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■ダーク オーギュスト×アンリ
■アンリと体育館の用具室で 続編
アンリが自分の部屋に戻ると、紅茶の香りがした。
淹れ立てのアッサムだ。彼は我が物顔でソファに身を沈めている。
白い陶器のカップを持ち上げて、軽く挨拶した。
僕の気に入りのカップを使っているのは、神秘学の特別講師だった。
「おかえり、アンリ。何処に行っていたんだね?
あまり遅いものだから、先に紅茶の時間を始めてしまったよ?」
「…オーギュスト。何度も言うようだけど、此処は僕の部屋だ」
「おや。機嫌が悪いね」
「とても、ね。だから、もう出て行って」
「アンリ、それはどうしたんだね? 首の後ろに赤い痕があるけれど」
「内出血でもしたんじゃない?」
ぶっきらぼうに、そう言ってベッドに座る。
講師に向けるものとは思えない程、小生意気な瞳。
オーギュストは紅茶のカップを置いて、アンリの隣に腰掛ける。
「傷を作っては駄目だと言っているだろう?
アンリの肌は綺麗なのだから、汚してはいけないよ」
「保護者気取りも大概にして」
「罪人は、また彼なのかね?」
「そうだ、と言ったら?」
「君が大人しく彼に従っている理由を聞きたいね」
「そう問われたら、彼と仲良くしておいて損はないから、と答えるよ」
アンリのサン・ジェルマン家と、ジョシュアのグラント家は敵対関係にある。
二人がヨーロッパに戻れば、容易に顔を合わせることもできないだろう。
一緒に居るだけで様々な憶測が飛び交う。それらは全て性質の悪いものだ。
将来、敵になる人物と、この学院で仲良くしておくのは確かに有利なことだ。
だがアンリは、嫌いな人物であれば先ず接触しない。
損がない、という消極的な理由だけで、彼の傍に居た筈がない。
オーギュストは他の理由を尋ねる。
「それから?」
「彼は、僕のことを愛してるって。
僕は知らないから…愛されるって、どういうものなのかなってと思って」
「だから、彼を許した? 君に傷を付けることを」
「彼くらいだから。僕を好きだなんて…どうかしている人は」
「アンリは彼のことを愛してはいないのかい?」
「…解らない。でもジョシュアはそれでもいい、って。彼、どうかしているから」
「君を愛しているのは、彼だけではないよ」
首の後ろ。オーギュストは赤い刻印に触れる。
「彼と私と、どちらが比較優位かな。精査してごらん、アンリ」
刻印に口付けた。
赤い痕を見付けるとオーギュストは怒る。
声を張り上げることも、表情に憤りを現すことなく怒る。
そして必ず、赤い痕と同じ場所に口付ける。
見つけて欲しいのだろうか、僕は。
君に怒って欲しいから、僕は、ジョシュアに――
オーギュストの手が僕の後頭部へ回る。
赤子を置くように、僕をベッドへ横たえる。
殆ど音もなく、身体は柔らかいベッドに沈む。
オーギュストは腰を掛けたまま、僕のシャツに触れる。
襟元から順にボタンを開ける。
その手付きは至って落ち着いていて、まるで子供にしているようだ。
自分が脱ぎ着できない赤子なのかと錯覚しそうになる。
全て開けると割れた隙間から右手を入れて、シャツを除けた。
胸と腹が、右側だけ空気に晒される。
雪のようだね、前にそう言われたことを思い出していた。
日に当たらないその部分はシャツより白く、青白い。
けれど今は、他の色も散らされていた。
「いけないと言っているのに。白い雪をこんなに赤く染めるなんて」
線で繋げば星座になりそうだった。ジョシュアが残した花弁。
ついさっき、口付けられた場所を、オーギュストが人差し指で辿る。
それだけで身体は勝手にジョシュアを思い出す。脇腹が小さく痙攣した。
顔を歪ませた生徒を、講師は見下ろしている。
「アンリは悪い子だね」
「僕は…悪い子?」
「ああ。アンリは悪い子だ」
「そう。では僕に罰を与えてくれる?」
罰を受ける。
幼い頃、それは全く珍しいことではなかった。
あの人は、優しい言葉など掛けてはくれなかった。
罵声を浴びる、折檻を受ける。
仕置きだと言って、あの人は僕にあらゆる懲罰を下した。
父とは罰を与えられることでしか接することができなかった。
僕が罪を起こさなければ貴方は僕を見向きもしない。
