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■ユウタ ジョシュア アンリ エンジュ
■小説ベース シリアス
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「うわあ。この犬の絵、可愛いなあ」
ユウタは目を輝かせながら、立ち止まって眺めていた。
学院の各所に展示されている彫刻や絵画。
どれも在校生や卒業生の作品で、卒業後も創作活動を続けている者も居た。
構内の芸術作品を見に行こうと誘ったのはジョシュアだ。
絵に興味があるらしいと解ったので、学院の案内役を買って出た。
ユウタを微笑ましく見つめながら、後を付いていく。
「ユウタは本当に絵が好きなんだね」
「うんっ!」
ジョシュアの隣を歩く人は不満気だ。
「どうして僕まで付き合わなくてはならないの」
「学院の芸術作品について、アンリは詳しいからね」
ユウタが振り向く。
「アンリも絵を見るの好きなの?」
「在籍年数が長いだけだよ」
ぶっきらぼうな言い方に、
ユウタとジョシュアは顔を見合わせて、そっと笑った。
「ユウタ。次はアルファルド寮に行ってみるかい?」
「え? いいの?」
「大丈夫だよ。誰も怒らないから」
第二学生寮アルファルド寮。
玄関を入ると、口数の少なそうなバトラーが無言で一礼した。
ジョシュアが代表して尋ねる。
「サロンにある絵画を見学したいんだ。構わないかな?」
バトラーは一言「どうぞ」とだけ言った。
三人は廊下を歩く。誰とも擦れ違わない。
この寮は午後だというのに、ひっそりとしていた。
人が居るのか居ないのか解らない程、静かだった。
ユウタはそっとジョシュアの傍に寄る。
「ユウタ?」
「なんか、あのオウムが出て来るかもしれないし…」
「オウム? ああ、ジャワハルワールの?」
「あのオウム…めちゃくちゃ凶暴なんだよ…」
サロンの扉を開ける。此処にも誰も居なかった。
大抵誰かは居るウーティス寮では考え難いことだ。
三人がサロンに入った後、一人の生徒が部屋の外に居た。
短い黒髪を壁に当て、長い足を組む。
気配を消して身を潜め、話し声を聞いていた。
知っている、無邪気な声がした。
「アルファルド寮サロンも、絵がいっぱいだー」
壁に多くの絵画が飾られていた。
ユウタは嬉しそうにひとつひとつ見ていく。目に留まったのは高原の絵画。
青々とした夏の高原で、小さな女の子が気持ち良さそうに眠っている絵だった。
二つに結ばれた赤茶の髪が、緑に寝そべっている。
風景画といった様子で、空と草原が悠々と描かれている。
何処までも広がる景色の中に、アクセントとして女の子が刻まれているようだった。
隣の絵を目にした途端、声の調子が変わった。
「この絵…」
ユウタは呆然と見つめたまま、硬直してしまった。
心配になったジョシュアが呼び掛ける。
「ユウタ? どうしたんだい?」
「あの…この二つの絵、同じ人が描いてるのかな?」
「よく解ったね、ユウタ。そうだよ」
「この女の子も、同じ人かな?」
風景画の隣にはあったのは、少女の肖像画だった。
赤茶の髪。肩まである髪が二つに結ばれている。
頭から胸元までの横顔を描いたものだった。
口許には暖かい微笑。
次の瞬間には、彼女が誰かの名前を呼びそうな程、写真のように描かれた絵だった。
背景には淡い黄色やピンクが溶け合っている。
その何処かほんわかとした色合いが彼女の微笑をより暖かく見せていた。
ユウタは二つの絵を見比べる。
「綺麗な絵なのに…なんだか…すごく悲しい絵だね…」
「…悲しい、かな?」
ジョシュアは少し疑問の口調になった。
悲しい雰囲気が感じられなかったからだ。ユウタは絵の下の方を指差した。
「ココ…涙の痕に見えない?」
少女の肩に当たる場所。其処は、絵の具が滲んでいた。
紙はその部分だけが歪んでいて、一度濡れて、乾いた様子が見られる。
数滴の雫が落ちた痕には違いなかった。
「もしかしたら、ユウタの言うかもしれないよ?」
アンリはソファに座っていた。絵は見ていない。
自分が入学した年、当代の生徒代表から聞いたことを語った。
「この絵の作者には、祖国に残してきた妹が居た。
だけど、卒業後、家に戻った時には亡くなっていた。
流行り病でね。今の医学なら治せる病だけど、
当時は多くの人間が命を落とした。
この妹の肖像画は、絶望の淵で描いたと言われている絵だよ」
ユウタは絵を直視できない様子だった。
ジョシュアも沈痛な面持ちだ。
