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■テオ×クラウス
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休日の午後。今日は講義がないので、
クラウスはジムに行こうと思っていた。
昼食の後、ジムに行く準備をしていたら、テオが俺の部屋にやってきた。
その瞬間から、今日の予定がまた狂わされる、
と、なんとなく諦めが付いていた。
テオはサンセット・クルーズに誘いに来たらしい。
「もう何度も見ただろう」と一度は断ったのだが、
「夏の海は何度見ても美しいものだよ」などと、
享楽主義に手を引かれて、聖アルフォンソ島の海岸に到着した。
此処は学院のプライベートビーチ。他には誰も居ない。
サン・セットにはまだ数時間ある。
夏の砂浜に、潮の香りが満ちている。
この香りを嗅ぐと、海に来たことを実感する。
船上ではもっと海の匂いがする筈だ。
クラウスは日々の雑事を暫し忘れて、開放的な気分に陥りそうだった。
しかし、テオの方が青い景色を見つめ、憂鬱な表情になっていた。
「すまない、クラウス。サンセット・クルーズはまた今度にしよう」
クラウスが振り返る。拍子抜けだ。
こちらはやっと船に乗る気になったのに。
「どうしたんだ、急に。無理に此処まで連れて来ておいて」
「風が騒いでる。芳醇な潮の香りがするだろう?」
テオは海水に手を浸す。
人の頬に触れるように極めて優しい手付きだった。
「波も少し荒れている。これからひと雨くるかもしれない」
「雨だと? しかし天気予報では」
クラウスは空を見上げる。頭上は晴れていた。
しかし、遠くに灰色の雲があった。
「海は気分屋だからね、天気をすぐに変えてしまうんだよ」
テオは濡れた手を水面から出すと、人差し指を立てて、空に向けた。
風の強さを測っているのだろうか。
テオは手を下ろすと、残念そうに肩を竦めた。
「寮のサロンに戻って、遅めのアフタヌーン・ティにしようか」
クラウスの手を取って海とは逆側に歩き出す。
砂の音が付いて来た。クラウスを見つめるテオはもう笑顔に変わっていた。
「そうだ、クラウス。素晴らしいお茶が手に入ったのだよ。
私が淹れるね。飲んでくれるだろう? きっと君も気に入るよ」
手を引かれるまま、テオの後に続く。
黄金の髪が視界に入る。この後ろ姿を俺はよく見ているな、と思う。
生徒代表としては、学院の外へ出掛けることはあるのだが、
ただ遊ぶ為だけに外出しようとは考えない。
もしテオが居なければ。
この海に来る機会は一度もなかったのかしれない。
二人は車に乗り、我が家と戻った。
シュヌーシア寮サロンに着くと、テオは意気揚々とお茶の用意に取り掛かった。
その間、クラウスはソファに座り、新聞を広げていた。
天気予報の欄には『今日は一日晴れ』とあった。
サロンには他の生徒も数名居て、テオは全員にお茶を振舞った。
一口飲んだ者から、美味しい、と声が上がる。
テオは皆に向かって、礼を述べた。
「ありがとう。これはね、チャイというインドのミルクティだよ」
クラウスは新聞を畳んで、テーブルに置く。
「インド…またオリエンタルか」
「おや。クラウス。私がオリエンタルを好むことが嫌なの?
心配しなくとも良いのに」
「…心配って、何のだ?」
「私は、オリエンタルよりクラウスの方が、
愛しいと思っているよ。だから気を落とさ」
「誰が気を落とすか! 愛しいとか、お前は言い方が過剰なんだよ」
「過剰に聞こえるかい? でもね、私は本当に愛しいのだよ?
