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Marginal Prince Short Story
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■テオの場合

※追記
■時間軸:共にある奇蹟 序章→本作→共にある奇蹟
-------------
新しい生徒代表が決まる朝。
テオが部屋に戻ると、ドアに白い封筒が挟まっていた。

書かれていたのは、生徒代表室への呼び出し。
それはすなわち、テオがその部屋の主となることを示していた。

以前から次はテオではないか、と噂されていたし、驚くことではなかった。
自分が生徒代表になることより、気に掛けている大きなことが他に在った。


シュヌーシア寮の生徒達は、そわそわしながらサロンに集まっていた。
二人の生徒を除いて、下級生も上級生も皆揃っている。
今年度の生徒代表はシュヌーシアのクラウス。
次代の最有力候補も同じ寮のテオだったからだ。

年下の子や身体の弱い子達をソファに座らせ、
年上の生徒は当然のように、壁に凭れて静かにしていた。
下級生は「テオだといいよねっ」とはしゃいでいた。

例年、病弱の生徒が居るシュヌーシアでは、先輩は自然と面倒見が良くなり、
後輩が先輩に頼ったり、甘えたりする環境があった。
他の寮に比べて、シュヌーシアに居る中等部の生徒に、
幼い言動が目立つのも、そのせいかもしれなかった。
逆にアルファルド寮の生徒は、年齢に関係なく、個人主義者が多い。
サロンに入っても誰も居なかったりするので、
同じ寮であっても言葉を交わさない人も居るようだ。

寮によって、独自のカラーがなんとなく決まっていたが、
特に、ここ数年のシュヌーシアは、
テオのおかげで寮生達の仲が良くなったと言っても過言ではない。
楽しいことが大好きなテオが、
しょっちゅう面白いイベントを企画し、皆や自分を楽しいことに巻き込んでいた。

そして、クラウスの存在も大きい。
怒りっぽいクラウスと穏やかなテオ。
二人の漫才のような遣り取りは、 サロンをいつも明るく笑わせていた。
シュヌーシアの生徒は皆、二人を慕っており、憧れの先輩、自慢の友人だった。

元々、クラウスとテオは仲が良かったし、
生徒代表の大役が、クラウスからテオに受け継がれることは、
シュヌーシアの生徒達にとって、誇りであり、とても嬉しいことだった。
テオが生徒代表になったら、学院生活は今よりもっと楽しいものになりそうだ、
という漠然とした、それでいて現実的な期待が、誰の胸にもあった。

「やあ、皆、朝早くからお揃いだね」

サロンにテオが顔を出した。ざわめきが止まる。
逸る気持ちを抑えられない下級生の一人が「テオ、どうだった?」と訊ねる。
テオは一通の封筒を取り出して見せた。

「私のようだよ、次の生徒代表は」

サロンは一気に華やかな空気に包まれる。
「おめでとう!」など祝福や激励の言葉が寄せられた。
微笑みながらテオは「ありがとう」と返していた。
その微笑は優しいけれど、いつもより少し元気がなかった。
下級生の目には意外に映った。何でも楽しめるテオなら、
生徒代表に選ばれたら、もっと喜ぶような気がしていたからだ。
不思議に思った、中等部の小柄な生徒が、テオに駆け寄る。

「テオ。どうしたの? なんか楽しそうじゃあないね?」

無邪気な下級生の質問に、テオは静かな微笑みを見せた。

「いや、少し驚いているだけだよ。本当に私になるとは思わなかったからね」

その言葉を額面通りに受け取った下級生は、全力でテオを励ました。

「大丈夫だよ、テオ! テオならクラウスみたいに、
 カッコイイ生徒代表に絶対なれるって! 僕、応援するよ!」

他の下級生が、えー、と嫌そうな顔をする。

「俺は、テオがクラウスみたいになったら、いやだなー。
 テオは『お前達、何時だと思ってるんだ! 早く寝ろ!』とか言わないもん」

クラウスの物真似がよく似ていたので、下級生達は賑やかに笑った。
祝福ムード一色の下級生を、上級生達は複雑な気持ちで見守っていた。
確かにめでたいことではあるが、それだけではないのだ。
生徒代表の任務は楽しいばかりではない。悪く言えば生け贄なのかもしれない。
全生徒のプロフィールや学院の機密事項を知らされ、
それを生涯の秘密として守り続けなくてはならない。
加えて、テオの元気がない理由を察している上級生達は、
テオの前で手放しで喜ぶことはできず、騒ぐ下級生を止めることもできなかった。

