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■ジョシュアン シハル レアン 他
聖アルフォンソ学院のある朝。全生徒に一通の手紙が届いた。
部屋のドアに封筒が挟まっていた。
ひらりと落ちたのを拾ったり、ドアから引き抜いたりしながら、
生徒達は封筒の裏を眺めた。
『愛する生徒諸君へ 生徒代表 テオ・メネシスより』
手紙は舞踏会への招待状。
朝食の時間。シュヌーシアやウーティス寮の食堂では、
テオからの招待状の話題で持ち切りだった。
アルファルド寮では通常と変わらないマイペースな朝食を食べた。
個性豊かなウーティス寮では賛否両論だ。
「強制参加って何? 生徒代表の職権乱用ではないの?」
反対派のアンリは食が進まないのか、もう紅茶を手にしていた。
アルフレッドは次のツナサンドに手を伸ばす。大きな口を開けて、ほうばった。
シルヴァンは両手を合わせて、長い髪を揺らす。
「テオの考えそうなことじゃないですかー♪
楽しいダンスパーティーになりそうですね」
アンリのカップが空く。
傍に控えていたバトラーが、タイミング良く紅茶のおかわりを尋ねる。
小さな頷きを見て、白いポットを傾けた。
ジョシュアのカップにはコーヒー。静かにソーサーに置く。
「予め寮の中で男役と女役に別れて、
ペアを組んでおいて欲しいって書いてあったよね?」
オレンジジュースを豪快に飲んだアルレッドは、手の甲で口許を拭く。
両手を組んで頭の後ろに回した。
「ウーティスはどうすっかなー。まあ、俺とジョシュアは男だろ?」
アンリは冷たい息を吐く。
「全員、男だよ」
「女はとりあえずアンリとー」
「嫌」
「後は、そうだなー」
アルフレッドは寮生達を見回す。黙々と食事を続けている友人を見付けた。
華奢なのに何故か誰よりも大食漢で、その食欲は未だに信じ難い。
「ハルヤ! お前どーよっ!?」
「なっ、なんで俺?」
すかさずシルヴァンが加勢する。
「大丈夫ですよ、ハルヤ! 絶対可愛いですから!」
「そんなこと励まされても…」
「なあ。シルヴァンはどーする? お前、どっちでも良さそうだけど?」
「そうですね。僕はどちらでも」
「んじゃ、アンリとハルヤは女で決まりなっ」
嫌がっている友人達を見て、ジョシュアは苦笑する。
「優勝したペアにはテオから賞品があるみたいだよ。アンリ、読んだのかい?」
「ああ。その一行がなければ、とっくに破ってるよ、こんなの」
テオは今までにも何度か面白いイベントを企画、実行してきたのだが、
使用された賞品は全面的にテオが用意していた。
自分は庶民だと思っているハルヤは、呆れを通り越して感心していた。
「太っ腹だよねー、テオって。優勝ってどうやって決めるのかな?」
「テオの独断じゃないですか?」
「あの人の基準が解らない」
シルヴァンはハルヤの手を掴む。
「ねえ、ハルヤ。僕と組みませんか?」
「えっ。でも俺、ダンスなんて踊れないよ?」
「ハルヤは日舞を習っていたのですから、すぐに覚えられますよ♪
僕達、優勝しちゃうかも♪」
早くも1ペアが成立した。
アルフレッドは同じ学年の友人を見やる。毒舌家の肩へ気軽に手を置く。
「アンリ、俺が組んでやってもイイぜ?
ハルヤが取られちまったからな。お前、足踏むなよ?」
「誰が君なんかと」
「知らないのかー? 俺は踊れるぜ、しかもすげー上手い」
「君とは踊らないよ、アルフレッド」
「なんでっ!?」
「馬鹿が移る」
「俺のバカは伝染すんのか!?」
「ああ、天然だったね」
まあまあ、と優等生が仲裁に入る。
「でも皆、誰かと組まないといけないんだよ?」
「君は踊れそうだね、ジョシュア?」
皇族という身分上、ジョシュアは社交場には幼い頃から出席していた。
ダンスを見る機会も自ら踊る機会もあった筈だ。
「そんなに上手くはないけどね。アンリ、俺と踊ってくれるのかい?」
「僕の足、踏まないのなら踊ってあげても良いけど」
「ありがとう」
「おい、アンリ! お前、俺よりジョシュアかよ!?」
「どうせ参加するのなら、優勝しないとね?」
「俺じゃあ、優勝できないってのかよっ!」
「君には優雅さがない」
「あるっ!」
「ない」
「ハルヤ、二人きりで練習しましょうね? 僕、ちゃんと教えますから♪」
「あ、うん。よろしくね、シルヴァン」
「あっ、ハルヤのドレス、どうします?