もちろん、クラウスだけではなく、皆のこともね?」
テオが中等部の一人に寄り添い、頭を優しく撫でた。
下級生は、気恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうだった。
テオは誰からも人気があったが、特に下級生には憧れの的だった。
テオは高等部二年。海運王と呼ばれる家柄の子息だ。
愛用のクルーザー2艘とヨット1隻は彼の私物だ。
そのことからも、彼が恐ろしい資産家だということは解るのだが、
鼻に掛ける様子は微塵も感じられなかった。
またテオは「皆が愛しい」など、
空気を吸うように皆を慈しみ、褒め讃えていた。
テオの好意は伝染するかのように、皆もテオが好きになっていた。
一方、クラウスは、シュヌーシア寮の最高学年であり、生徒代表。
友人想いで根は優しい男だと皆も解ってはいるのだが、
規律に厳しい面が災いして、下級生には少々近寄りがたい存在だった。
お坊ちゃん育ちの生徒には、今まで厳しい人など居なかった為だろう。
実際、シュヌーシア寮の生徒で、
クラウスに注意されたことのない生徒は一人も居ないくらいだ。
彼は代々軍人の家系であり、大変に厳しく育てられた。
クラウスにとっては規則を守ることが当然なのだが、
他の生徒の家では、そもそも規則などなく、自由に暮らしていた。
注意されること自体に驚いて、クラウスと親しくなるのに、
それなりの時間が掛かってしまう。
上級生に「クラウスはあれでなかなかイイ奴なんだぜ」と言われて、
そうなのかなあ、とゆっくりクラウスとの距離が縮まっていった。
下級生達は、シュヌーシアの中でも特別目立つこの二人と、
親しくなりたかったし、色々話もしてみたいのだが、
クラウスに言うと怒られるのではないか、という心配が先に立った。
逆にテオはいつもにこやかで、テオの方から話し掛けてくれる。
下級生にとって、最初に仲良くなれるのは、明らかにテオの方だった。
テオは空いていたクラウスの隣に腰掛ける。
クラウスのカップは空になっていた。
「クラウス、チャイを気に入ってくれたの?」
「まあ。悪くはないな」
「そう、良かった。ではおかわりを入れても良い?」
「ああ」
テオがティーポットを持って、カップに注ぐ。
クラウスは短く礼を言って、カップを取り、
新聞を読みながら、チャイを飲んだ。
一連の遣り取りを見ていた下級生から、ぽつりと率直な感想が漏れる。
「クラウスとテオって、おとーさんと、おかーさんみたい」
皆は一斉に吹き出した。該当者の二人は全く逆の反応を見せる。
おとーさんはグシャと新聞を潰した。
「な、何を言ってるんだ、お前は!」
おかーさんは穏やかに笑って、おどけた調子で高めの声を使う。
「まあまあ、あなた、落ち着いて?」
「テオ! あなたって言うな!」
サロンに笑い声が咲く。
上級生の一人が「また痴話喧嘩が始まったー」と言った。
クラウスが苦々しく注意する。
「表現を間違えるな」
上級生の一人が頭の後ろに手を回して、クラウスを茶化す。
「だってさー、クラウスって如何にも、
『頑固オヤジ』ってかんじじゃん。
テオはー、この前のプリンセス姿も結構イケてたし。なー?」
他の生徒達は頷いた。下級生はテオの周りに集まって、
「ほんと、綺麗だったよ、テオ」などと懸命に褒めている。
テオは機嫌良く「ありがとう」と笑顔で返す。
「今度は君も着てごらん。きっと君の方が可愛いらしいよ?」
クラウスは肩を落とす。
「…テオ。女装を人に勧めるな。シュヌーシアを可笑しな集団にするつもりか」
「ほう。それはまた楽しいことを言ってくれるね、クラウス」
きらりとテオの瞳が輝いた。
クラウスは嫌な予感がした。こういう時のテオはろくな事を言わない。
「ねえ、皆。今年の文化祭、シュヌーシアは全員女装というのはどう?」
クラウスが立ち上がる。
「絶対、許さんっ!」
fin
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休日の午後。今日は講義がないので、
クラウスはジムに行こうと思っていた。
昼食の後、ジムに行く準備をしていたら、テオが俺の部屋にやってきた。
その瞬間から、今日の予定がまた狂わされる、
と、なんとなく諦めが付いていた。
テオはサンセット・クルーズに誘いに来たらしい。
「もう何度も見ただろう」と一度は断ったのだが、
「夏の海は何度見ても美しいものだよ」などと、
享楽主義に手を引かれて、聖アルフォンソ島の海岸に到着した。
此処は学院のプライベートビーチ。他には誰も居ない。
サン・セットにはまだ数時間ある。
夏の砂浜に、潮の香りが満ちている。
この香りを嗅ぐと、海に来たことを実感する。
船上ではもっと海の匂いがする筈だ。
クラウスは日々の雑事を暫し忘れて、開放的な気分に陥りそうだった。
しかし、テオの方が青い景色を見つめ、憂鬱な表情になっていた。
「すまない、クラウス。サンセット・クルーズはまた今度にしよう」
クラウスが振り返る。拍子抜けだ。
こちらはやっと船に乗る気になったのに。
「どうしたんだ、急に。無理に此処まで連れて来ておいて」
「風が騒いでる。芳醇な潮の香りがするだろう?」
テオは海水に手を浸す。
人の頬に触れるように極めて優しい手付きだった。
「波も少し荒れている。これからひと雨くるかもしれない」
「雨だと? しかし天気予報では」
クラウスは空を見上げる。頭上は晴れていた。
しかし、遠くに灰色の雲があった。
「海は気分屋だからね、天気をすぐに変えてしまうんだよ」
テオは濡れた手を水面から出すと、人差し指を立てて、空に向けた。
風の強さを測っているのだろうか。
テオは手を下ろすと、残念そうに肩を竦めた。
「寮のサロンに戻って、遅めのアフタヌーン・ティにしようか」
クラウスの手を取って海とは逆側に歩き出す。
砂の音が付いて来た。クラウスを見つめるテオはもう笑顔に変わっていた。
「そうだ、クラウス。素晴らしいお茶が手に入ったのだよ。
私が淹れるね。飲んでくれるだろう? きっと君も気に入るよ」
手を引かれるまま、テオの後に続く。
黄金の髪が視界に入る。この後ろ姿を俺はよく見ているな、と思う。
生徒代表としては、学院の外へ出掛けることはあるのだが、
ただ遊ぶ為だけに外出しようとは考えない。
もしテオが居なければ。
この海に来る機会は一度もなかったのかしれない。
二人は車に乗り、我が家と戻った。
シュヌーシア寮サロンに着くと、テオは意気揚々とお茶の用意に取り掛かった。
その間、クラウスはソファに座り、新聞を広げていた。
天気予報の欄には『今日は一日晴れ』とあった。
サロンには他の生徒も数名居て、テオは全員にお茶を振舞った。
一口飲んだ者から、美味しい、と声が上がる。
テオは皆に向かって、礼を述べた。
「ありがとう。これはね、チャイというインドのミルクティだよ」
クラウスは新聞を畳んで、テーブルに置く。
「インド…またオリエンタルか」
「おや。クラウス。私がオリエンタルを好むことが嫌なの?
