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■ウーティス寮
■ジョシュアの留守電「6月の電話」より
-------------------------------------
「ハルヤ! お茶の体験講座だって!」
ユウタが指差しているのは、植物園の電子掲示板。
見頃の花を知らせるスケジュールなどが書かれているものだが、
今日はお茶会のお知らせも載っていた。作法を学ぶ茶道講座のようだ。
「俺、行ってみよっかなー。でもお茶なんてやったことないしなー」
「大丈夫だよ。別に難しいことじゃないから」
「ハルヤは、やったことあるの?」
「ん。昔、母様に習ったことあるから…」
「あっ、そうか! ハルヤのお母さん、祇園の芸者さんだったんだもんね!」
「うん、まあ」
「ハルヤも一緒に行ってくれる? だったら安心だし!」
お茶会当日。
植物園の茶室には十数名の生徒が集まっていた。
参加者より見学者の方が多かった。
彼等は茶室の近くにあるオープンカフェから見学していた。
ひとつのテーブルにレッド、アンリ、シルヴァンの姿があった。
ユウタが友人達に駆け寄る。
「皆も来てたんだー! でもなんで参加しないの?」
「飲みたくないから」
アンリはアイスティーに口付ける。
苦笑しながら、シルヴァンが続ける。
彼の前には『竜の涙』と呼ばれるレモンソーダがあった。
「僕達、マッチャがどうしても苦手で。
でも見るのは好きですし、勉強したいなと思いましてね。
今日は見学席から、ユウタとハルヤの応援してますから♪」
ハルヤは困ったように頬を掻く。
「…なんか皆に見られてたら、授業参観みたいだな」
ユウタはきょろきょろして、一人だけ居ない人を探す。
「あれ? ジョシュアは来てないの?」
レッドはオレンジジュースのグラスを置く。
「生徒代表室。あいつも来たがってたんだけど仕事あるみたいでさ。
早く終わったら来るって言ってたぜ?」
「そっか。ジョシュア、お仕事忙しいんだね」
その頃の生徒代表室。
ネットミーティングが始まるまで後十分。
その僅かな時間を使って、職権乱用している人物が居た。
「うん。今日は、ユウタはハルヤと一緒に植物園に行ってる」
アンティークな受話器に向かって、優しく話しているのが生徒代表だった。
生徒代表室で、私用の電話をすることは禁じられていたが、
この部屋に入ってくる者はなく、咎める人も居ないので、
規則を破っていると知りながらも、此処の電話を使っていた。
口から出てくる言葉は、この人の弟の話題になり易かった。
窓から植物園の方を見やる。そろそろ始まる時間かな、
そう思いながら、受話器から聞こえる声に耳を澄ましていた。
「お。始まるみたいだぜ? ほら行って来いよ、ウーティス代表!」
レッドに背中を押されて、ハルヤは恥ずかしそうに言う。
「…もう、そんなんじゃないってば」
「行こっ、ハルヤ!」
ユウタに手を引かれて、ハルヤは茶室に向かった。
お茶の先生は、日本人だった。
わざわざ京都から呼んだらしい。40歳前後の男の人。
京都で茶寮を営みながら、お茶の先生をしているのだそうだ。
穏やかな笑顔で、薄緑の着物がとても似合っていた。
流暢な英語で、生徒達に語り掛けていた。
「では、お手本を見せるね。誰かに手伝って貰おうかな。
この中で茶道の経験者は居るかい?」
ユウタは隣の腕を上げた。
「はい! ハルヤができます!」
「ちょ、ちょっと、ユウタ!?」
お茶の先生は、首を傾げる。
「…ハルヤ? もしかして君、小林さんの息子さん? 小林、春也君?」
「えっ…そう、ですけど…」
「君のお母さんを知っているんだ。以前、祇園に居らしただろう?」
「あ、はい…」
「私の店に来てくれていたんだよ。お仕事の前に甘いもの食べていかれてね」
「そう、なんですか…あの、もしかして、俺も…行ったことあります?」
「そうだね。君はまだ小さかったけど。覚えているのかい?」
「ぼんやりとですけど…抹茶のパフェを食べたのは覚えてます」
「そうか。嬉しいな。ありがとう」
「いえ…」
「綺麗な芸子さんだった。君はお母さん似なんだね。目許がよく似ている」
よく言われることだった。母親と目許がそっくりだと。
