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■エンジュの場合
----------------
聖アルフォンソ島 植物園。
茶室から植物園を見ている生徒が居た。
眼鏡を掛けた、大人しそうな奴。
あいつと同じウーティスの一人。
眼鏡はよくこの植物園でぼうっとしている。
何か緑色のヘンなものを飲みながら、ぼうっとしている。
黒い瞳は木を捉えているようだが、映っていないようだった。
妹も植物が好きだった。
俺は銃器の名前は多く知っていたが、草木などの名は知らなかった。
妹は、これはね、あれはね、と花の名を説明できた。
そんなものの名を知ってどうする、と俺は尋ねた。
何の役にも立たないだろうと。
妹は言った。
「知っていたら幸せでしょう? 武器の名前よりずっと」
俺は何も言わなかった。
妹の言っている意味が解らなかった。
時々、俺には理解できないことを口走る奴だった。
あの時、問い質していれば何か変わったのだろうか。
俺は、妹をもっと知ろう、という気が余りなかった。
すぐに失うとは思わなかったからだ。
おい、と声を掛けると、眼鏡はワンテンポ遅れて振り向いた。
その表情はとても驚いていた。
「エンジュ…こんちは」
「お前、いつも此処に居るな」
「え、いつも、かな?」
「お前はいつも此処で何を見ている?」
「何って、花とか木とか…」
「違う」
眼鏡は少し困ったような顔をする。
「えっと…違う、かな?」
エンジュは答えない。
この沈黙をどう解釈して良いのか眼鏡には解らなかった。
自分で考えろ、ということなのだろうか。
眼鏡は眼鏡なりの意見を述べた。
「今、エンジュを見てたんだ。だから、エンジュが来てびっくりしたよ」
今度はエンジュが驚く番だった。
その驚きは顔には出ていないが、全く意味不明な台詞だった。
ハルヤは、ほら、と木を指差した。
「日本ではエンジュっていう名前なんだよ、あの木」
エンジュは自分と同じ名前を持つ木を眺める。
卵形の葉が生い茂る大きな樹木。
白い花が咲いている。丸みを帯びた花弁は蝶の形に見えた。
風が吹くと、花は一斉に揺れた。蝶が羽ばたいたようだった。
「日本で七月頃に咲く、夏の花なんだ。
君の名前を聞いた時ね、すぐにエンジュの木を思い出したんだよ?」
眼鏡もエンジュの木を見ていたが、
やはりこいつの目には映っていない、とエンジュには感じられた。
「お前、名前は?」
以前、聞いたのかもしれないが、エンジュは眼鏡の名前を覚えていなかった。
眼鏡は怒るどころか、嬉しそうに名前を教えた。
「ハルヤ・コバヤシだよ。よろしくね、エンジュ」
「ハルヤか。お前もあいつと同じウーティスだったな?」
「うん」
「ウーティスは変な奴ばかりだ」
「そっかな」
「…何故、笑う?」
「あ、なんでかな。ちょっと嬉しかったのかも」
「やっぱりお前、変」
ハルヤはまた笑った。
笑顔を見せられると何かよく知らない感情に囚われる。
妹もよく笑っていた、昔は。
「そだ。エンジュは抹茶って知ってる?」
「何だそれは」
「じゃあさ、一緒に飲もうよ。ね?」
ハルヤに勧められるまま、緑の飲み物を目の前に置かれた。
見るからに、飲み物の色をしていない。
しかし、ハルヤは美味しそうに飲んだ。
こんな色でも美味いのか、と茶碗に口付けた。
エンジュは口を押さえた。
「お前、俺に何の恨みがある?」
fin
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聖アルフォンソ島 植物園。
茶室から植物園を見ている生徒が居た。
眼鏡を掛けた、大人しそうな奴。
あいつと同じウーティスの一人。
眼鏡はよくこの植物園でぼうっとしている。
何か緑色のヘンなものを飲みながら、ぼうっとしている。
黒い瞳は木を捉えているようだが、映っていないようだった。
妹も植物が好きだった。
俺は銃器の名前は多く知っていたが、草木などの名は知らなかった。
妹は、これはね、あれはね、と花の名を説明できた。
そんなものの名を知ってどうする、と俺は尋ねた。
何の役にも立たないだろうと。
妹は言った。
「知っていたら幸せでしょう? 武器の名前よりずっと」
俺は何も言わなかった。
妹の言っている意味が解らなかった。
時々、俺には理解できないことを口走る奴だった。
あの時、問い質していれば何か変わったのだろうか。
俺は、妹をもっと知ろう、という気が余りなかった。
すぐに失うとは思わなかったからだ。
おい、と声を掛けると、眼鏡はワンテンポ遅れて振り向いた。
その表情はとても驚いていた。
「エンジュ…こんちは」
「お前、いつも此処に居るな」
「え、いつも、かな?」
「お前はいつも此処で何を見ている?」
「何って、花とか木とか…」
「違う」
眼鏡は少し困ったような顔をする。
「えっと…違う、かな?」
エンジュは答えない。
この沈黙をどう解釈して良いのか眼鏡には解らなかった。
自分で考えろ、ということなのだろうか。
眼鏡は眼鏡なりの意見を述べた。
「今、エンジュを見てたんだ。だから、エンジュが来てびっくりしたよ」
今度はエンジュが驚く番だった。
その驚きは顔には出ていないが、全く意味不明な台詞だった。
ハルヤは、ほら、と木を指差した。
「日本ではエンジュっていう名前なんだよ、あの木」
エンジュは自分と同じ名前を持つ木を眺める。
卵形の葉が生い茂る大きな樹木。
白い花が咲いている。丸みを帯びた花弁は蝶の形に見えた。
風が吹くと、花は一斉に揺れた。蝶が羽ばたいたようだった。
「日本で七月頃に咲く、夏の花なんだ。
君の名前を聞いた時ね、すぐにエンジュの木を思い出したんだよ?」
眼鏡もエンジュの木を見ていたが、
やはりこいつの目には映っていない、とエンジュには感じられた。
「お前、名前は?」
以前、聞いたのかもしれないが、エンジュは眼鏡の名前を覚えていなかった。
眼鏡は怒るどころか、嬉しそうに名前を教えた。
「ハルヤ・コバヤシだよ。よろしくね、エンジュ」
「ハルヤか。お前もあいつと同じウーティスだったな?」
「うん」
「ウーティスは変な奴ばかりだ」
「そっかな」
「…何故、笑う?」
「あ、なんでかな。ちょっと嬉しかったのかも」
「やっぱりお前、変」
ハルヤはまた笑った。
笑顔を見せられると何かよく知らない感情に囚われる。
妹もよく笑っていた、昔は。
「そだ。エンジュは抹茶って知ってる?」
「何だそれは」
「じゃあさ、一緒に飲もうよ。ね?」
ハルヤに勧められるまま、緑の飲み物を目の前に置かれた。
見るからに、飲み物の色をしていない。
しかし、ハルヤは美味しそうに飲んだ。
こんな色でも美味いのか、と茶碗に口付けた。
エンジュは口を押さえた。
「お前、俺に何の恨みがある?」
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