来ちゃいました。さあ、座りましょう?」
そうしてテーブルに並べられたものは全て、ドイツ料理。
実家のテーブルを見ているようだった。
目を惹いたのは、やはりじゃがいも料理だった。
ドイツは生産量が世界的に高く、数多くのメニューがある。
中でも、自分が好きだった料理が、今、目の前に出てきた。
「カルトッフェル・プファンクーヘン…」
思わず母国語が口を付いた。
おやつとしてよく食べられる、ポテトパンケーキだった。
すりおろしたじゃがいもを平たく伸ばし、丸型や三角型に焼いたケーキ。
これ自体は塩味で、甘いアップルソースを掛けて食す。
「ドイツ語ではそう言うんですか。カルトッフェルが『ポテト』でしたっけ?」
「ああ。直訳で『じゃがいものパンケーキ』だ」
「へえ。美味しいですよね、これ。クラウスは好きでしたか?」
「ドイツの人間でこれが嫌いな奴など居ない…『母の味』というやつだ」
「そのようですね、お店の人に聞きました。良かったです、貴方に気に入って頂けて」
「この島に、こんなものを出す店があったとはな」
「ドイツ出身のコックが来たばかりで、このメニューも最近出来たそうです」
「詳しいな」
「休日はずっと街で遊んでましたからね。クラウスは休日に何を?」
「半日はジムに居る」
「そう言うと思いました。綺麗な身体してますもんね。
これ、全部筋肉でしょう? 完全に軍人の腕ですよね…」
言いながら、白い指が俺の腕に触れた。
微かに震えた腕に、慌てて「すみません」と手を引っ込めた。
「ごめんなさい。僕、酔っているみたいですね」
「いや、謝る程のことではない」
「そう言えばクラウス、ノンアルコールしか飲んでいませんね?」
「悪いか」
「でも、ドイツって16歳から飲酒可能ですよね? お酒はお嫌いですか?」
「俺は酒も煙草もやらないと決めている」
「真面目ですね。それとも、酔った姿を人前では見せられない、とか?」
「別に」
「当たっちゃいました?」
ほんのりとピンクに染まった頬は楽しそうに言った。
「クラウスって僕と全然違いますよね、だからワクワクするんでしょうか?」
「ワクワクってなんだ。お前は、酒も煙草も好きそうだな」
「はい。僕、ちょっと前まで不良でしたから」
その言い方は自分を蔑むようで、気になった。
笑っている横顔も、雰囲気が変わっている。
俺の口から言葉が零れる。
「何を言う。今もだろうが」
「はい…そうですね」
笑顔に明るさが戻ったことに安堵している自分が居た。
脳裡に浮かんだのは、こいつの資料。
数枚の紙に記された文字列を思い出していた。
生徒代表の元には全生徒の詳細なプロフィールが来る。
それを全て把握すること。それが生徒代表としての義務だった。
辺境の島にやってくる生徒は、様々な事情を抱えているものだが、
こいつの資料には、俺でも目を疑うような記述があった。
そして、それ以上に詳しいことも、聞かされた。
――陰謀から逃れる為に、王はこの島に辿り着いた――
瞬時に、アルフォンソ王の伝説を思い出したものだ。
俺は『竜の涙』を飲み干した後、伝えた。
「悪いが、俺はお前のことを知っている。アイヴィーに聞いた」
「そう、ですか」
「俺には守秘義務がある。誰にも言わない」
「はい。それは信じていますよ。生徒代表さん」
「だから」
俺は菫色の瞳を見据える。
夕闇と同じ色。
夜に染まる直前、その一瞬のみ現れる。
青や赤より、尊い色。
「他の生徒に言えないことがあれば、俺に言え。解ったな?」
菫色の瞳が閉じられる。
「見掛けに拠らず、優しいんですね、クラウスって」
「仏頂面で悪かったな。それに、優しさなどではない。
これ以上不良になられるとこっちが迷惑だからだ」