着物テイストでテオにオーダーしましょうか?」
「…任せるよ。めんどくさいし」
「本当ですかっ!? 嬉しいなあ、キュートなの考えますねっ!」
舞踏会当日。
聖アルフォンソ学院が所有するダンスホール。
数世紀前に建築された美しい会場に続々と生徒や観客が集まってきた。
シルヴァン・ハルヤペアの控え室では姫の着替えが終わったところだった。
ハルヤは和風ドレスを纏って、シルヴァンの前に現れた。
着物の布地を織り込んだ、和洋折衷のドレス。
髪は高い位置でひとつにまとめている。
「ハルヤッ! すっごい可愛いです! お人形さんみたい!」
大絶賛を浴びて、ハルヤはぽつりと呟く。
「やめてよ…もう」
シルヴァンは、姫と揃いの和風タキシードに身を包んでいる。
色はド派手なショッキングピンクだった。
身体のラインにぴしりと合っていて、普段より背が高く見えた。
テンションも普段より大分高い。
「ハルヤハルヤ! 今夜は眼鏡を外してみましょうか!?」
「えっ…俺、そしたら見えないよ」
「でも近くなら見えるでしょう?」
「ん。まあ。でもホールは広いし…あっ」
眼鏡を取って、王子は姫の手を握った。
「ハルヤは僕だけを見ていて下さい?」
「や…やだ、シルヴァン」
カッコイイ、と不覚にも思ってしまったハルヤは自分が恥ずかしかった。
ジョシュア・アンリペアの控え室でも姫の着替えがほぼ終わっていた。
アンリのドレスには背にチャックがあった。
それをパートナーを務めるジョシュアが首許まで上げる。
白い首筋に吸い寄せられたように、口付けを落とした。
「何、余計なことしてるの」
「ごめん、つい」
ジョシュアは悪びれる様子なく、微笑んだ。
「綺麗だよ、アンリ。皆に見せるのが惜しいくらいだ」
「ドレスまで着せておいて出場しないつもり?
僕は優勝する為に君と組んだの。ほら、行くよ」
「はいはい」
苦笑しながら、プリンセスに続く。
肩を並べると、姫の耳許へそっと囁いた。
「さっきの続きは、パーティの後で」
全生徒がダンスホールに集合していた。
嫌々ながらもアルファルド寮の生徒達も来ている。
「ジャワハルワール! コクオウ! イイオトコ!」
オウムを肩に乗せている生徒は貴族の礼装だった。
傍らに居るのは、アルファルドの中でも最も機嫌の悪い生徒。
長いストレートの黒髪に、ロングドレス。
深く入ったスリットからは、白い足が覗いている。
「何故、私が女役なんだ…」
「レオシュ! ジョウオウはキョウもゴキゲンナナメ!」
オウムの首には小さな蝶ネクタイ。
オシャレにして貰ったオウムは、機嫌良く同じ台詞を繰り返す。
不機嫌な女王は、パートナーを睨み付ける。
「おい、ジャワハルワール、この鳥を黙らせろ」
オウムの飼い主は無言だった。代わりのようにオウムが喋る。
「レオシュ、キレイ、キレイ!」
「鳥に言われても嬉しくない」
オウムは首を傾げて、ジャワハルワールに確認する。
「ジャワハルワール。レオシュ、キレイ?」
ジャワハルワールは無言だったが、こくんと頷いた。
レオシュは一瞬瞳を大きくして俯いた。
いつも不機嫌な女王にしては珍しいことだった。
オウムはその様子を見て、本人に尋ねた。
「ジョウオウ、キョウ、ゴキゲン?」
「違う」
レオシュは氷柱のような眼差しで睨み付けた。
観客席がざわめいた。
注目を浴びていたのはジョシュア・アンリペア。
ホールに登場しただけで、観客から溜め息が上がっていた。
中世ヨーロッパの王族を模した優雅な衣装。
ジョシュアに王子の装束は他の誰よりも似合っていたし、
文化祭でも定評のあるアンリのプリンセス姿は全く男子生徒には見えなかった。
二人ともダンスが上手く、誰もが見惚れるペアだった。
密かにどのペアが優勝するか賭けが行われていたのだが、
その中でも断トツの一番人気だった。
