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■アンリ×ジョシュア
ジョシュアが中等部第3学年に上がったばかりの頃。
ウーティス寮の皆と少し話せるようになっていた。
だが、未だにサロンという場所に馴染めていない感覚があった。
互いに遠慮をしていて相手も、自分も、心を開いていない。
笑顔で談笑しながら、虚無感に襲われることが度々あった。
表面上は普通に接してくれる寮生も、腹の底では俺を恨んでいるのではないか。
グラントの人間である俺は、此処に居るだけで迷惑なのではないか。
その姓を枷に感じている自分が居た。
ウーティスは『何者でもないもの』を表す言葉なのに。
この寮に入ってから、自分が、
『闇の家系』と揶揄されるグラント家の者だと、
またロレート公国の王位を継承する者だと、
強く認識するようになっていた。
なんとなくサロンに足が向かなくて、自室で本を読んでいた。
コンコン、とノックの音がした。
居留守したい気持ちを振り払って扉を開ける。
其処に居たのは一学年下の生徒。
自分より背が低く、色の白い肌。
天使のような見目とは裏腹に、遠慮を知らない毒舌家。
彼には表も裏もないように見えた。
何処か気詰まりするウーティスの中で、最も気の置けない友人だった。
ジョシュアの肩から少し力が抜ける。
「やあ。アンリ。どうしたの?」
「退屈だから、相手をして」
そっけない命令口調。
アンリが歩き出したので、後を追うことにした。
寮を出て、華奢な背に着いていく。
キャンパス内を歩いていると、擦れ違う生徒から挨拶される。
ジョシュアは笑顔で同じ挨拶を返したが、アンリは全て無視していた。
擦れ違った生徒は、アンリが嫌いな人物だった。
アンリの足が止まる。着いた場所はフェンシング専用の体育館だった。
何世紀か前に生徒の希望で建ったものらしい。
中に入ると、自分達の靴音だけが聞こえる。
他には誰も居なかった。貸切になるのは、あまり珍しいことではない。
フェンシングを嗜む生徒が極端に少なかったからだ。
身体を動かすことがあまり好きではないアンリが、
唯一趣味とするスポーツがフェンシングだった。
今ではアンリ専用のフェンシング場と言っても過言ではない。
このスポーツは一人では試合ができない。
同じ寮のジョシュアが付き合わされることが多かった。
アンリは用具室から2本の剣だけを持ってきた。
今日はジャケットもマスクも着けないらしい。
無言でフルーレという剣を持たされた。
フェンシングは、フルーレ、エペ、サーブルの3種目あり、
それぞれ同名の剣を使用する。
フルーレは基本となる種目。頭・両足・両腕を除いた胴体部分を突くと得点が入る。
通常は1セット3分の3セットマッチ。
先に15点取得するか、より点の多い方が勝者となる。
だが、アンリは独自のルールや賞罰を決めることが多かった。
「アンリ、今日のルールは?」
琥珀の瞳はつまらなそうにフルーレを眺めている。
この剣は軽く、殺傷力もないが、鈍く銀色に輝く様子は本物の剣と変わりない。
「試合は1回戦のみ。時間は3分。ポイントの多い方が勝ち」
「解った」
「今日は3回戦まで行かないだろうからね」
そう呟いて、試合の舞台に上る。フルーレを床に向けた。
幅1.8m、長さ18mのピストと呼ばれる台の上で、二人は向かい合う。
この競技は礼に始まり、礼に終わる。
サリュ(Le Salut)と呼ばれる挨拶を行うのがルールだ。
サリュは先ず剣先を下に向ける。
そして剣にキスをするように口許で剣を立てる。
この時、アンリは珍しく口を開いた。
「フェンシングは、中世ヨーロッパの騎士道に基づくものだと知っているよね?」
「えっ、ああ」
「礼儀と優雅さに欠ける者は剣を持つ資格はない。僕に失礼のないようにね?」