「…そうだったのか。でも、アンリ、よく知っていたね?」
「ジブリールに、聞いた。彼はアルファルド寮だったから」
「その後はどうなった?」
無機質な声。扉から黒髪の生徒が現れた。
ユウタが驚いて声を上げる。
「エンジュ! 寮に居たんだね」
「こんにちは。久し振りだね、エンジュ」
ユウタとジョシュアの挨拶を無視し、
黒髪の生徒はソファの前へ、アンリの正面に立つ。
「話の続きを」
アンリは彼の瞳を見据える。
自分を見下ろしている瞳には、微かに焦燥が滲んでいた。
性急に求めている。
短い台詞だけれども、これは懇願だと判断した。
「話しても良いけど、面白い話ではないよ?」
「構わない」
アンリは絵の前に進む。
近くで見ると、雫の痕がはっきりと見えた。
絵の中の少女は、聖母のような微笑を浮かべている。
「彼は、これ以降、絵を描いていないよ」
エンジュは表情を変えなかった。
ゆっくりと絵を見上げ「そうか」と呟いた。
アンリは黒髪の横顔を見つめながら、言う。
「つまり、事実上これが遺作になる。
家族の希望で、この学院に寄贈されたんだよ」
「何故だ」
「市場で値を付けられるより、彼が最後に安息の時間を過ごした、
このアルファルド寮で眠らせてやって欲しい、という願いに拠って」
エンジュは妹の肖像画を眺める。
その眼差しは何処か、遠い。
「『孤独な者』には相応しい末路かもしれないな」
「そうかもね」
感情が声に乗らない人間だ。それは僕と似ている。
この類の人種を『何を考えているのか解らない』と評する輩も居る。
解ろうとしないだけだ。観察すれば解ることもあるのに。
彼は行く末を求めてる。この画家の。あるいは
「失礼する」
エンジュは踵を返した。去り際の瞳には悔恨の色が見えた。
サロンに残された三人は、暫く声を発しなかった。
アルファルド寮。アラビア語で『孤独な者』と名付けられた場所。
孤独な城。
此処で安らかに眠っている。
「生徒代表殿? 此処で見るものは、もうないんじゃない?」
「ああ、そうだね。ユウタ、次の場所に行こうか」
「う、うん」
アンリとジョシュアが扉に向かう。
ユウタは、もう一度絵を振り返る。
何か文字が刻まれていた。
一番下の右端に。
小さな文字。
――――――――― 最愛の人 ――
fin
■小説ベース シリアス
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「うわあ。この犬の絵、可愛いなあ」
ユウタは目を輝かせながら、立ち止まって眺めていた。
学院の各所に展示されている彫刻や絵画。
どれも在校生や卒業生の作品で、卒業後も創作活動を続けている者も居た。
構内の芸術作品を見に行こうと誘ったのはジョシュアだ。
絵に興味があるらしいと解ったので、学院の案内役を買って出た。
ユウタを微笑ましく見つめながら、後を付いていく。
「ユウタは本当に絵が好きなんだね」
「うんっ!」
ジョシュアの隣を歩く人は不満気だ。
「どうして僕まで付き合わなくてはならないの」
「学院の芸術作品について、アンリは詳しいからね」
ユウタが振り向く。
「アンリも絵を見るの好きなの?」
「在籍年数が長いだけだよ」
ぶっきらぼうな言い方に、
ユウタとジョシュアは顔を見合わせて、そっと笑った。
「ユウタ。次はアルファルド寮に行ってみるかい?」
「え? いいの?」
「大丈夫だよ。誰も怒らないから」
第二学生寮アルファルド寮。
玄関を入ると、口数の少なそうなバトラーが無言で一礼した。
ジョシュアが代表して尋ねる。
「サロンにある絵画を見学したいんだ。構わないかな?」
バトラーは一言「どうぞ」とだけ言った。
三人は廊下を歩く。誰とも擦れ違わない。
この寮は午後だというのに、ひっそりとしていた。
人が居るのか居ないのか解らない程、静かだった。
ユウタはそっとジョシュアの傍に寄る。
「ユウタ?」
「なんか、あのオウムが出て来るかもしれないし…」
「オウム? ああ、ジャワハルワールの?」
「あのオウム…めちゃくちゃ凶暴なんだよ…」
サロンの扉を開ける。此処にも誰も居なかった。
大抵誰かは居るウーティス寮では考え難いことだ。
三人がサロンに入った後、一人の生徒が部屋の外に居た。
短い黒髪を壁に当て、長い足を組む。
気配を消して身を潜め、話し声を聞いていた。
知っている、無邪気な声がした。
「アルファルド寮サロンも、絵がいっぱいだー」
壁に多くの絵画が飾られていた。
ユウタは嬉しそうにひとつひとつ見ていく。目に留まったのは高原の絵画。