だが、結果、優勝したのは、シルヴァン・ハルヤペア。
ダンスの本番中、ハルヤがドレスの裾を踏んで、盛大に転んでしまったのだ。
「ハルヤッ! お怪我は?」
「ごめん…俺…」
ハルヤは座り込んだまま、顔を真っ赤に染める。
「大丈夫ですよ、ハルヤ。さあ、お手をどうぞ」
「うん…」
ハルヤが伸ばした手を、シルヴァンは強引に奪って胸の中に抱き締めた。
シルヴァンは、ピンク色の耳に何か囁いた。
ますます顔を真っ赤にしたハルヤに、ほぼ全生徒が心を打たれた。
テオも例に漏れず、持てる限りの賛辞を上げていた。
審査委員長テオの心を射止め、二人が優勝ペアとして、表彰台に上った。
シルヴァンは大喜びで、観客に手を振っていたが、
ハルヤは恥ずかしくて仕方ないようだった。
表彰式も終わり、後は自由解散。
ホールには曲が流れている。皆ペアに関係なく自由に踊り始める。
本日のMVPとも言えるハルヤの前には、多くの手が差し出されていた。
戸惑うハルヤを見て、シルヴァンは強引にハルヤの手を取った。
「ハルヤ、僕と逃げましょう?」
「ええっ!?」
駆け出したシルヴァンにハルヤが引っ張られる。
優勝ペアを追う足音で、ホールには小さな地震が起こった。
アルファルド寮の生徒は、拘束時間が終わったとばかり、
さっさと寮へ引き揚げる者が多かった。
ジャワハルワール・レオシュペアも寮へと向かおうとしていたのだが、
レオシュの前に幾つもの手が差し出された。
不機嫌な女王はどの手も取らない。
すると、ジャワハルワールがレオシュの手首を引いた。
そのまま普通に出口へと向かった。
残された男達は呆気に取られている。
数歩進むと、ジャワハルワールは手を離した。
無表情のまま、自分達の家に向かって歩いている。
レオシュは驚きながらも何も言わず、後ろを歩く。
肩乗りオウムは、レオシュを振り返って叫ぶ。
「ジョウオウ、カワイイ、カワイイ!」
「煩いぞ、鳥」
オウムは首を傾げて、ジャワハルワールに確認する。
「ジャワハルワール。レオシュ、カワイイ?」
ジャワハルワールは無言だった。
が、唐突にパートナーの手を取った。
女王とオウムが呆然と見つめる中、
何も言わずに手の甲にキスをした。女王の頬が、さっと赤くなる。
凶暴化したオウムは騒ぎ出した。
「ジャワハルワール!!」
両の翼で飼い主の頭をばしばし叩く。
ジャワハルワールは黙ったまま、頬を掻いていた。
残った生徒達、主にウーティスとシュヌーシアの生徒達が踊っている。
生徒代表のテオは特等席から皆の様子を眺めていた。
隣に一人の生徒が立つ。この舞踏会の主催者に、ジョシュアが感謝を述べに来た。
「テオ、お疲れ様でした。楽しいパーティをありがとうございます」
「やあ、ジョシュア。こちらこそありがとう。君達のダンス、とても美しかったよ」
「テオは踊らないんですか?」
「ああ、私は良いのだよ。それより、君の姫君はどうしたんだい?」
「あそこに居ますよ、ほら」
ホール中央で不機嫌なアンリの手を取っているのはアルフレッドだった。
本人の言葉通り、ダンスはジョシュアと変わらないくらい上手かった。
「お前、バカだなー。俺とペア組んでりゃ、優勝させてやったのに」
アンリは目の前の笑顔を睨み付ける。
「君と組んでても優勝できなかったよ。転んだから優勝って何なの」
「お前には可愛げがねーんだよ、ハルヤと違ってな」
「なら、君もハルヤを追い駆ければ良かったのに」
「シルヴァンに攫われて追い着けるかよ。
だから、仕方なくお前と踊ってあげてんだろー?」
「あっそう」
アンリは突然クスッと微笑み、足でアルフレッドの足首を払った。
「うわっ!」
転んで、床に手を付く。周囲から笑い声が上がる。
「アンリ~、てめーっ!」
見ていたジョシュアが、テオに一言断ってから、友人達の所へ向かう。