「なんだか、お父さんに怒られてるみたいですね、僕」
「誰がお父さんだ」
「根っからの軍人気質で真面目で優しくて…本当、お父さんみたい…」
「ったく。ほら、もう帰るぞ」
お調子者は、もう少し遊びたい、という顔をしていた。
そう言われることは覚悟していた。
入学初日から俺の言葉に耳を貸していなかった。
だが、お調子者は初めて「はい」と素直に言うことを聞いた。
店を出ると、黄色いタクシーが止まっていた。
車に凭れて紫煙を燻らせていたのは、見慣れた同僚だった。
ワイシャツに、緩いネクタイをぶら下げている。
長い金髪の男が「よっ」と片手を上げる。
「何故アイヴィーが此処に…」
「あ。僕が呼んだんです。お待たせしました、アイヴィー」
「ったく。夜遊びプリンスどもが。さっさと乗れよ」
運転手は扉を開けて、二人を後部座席に乗せる。
車が走り出すと、運転手は、からかうように言った。
「珍しいな、クラウス。堅物のお前さんが夜遊びするなんて?」
「…俺の意思ではない。こいつに付き合わされたんだ」
運転手は愉快そうに笑う。
「へえ。お前さんもそういう顔するんだな。初めて見たぜ?」
「…何が言いたい?」
「やっぱ言うの止めとこー。クラウス怒るとコワイしー」
「アイヴィーもクラウスに怒られるんですか?」
「ああ、怒る怒る! 几帳面っていうか神経質っていうか。
もうちょっと優しくしてくれてもいいのになー?」
「アイヴィーが自由過ぎるんだろう?」
「俺んちのダンボール、いい加減片付けたらどうだとか煩いしー」
「お前の家は、綺麗な部分とそうでない部分の差が有り過ぎる」
「ちょーっと約束の時間に遅れただけでもイライラするし」
「どこがちょっとだ。6分も遅れたくせに」
お調子者はククと笑う。
「クラウスの部屋って、ホコリひとつなさそうですね?」
「ない」
「うわー。言い切ったよ、こいつー!」
「今度、そのお部屋に、お邪魔してもイイですか?」
「よーし! シルヴァン、散らかして来いっ!」
「了解です♪」
「おい、お前達…」
お調子者は両手を合わせる。軽快な音が鳴った。
「やっぱり、このまま帰るのは惜しいですねっ!」
「何言ってるんだ! さっきは帰るって言っただろう!」
「ね、アイヴィー? 一緒に行きません?」
「おっ、イイねー。んじゃ、引き返すとするかっ」
対向車が居ないのを確認すると、運転手は思い切りハンドルを回した。
車はその場で急回転し、車内が揺れる。
一瞬身構えるのが遅れた。身体がバランスを失う。
その勢いで、隣に向かって倒れ込んだ。
目を開けると、奴の膝に俺の頭が乗っていて、
俺の唇は、手の甲に触れていた。
慌てて身を起こし、距離を取る。
手で唇を覆った。
軍人にとって、その場所に触れることは『永遠の忠誠』を誓うこと。
いつかこの命を捧げる相手が決まった時に、と心に決めていた。
神聖な誓いを…
拠りによって、こんな奴に…
「…い、今のは事故でっ…事故だからな!」
奴は憎らしい程、余裕のある笑顔だった。
「ワザと、じゃないんですか?」
「そんなわけあるか!?」
「残念ですね。でも可愛い貴方が見れたので良しとしましょう」
「か、可愛いだと…」
「顔が赤いですけど…もしかして僕が初めてでした? 光栄です♪」
「ふざけるな!」
fin
■小説ベース
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ある天気の良い放課後。
生徒代表のクラウス・フォン・モールは、
新入りが居るウーティス寮に向かっていた。
ウーティスの最上級生であるアルベルトに用事があるだけなのだが、
なんとなく嫌な予感がしていた。