僕の死を願ってる。今でも僕の命を狙っている。
それでも、いい。
もし、あの人に構われなくなったら。
僕は自ら、貴方の願いをかなえるかもしれない。
幼い僕はあの人の気を惹く為に彼の指輪を盗んだ。
指輪がひとつなくなったことに気付いて貰えなくて、
彼の目のあるところで、わざと指輪を宝石箱に戻したこともあった。
髪を掴まれて『貴方はまだ僕を見捨てていない』と感じていた。
彼と僕の間に、愛というものがあるのならば、
それは罰を与え、受けることだけだった。
僕は他に愛を知らない。
どうかしている。
此処に来てからも、罰を受けていないと不安になる。
僕は悪魔の子だから。罰されるべき存在だから。
アルフレッドを怒らせるのも。
ジョシュアとのフェンシングに負けるのも。
僕に、罰を与えて欲しいから。
オーギュストに手を伸ばす。
指で君の唇をなぞる。薄い。ジョシュアのとは違う。
オーギュストは僕にされるまま、穏やかな瞳で見つめている。
この大人は、僕の欲しいものを与えてくれる。
「ねえ…オーギュ、僕を罰して?」
「そうだね。悪い子には罰を与えなくては」
オーギュストは僕の指を手ごと握った。
指の間を割って、自分の指を絡める。
温かい手。
薄い唇が僕の人差し指に触れた。
次に僕の唇が塞がれる。
生暖かい舌に口内を犯される。
オーギュストのキスはジョシュアよりずっと上手い。
ジョシュアでは優し過ぎる。
「はあっ…ん…クッ」
キスだけで身体が熱を帯びていく。
もう息が続かない。苦しい。
麻酔を打たれたように麻痺していく脳。
此処が何処だか解らなくなる。
僕の上にオーギュストが覆い被さる。
君からは仄かに紅茶の匂いがする。僕の好きなリーフの香りだ。
胸と腹に散った深紅の痕を、君は唇で丁寧にひとつひとつ、なぞっていく。
ジョシュアが付けた痕跡を上書きするように。
オーギュストは同じ場所に自分の痕を重ねた。
ジョシュアの痕から、オーギュストの痕へと変わっていく。
穏やかな顔をしてるくせに。ひとつ残らず、自分のものにする。
けれど、自分が触れたとは誰にも気付かせない。
この大人は、密かな独占欲で満足できるらしい。
ジョシュアにも知られることなく、君は、僕だけに忠告している。
この身体は、オーギュストのものだと。
オーギュストの唇が、僕のそそり立っている場所に行き着く。
もう泣いていた。君のキスを受けた時から。
「此処も、彼に触らせてあげたのかね?」
「んっ…」
蜜を指に絡ませて、ゆっくりと撫でられる。
指一本だけで、付け根から先端へ。
触れたところから熱が集まっていく。
「困った子だな、アンリは」
酷く緩慢な動き。
足りない。そんなに弱い刺激では。
「オーギュ…」
「もっとして欲しいかい? では『ごめんなさい』は?」
「ごめっ…」
オーギュストは上品に笑った。目許には年相応の皺が刻まれる。
君の手は僕の胸にあった。弱い突起を強く摘まれる。
息を詰まらせた僕を見て、君は笑っている。
弄ばれて、じんじんと痛む。肌に汗が滲んでくる。
君の手の下で、鼓動が早くなる。
「アンリ、聞こえないよ?」
「ごめんっ、なさい…」
「よくできました」
オーギュストの唇が、ジョシュアも触れたところへ向かう。
砂糖菓子のように、僕に舌を這わせた。
「はあっ…オーギュ…」
熱い。
熱くて溶けてしまう。
「オーギュ…もう…」
びくびくと脈打っている。
オーギュストの後頭部を髪ごと掴む。
「……ああっ」
オーギュストの口内に熱を吐き出してしまった。
周囲には、立ち昇る卑猥な匂い。
君に怒られる。
口に吐くと、君はいつも怒ってくれる。
僕は乱れた呼吸で、君を見つめる。
君は微笑を浮かべながら、全て飲み下す。
ごくりと動く喉仏。
オーギュストは濡れた自分の唇を舐める。
「ああ、アンリは、本当に悪い子だ」
もう一度、君の唇が僕をなぞる。
繰り返される愛撫にまた感じてしまう。
大人の薄い唇。
君の唇は、あの人と似ている。
fin
■アンリと体育館の用具室で 続編
アンリが自分の部屋に戻ると、紅茶の香りがした。
淹れ立てのアッサムだ。彼は我が物顔でソファに身を沈めている。
白い陶器のカップを持ち上げて、軽く挨拶した。
僕の気に入りのカップを使っているのは、神秘学の特別講師だった。
「おかえり、アンリ。何処に行っていたんだね?