テオはゆっくりと腰を上げた。そのままダンスホールを出て行く。
周囲には着飾った生徒や島民ばかりで、テオの王族衣装もさほど目立たない。
擦れ違ったシュヌーシアの生徒に声を掛けられた。
「テオー。もう帰っちゃうのー?」
「ああ。少し仕事があってね。生徒代表室へ行ってくるよ。
皆は思う存分楽しんでおくれ。踊り明かしてくれても構わないよ?」
生徒は笑う。
「そんなに踊れないよー。じゃあね、テオ。お仕事無理しないでね?」
「ああ。ありがとう。ではね」
テオは真っ直ぐ生徒代表室へ向かった。
パーティを抜け出した優勝ペアは、月桂樹の森まで逃げていた。
並以上に体力のあるシルヴァンは涼しげな顔をして走って来たのだが、
日舞の練習にブランクがある上に、ドレス姿のハルヤは息を切らしていた。
「シルヴァン…俺、もう走れないよ…」
「ああ、すみません。座りましょうか?」
「うん。あっでも、このドレス汚しちゃうな」
「構いませんよ? これはテオが買ってくれた物なので。
ハルヤは、このドレス、お持ち帰りできますよ?」
「えー。あっても困るよ。もう着ないだろうし」
「じゃ、じゃあ、僕が貰っても良いですか?」
「い、いいけど…どうするの?」
「大切に保管しますー♪」
やっぱりやだなあ、と言える雰囲気ではなかった。
めんどくさいのでシルヴァンの好きなようにさせることにした。
「あっ、ハルヤ。見て下さい。今夜は綺麗な三日月ですよ」
「うん…そうだね…」
あまり身の入っていない返事に、シルヴァンは相手の表情を伺う。
覗き込もうとして、顔を背けられた。
「ハルヤ? どうしたんです?」
「あ、あの…さ」
「はい?」
「さっき、なんであんなこと言ったの?」
ダンス中に転んで起こして貰った時。
シルヴァンに囁かれた言葉が、耳から離れない。
会場から逃げて、走っている時もずっと。
「俺、そういう冗談ダメっていうか…困るよ…」
「だって本当にそう思ったんです」
シルヴァンは笑顔で、ハルヤを抱き締める。
「ちょっと、シルヴァン!」
恥ずかしがり屋の耳に、もう一度同じ台詞を囁く。
「可愛いですよ、ハルヤ。…キス、しちゃいたいくらいに」
三日月の下、月桂樹が揺れている。
真っ暗な森の中で、ナイチンゲールは恋の歌を歌っていた。
「今宵はね、舞踏会を開催したんだ」
生徒代表室ではテオが今日の報告をしていた。
荘厳な椅子に身を預けて、先刻の楽しかった記憶を言葉にする。
「優勝したのはウーティスのシルヴァンと、ハルヤ。
ハルヤはね、東洋から今年留学してきたんだ。美しい子なのだよ?」
生徒代表室には、テオの他に誰も居なかった。
電話を掛けているわけでもなかった。
「結局、私は誰とも踊れなかったよ」
テオは一人で、壁に飾られた肖像画を見上げていた。
卒業した歴代の生徒代表達。
其処には昨年度の生徒代表、クラウス・フォン・モール。
同じ寮の生徒で、最も親しかった友人の絵があった。
「どうして貴方は、此処に居ないのだろうね、クラウス」
広い部屋には古い時計の音が響いている。
全生徒へ送った、舞踏会への招待状。
一番会いたい人には、届けることも叶わない。
テオの笑顔は穏やかで儚かった。
その顔を見ている者は、一人も居ない。
孤独な空間で、今年度の生徒代表は、
誰にも知られず、静かに微笑む。
「私ね、貴方と踊りたかったのだよ?」
fin
聖アルフォンソ学院のある朝。全生徒に一通の手紙が届いた。
部屋のドアに封筒が挟まっていた。
ひらりと落ちたのを拾ったり、ドアから引き抜いたりしながら、
生徒達は封筒の裏を眺めた。
『愛する生徒諸君へ 生徒代表 テオ・メネシスより』
手紙は舞踏会への招待状。
朝食の時間。シュヌーシアやウーティス寮の食堂では、
テオからの招待状の話題で持ち切りだった。
