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■ディーノ×アンリ
■アンリの日記より
-------------------
アンリは商談でシチリアにある取引先の会社に居た。
会議室に通される前、心の内では青い炎が灯っていた。
今日の交渉ひとつで億単位の金が動く。慎重に進めなくてはならない。
僕が優位になるように。
どんなことがあっても相手を頷かせる。
その為に今まで手を尽くしてきたんだ。
そして望んだ本番。今まさに会議中、の筈なのだが。
「この前の休日に、母が最高のパスタが作ってくれましてね?」
目の前に居る取引相手は、四十過ぎの男だ。
濃紺のスーツは年相応で趣味は悪くない。
頭も良い人物だと、思うのだけれど。
「パスタソースは、うちの畑にある採れたての熟したトマトで」
母親自慢は、かれこれ20分も続いていた。
会議が始まった途端にこれで、まだ本題に微塵も入っていない。
相手に見えないテーブルの下では、膝の上で指をこつこつ鳴らしていた。
イタリアーノには何を措いても家族が第一、
仕事は二の次だという暢気な考え方が蔓延している。
本来であれば稼ぎ時の休日に店が休みを取っていることがある。
家族が大切だと思っていたい人間は勝手に思っていればいい。
だが、仕事と私事は弁えるべきだ、せめて会議の時は。
「ぜひ貴方にも我が家のマンマパスタを味わって貰いたいですよ」
いい加減にして貰いたい。
僕はパスタ講義を聞くために学院を休んで、
イタリアの離島に足を運んでいるのではない。
会議の時間も大分押している。会議が白熱するならまだしも、
ビジネスとは何の関係もない話で時間を取られるのはうんざりだ。
そろそろ終わらせないと後の予定が狂う。
しかし相手は重要な取引先だ。機嫌を損ねるわけにはいかない。
アンリは腕時計を見やる。
丁重に時間がないことを伝え、本題の話を始めた。
気疲れした会議を終えて、会社の外へ出る。
夏のイタリアは異常に暑い。
室内から一歩出ただけでうだる様な熱気に晒される。
僕の前に一台の派手な車が止まっている。
ボディーガードを任せているマンゾーニの車だ。
幾つも車を持っているくせに、真っ赤な車で来るなんて、
僕への嫌がらせとしか思えない。
運転手は下っ端のマフィア、後部座席には次期ボスが居た。
ディーノ・マンゾーニ。ウェーブのある長い黒髪に暑苦しい顎鬚。
白い半袖のポロシャツ、襟には金糸で刺繍されている。
イタリア製の高級車から、次期ボスが出て来た。
僕の為に業とらしく後部座席のドアを開ける。
夏の太陽を受けて、黒いサングラスが光った。
「おかえり、お姫様?」
僕は仕方なく後部座席に座った。その後を追うようにディーノが乗る。
車内は冷房が利いていて涼しかった。
だが、僕の首に、暑く、重い片腕が回された。
馴れ馴れしくて不快だが、注意すると余計面倒なことになるので放っておいた。
「ん? どうした、機嫌が悪いな?」
「ねえ。イタリアーノって何故皆、家族の話ばかりするの?」
「当たり前だろうが、そのくらい」
「だけど会議中だよ? 20分も母親が作ったパスタの話を聞かされたんだ」
「俺なら1時間は話せるぜ?」
「…何を競っているの」
息を吐いたアンリに、マフィアは空いている腕を肘掛に付く。
「だが、今日の交渉、成立したんだろう?」
「まあね。これで上手くいかなかったら、君に彼を殴って貰うよ」
マフィアが笑う。そして、僕を馬鹿にしたように言った。
「そいつが家族の話をした時点で成立することは決まってたのさ」
「出鱈目を言わないで。そんなこと解るわけないでしょう」
「解ってないな、お姫様は。余程、親しみを感じていなければ、
いくらイタリアーノだって、会議中に家族の話はしないものだぜ?」
「…それ、本当?」
「ああ。今度は家に来いとか誘われなかったか?」
確かに誘われた。今度会う時は我が家においで下さい、
君にもマンマのパスタを食べて欲しい、と。
だが、それはビジネス上の刹那の遊びに過ぎない。
「そんなもの、社交辞令でしょう」
「んな社交辞令は言わねーよ、イタリアーノは」
「イタリアの男は嘘を吐くのが上手いと聞くけれど?」
「ファミリーだと信用している奴には吐かないさ」
「どうだか」
マフィアは可笑しそうに口許を歪めて、サングラスを外した。
「まあ、うちのマンマパスタには敵わないだろうがな。なんたって」
「ディーノ。君まで話さなくていいよ」
「イタリアーノと仲良くなりたいんなら、お前が慣れろよ」
「君なんかと仲良くなりたくない」
「良い目だ。そそるぜ?」
マフィアの口内に赤い舌先が見えた。
「俺達のビジネスだってお前の方から誘って来たんだろうが…今みたいに」
fin
■アンリの日記より
