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Marginal Prince Short Story
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■アンリ×クラウス
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ライブラリー付属のカフェ。
本を読みながら、コーヒーなどを飲むことができる。
クラウスは歴史の文献を手に持っている。窓際の席で読もうと思った。
なんとなく自分の席となっている場所だった。
生徒の数が多くない学校なので、
カフェやジムでも自然と自分の場所が決まっていた。

俺の席に、苦手な人物が座っていた。
宵闇にも似た髪を持つ聖アルフォンソ学院の中でも特別な存在。
アンリ=ユーグ=ド=サン・ジェルマン。15歳。中等部3年。
サン・ジェルマン伯爵家の末裔。保証人なしに入学を許された。
正確には伯爵が保証人になっている。
没後も目撃証言があるとかないとか言われる妖しげな伯爵を。

オカルト嫌いの俺には、あまり話もしたくない存在だった。
与えられた任務を如何に効率良く誠実に遵守できるか、
そのような現実的なことばかりを考えてきた俺にとって、
不死の存在だとか、時間旅行者だとか、そんな不確かな話を信じたり、
誰かみたいに愉しんだりすることは到底不可能な話だった。

「そこは俺の席だ」と自分から話し掛けるのも避けたい。
奴と言葉を交わすくらいなら、席などくれてやる。
この末裔が纏っている妖しげな雰囲気がどうも苦手だった。
中等部で年は3つも下なのに、洞察力が高く、
心の奥底まで読まれているようにも感じられた。
透き通るような白い手がページをめくっている。
日が悪かった、と俺は踵を返した。

「ねえ?」

冷たい声に足が止まる。
微かに嘲笑を感じる言い方だった。

「クラウス。どうして何も言わないの? 此処は君の席なのに」

伯爵家の末裔は頬杖を突いていた。
琥珀の瞳は上目遣いなのに見下ろされているように感じた。

「お前、俺の席だと知っていて、座っているのか?」
「そう聞こえなかった?」

細い手は、用は終わったと言わんばかりに、
読んでいた筈の本を閉じ、脇に置いた。

「何、考えてるんだお前」
「解らない? 君が来るのを待っていたんだよ、僕は」
「何故、お前が俺を」
「君が僕を避けているみたいだから」
「別にそんなことは」
「ある、よね? オカルティズムが嫌いなの? それとも僕?」
「いや…だから…」
「そう。どちらも嫌いなんだ。君って顔に出易いよね」
中等部の少年は、年に不釣合いな大人の微笑を見せた。
「ねえ。僕と面白いゲームをしない?」
「ゲームだと?」
「君が勝ったら、もう二度と君に近付かないよ」
「何だよ、その条件は」
「君にとっては、褒美に相当すると思うけれど?」
「…お前が勝ったら?」
「僕が勝ったら、君に近付くことを許して貰う」
「…近付く?」
「そう。君にとっては罰に相当するからね」
「ゲームって何をするんだ?」
「チェスだよ。君、得意なんでしょう?」
「どうして、それを…」
「君の寮の子に聞いたんだ。では今度のアクティヴィティに」
「しかし、俺はジムに行く予定なんだが…」
「中等部の僕に負けるのが怖い?」


シュヌーシア寮サロン。
俺とアンリはチェスボードを挟んで向かい合っていた。
扉の影に、金髪の少年が見えた。目が合った途端、さっと姿を隠された。
対戦相手からクレームが飛ぶ。

「クラウス。君の番なんだけど? 僕との試合中に余所見しないで」
「ああ、悪い。…しかし、強いな」
「Merci.(ありがとう)」

いつのまにかシュヌーシアの寮生が周囲に集まっていた。
同じ寮のクラウスを応援する声が飛んでいた。
チェスは相手のキングを奪えば勝ち、という単純なルールだが、
その方法は星の数ほどある。