最後に剣を相手に向け、試合開始だ。アンリは俊敏に前進した。
横幅が狭いこの舞台は前進か後退しかできない。
二人の腕前は互角。精神面でいつも決着がつく。
集中力が足りない方が負ける。
今日、注意力が散漫になっているのはジョシュアだった。
強気な攻撃を繰り返すアンリに対し、それをただ避けるのみという防戦一方だ。
体育館には無感動な金属音が響いている。
『剣と剣の旋律』とも呼ばれる競技も、今の状態では不協和音に過ぎない。
残り時間58秒だが、既にアンリが9点取得していた。
ジョシュアは1点も取っていない。
アンリは強い視線を向ける。
「僕を退屈させないで。これじゃ、相手にならない」
一気に間合いを詰めて、ジョシュアのフルーレを払う。
ジョシュアは後退しようとして、バランスを崩す。床に手を着いてしまう。
フルーレは虚しい音を立てて、転がっていく。
アンリは容赦なく前進する。剣先はジョシュアの喉許で寸止めした。
冷たい吐息が聞こえた。突き刺すような視線が向けられる。
「試合中だよ。下らないことは考えないで」
「すまない」
琥珀の瞳は深紅の瞳を見下ろして言った。
「他の何も関係ない。君は、僕だけを見ていればいい」
アンリはフルーレを降ろし、試合開始の位置に戻る。再びジョシュアを見据えた。
ジョシュアは腰を上げてアンリに倣う。
背筋を伸ばして、前を見つめる。
ここ数日、翳っていた深紅の瞳に少し光が戻った。
「俺、アンリに失礼だったね。試合前に注意されていたのに」
「僕を退屈させた罪は重いよ?」
「ごめん。サリュから仕切り直しても良いかい?」
アンリは無言のまま、剣先を下に向けた。ジョシュアも同じ姿勢をとる。
二人は同じタイミングでゆっくりと腕を上げ、剣に口付ける。
体育館の空気が張り詰めていく。今度はどちらも喋らない。
フルーレの金属音を鳴らして、剣を相手に向ける。
目の前に居てくれる友人。
彼だけを瞳に映す。
同時に一歩踏み出した。
fin
ジョシュアが中等部第3学年に上がったばかりの頃。
ウーティス寮の皆と少し話せるようになっていた。
だが、未だにサロンという場所に馴染めていない感覚があった。
互いに遠慮をしていて相手も、自分も、心を開いていない。
笑顔で談笑しながら、虚無感に襲われることが度々あった。
表面上は普通に接してくれる寮生も、腹の底では俺を恨んでいるのではないか。
グラントの人間である俺は、此処に居るだけで迷惑なのではないか。
その姓を枷に感じている自分が居た。
ウーティスは『何者でもないもの』を表す言葉なのに。
この寮に入ってから、自分が、
『闇の家系』と揶揄されるグラント家の者だと、
またロレート公国の王位を継承する者だと、
強く認識するようになっていた。
なんとなくサロンに足が向かなくて、自室で本を読んでいた。
コンコン、とノックの音がした。
居留守したい気持ちを振り払って扉を開ける。
其処に居たのは一学年下の生徒。
自分より背が低く、色の白い肌。
天使のような見目とは裏腹に、遠慮を知らない毒舌家。
彼には表も裏もないように見えた。
何処か気詰まりするウーティスの中で、最も気の置けない友人だった。
ジョシュアの肩から少し力が抜ける。
「やあ。アンリ。どうしたの?」
「退屈だから、相手をして」
そっけない命令口調。
アンリが歩き出したので、後を追うことにした。
寮を出て、華奢な背に着いていく。
キャンパス内を歩いていると、擦れ違う生徒から挨拶される。
ジョシュアは笑顔で同じ挨拶を返したが、アンリは全て無視していた。
擦れ違った生徒は、アンリが嫌いな人物だった。
アンリの足が止まる。着いた場所はフェンシング専用の体育館だった。
何世紀か前に生徒の希望で建ったものらしい。
中に入ると、自分達の靴音だけが聞こえる。
他には誰も居なかった。貸切になるのは、あまり珍しいことではない。
フェンシングを嗜む生徒が極端に少なかったからだ。