「アルベルトは居るか」とサロンに顔を出すのがもっとも効率的だ。
サロンにあいつが居なければいい、と願いながら扉を開ける。
俺の願いを無視するかのように陽気な声が上がった。
「あっ! クラウス!」
シルヴァン・クラーク。17歳。高等部第一学年。
一か月前に編入してきた、やたら厄介な新入りだ。
俺よりも若干背が高い。男のくせに髪が長い。
かなり遠くから見ても、こいつだと解る目立つ容姿。
菫色の瞳を輝かせながら、俺の目の前までやってきた。
「クラウス! 僕に会いに来てくれたんですか?」
「誰が。アルベルトに会いに来たんだ」
「またですか? なんだか最近多くありません?」
「一応、あいつがウーティスの最上級生だからな、色々話があるんだよ」
「それを言い訳に、僕の顔を見に来てくれているのかと思っていました」
「ふざけるな。それよりお前、講義にちゃんと出てるのか?」
「…え。ええ、まあ」
「講義の時間に、お前が森や街に行く姿が度々目撃されているんだが?」
「クラウス! もしかして僕の追っかけをしてくれてるんですか!?」
「誰がするか。ったく、相変わらずのようだな、お調子者」
「はい。おかげさまで。あっ、今度はクラウスも一緒に行きましょう?」
「俺は講義を休まない主義だ」
「真面目ですね、クラウスは」
「当然のことだろうが。講義に出席するのは生徒の『義務』だ」
「うーん。『権利』だと思いますけどねえ、僕は」
出会った時から意見が合わない奴だったが、
今もこいつと俺の主張は平行線のままだ。
ドイツ軍人の家系に生まれた俺は、
規律を遵守することは空気を吸うのと同じことだった。
寮生達からは生真面目、堅物などと揶揄されることもあるが、
生まれ持った性格なので直しようがない。
この新入生は俺とは真逆だった。おそらく、こいつの辞書には、
『ルール』という単語は載っていないのだろう。
もしくは、その単語の意味には『それは破るもの』と書かれているか。
こんな奴と話していては埒が明かない。
しかし、生来の負けず嫌いが災いして、
ムキになり、挨拶だけのつもりが長くなってしまう。
こういう場合は、自らが退くことが最良の手段だ。
「じゃあな」
「あっ、待って下さい、クラウス」
新入りは人差し指を立てて、笑顔を見せる。
「では、今度の『休日』に行きましょう?」
「…何故、そうなる?」
「この前、学院案内をして貰ったお礼に、今度は僕が島を案内しますよ」
「礼など要らん。あれは俺の任務だ。第一、休日はアクティヴィティがあるだろう」
「じゃあ、アクティヴィティってことで」
「…今『じゃあ』って言ったろ、お前」
「決まりですね。楽しみにしています」
「勝手に決めるな!」
次の休日。
宣言通り、新入りは俺を外に連れ出した。
こいつの入学初日と同じように、今日も一日振り回された。
入学から一か月しか経ってないのに。
新入りは俺よりずっとこの島のことを知っていた。
こいつがタクシードライバーやその友人に連れて行って貰ったところ、
その中からオススメだという場所に連れて行かれた。
相当歩いたが、疲れは感じなかった。
自分は、軍人の訓練をしているから当然だが、
その俺より先に歩いていくこいつの体力や持久力は、
お調子者というだけには収まらないものがあった。
それに、こいつだって今までに一回しか行ってないのに、
観光ガイド並に、ペラペラと島の豆知識を喋っていた。
島民に聞いたことを丸暗記しているかのように。
身体能力と知力が半端じゃない。
もう何年も居る島なのに、今日見たもの聞いたものは、
どれも初めてで、まるで入学初日のように新鮮な気分を味わった。
気付けば空は紫に染まりつつあった。
