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■アイヴィーの場合
■小説ベース
-------------------
聖アルフォンソ島 南西部。
太陽はもうじき沈もうとしていた。
海は端の方からその身をオレンジ色に変えていく。
海岸に程近い崖には海を見守るようにコテージが佇んでいた。
現在の家主は長い金髪の男。
島民は皆、彼をアイヴィーと呼んだ。
他の呼び方をする者は居なかった。
コテージの中ではラジオの音楽番組が流れている。
金髪の男は書斎に居た。
PCの前で自分の腕を枕にして眠っていた。
昨夜遅くに仕事で呼び出された為に睡眠不足だった。
片が付いたのは昼頃。家に戻り、うとうとしながら、
メールチェックをしていたら、そのまま眠ってしまった。
PC画面には『極秘』と書かれたメールが映っていた。
家主が午睡する書斎には西日が差し込み、
ラジオからは黒人男性の歌うブルースが流れていた。
死に別れた想い人への鎮魂歌。
失意に暮れて、後を追った哀れな男の歌だった。
切ないギターの弾き語りに混じって、
書斎から短い叫び声が上がった。
金髪の男は目を見開いて、荒い呼吸を繰り返した。
脳裡には悪夢の残像がちらつく。
今までに何度も見てきた、赤い夢。
それは幻想ではなく、実際にこの目に映ったもの。
現実とは思い難い、血塗られた地獄絵図。
――地獄を見てきた顔、だな。――
島に初めて来た時、迎えに来た運転手はこの顔をそう評した。
金髪の男は両手を広げてみる。
べったりとした赤い液体の感触も、生暖かいその温度も。
未だに、いつでも思い出すことができた。
辺境の島に来て六年にもなるというのに。
地獄絵図の先頭に居た頃、軍の方針に矛盾を感じていた。
人を守る為に人を殺める。
人を殺めたら人を守ったと言えるのだろうかと。
たったひとつ、守りたかったもの。
それさえ俺には守れなかった。
軍から出て、この孤島を守ることで償おうとしているのかもしれない。
この手が犯した、数え切れない程の罪を。
開いていた両の手は力なく縮まった。
空虚な手は灰皿から吸殻を取る。
こんな時の煙草は不味いと知っているのに。
もう片方の手はライターを掴んだ。
ラジオは明るいラテン音楽を流し始めた。
聞きたくない曲調だったが、ラジオは止めなかった。
その僅かな動作さえ億劫だった。
西日が顔に当たる。眩しい。
夕暮れの海を綺麗だと感じることもできなかった。
1階のガレージから物音。
螺旋階段を複数の足音が上がって来た。
家主の断りもなしに、この家に入って来るのは三人だけだった。
声変わりは終えているが、何処か幼さの残る声が飛んで来る。
「あちー、喉渇いたー! 俺、オレンジジュース!」
「僕にはレモンソーダをお願いしますね♪」
「あれ? アイヴィー、居ないの?」
金髪の男はPCの電源を落とし、いとも簡単にラジオを消した。
灰皿に煙草を押し付ける。
柔らかい灰は脆く崩れ、白と黒の粉になる。
書斎のドアを開けて、リビングへと出て行く。
「るせーな。俺んちはカフェじゃねーんだよ」
その口の端には笑みが浮かんでいた。
書斎に残された紫煙は、ゆっくりと消えていく。
ドア一枚挟んだリビングから、賑やかな声が飛び交う。
誰も居なくなった書斎にも、西日は温かく照らされた。
fin
■小説ベース
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聖アルフォンソ島 南西部。
太陽はもうじき沈もうとしていた。
海は端の方からその身をオレンジ色に変えていく。
海岸に程近い崖には海を見守るようにコテージが佇んでいた。
現在の家主は長い金髪の男。
島民は皆、彼をアイヴィーと呼んだ。
他の呼び方をする者は居なかった。
コテージの中ではラジオの音楽番組が流れている。
金髪の男は書斎に居た。
PCの前で自分の腕を枕にして眠っていた。
昨夜遅くに仕事で呼び出された為に睡眠不足だった。
片が付いたのは昼頃。家に戻り、うとうとしながら、
メールチェックをしていたら、そのまま眠ってしまった。
PC画面には『極秘』と書かれたメールが映っていた。
家主が午睡する書斎には西日が差し込み、
ラジオからは黒人男性の歌うブルースが流れていた。
死に別れた想い人への鎮魂歌。
失意に暮れて、後を追った哀れな男の歌だった。
切ないギターの弾き語りに混じって、
書斎から短い叫び声が上がった。
金髪の男は目を見開いて、荒い呼吸を繰り返した。
脳裡には悪夢の残像がちらつく。
今までに何度も見てきた、赤い夢。
それは幻想ではなく、実際にこの目に映ったもの。
現実とは思い難い、血塗られた地獄絵図。
――地獄を見てきた顔、だな。――
島に初めて来た時、迎えに来た運転手はこの顔をそう評した。
金髪の男は両手を広げてみる。
べったりとした赤い液体の感触も、生暖かいその温度も。
未だに、いつでも思い出すことができた。
辺境の島に来て六年にもなるというのに。
地獄絵図の先頭に居た頃、軍の方針に矛盾を感じていた。
人を守る為に人を殺める。
人を殺めたら人を守ったと言えるのだろうかと。
たったひとつ、守りたかったもの。
それさえ俺には守れなかった。
軍から出て、この孤島を守ることで償おうとしているのかもしれない。
この手が犯した、数え切れない程の罪を。
開いていた両の手は力なく縮まった。
空虚な手は灰皿から吸殻を取る。
こんな時の煙草は不味いと知っているのに。
もう片方の手はライターを掴んだ。
ラジオは明るいラテン音楽を流し始めた。
聞きたくない曲調だったが、ラジオは止めなかった。
その僅かな動作さえ億劫だった。
西日が顔に当たる。眩しい。
夕暮れの海を綺麗だと感じることもできなかった。
1階のガレージから物音。
螺旋階段を複数の足音が上がって来た。
家主の断りもなしに、この家に入って来るのは三人だけだった。
声変わりは終えているが、何処か幼さの残る声が飛んで来る。
「あちー、喉渇いたー! 俺、オレンジジュース!」
「僕にはレモンソーダをお願いしますね♪」
「あれ? アイヴィー、居ないの?」
金髪の男はPCの電源を落とし、いとも簡単にラジオを消した。
灰皿に煙草を押し付ける。
柔らかい灰は脆く崩れ、白と黒の粉になる。
書斎のドアを開けて、リビングへと出て行く。
「るせーな。俺んちはカフェじゃねーんだよ」
その口の端には笑みが浮かんでいた。
書斎に残された紫煙は、ゆっくりと消えていく。
ドア一枚挟んだリビングから、賑やかな声が飛び交う。
誰も居なくなった書斎にも、西日は温かく照らされた。
fin
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