そのせいか幼い頃は女の子と間違われていた。
母様に髪を二つに結ばれて出掛けた時は、必ず女の子に見られた。
「可愛いわ、春也」と母様に言われて、
恥ずかしいような嬉しいような気持ちがした。
お茶の先生は、その時の俺も知っているのかもしれない。
「では小林君は、お茶をお母さんに習ったのかな?」
「あ、はい。そうです」
「そうか。では私が教えることもないね。お茶を立てたことはあるかい?」
「はい、一応」
「ではお茶を立てるところから、皆にお手本を見せてあげてくれるかな?」
「えっ、そんな…俺…」
見学席から歓声が上がる。
ユウタは無邪気な笑顔で言う。
「俺も見たい見たい!」
「で、でも…こんなたくさんの人の前で…」
お茶の先生はにこやかに笑う。
「お母さんに教わった通りで良いんだよ」
「…はい」
おずおずと前に出て、軽く息を吐く。
すると背筋が伸びて少し落ち着いたようだった。
(母様に、教わった通り…)
茶碗を手に取ると、後は流れるように身体が自然に動いた。
ハルヤにこんな特技があったと知らなかった生徒達から、
感嘆の溜め息が漏れ聞こえた。
ハルヤがお茶を飲み終えて礼をする。
茶室と見学席から、一斉に拍手と賛辞が沸き起こった。
大音量に驚いて、無我の域から帰って来たハルヤは、
みるみる頬を染め、俯いてしまった。
「みんな…やだ、そんなもう、いいってば…」
恥ずかしがるハルヤに、ギャラリーが余計に盛り上がった。
可笑しな歓声が聞こえて来て、ハルヤは身を小さくする。
「『可愛い』ってなんだよ…もう…」
帰りたい、と心の底から思っていると、
お茶の先生が柔らかに笑って、言った。
「ありがとう、小林君。とても上手だったね。さすが小林さんの息子さんだ。
まるで彼女のお茶立てを見ているようだったよ」
「…ありがとう、ございます」
自分が褒められたことより、母のようだと言われたことがハルヤの胸に響いた。
無意識に日本語で礼を述べていた。
お茶会が終わった。
がやがやと生徒達が帰って行く。
お茶の先生は帰り際、ハルヤに日本語で話し掛けた。
「今日はありがとう。小林君のおかげで楽しいお茶会になったよ」
「いえ…こちらこそ」
「今、小林さんは東京にいらっしゃるんだっけ?」
「ええ。料亭をやっていて」
「そうか。今度、小林さんにお会いしたら、伝えておくね?
貴女の息子さんのお手前は大変結構でしたと。ではね、小林君」
ハルヤは去り行く背中をぼうっと見ていた。
隣に居るユウタに名前を呼ばれる。
「いい先生だったね! 今日のハルヤ、すっごいカッコ良かったよ!」
「…ハルヤ」
本人が自らの名前を呟いたことに、ユウタが首を傾げる。
「ハルヤ? どうしたの?」
「…なんか久し振りに『小林君』って呼ばれたなと思って…」
「そっか。ココじゃ、みんな『ハルヤ』って呼ぶもんね」
「うん」
ギャラリーから見学者達がやってくる。
レッドとシルヴァンがハルヤを取り囲む。
アンリはその様子をつまらなそうに見ていた。
「いやー、今日はヒーローだったなー、ハルヤ!」
「ハルヤ、すっごくステキでした!」
絶賛を浴びて、ハルヤは先程の可笑しな歓声を思い出す。
「…シルヴァンさ。さっき俺のこと可愛いって言ったでしょ…」
「ハイ。でもみんなも言ってたじゃないですか♪」
「てゆうか、言ってないヤツも心の中では全員思ってただろ。な、アンリ?」
「…僕は思ってない」
植物園に向かって来る人影があった。
ユウタが手を振る。
「あっ、ジョシュアー!」
遅れてやって来た生徒代表は、
すっかり閑散としている茶室を見て、肩を竦める。
「…お茶会、もう終わってしまったんだね」
「遅いぜ、ジョシュア」
「そのようだね。急いで終わらせて来たんだけど…残念だな」
ユウタがジョシュアの腕を引く。
「俺が教えてあげる! 今日ね、ハルヤすごかったんだよ!」
「…ユウタ。恥ずかしいから話さなくていいよ」
「えー。俺、話したいよー! ジョシュアも聞きたいよねっ?」
「うん。聞きたいな、ハルヤの話」
「じゃあ、話すね!」
ジョシュアとユウタを中心に、六人が植物園から学院へと戻って行く。
彼等の周りでは青い初夏の花達が、風に揺れていた。