身体を動かすことがあまり好きではないアンリが、
唯一趣味とするスポーツがフェンシングだった。
今ではアンリ専用のフェンシング場と言っても過言ではない。
このスポーツは一人では試合ができない。
同じ寮のジョシュアが付き合わされることが多かった。
アンリは用具室から2本の剣だけを持ってきた。
今日はジャケットもマスクも着けないらしい。
無言でフルーレという剣を持たされた。
フェンシングは、フルーレ、エペ、サーブルの3種目あり、
それぞれ同名の剣を使用する。
フルーレは基本となる種目。頭・両足・両腕を除いた胴体部分を突くと得点が入る。
通常は1セット3分の3セットマッチ。
先に15点取得するか、より点の多い方が勝者となる。
だが、アンリは独自のルールや賞罰を決めることが多かった。
「アンリ、今日のルールは?」
琥珀の瞳はつまらなそうにフルーレを眺めている。
この剣は軽く、殺傷力もないが、鈍く銀色に輝く様子は本物の剣と変わりない。
「試合は1回戦のみ。時間は3分。ポイントの多い方が勝ち」
「解った」
「今日は3回戦まで行かないだろうからね」
そう呟いて、試合の舞台に上る。フルーレを床に向けた。
幅1.8m、長さ18mのピストと呼ばれる台の上で、二人は向かい合う。
この競技は礼に始まり、礼に終わる。
サリュ(Le Salut)と呼ばれる挨拶を行うのがルールだ。
サリュは先ず剣先を下に向ける。
そして剣にキスをするように口許で剣を立てる。
この時、アンリは珍しく口を開いた。
「フェンシングは、中世ヨーロッパの騎士道に基づくものだと知っているよね?」
「えっ、ああ」
「礼儀と優雅さに欠ける者は剣を持つ資格はない。僕に失礼のないようにね?」
最後に剣を相手に向け、試合開始だ。アンリは俊敏に前進した。
横幅が狭いこの舞台は前進か後退しかできない。
二人の腕前は互角。精神面でいつも決着がつく。
集中力が足りない方が負ける。
今日、注意力が散漫になっているのはジョシュアだった。
強気な攻撃を繰り返すアンリに対し、それをただ避けるのみという防戦一方だ。
体育館には無感動な金属音が響いている。
『剣と剣の旋律』とも呼ばれる競技も、今の状態では不協和音に過ぎない。
残り時間58秒だが、既にアンリが9点取得していた。
ジョシュアは1点も取っていない。
アンリは強い視線を向ける。
「僕を退屈させないで。これじゃ、相手にならない」
一気に間合いを詰めて、ジョシュアのフルーレを払う。
ジョシュアは後退しようとして、バランスを崩す。床に手を着いてしまう。
フルーレは虚しい音を立てて、転がっていく。
アンリは容赦なく前進する。剣先はジョシュアの喉許で寸止めした。
冷たい吐息が聞こえた。突き刺すような視線が向けられる。
「試合中だよ。下らないことは考えないで」
「すまない」
琥珀の瞳は深紅の瞳を見下ろして言った。
「他の何も関係ない。君は、僕だけを見ていればいい」
アンリはフルーレを降ろし、試合開始の位置に戻る。再びジョシュアを見据えた。
ジョシュアは腰を上げてアンリに倣う。
背筋を伸ばして、前を見つめる。
ここ数日、翳っていた深紅の瞳に少し光が戻った。
「俺、アンリに失礼だったね。試合前に注意されていたのに」
「僕を退屈させた罪は重いよ?」
「ごめん。サリュから仕切り直しても良いかい?」
アンリは無言のまま、剣先を下に向けた。ジョシュアも同じ姿勢をとる。
二人は同じタイミングでゆっくりと腕を上げ、剣に口付ける。
体育館の空気が張り詰めていく。今度はどちらも喋らない。
フルーレの金属音を鳴らして、剣を相手に向ける。
目の前に居てくれる友人。
彼だけを瞳に映す。
同時に一歩踏み出した。
fin
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