心配しなくとも良いのに」
「…心配って、何のだ?」
「私は、オリエンタルよりクラウスの方が、
愛しいと思っているよ。だから気を落とさ」
「誰が気を落とすか! 愛しいとか、お前は言い方が過剰なんだよ」
「過剰に聞こえるかい? でもね、私は本当に愛しいのだよ?
もちろん、クラウスだけではなく、皆のこともね?」
テオが中等部の一人に寄り添い、頭を優しく撫でた。
下級生は、気恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうだった。
テオは誰からも人気があったが、特に下級生には憧れの的だった。
テオは高等部二年。海運王と呼ばれる家柄の子息だ。
愛用のクルーザー2艘とヨット1隻は彼の私物だ。
そのことからも、彼が恐ろしい資産家だということは解るのだが、
鼻に掛ける様子は微塵も感じられなかった。
またテオは「皆が愛しい」など、
空気を吸うように皆を慈しみ、褒め讃えていた。
テオの好意は伝染するかのように、皆もテオが好きになっていた。
一方、クラウスは、シュヌーシア寮の最高学年であり、生徒代表。
友人想いで根は優しい男だと皆も解ってはいるのだが、
規律に厳しい面が災いして、下級生には少々近寄りがたい存在だった。
お坊ちゃん育ちの生徒には、今まで厳しい人など居なかった為だろう。
実際、シュヌーシア寮の生徒で、
クラウスに注意されたことのない生徒は一人も居ないくらいだ。
彼は代々軍人の家系であり、大変に厳しく育てられた。
クラウスにとっては規則を守ることが当然なのだが、
他の生徒の家では、そもそも規則などなく、自由に暮らしていた。
注意されること自体に驚いて、クラウスと親しくなるのに、
それなりの時間が掛かってしまう。
上級生に「クラウスはあれでなかなかイイ奴なんだぜ」と言われて、
そうなのかなあ、とゆっくりクラウスとの距離が縮まっていった。
下級生達は、シュヌーシアの中でも特別目立つこの二人と、
親しくなりたかったし、色々話もしてみたいのだが、
クラウスに言うと怒られるのではないか、という心配が先に立った。
逆にテオはいつもにこやかで、テオの方から話し掛けてくれる。
下級生にとって、最初に仲良くなれるのは、明らかにテオの方だった。
テオは空いていたクラウスの隣に腰掛ける。
クラウスのカップは空になっていた。
「クラウス、チャイを気に入ってくれたの?」
「まあ。悪くはないな」
「そう、良かった。ではおかわりを入れても良い?」
「ああ」
テオがティーポットを持って、カップに注ぐ。
クラウスは短く礼を言って、カップを取り、
新聞を読みながら、チャイを飲んだ。
一連の遣り取りを見ていた下級生から、ぽつりと率直な感想が漏れる。
「クラウスとテオって、おとーさんと、おかーさんみたい」
皆は一斉に吹き出した。該当者の二人は全く逆の反応を見せる。
おとーさんはグシャと新聞を潰した。
「な、何を言ってるんだ、お前は!」
おかーさんは穏やかに笑って、おどけた調子で高めの声を使う。
「まあまあ、あなた、落ち着いて?」
「テオ! あなたって言うな!」
サロンに笑い声が咲く。
上級生の一人が「また痴話喧嘩が始まったー」と言った。
クラウスが苦々しく注意する。
「表現を間違えるな」
上級生の一人が頭の後ろに手を回して、クラウスを茶化す。
「だってさー、クラウスって如何にも、
『頑固オヤジ』ってかんじじゃん。
テオはー、この前のプリンセス姿も結構イケてたし。なー?」
他の生徒達は頷いた。下級生はテオの周りに集まって、
「ほんと、綺麗だったよ、テオ」などと懸命に褒めている。
テオは機嫌良く「ありがとう」と笑顔で返す。
「今度は君も着てごらん。きっと君の方が可愛いらしいよ?」
クラウスは肩を落とす。
「…テオ。女装を人に勧めるな。シュヌーシアを可笑しな集団にするつもりか」
「ほう。それはまた楽しいことを言ってくれるね、クラウス」
きらりとテオの瞳が輝いた。
クラウスは嫌な予感がした。こういう時のテオはろくな事を言わない。
「ねえ、皆。今年の文化祭、シュヌーシアは全員女装というのはどう?」
クラウスが立ち上がる。
「絶対、許さんっ!」
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