アルファルド寮では通常と変わらないマイペースな朝食を食べた。
個性豊かなウーティス寮では賛否両論だ。
「強制参加って何? 生徒代表の職権乱用ではないの?」
反対派のアンリは食が進まないのか、もう紅茶を手にしていた。
アルフレッドは次のツナサンドに手を伸ばす。大きな口を開けて、ほうばった。
シルヴァンは両手を合わせて、長い髪を揺らす。
「テオの考えそうなことじゃないですかー♪
楽しいダンスパーティーになりそうですね」
アンリのカップが空く。
傍に控えていたバトラーが、タイミング良く紅茶のおかわりを尋ねる。
小さな頷きを見て、白いポットを傾けた。
ジョシュアのカップにはコーヒー。静かにソーサーに置く。
「予め寮の中で男役と女役に別れて、
ペアを組んでおいて欲しいって書いてあったよね?」
オレンジジュースを豪快に飲んだアルレッドは、手の甲で口許を拭く。
両手を組んで頭の後ろに回した。
「ウーティスはどうすっかなー。まあ、俺とジョシュアは男だろ?」
アンリは冷たい息を吐く。
「全員、男だよ」
「女はとりあえずアンリとー」
「嫌」
「後は、そうだなー」
アルフレッドは寮生達を見回す。黙々と食事を続けている友人を見付けた。
華奢なのに何故か誰よりも大食漢で、その食欲は未だに信じ難い。
「ハルヤ! お前どーよっ!?」
「なっ、なんで俺?」
すかさずシルヴァンが加勢する。
「大丈夫ですよ、ハルヤ! 絶対可愛いですから!」
「そんなこと励まされても…」
「なあ。シルヴァンはどーする? お前、どっちでも良さそうだけど?」
「そうですね。僕はどちらでも」
「んじゃ、アンリとハルヤは女で決まりなっ」
嫌がっている友人達を見て、ジョシュアは苦笑する。
「優勝したペアにはテオから賞品があるみたいだよ。アンリ、読んだのかい?」
「ああ。その一行がなければ、とっくに破ってるよ、こんなの」
テオは今までにも何度か面白いイベントを企画、実行してきたのだが、
使用された賞品は全面的にテオが用意していた。
自分は庶民だと思っているハルヤは、呆れを通り越して感心していた。
「太っ腹だよねー、テオって。優勝ってどうやって決めるのかな?」
「テオの独断じゃないですか?」
「あの人の基準が解らない」
シルヴァンはハルヤの手を掴む。
「ねえ、ハルヤ。僕と組みませんか?」
「えっ。でも俺、ダンスなんて踊れないよ?」
「ハルヤは日舞を習っていたのですから、すぐに覚えられますよ♪
僕達、優勝しちゃうかも♪」
早くも1ペアが成立した。
アルフレッドは同じ学年の友人を見やる。毒舌家の肩へ気軽に手を置く。
「アンリ、俺が組んでやってもイイぜ?
ハルヤが取られちまったからな。お前、足踏むなよ?」
「誰が君なんかと」
「知らないのかー? 俺は踊れるぜ、しかもすげー上手い」
「君とは踊らないよ、アルフレッド」
「なんでっ!?」
「馬鹿が移る」
「俺のバカは伝染すんのか!?」
「ああ、天然だったね」
まあまあ、と優等生が仲裁に入る。
「でも皆、誰かと組まないといけないんだよ?」
「君は踊れそうだね、ジョシュア?」
皇族という身分上、ジョシュアは社交場には幼い頃から出席していた。
ダンスを見る機会も自ら踊る機会もあった筈だ。
「そんなに上手くはないけどね。アンリ、俺と踊ってくれるのかい?」
「僕の足、踏まないのなら踊ってあげても良いけど」
「ありがとう」
「おい、アンリ! お前、俺よりジョシュアかよ!?」
「どうせ参加するのなら、優勝しないとね?」
「俺じゃあ、優勝できないってのかよっ!」
「君には優雅さがない」
「あるっ!」
「ない」
「ハルヤ、二人きりで練習しましょうね? 僕、ちゃんと教えますから♪」
「あ、うん。よろしくね、シルヴァン」
「あっ、ハルヤのドレス、どうします?