試合開始から20分程経った時。
クラウスは自分のキングを人差し指で触れた。
コン、と白のキングが市松模様のボードに倒れる。

「参った。俺の負けだ」

周囲の生徒達がざわつく。
早々と降参を表明したクラウスが意外だったからだ。
外野から「諦めんのは早いんじゃねーのか?」と疑問の声が上がる。

「いいや。次で刺されるよ。な、アンリ?」

白い指が駒を動かし、俺のキングを取った。
ある程度強くなると留めを刺される瞬間が解る。
しかし、解った時にはもう手遅れだ。
開始から5分も経った時には、勝気が失せていた。
最初の数ターンで勝敗は決まっていたのだろう。
これは負けるな、と思ってからは向こうの動きを観察していた。

陽動の陽動まで演出していた。その裏には緻密な仕掛け。
気が付くと、蜘蛛の巣に入ったが如く、身動きが取れなくなっていた。
先程、俺を仕留める機会があったが、奴は攻めて来なかった。
敢えて放置されたらしい。これではいつまで長引かされるか解らない。
生殺しのようで、余り良い気はしなかった。しかし、勝つ術もない。
自ら白旗を揚げるしか、この無意味な試合を終了させる方法がなかった。

勝者は手の平で、俺のキングを転がしている。

「君って結構強いんだね。楽しめたよ?」
「勝った奴に強いって言われてもな。ま、俺も勉強になったよ」
「じゃあ、また遊んでくれる?」
「遠慮するよ。俺じゃ相手にならないだろ?」


その夜。
仕事があって、生徒代表室に居た。
アイヴィーとネットミーティングをしていた。

「んじゃ、生徒代表はどう思う?」
「え? 悪い、もう一度頼む」
「おい、クラウス。どーしたのよ。マジメなお前さんらしくないぜ?」
「すまない」
「もしかして、恋ワズライ?」
「ばっ、馬鹿なこと言うな!」

長いミーティングが終わる。
アイヴィーに指摘されたように、集中力が散漫だった。
自分の責務が、充分に果たせていない自分が腹立しかった。
生徒代表室から自室へ戻ると、ベッドに腰掛けている奴が居た。

「おかえり。遅かったね、生徒代表って大変なんだ?」

「アンリ…何故、お前が俺の部屋に?」

「忘れたの? 罰ゲームの時間だよ。
『僕が勝ったら、君に近付くことを許して貰う』と言ったよね?」

「ああ。そうだったな。俺に近付くって部屋に来るってことだったのか?」

「まあ、それもあるね」

「それ、も?」

「ねえ、クラウス。僕が何て言ったか覚えてる?
僕はチェスをしようと言ったんだよ?
チェスというのはキングを奪うゲーム。
この聖アルフォンソ学院の王は、生徒代表の君だよね?」

奴の左足が一歩前に踏み出される。
宵闇の髪がさらりと揺れるのが見えた。

「だから、ちょうだい? 君を」

アンリは人差し指と親指を立て、銃の形にした。
白い銃口が俺の左胸に触れた。

「言っておくけれどね? 君が悪いんだよ、クラウス」
「俺の何が悪いと言うんだ」
「君が僕を避けたから。僕は、欲しくなってしまったの」

白く細い銃口が、胸元からゆっくりと移動する。
なぞられた場所が、ぞわぞわと熱くなる。

「おい、アンリ…」
「約束した罰ゲームなのだから逃げない、よね?」

約束、と言われて俺は言葉に詰まった。
こんな時でもルールを遵守しようと反射的に思っている自分が呪わしい。
ルールを破れない性格が、逆手に取られている。
それが解るのに。
琥珀の双眸に魅入られたように、俺の身体が動かなくて。
唸るように口だけが反論した。

「しかし…だからって……んっ」
「ココがイイんだ?」
「や、めろ…」
「我慢しないでよ。クラウスの声、聞かせて?」

細い指が、探し当てた場所。思わず眉を顰めた。
中等部の少年が嗤う。
弱い場所を弄ばれて。
すごく、感じた。
砕けそうな程、歯を噛み締めていると、
それすらも叶わなくなった。

得体の知れない熱が身体を駆け巡って。
俺の口から、悦楽の声が上がった。

意識を失う前に、冷たい微笑が見えた。

「チェックメイト」


fin
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