テオはそんな皆の気持ちを理解していた。
そして、もう一度皆に向かって、謝辞を述べた。

「ありがとう、皆。就任祝いのパーティをしたら、来てくれる?」

行くー、と次々に手が上がる。テオは下級生達に笑顔を見せる。

「では、パーティで何をしたら楽しいか、皆で考えておいて?」

「うん」「解ったー」と元気の良い返事が返って来る。
早速、テーブルを囲んで会議が始まり、「何しようかー」とわいわい話していた。
テオは、素直な下級生達を慈しむように見つめる。
皆の楽しみの為に、私にできることがあれば何でもしようと思った。

テオは、後方で見守ってくれていた上級生達を振り返る。
皆は心配そうに、テオを見つめていた。
なかなか生徒代表室に向かおうとしないテオに、
それを指摘するべきか迷っていた。
テオは生徒代表になりたくないのか、今何を考えているのか。
聞きたくても、聞けない。テオと同じ学年の生徒が、堪え切れずに口を開く。

「テオ」

「ああ。解っている」

テオにしては珍しく、相手の言葉を遮った。生徒はテオの低い声に驚く。
しかし、次に聞いたのは、いつもの明るい声だった。

「そろそろ生徒代表室に行かなくてはね。
 あんまり待たせると、また怒らせてしまうし」

怒る人の顔が浮かんだ下級生が笑う。
上級生は一人も笑わなかった。
この任命式が彼等にとって、一番親しい友人との別れの儀式だと理解していた。
下級生の「いってらっしゃい、テオ」という声を聞きながら、
テオはサロンを後にした。


生徒代表室では、苛立った靴音がカツカツ鳴っていた。

「遅い…サロンで遊んでるのか、テオの奴…」

昨夜は遅くまで眠れなかったのに、普段以上に早く起きて寝不足だった。
今朝の任命式の為、かなり前から準備していた。
特にこの任務の準備は万全にしておきたかったからだ。

その間、ふと作業の手を止めて、自分が昨年、
生徒代表室の扉を開けた時のことを思い返した時もあった。

そして今、次の王と成る者が、この扉を開けるのを待っているのだが。
待てど暮らせど、テオが来ない。

あいつのことだ。すぐには来ないだろう。
時間に縛られない、日常的な遅刻魔だ。それは解っている。
だが、遅い。
俺が早くから待っていると知りながら、
敢えて待たせているのだろうか。いい加減にしろよ、全く。
胸の内でぶつくさ言いながらも、心の何処かでは、
このまま扉が開かなければいい、と祈るような気持ちがあった。

「やあ。すまない」明るい声が扉を開けた。

「待たせてしまったかな、クラウス」

同じ寮に住む、最も親しい友人の声だ。
クラウスは新たな生徒代表に対し、第一声は厳粛な言葉で迎えよう、
と予てから考えていたのだが、ついつい、いつもの調子で叱り飛ばしてしまった。

「遅いぞ、テオ! 真っ直ぐ来いよ! 何やってた!?」

「寮の皆に報告してたんだ。皆、心配していてくれたからね」

「そういうのは後でやればいいだろう。俺を待たせるな」

「おや。少しくらい待った方が、会った時の感動もひとしおだろう?」

「今更、感動しないだろう。毎日顔を会わせているのに」

テオから冗談めいた笑みが霧散する。
落ち着いた声で、テオは言った。

「うん。毎日会えたからね、今までは」

生徒代表室の古時計、その秒針の音が聞こえた。
クラウスは壁一面に飾られた歴代の肖像画を見上げる。
昔の生徒代表達は、この任命式をどんな想いで行ってきたのだろう。
中には俺達のように、同じ寮の生徒同士で引継ぎをした時もあった筈だ。

この学院の寮は全部で3つ。
第一学生寮ウーティス、第二学生寮アルファルド、
そして、我が第三学生寮シュヌーシア。
寮が3つだから、新旧の生徒代表の組合せは6通り。
そのうち同じ寮生同士になる場合は3通り、
俺達と全く同じように、シュヌーシア寮の生徒が対面するのは1通りだ。
16.6%の確率で同じ状況が繰り返されていることになる。
そこまで考えて、クラウスは現実逃避染みた自分に苦笑した。
そんな計算をして何になる。