着物テイストでテオにオーダーしましょうか?」
「…任せるよ。めんどくさいし」
「本当ですかっ!? 嬉しいなあ、キュートなの考えますねっ!」
舞踏会当日。
聖アルフォンソ学院が所有するダンスホール。
数世紀前に建築された美しい会場に続々と生徒や観客が集まってきた。
シルヴァン・ハルヤペアの控え室では姫の着替えが終わったところだった。
ハルヤは和風ドレスを纏って、シルヴァンの前に現れた。
着物の布地を織り込んだ、和洋折衷のドレス。
髪は高い位置でひとつにまとめている。
「ハルヤッ! すっごい可愛いです! お人形さんみたい!」
大絶賛を浴びて、ハルヤはぽつりと呟く。
「やめてよ…もう」
シルヴァンは、姫と揃いの和風タキシードに身を包んでいる。
色はド派手なショッキングピンクだった。
身体のラインにぴしりと合っていて、普段より背が高く見えた。
テンションも普段より大分高い。
「ハルヤハルヤ! 今夜は眼鏡を外してみましょうか!?」
「えっ…俺、そしたら見えないよ」
「でも近くなら見えるでしょう?」
「ん。まあ。でもホールは広いし…あっ」
眼鏡を取って、王子は姫の手を握った。
「ハルヤは僕だけを見ていて下さい?」
「や…やだ、シルヴァン」
カッコイイ、と不覚にも思ってしまったハルヤは自分が恥ずかしかった。
ジョシュア・アンリペアの控え室でも姫の着替えがほぼ終わっていた。
アンリのドレスには背にチャックがあった。
それをパートナーを務めるジョシュアが首許まで上げる。
白い首筋に吸い寄せられたように、口付けを落とした。
「何、余計なことしてるの」
「ごめん、つい」
ジョシュアは悪びれる様子なく、微笑んだ。
「綺麗だよ、アンリ。皆に見せるのが惜しいくらいだ」
「ドレスまで着せておいて出場しないつもり?
僕は優勝する為に君と組んだの。ほら、行くよ」
「はいはい」
苦笑しながら、プリンセスに続く。
肩を並べると、姫の耳許へそっと囁いた。
「さっきの続きは、パーティの後で」
全生徒がダンスホールに集合していた。
嫌々ながらもアルファルド寮の生徒達も来ている。
「ジャワハルワール! コクオウ! イイオトコ!」
オウムを肩に乗せている生徒は貴族の礼装だった。
傍らに居るのは、アルファルドの中でも最も機嫌の悪い生徒。
長いストレートの黒髪に、ロングドレス。
深く入ったスリットからは、白い足が覗いている。
「何故、私が女役なんだ…」
「レオシュ! ジョウオウはキョウもゴキゲンナナメ!」
オウムの首には小さな蝶ネクタイ。
オシャレにして貰ったオウムは、機嫌良く同じ台詞を繰り返す。
不機嫌な女王は、パートナーを睨み付ける。
「おい、ジャワハルワール、この鳥を黙らせろ」
オウムの飼い主は無言だった。代わりのようにオウムが喋る。
「レオシュ、キレイ、キレイ!」
「鳥に言われても嬉しくない」
オウムは首を傾げて、ジャワハルワールに確認する。
「ジャワハルワール。レオシュ、キレイ?」
ジャワハルワールは無言だったが、こくんと頷いた。
レオシュは一瞬瞳を大きくして俯いた。
いつも不機嫌な女王にしては珍しいことだった。
オウムはその様子を見て、本人に尋ねた。
「ジョウオウ、キョウ、ゴキゲン?」
「違う」
レオシュは氷柱のような眼差しで睨み付けた。
観客席がざわめいた。
注目を浴びていたのはジョシュア・アンリペア。
ホールに登場しただけで、観客から溜め息が上がっていた。
中世ヨーロッパの王族を模した優雅な衣装。
ジョシュアに王子の装束は他の誰よりも似合っていたし、
文化祭でも定評のあるアンリのプリンセス姿は全く男子生徒には見えなかった。
二人ともダンスが上手く、誰もが見惚れるペアだった。