青々とした夏の高原で、小さな女の子が気持ち良さそうに眠っている絵だった。
二つに結ばれた赤茶の髪が、緑に寝そべっている。
風景画といった様子で、空と草原が悠々と描かれている。
何処までも広がる景色の中に、アクセントとして女の子が刻まれているようだった。
隣の絵を目にした途端、声の調子が変わった。
「この絵…」
ユウタは呆然と見つめたまま、硬直してしまった。
心配になったジョシュアが呼び掛ける。
「ユウタ? どうしたんだい?」
「あの…この二つの絵、同じ人が描いてるのかな?」
「よく解ったね、ユウタ。そうだよ」
「この女の子も、同じ人かな?」
風景画の隣にはあったのは、少女の肖像画だった。
赤茶の髪。肩まである髪が二つに結ばれている。
頭から胸元までの横顔を描いたものだった。
口許には暖かい微笑。
次の瞬間には、彼女が誰かの名前を呼びそうな程、写真のように描かれた絵だった。
背景には淡い黄色やピンクが溶け合っている。
その何処かほんわかとした色合いが彼女の微笑をより暖かく見せていた。
ユウタは二つの絵を見比べる。
「綺麗な絵なのに…なんだか…すごく悲しい絵だね…」
「…悲しい、かな?」
ジョシュアは少し疑問の口調になった。
悲しい雰囲気が感じられなかったからだ。ユウタは絵の下の方を指差した。
「ココ…涙の痕に見えない?」
少女の肩に当たる場所。其処は、絵の具が滲んでいた。
紙はその部分だけが歪んでいて、一度濡れて、乾いた様子が見られる。
数滴の雫が落ちた痕には違いなかった。
「もしかしたら、ユウタの言うかもしれないよ?」
アンリはソファに座っていた。絵は見ていない。
自分が入学した年、当代の生徒代表から聞いたことを語った。
「この絵の作者には、祖国に残してきた妹が居た。
だけど、卒業後、家に戻った時には亡くなっていた。
流行り病でね。今の医学なら治せる病だけど、
当時は多くの人間が命を落とした。
この妹の肖像画は、絶望の淵で描いたと言われている絵だよ」
ユウタは絵を直視できない様子だった。
ジョシュアも沈痛な面持ちだ。
「…そうだったのか。でも、アンリ、よく知っていたね?」
「ジブリールに、聞いた。彼はアルファルド寮だったから」
「その後はどうなった?」
無機質な声。扉から黒髪の生徒が現れた。
ユウタが驚いて声を上げる。
「エンジュ! 寮に居たんだね」
「こんにちは。久し振りだね、エンジュ」
ユウタとジョシュアの挨拶を無視し、
黒髪の生徒はソファの前へ、アンリの正面に立つ。
「話の続きを」
アンリは彼の瞳を見据える。
自分を見下ろしている瞳には、微かに焦燥が滲んでいた。
性急に求めている。
短い台詞だけれども、これは懇願だと判断した。
「話しても良いけど、面白い話ではないよ?」
「構わない」
アンリは絵の前に進む。
近くで見ると、雫の痕がはっきりと見えた。
絵の中の少女は、聖母のような微笑を浮かべている。
「彼は、これ以降、絵を描いていないよ」
エンジュは表情を変えなかった。
ゆっくりと絵を見上げ「そうか」と呟いた。
アンリは黒髪の横顔を見つめながら、言う。
「つまり、事実上これが遺作になる。
家族の希望で、この学院に寄贈されたんだよ」
「何故だ」
「市場で値を付けられるより、彼が最後に安息の時間を過ごした、
このアルファルド寮で眠らせてやって欲しい、という願いに拠って」
エンジュは妹の肖像画を眺める。
その眼差しは何処か、遠い。
「『孤独な者』には相応しい末路かもしれないな」
「そうかもね」
感情が声に乗らない人間だ。それは僕と似ている。
この類の人種を『何を考えているのか解らない』と評する輩も居る。
解ろうとしないだけだ。観察すれば解ることもあるのに。
彼は行く末を求めてる。この画家の。あるいは
「失礼する」
エンジュは踵を返した。去り際の瞳には悔恨の色が見えた。
サロンに残された三人は、暫く声を発しなかった。
アルファルド寮。アラビア語で『孤独な者』と名付けられた場所。
孤独な城。
此処で安らかに眠っている。
「生徒代表殿? 此処で見るものは、もうないんじゃない?」
「ああ、そうだね。ユウタ、次の場所に行こうか」
「う、うん」
アンリとジョシュアが扉に向かう。
ユウタは、もう一度絵を振り返る。
何か文字が刻まれていた。
一番下の右端に。
小さな文字。
――――――――― 最愛の人 ――
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