咳払いをして、今この瞬間の責務を全うしようと決める。
生徒代表として、これが最後の任務だ。
友人を見る目から、次代の後継者への鋭い眼差しに変わる。
重たい口調で、此処で代々受け継がれてきた台詞を口にした。

「テオ・メネシス。運営組織は、お前を次代の生徒代表に任命する。
 任務で知り得た情報の一切を、生涯口外しないと誓えるか」

二人の間に沈黙が降りる。テオが返事をしない。
どうしたのか、と表情を見ると、
テオは瞳を大きくし、ああ、と感嘆を洩らした。

「クラウス…なんて凛々しいのだろう。今日は一段と男前だよ。
 ねえ、今の台詞、もう一度聞かせてくれるかい?」

クラウスは急激に緊張感を失って、嘆息する。

「…誓えよ、馬鹿。最後くらい真面目にやってくれ」

「ああ、すまない。余りにクラウスが格好良いものだから。
 もちろん、誓うよ。生涯、クラウス以外には口外しないと」

「俺、以外?」

「クラウスと同じ秘密を共有するのだろう?
 いつかまた会った時には、懐かしい思い出と共に、
 その秘密について、クラウスとは語り合えるということだ」

クラウスはそんな応用編を考えたこともなかったが、
生徒代表同士であれば、学院の秘密について話しても害はないと言える。

「ね。良いだろう? クラウス」

「まあ、そうだな」

「これで楽しみがひとつ増えたよ。
 その時を心待ちにしながら、生徒代表の任務を行うことができる。
 いつか必ず実現させると、約束しておくれ、クラウス。
 その時は美酒でも片手に昔話に花を咲かせよう?」

卒業後、再び会う。
そのささやかな願いが叶う可能性は、決して高くはなかった。
互いに祖国に戻れば、状況が一変するのは解っていた。
テオは家の海運業を継ぐだろう。当然、世継ぎの問題が絡んでくる。
彼の背後には、既に嫁の候補がずらりと並んでいるらしい。
テオとはパーティぐらいでしか面識のない、資産家の令嬢方なのだろう。
クラウスは後に軍の幹部に在籍する可能性があった。
そうなれば、明日の命も保証されない日々が其処には在る。
生まれながらにして背負わされている定めだ。覚悟は、とうの昔に出来ていた。
クラウスは薄く笑う。

「ああ、解ったよ、テオ。いつか、また会おう」

まるで軽いジョークのように、クラウスは言った。
テオは途端に不安になる。この生真面目な男は冗談など口にしないのに。
こんなふざけたジョークは聞きたくなかった。

「クラウス、きっとだよ」

念を押したテオに、クラウスは答えなかった。
黙ったまま、窓の外を見やる。テオも同じ方を向いた。
月桂樹の森が、さわさわと揺れている。
この場所から見る森は、なんて深いのだろう。
クラウスは砕けた口調を改め、学院の総帥として口を開く。

「ではテオ・メネシス。聖アルフォンソ学院の運営組織について説明する」

その時、クラウスの説明を、テオは非現実的な想いで聞いていた。
複雑な話の内容よりも、この任命式が終われば、
クラウスはこの島から居なくなるということが、夢のように思えてならなかった。

生徒代表室。クラウスの領域だった部屋が、これから私のものになる。
歴代の肖像画。既にクラウスの絵が飾られていた。
それは希望であり、絶望のようにも感じられた。
こんな寂しい場所に一人で居たら、きっと貴方のことばかり考えてしまう。

クラウスの声が、頭の中を素通りして行くようだ。
これが最後の時間だ、一言一句聞かなくては、と思うのに、
集中力は徐々に途切れていく。
ただ、今までの楽しかった光景が思い出されるだけだ。

今聞きたいこと、話したいことは他にもっとあると思う。
けれども、多過ぎて口に出せない。
いつもは饒舌に語るこの口は、どうしても開かず、
揮発する集中力を必死に繋ぎ止め、クラウスの言葉を聞いていた。

古い時計が、刻々と時を刻んでいる。
クラウスが学院に居られる、残り僅かな時間。
その多くが、今、自分に与えられていることを、
幸福だと想うことしかテオにはできなかった。


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