密かにどのペアが優勝するか賭けが行われていたのだが、
その中でも断トツの一番人気だった。
だが、結果、優勝したのは、シルヴァン・ハルヤペア。
ダンスの本番中、ハルヤがドレスの裾を踏んで、盛大に転んでしまったのだ。
「ハルヤッ! お怪我は?」
「ごめん…俺…」
ハルヤは座り込んだまま、顔を真っ赤に染める。
「大丈夫ですよ、ハルヤ。さあ、お手をどうぞ」
「うん…」
ハルヤが伸ばした手を、シルヴァンは強引に奪って胸の中に抱き締めた。
シルヴァンは、ピンク色の耳に何か囁いた。
ますます顔を真っ赤にしたハルヤに、ほぼ全生徒が心を打たれた。
テオも例に漏れず、持てる限りの賛辞を上げていた。
審査委員長テオの心を射止め、二人が優勝ペアとして、表彰台に上った。
シルヴァンは大喜びで、観客に手を振っていたが、
ハルヤは恥ずかしくて仕方ないようだった。
表彰式も終わり、後は自由解散。
ホールには曲が流れている。皆ペアに関係なく自由に踊り始める。
本日のMVPとも言えるハルヤの前には、多くの手が差し出されていた。
戸惑うハルヤを見て、シルヴァンは強引にハルヤの手を取った。
「ハルヤ、僕と逃げましょう?」
「ええっ!?」
駆け出したシルヴァンにハルヤが引っ張られる。
優勝ペアを追う足音で、ホールには小さな地震が起こった。
アルファルド寮の生徒は、拘束時間が終わったとばかり、
さっさと寮へ引き揚げる者が多かった。
ジャワハルワール・レオシュペアも寮へと向かおうとしていたのだが、
レオシュの前に幾つもの手が差し出された。
不機嫌な女王はどの手も取らない。
すると、ジャワハルワールがレオシュの手首を引いた。
そのまま普通に出口へと向かった。
残された男達は呆気に取られている。
数歩進むと、ジャワハルワールは手を離した。
無表情のまま、自分達の家に向かって歩いている。
レオシュは驚きながらも何も言わず、後ろを歩く。
肩乗りオウムは、レオシュを振り返って叫ぶ。
「ジョウオウ、カワイイ、カワイイ!」
「煩いぞ、鳥」
オウムは首を傾げて、ジャワハルワールに確認する。
「ジャワハルワール。レオシュ、カワイイ?」
ジャワハルワールは無言だった。
が、唐突にパートナーの手を取った。
女王とオウムが呆然と見つめる中、
何も言わずに手の甲にキスをした。女王の頬が、さっと赤くなる。
凶暴化したオウムは騒ぎ出した。
「ジャワハルワール!!」
両の翼で飼い主の頭をばしばし叩く。
ジャワハルワールは黙ったまま、頬を掻いていた。
残った生徒達、主にウーティスとシュヌーシアの生徒達が踊っている。
生徒代表のテオは特等席から皆の様子を眺めていた。
隣に一人の生徒が立つ。この舞踏会の主催者に、ジョシュアが感謝を述べに来た。
「テオ、お疲れ様でした。楽しいパーティをありがとうございます」
「やあ、ジョシュア。こちらこそありがとう。君達のダンス、とても美しかったよ」
「テオは踊らないんですか?」
「ああ、私は良いのだよ。それより、君の姫君はどうしたんだい?」
「あそこに居ますよ、ほら」
ホール中央で不機嫌なアンリの手を取っているのはアルフレッドだった。
本人の言葉通り、ダンスはジョシュアと変わらないくらい上手かった。
「お前、バカだなー。俺とペア組んでりゃ、優勝させてやったのに」
アンリは目の前の笑顔を睨み付ける。
「君と組んでても優勝できなかったよ。転んだから優勝って何なの」
「お前には可愛げがねーんだよ、ハルヤと違ってな」
「なら、君もハルヤを追い駆ければ良かったのに」
「シルヴァンに攫われて追い着けるかよ。
だから、仕方なくお前と踊ってあげてんだろー?」
「あっそう」
アンリは突然クスッと微笑み、足でアルフレッドの足首を払った。