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■ジョシュアの留守電「6月の電話」より
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「ハルヤ! お茶の体験講座だって!」
ユウタが指差しているのは、植物園の電子掲示板。
見頃の花を知らせるスケジュールなどが書かれているものだが、
今日はお茶会のお知らせも載っていた。作法を学ぶ茶道講座のようだ。
「俺、行ってみよっかなー。でもお茶なんてやったことないしなー」
「大丈夫だよ。別に難しいことじゃないから」
「ハルヤは、やったことあるの?」
「ん。昔、母様に習ったことあるから…」
「あっ、そうか! ハルヤのお母さん、祇園の芸者さんだったんだもんね!」
「うん、まあ」
「ハルヤも一緒に行ってくれる? だったら安心だし!」
お茶会当日。
植物園の茶室には十数名の生徒が集まっていた。
参加者より見学者の方が多かった。
彼等は茶室の近くにあるオープンカフェから見学していた。
ひとつのテーブルにレッド、アンリ、シルヴァンの姿があった。
ユウタが友人達に駆け寄る。
「皆も来てたんだー! でもなんで参加しないの?」
「飲みたくないから」
アンリはアイスティーに口付ける。
苦笑しながら、シルヴァンが続ける。
彼の前には『竜の涙』と呼ばれるレモンソーダがあった。
「僕達、マッチャがどうしても苦手で。
でも見るのは好きですし、勉強したいなと思いましてね。
今日は見学席から、ユウタとハルヤの応援してますから♪」
ハルヤは困ったように頬を掻く。
「…なんか皆に見られてたら、授業参観みたいだな」
ユウタはきょろきょろして、一人だけ居ない人を探す。
「あれ? ジョシュアは来てないの?」
レッドはオレンジジュースのグラスを置く。
「生徒代表室。あいつも来たがってたんだけど仕事あるみたいでさ。
早く終わったら来るって言ってたぜ?」
「そっか。ジョシュア、お仕事忙しいんだね」
その頃の生徒代表室。
ネットミーティングが始まるまで後十分。
その僅かな時間を使って、職権乱用している人物が居た。
「うん。今日は、ユウタはハルヤと一緒に植物園に行ってる」
アンティークな受話器に向かって、優しく話しているのが生徒代表だった。
生徒代表室で、私用の電話をすることは禁じられていたが、
この部屋に入ってくる者はなく、咎める人も居ないので、
規則を破っていると知りながらも、此処の電話を使っていた。
口から出てくる言葉は、この人の弟の話題になり易かった。
窓から植物園の方を見やる。そろそろ始まる時間かな、
そう思いながら、受話器から聞こえる声に耳を澄ましていた。
「お。始まるみたいだぜ? ほら行って来いよ、ウーティス代表!」
レッドに背中を押されて、ハルヤは恥ずかしそうに言う。
「…もう、そんなんじゃないってば」
「行こっ、ハルヤ!」
ユウタに手を引かれて、ハルヤは茶室に向かった。
お茶の先生は、日本人だった。
わざわざ京都から呼んだらしい。40歳前後の男の人。
京都で茶寮を営みながら、お茶の先生をしているのだそうだ。
穏やかな笑顔で、薄緑の着物がとても似合っていた。
流暢な英語で、生徒達に語り掛けていた。
「では、お手本を見せるね。誰かに手伝って貰おうかな。
この中で茶道の経験者は居るかい?」
ユウタは隣の腕を上げた。
「はい! ハルヤができます!」
「ちょ、ちょっと、ユウタ!?」
お茶の先生は、首を傾げる。
「…ハルヤ? もしかして君、小林さんの息子さん? 小林、春也君?」
「えっ…そう、ですけど…」
「君のお母さんを知っているんだ。以前、祇園に居らしただろう?」
「あ、はい…」
「私の店に来てくれていたんだよ。お仕事の前に甘いもの食べていかれてね」
「そう、なんですか…あの、もしかして、俺も…行ったことあります?」
「そうだね。君はまだ小さかったけど。覚えているのかい?」
「ぼんやりとですけど…抹茶のパフェを食べたのは覚えてます」
「そうか。嬉しいな。ありがとう」
「いえ…」
「綺麗な芸子さんだった。君はお母さん似なんだね。目許がよく似ている」
よく言われることだった。母親と目許がそっくりだと。
そのせいか幼い頃は女の子と間違われていた。