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アンリは商談でシチリアにある取引先の会社に居た。
会議室に通される前、心の内では青い炎が灯っていた。
今日の交渉ひとつで億単位の金が動く。慎重に進めなくてはならない。
僕が優位になるように。
どんなことがあっても相手を頷かせる。
その為に今まで手を尽くしてきたんだ。
そして望んだ本番。今まさに会議中、の筈なのだが。
「この前の休日に、母が最高のパスタが作ってくれましてね?」
目の前に居る取引相手は、四十過ぎの男だ。
濃紺のスーツは年相応で趣味は悪くない。
頭も良い人物だと、思うのだけれど。
「パスタソースは、うちの畑にある採れたての熟したトマトで」
母親自慢は、かれこれ20分も続いていた。
会議が始まった途端にこれで、まだ本題に微塵も入っていない。
相手に見えないテーブルの下では、膝の上で指をこつこつ鳴らしていた。
イタリアーノには何を措いても家族が第一、
仕事は二の次だという暢気な考え方が蔓延している。
本来であれば稼ぎ時の休日に店が休みを取っていることがある。
家族が大切だと思っていたい人間は勝手に思っていればいい。
だが、仕事と私事は弁えるべきだ、せめて会議の時は。
「ぜひ貴方にも我が家のマンマパスタを味わって貰いたいですよ」
いい加減にして貰いたい。
僕はパスタ講義を聞くために学院を休んで、
イタリアの離島に足を運んでいるのではない。
会議の時間も大分押している。会議が白熱するならまだしも、
ビジネスとは何の関係もない話で時間を取られるのはうんざりだ。
そろそろ終わらせないと後の予定が狂う。
しかし相手は重要な取引先だ。機嫌を損ねるわけにはいかない。
アンリは腕時計を見やる。
丁重に時間がないことを伝え、本題の話を始めた。
気疲れした会議を終えて、会社の外へ出る。
夏のイタリアは異常に暑い。
室内から一歩出ただけでうだる様な熱気に晒される。
僕の前に一台の派手な車が止まっている。
ボディーガードを任せているマンゾーニの車だ。
幾つも車を持っているくせに、真っ赤な車で来るなんて、
僕への嫌がらせとしか思えない。
運転手は下っ端のマフィア、後部座席には次期ボスが居た。
ディーノ・マンゾーニ。ウェーブのある長い黒髪に暑苦しい顎鬚。
白い半袖のポロシャツ、襟には金糸で刺繍されている。
イタリア製の高級車から、次期ボスが出て来た。
僕の為に業とらしく後部座席のドアを開ける。
夏の太陽を受けて、黒いサングラスが光った。
「おかえり、お姫様?」
僕は仕方なく後部座席に座った。その後を追うようにディーノが乗る。
車内は冷房が利いていて涼しかった。
だが、僕の首に、暑く、重い片腕が回された。
馴れ馴れしくて不快だが、注意すると余計面倒なことになるので放っておいた。
「ん? どうした、機嫌が悪いな?」
「ねえ。イタリアーノって何故皆、家族の話ばかりするの?」
「当たり前だろうが、そのくらい」
「だけど会議中だよ? 20分も母親が作ったパスタの話を聞かされたんだ」
「俺なら1時間は話せるぜ?」
「…何を競っているの」
息を吐いたアンリに、マフィアは空いている腕を肘掛に付く。
「だが、今日の交渉、成立したんだろう?」
「まあね。これで上手くいかなかったら、君に彼を殴って貰うよ」
マフィアが笑う。そして、僕を馬鹿にしたように言った。
「そいつが家族の話をした時点で成立することは決まってたのさ」
「出鱈目を言わないで。そんなこと解るわけないでしょう」
「解ってないな、お姫様は。余程、親しみを感じていなければ、
いくらイタリアーノだって、会議中に家族の話はしないものだぜ?」
「…それ、本当?」
「ああ。今度は家に来いとか誘われなかったか?」
確かに誘われた。今度会う時は我が家においで下さい、
君にもマンマのパスタを食べて欲しい、と。
だが、それはビジネス上の刹那の遊びに過ぎない。
「そんなもの、社交辞令でしょう」
「んな社交辞令は言わねーよ、イタリアーノは」
「イタリアの男は嘘を吐くのが上手いと聞くけれど?」
「ファミリーだと信用している奴には吐かないさ」
「どうだか」
マフィアは可笑しそうに口許を歪めて、サングラスを外した。
「まあ、うちのマンマパスタには敵わないだろうがな。なんたって」
「ディーノ。君まで話さなくていいよ」
「イタリアーノと仲良くなりたいんなら、お前が慣れろよ」
「君なんかと仲良くなりたくない」
「良い目だ。そそるぜ?」
マフィアの口内に赤い舌先が見えた。
「俺達のビジネスだってお前の方から誘って来たんだろうが…今みたいに」
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