その色を見て、何かと同じ色だと感じた。
「次はドコに行きましょうかねー」
こいつは俺を誘ったくせにタイムスケジュールなど一切考えてなかった。
歩きながら、次の目的地を決めているようだ。
おかげでハプニングが続出している。
「バスに乗っていきましょう」と言っておきながら、
時刻表すら事前に調べていない。
バス停に着けば1時間に1本しか走ってない。
「困りましたねー」という笑顔は全く困ってない。
自分は何事も事前に完璧に調べ上げておかなくては気が済まない性質だ。
新入りの学院案内だってそうだ。
最適なルートを決め、タイムスケジュールを組み、
その通りに任務を終える。そうやって今までやって来た。
それをこの新入りは、俺の計画を台無しにした。
ちょっと目を離した隙に居なくなり、連れ戻すのに苦労させられるは、
初日から夜遊び、外泊などしやがる。
俺が生徒代表になってから、こんな厄介な新入りは初めてだ。
規律や任務を忠実に守ることが美徳だと、
身体にそう叩き込まれた俺とは、まるで正反対。
無法者の自由人。
これほど性格の違う奴とは仲良くなれない、初日にそう思った。
生徒代表と新入生との関係は、通常初日で終わる。
俺がシュヌーシア寮、こいつがウーティス寮と離れて暮らしている為、
本来ならば、その関係性は挨拶をする程度だ。
だが、何故かこいつとは初日以降も話す機会が度々あった。
俺がウーティスの他の奴に用事があって出向いた時も、
こいつは俺の顔を見掛けたらすぐに飛んで来た。
長い髪を跳ねさせて突進してくる様子は、
シッポを振って駆けてくる犬のようだった。
この無法者に比べれば犬の方がずっと忠実だが。
俺を目掛けて走ってくるところは、
幼少期に飼っていた愛犬に似ていたかもしれない。
バス停で立往生しているとトラックが通り掛かった。
こいつは誰かの名前を呼びながら、片手を振る。
すると車は止まった。知り合いらしい。
たった一か月で。島民の車を止められるか、普通?
車の荷台に乗せられて、着いた先は市場だった。
市場にも知り合いが居るようで、あちこちから名前を呼ばれていた。
彼等に「そちらさんもマージナルプリンスかい?」と聞かれて、
「はい。こちら、僕のお父さんです」と勝手に答える。
俺が「調子に乗るな」と叱れば、周囲にはどっと笑いの花が咲く。
お調子者も楽しそうに笑っていた。
もう入学から一か月も経っているのに。
今、こうして新入りと肩を並べていることが不思議でならなかった。
「楽しいですね、クラウス」
相変わらずのハイテンションな笑顔を向けられて、やっと思い当たる。
紫の空は、こいつの瞳と同じ色だ。
嫌なことに気付いてしまった。紫の空は毎日訪れるものなのに。
「クラウス、次、何か見たいものありますか?」
「何を言っている。日が暮れて来たぞ。そろそろ夕食の時間だ」
「ご心配なく。シュヌーシア寮のシェフにはお伝えしてありますから。
クラウスのディナー、今日は要りませんよって」
「…何だと」
「すっごい素敵なお店があるんです! 今日はそこで食べたいと思って」
「おい、俺は聞いていないぞ。シェフには伝えて何故俺に言わない?」
「だってなんか怒られそうでしたし…」
「…今、怒っているのが解らないのか」
「えっと、あの、クラウスもきっと気に入りますから、ね、行きましょう」
「お、おい!」
俺の腕を引いて、駆け出した。
転ばないように俺も歩調を合わせざるを得ない。
人が行き交う直線のストリートを、適確に人を避けて走り抜けていく。
スピードは、俺の息が切れない程度だった。
誰にもぶつからず、颯爽と長い髪を翻している。
着いたのは、こじんまりとしたバーだった。