母様に髪を二つに結ばれて出掛けた時は、必ず女の子に見られた。
「可愛いわ、春也」と母様に言われて、
恥ずかしいような嬉しいような気持ちがした。
お茶の先生は、その時の俺も知っているのかもしれない。
「では小林君は、お茶をお母さんに習ったのかな?」
「あ、はい。そうです」
「そうか。では私が教えることもないね。お茶を立てたことはあるかい?」
「はい、一応」
「ではお茶を立てるところから、皆にお手本を見せてあげてくれるかな?」
「えっ、そんな…俺…」
見学席から歓声が上がる。
ユウタは無邪気な笑顔で言う。
「俺も見たい見たい!」
「で、でも…こんなたくさんの人の前で…」
お茶の先生はにこやかに笑う。
「お母さんに教わった通りで良いんだよ」
「…はい」
おずおずと前に出て、軽く息を吐く。
すると背筋が伸びて少し落ち着いたようだった。
(母様に、教わった通り…)
茶碗を手に取ると、後は流れるように身体が自然に動いた。
ハルヤにこんな特技があったと知らなかった生徒達から、
感嘆の溜め息が漏れ聞こえた。
ハルヤがお茶を飲み終えて礼をする。
茶室と見学席から、一斉に拍手と賛辞が沸き起こった。
大音量に驚いて、無我の域から帰って来たハルヤは、
みるみる頬を染め、俯いてしまった。
「みんな…やだ、そんなもう、いいってば…」
恥ずかしがるハルヤに、ギャラリーが余計に盛り上がった。
可笑しな歓声が聞こえて来て、ハルヤは身を小さくする。
「『可愛い』ってなんだよ…もう…」
帰りたい、と心の底から思っていると、
お茶の先生が柔らかに笑って、言った。
「ありがとう、小林君。とても上手だったね。さすが小林さんの息子さんだ。
まるで彼女のお茶立てを見ているようだったよ」
「…ありがとう、ございます」
自分が褒められたことより、母のようだと言われたことがハルヤの胸に響いた。
無意識に日本語で礼を述べていた。
お茶会が終わった。
がやがやと生徒達が帰って行く。
お茶の先生は帰り際、ハルヤに日本語で話し掛けた。
「今日はありがとう。小林君のおかげで楽しいお茶会になったよ」
「いえ…こちらこそ」
「今、小林さんは東京にいらっしゃるんだっけ?」
「ええ。料亭をやっていて」
「そうか。今度、小林さんにお会いしたら、伝えておくね?
貴女の息子さんのお手前は大変結構でしたと。ではね、小林君」
ハルヤは去り行く背中をぼうっと見ていた。
隣に居るユウタに名前を呼ばれる。
「いい先生だったね! 今日のハルヤ、すっごいカッコ良かったよ!」
「…ハルヤ」
本人が自らの名前を呟いたことに、ユウタが首を傾げる。
「ハルヤ? どうしたの?」
「…なんか久し振りに『小林君』って呼ばれたなと思って…」
「そっか。ココじゃ、みんな『ハルヤ』って呼ぶもんね」
「うん」
ギャラリーから見学者達がやってくる。
レッドとシルヴァンがハルヤを取り囲む。
アンリはその様子をつまらなそうに見ていた。
「いやー、今日はヒーローだったなー、ハルヤ!」
「ハルヤ、すっごくステキでした!」
絶賛を浴びて、ハルヤは先程の可笑しな歓声を思い出す。
「…シルヴァンさ。さっき俺のこと可愛いって言ったでしょ…」
「ハイ。でもみんなも言ってたじゃないですか♪」
「てゆうか、言ってないヤツも心の中では全員思ってただろ。な、アンリ?」
「…僕は思ってない」
植物園に向かって来る人影があった。
ユウタが手を振る。
「あっ、ジョシュアー!」
遅れてやって来た生徒代表は、
すっかり閑散としている茶室を見て、肩を竦める。
「…お茶会、もう終わってしまったんだね」
「遅いぜ、ジョシュア」
「そのようだね。急いで終わらせて来たんだけど…残念だな」
ユウタがジョシュアの腕を引く。
「俺が教えてあげる! 今日ね、ハルヤすごかったんだよ!」
「…ユウタ。恥ずかしいから話さなくていいよ」
「えー。俺、話したいよー! ジョシュアも聞きたいよねっ?」
「うん。聞きたいな、ハルヤの話」
「じゃあ、話すね!」
ジョシュアとユウタを中心に、六人が植物園から学院へと戻って行く。
彼等の周りでは青い初夏の花達が、風に揺れていた。
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