「うわっ!」
転んで、床に手を付く。周囲から笑い声が上がる。
「アンリ~、てめーっ!」
見ていたジョシュアが、テオに一言断ってから、友人達の所へ向かう。
テオはゆっくりと腰を上げた。そのままダンスホールを出て行く。
周囲には着飾った生徒や島民ばかりで、テオの王族衣装もさほど目立たない。
擦れ違ったシュヌーシアの生徒に声を掛けられた。
「テオー。もう帰っちゃうのー?」
「ああ。少し仕事があってね。生徒代表室へ行ってくるよ。
皆は思う存分楽しんでおくれ。踊り明かしてくれても構わないよ?」
生徒は笑う。
「そんなに踊れないよー。じゃあね、テオ。お仕事無理しないでね?」
「ああ。ありがとう。ではね」
テオは真っ直ぐ生徒代表室へ向かった。
パーティを抜け出した優勝ペアは、月桂樹の森まで逃げていた。
並以上に体力のあるシルヴァンは涼しげな顔をして走って来たのだが、
日舞の練習にブランクがある上に、ドレス姿のハルヤは息を切らしていた。
「シルヴァン…俺、もう走れないよ…」
「ああ、すみません。座りましょうか?」
「うん。あっでも、このドレス汚しちゃうな」
「構いませんよ? これはテオが買ってくれた物なので。
ハルヤは、このドレス、お持ち帰りできますよ?」
「えー。あっても困るよ。もう着ないだろうし」
「じゃ、じゃあ、僕が貰っても良いですか?」
「い、いいけど…どうするの?」
「大切に保管しますー♪」
やっぱりやだなあ、と言える雰囲気ではなかった。
めんどくさいのでシルヴァンの好きなようにさせることにした。
「あっ、ハルヤ。見て下さい。今夜は綺麗な三日月ですよ」
「うん…そうだね…」
あまり身の入っていない返事に、シルヴァンは相手の表情を伺う。
覗き込もうとして、顔を背けられた。
「ハルヤ? どうしたんです?」
「あ、あの…さ」
「はい?」
「さっき、なんであんなこと言ったの?」
ダンス中に転んで起こして貰った時。
シルヴァンに囁かれた言葉が、耳から離れない。
会場から逃げて、走っている時もずっと。
「俺、そういう冗談ダメっていうか…困るよ…」
「だって本当にそう思ったんです」
シルヴァンは笑顔で、ハルヤを抱き締める。
「ちょっと、シルヴァン!」
恥ずかしがり屋の耳に、もう一度同じ台詞を囁く。
「可愛いですよ、ハルヤ。…キス、しちゃいたいくらいに」
三日月の下、月桂樹が揺れている。
真っ暗な森の中で、ナイチンゲールは恋の歌を歌っていた。
「今宵はね、舞踏会を開催したんだ」
生徒代表室ではテオが今日の報告をしていた。
荘厳な椅子に身を預けて、先刻の楽しかった記憶を言葉にする。
「優勝したのはウーティスのシルヴァンと、ハルヤ。
ハルヤはね、東洋から今年留学してきたんだ。美しい子なのだよ?」
生徒代表室には、テオの他に誰も居なかった。
電話を掛けているわけでもなかった。
「結局、私は誰とも踊れなかったよ」
テオは一人で、壁に飾られた肖像画を見上げていた。
卒業した歴代の生徒代表達。
其処には昨年度の生徒代表、クラウス・フォン・モール。
同じ寮の生徒で、最も親しかった友人の絵があった。
「どうして貴方は、此処に居ないのだろうね、クラウス」
広い部屋には古い時計の音が響いている。
全生徒へ送った、舞踏会への招待状。
一番会いたい人には、届けることも叶わない。
テオの笑顔は穏やかで儚かった。
その顔を見ている者は、一人も居ない。
孤独な空間で、今年度の生徒代表は、
誰にも知られず、静かに微笑む。
「私ね、貴方と踊りたかったのだよ?」
fin
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