あまり遅いものだから、先に紅茶の時間を始めてしまったよ?」
「…オーギュスト。何度も言うようだけど、此処は僕の部屋だ」
「おや。機嫌が悪いね」
「とても、ね。だから、もう出て行って」
「アンリ、それはどうしたんだね? 首の後ろに赤い痕があるけれど」
「内出血でもしたんじゃない?」
ぶっきらぼうに、そう言ってベッドに座る。
講師に向けるものとは思えない程、小生意気な瞳。
オーギュストは紅茶のカップを置いて、アンリの隣に腰掛ける。
「傷を作っては駄目だと言っているだろう?
アンリの肌は綺麗なのだから、汚してはいけないよ」
「保護者気取りも大概にして」
「罪人は、また彼なのかね?」
「そうだ、と言ったら?」
「君が大人しく彼に従っている理由を聞きたいね」
「そう問われたら、彼と仲良くしておいて損はないから、と答えるよ」
アンリのサン・ジェルマン家と、ジョシュアのグラント家は敵対関係にある。
二人がヨーロッパに戻れば、容易に顔を合わせることもできないだろう。
一緒に居るだけで様々な憶測が飛び交う。それらは全て性質の悪いものだ。
将来、敵になる人物と、この学院で仲良くしておくのは確かに有利なことだ。
だがアンリは、嫌いな人物であれば先ず接触しない。
損がない、という消極的な理由だけで、彼の傍に居た筈がない。
オーギュストは他の理由を尋ねる。
「それから?」
「彼は、僕のことを愛してるって。
僕は知らないから…愛されるって、どういうものなのかなってと思って」
「だから、彼を許した? 君に傷を付けることを」
「彼くらいだから。僕を好きだなんて…どうかしている人は」
「アンリは彼のことを愛してはいないのかい?」
「…解らない。でもジョシュアはそれでもいい、って。彼、どうかしているから」
「君を愛しているのは、彼だけではないよ」
首の後ろ。オーギュストは赤い刻印に触れる。
「彼と私と、どちらが比較優位かな。精査してごらん、アンリ」
刻印に口付けた。
赤い痕を見付けるとオーギュストは怒る。
声を張り上げることも、表情に憤りを現すことなく怒る。
そして必ず、赤い痕と同じ場所に口付ける。
見つけて欲しいのだろうか、僕は。
君に怒って欲しいから、僕は、ジョシュアに――
オーギュストの手が僕の後頭部へ回る。
赤子を置くように、僕をベッドへ横たえる。
殆ど音もなく、身体は柔らかいベッドに沈む。
オーギュストは腰を掛けたまま、僕のシャツに触れる。
襟元から順にボタンを開ける。
その手付きは至って落ち着いていて、まるで子供にしているようだ。
自分が脱ぎ着できない赤子なのかと錯覚しそうになる。
全て開けると割れた隙間から右手を入れて、シャツを除けた。
胸と腹が、右側だけ空気に晒される。
雪のようだね、前にそう言われたことを思い出していた。
日に当たらないその部分はシャツより白く、青白い。
けれど今は、他の色も散らされていた。
「いけないと言っているのに。白い雪をこんなに赤く染めるなんて」
線で繋げば星座になりそうだった。ジョシュアが残した花弁。
ついさっき、口付けられた場所を、オーギュストが人差し指で辿る。
それだけで身体は勝手にジョシュアを思い出す。脇腹が小さく痙攣した。
顔を歪ませた生徒を、講師は見下ろしている。
「アンリは悪い子だね」
「僕は…悪い子?」
「ああ。アンリは悪い子だ」
「そう。では僕に罰を与えてくれる?」
罰を受ける。
幼い頃、それは全く珍しいことではなかった。
あの人は、優しい言葉など掛けてはくれなかった。
罵声を浴びる、折檻を受ける。
仕置きだと言って、あの人は僕にあらゆる懲罰を下した。
父とは罰を与えられることでしか接することができなかった。
僕が罪を起こさなければ貴方は僕を見向きもしない。
僕の死を願ってる。今でも僕の命を狙っている。
それでも、いい。
もし、あの人に構われなくなったら。
僕は自ら、貴方の願いをかなえるかもしれない。