カウンターに、テーブル席が幾つかあるだけだったが。
殆ど埋まっていた。俺達が店内に入ると店員が新入りの名を呼んだ。
もはや知り合いらしい。店員に何事か耳打ちして、俺の傍に戻って来る。
「メニュー、頼んで来ちゃいました。さあ、座りましょう?」
そうしてテーブルに並べられたものは全て、ドイツ料理。
実家のテーブルを見ているようだった。
目を惹いたのは、やはりじゃがいも料理だった。
ドイツは生産量が世界的に高く、数多くのメニューがある。
中でも、自分が好きだった料理が、今、目の前に出てきた。
「カルトッフェル・プファンクーヘン…」
思わず母国語が口を付いた。
おやつとしてよく食べられる、ポテトパンケーキだった。
すりおろしたじゃがいもを平たく伸ばし、丸型や三角型に焼いたケーキ。
これ自体は塩味で、甘いアップルソースを掛けて食す。
「ドイツ語ではそう言うんですか。カルトッフェルが『ポテト』でしたっけ?」
「ああ。直訳で『じゃがいものパンケーキ』だ」
「へえ。美味しいですよね、これ。クラウスは好きでしたか?」
「ドイツの人間でこれが嫌いな奴など居ない…『母の味』というやつだ」
「そのようですね、お店の人に聞きました。良かったです、貴方に気に入って頂けて」
「この島に、こんなものを出す店があったとはな」
「ドイツ出身のコックが来たばかりで、このメニューも最近出来たそうです」
「詳しいな」
「休日はずっと街で遊んでましたからね。クラウスは休日に何を?」
「半日はジムに居る」
「そう言うと思いました。綺麗な身体してますもんね。
これ、全部筋肉でしょう? 完全に軍人の腕ですよね…」
言いながら、白い指が俺の腕に触れた。
微かに震えた腕に、慌てて「すみません」と手を引っ込めた。
「ごめんなさい。僕、酔っているみたいですね」
「いや、謝る程のことではない」
「そう言えばクラウス、ノンアルコールしか飲んでいませんね?」
「悪いか」
「でも、ドイツって16歳から飲酒可能ですよね? お酒はお嫌いですか?」
「俺は酒も煙草もやらないと決めている」
「真面目ですね。それとも、酔った姿を人前では見せられない、とか?」
「別に」
「当たっちゃいました?」
ほんのりとピンクに染まった頬は楽しそうに言った。
「クラウスって僕と全然違いますよね、だからワクワクするんでしょうか?」
「ワクワクってなんだ。お前は、酒も煙草も好きそうだな」
「はい。僕、ちょっと前まで不良でしたから」
その言い方は自分を蔑むようで、気になった。
笑っている横顔も、雰囲気が変わっている。
俺の口から言葉が零れる。
「何を言う。今もだろうが」
「はい…そうですね」
笑顔に明るさが戻ったことに安堵している自分が居た。
脳裡に浮かんだのは、こいつの資料。
数枚の紙に記された文字列を思い出していた。
生徒代表の元には全生徒の詳細なプロフィールが来る。
それを全て把握すること。それが生徒代表としての義務だった。
辺境の島にやってくる生徒は、様々な事情を抱えているものだが、
こいつの資料には、俺でも目を疑うような記述があった。
そして、それ以上に詳しいことも、聞かされた。
――陰謀から逃れる為に、王はこの島に辿り着いた――
瞬時に、アルフォンソ王の伝説を思い出したものだ。
俺は『竜の涙』を飲み干した後、伝えた。
「悪いが、俺はお前のことを知っている。アイヴィーに聞いた」
「そう、ですか」
「俺には守秘義務がある。誰にも言わない」
「はい。それは信じていますよ。生徒代表さん」
「だから」
俺は菫色の瞳を見据える。
夕闇と同じ色。
夜に染まる直前、その一瞬のみ現れる。
青や赤より、尊い色。