幼い僕はあの人の気を惹く為に彼の指輪を盗んだ。
指輪がひとつなくなったことに気付いて貰えなくて、
彼の目のあるところで、わざと指輪を宝石箱に戻したこともあった。
髪を掴まれて『貴方はまだ僕を見捨てていない』と感じていた。
彼と僕の間に、愛というものがあるのならば、
それは罰を与え、受けることだけだった。
僕は他に愛を知らない。
どうかしている。
此処に来てからも、罰を受けていないと不安になる。
僕は悪魔の子だから。罰されるべき存在だから。
アルフレッドを怒らせるのも。
ジョシュアとのフェンシングに負けるのも。
僕に、罰を与えて欲しいから。
オーギュストに手を伸ばす。
指で君の唇をなぞる。薄い。ジョシュアのとは違う。
オーギュストは僕にされるまま、穏やかな瞳で見つめている。
この大人は、僕の欲しいものを与えてくれる。
「ねえ…オーギュ、僕を罰して?」
「そうだね。悪い子には罰を与えなくては」
オーギュストは僕の指を手ごと握った。
指の間を割って、自分の指を絡める。
温かい手。
薄い唇が僕の人差し指に触れた。
次に僕の唇が塞がれる。
生暖かい舌に口内を犯される。
オーギュストのキスはジョシュアよりずっと上手い。
ジョシュアでは優し過ぎる。
「はあっ…ん…クッ」
キスだけで身体が熱を帯びていく。
もう息が続かない。苦しい。
麻酔を打たれたように麻痺していく脳。
此処が何処だか解らなくなる。
僕の上にオーギュストが覆い被さる。
君からは仄かに紅茶の匂いがする。僕の好きなリーフの香りだ。
胸と腹に散った深紅の痕を、君は唇で丁寧にひとつひとつ、なぞっていく。
ジョシュアが付けた痕跡を上書きするように。
オーギュストは同じ場所に自分の痕を重ねた。
ジョシュアの痕から、オーギュストの痕へと変わっていく。
穏やかな顔をしてるくせに。ひとつ残らず、自分のものにする。
けれど、自分が触れたとは誰にも気付かせない。
この大人は、密かな独占欲で満足できるらしい。
ジョシュアにも知られることなく、君は、僕だけに忠告している。
この身体は、オーギュストのものだと。
オーギュストの唇が、僕のそそり立っている場所に行き着く。
もう泣いていた。君のキスを受けた時から。
「此処も、彼に触らせてあげたのかね?」
「んっ…」
蜜を指に絡ませて、ゆっくりと撫でられる。
指一本だけで、付け根から先端へ。
触れたところから熱が集まっていく。
「困った子だな、アンリは」
酷く緩慢な動き。
足りない。そんなに弱い刺激では。
「オーギュ…」
「もっとして欲しいかい? では『ごめんなさい』は?」
「ごめっ…」
オーギュストは上品に笑った。目許には年相応の皺が刻まれる。
君の手は僕の胸にあった。弱い突起を強く摘まれる。
息を詰まらせた僕を見て、君は笑っている。
弄ばれて、じんじんと痛む。肌に汗が滲んでくる。
君の手の下で、鼓動が早くなる。
「アンリ、聞こえないよ?」
「ごめんっ、なさい…」
「よくできました」
オーギュストの唇が、ジョシュアも触れたところへ向かう。
砂糖菓子のように、僕に舌を這わせた。
「はあっ…オーギュ…」
熱い。
熱くて溶けてしまう。
「オーギュ…もう…」
びくびくと脈打っている。
オーギュストの後頭部を髪ごと掴む。
「……ああっ」
オーギュストの口内に熱を吐き出してしまった。
周囲には、立ち昇る卑猥な匂い。
君に怒られる。
口に吐くと、君はいつも怒ってくれる。
僕は乱れた呼吸で、君を見つめる。
君は微笑を浮かべながら、全て飲み下す。
ごくりと動く喉仏。
オーギュストは濡れた自分の唇を舐める。
「ああ、アンリは、本当に悪い子だ」
もう一度、君の唇が僕をなぞる。
繰り返される愛撫にまた感じてしまう。
大人の薄い唇。
君の唇は、あの人と似ている。
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