「他の生徒に言えないことがあれば、俺に言え。解ったな?」
菫色の瞳が閉じられる。
「見掛けに拠らず、優しいんですね、クラウスって」
「仏頂面で悪かったな。それに、優しさなどではない。
これ以上不良になられるとこっちが迷惑だからだ」
「なんだか、お父さんに怒られてるみたいですね、僕」
「誰がお父さんだ」
「根っからの軍人気質で真面目で優しくて…本当、お父さんみたい…」
「ったく。ほら、もう帰るぞ」
お調子者は、もう少し遊びたい、という顔をしていた。
そう言われることは覚悟していた。
入学初日から俺の言葉に耳を貸していなかった。
だが、お調子者は初めて「はい」と素直に言うことを聞いた。
店を出ると、黄色いタクシーが止まっていた。
車に凭れて紫煙を燻らせていたのは、見慣れた同僚だった。
ワイシャツに、緩いネクタイをぶら下げている。
長い金髪の男が「よっ」と片手を上げる。
「何故アイヴィーが此処に…」
「あ。僕が呼んだんです。お待たせしました、アイヴィー」
「ったく。夜遊びプリンスどもが。さっさと乗れよ」
運転手は扉を開けて、二人を後部座席に乗せる。
車が走り出すと、運転手は、からかうように言った。
「珍しいな、クラウス。堅物のお前さんが夜遊びするなんて?」
「…俺の意思ではない。こいつに付き合わされたんだ」
運転手は愉快そうに笑う。
「へえ。お前さんもそういう顔するんだな。初めて見たぜ?」
「…何が言いたい?」
「やっぱ言うの止めとこー。クラウス怒るとコワイしー」
「アイヴィーもクラウスに怒られるんですか?」
「ああ、怒る怒る! 几帳面っていうか神経質っていうか。
もうちょっと優しくしてくれてもいいのになー?」
「アイヴィーが自由過ぎるんだろう?」
「俺んちのダンボール、いい加減片付けたらどうだとか煩いしー」
「お前の家は、綺麗な部分とそうでない部分の差が有り過ぎる」
「ちょーっと約束の時間に遅れただけでもイライラするし」
「どこがちょっとだ。6分も遅れたくせに」
お調子者はククと笑う。
「クラウスの部屋って、ホコリひとつなさそうですね?」
「ない」
「うわー。言い切ったよ、こいつー!」
「今度、そのお部屋に、お邪魔してもイイですか?」
「よーし! シルヴァン、散らかして来いっ!」
「了解です♪」
「おい、お前達…」
お調子者は両手を合わせる。軽快な音が鳴った。
「やっぱり、このまま帰るのは惜しいですねっ!」
「何言ってるんだ! さっきは帰るって言っただろう!」
「ね、アイヴィー? 一緒に行きません?」
「おっ、イイねー。んじゃ、引き返すとするかっ」
対向車が居ないのを確認すると、運転手は思い切りハンドルを回した。
車はその場で急回転し、車内が揺れる。
一瞬身構えるのが遅れた。身体がバランスを失う。
その勢いで、隣に向かって倒れ込んだ。
目を開けると、奴の膝に俺の頭が乗っていて、
俺の唇は、手の甲に触れていた。
慌てて身を起こし、距離を取る。
手で唇を覆った。
軍人にとって、その場所に触れることは『永遠の忠誠』を誓うこと。
いつかこの命を捧げる相手が決まった時に、と心に決めていた。
神聖な誓いを…
拠りによって、こんな奴に…
「…い、今のは事故でっ…事故だからな!」
奴は憎らしい程、余裕のある笑顔だった。
「ワザと、じゃないんですか?」
「そんなわけあるか!?」
「残念ですね。でも可愛い貴方が見れたので良しとしましょう」
「か、可愛いだと…」
「顔が赤いですけど…もしかして僕が初めてでした? 光栄です♪」
「ふざけるな!」
fin
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