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Marginal Prince Short Story
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■レッド×アンリ ユウタ×アンリ
子供の頃、何度も見た夢 続編
部屋に太陽が差し込む。カーテンを開けると、眩い光に当てられた。
窓硝子に付いた水滴は朝陽を浴びて、きらきらと輝いている。
その先には朝の森。夜とはまるで雰囲気が違う。
光と霧に包まれて、神秘的な姿に変わっていた。
僕の背後に講師が立つ。
「外の雨も上がったようだね」そっと後ろから抱き留められる。
「目許は腫れてないから、皆に会っても大丈夫だよ」
親切で言っているのか、からかっているのか解らない。
「煩いな」
廊下を歩く足音が聞こえた。寮生達の騒がしい声が通り過ぎる。
講師は僕の髪に軽く口付ける。
「そろそろ朝食の時間だね。いっておいで」
オーギュストに送り出されて、食堂に向かう。
朝食が終わって、部屋に戻れば、オーギュストの姿は消えているだろう。
寮生が食堂に集まっている間に、彼はメルキュール館に戻るから。

僕は食堂の扉を開ける。朝の挨拶を掛けられながら、席に着く。
黙っていても僕の前には、あたたかい紅茶が差し出される。
眼鏡の日本人は最近グリーンティを飲んでいる。
この前、彼は頬を染めながら話していた。
日本に住む兄が送ってくれた、と嬉しそうに。
生徒代表の前に置かれているのは珈琲。
もう一人の最高学年には「今日のお飲み物は?」とバトラーが尋ねている。
彼には拘りというものがなく、毎日気紛れにオーダーを変えるのが好きだからだ。
賑やかな食卓が今日も始まった。
話題に上っていたのは、今夜のお菓子の家作り。
買い出しにはアルフレッドとユウタが代表で行くことになったらしい。

一日の講義が終わり、また夜がやってくる。
もしかしたら、今夜も、あの夢を見るかもしれない。
夕食後、僕は部屋で日記を書いていた。


子供の頃、何度も見た夢を、最近また見るようになった。
暗い森で迷う僕に、手をさしのべる彼は、一体誰だろう。


ノックの音がする。
日記帳を閉じて、引き出しの奥に仕舞う。
席を立って、ドアを開けた。
其処に居たのは、今年の新入生。少し僕より背が低い。
「あのね、今から皆でお菓子の家を作るんだ。アンリも一緒に作ろ?」
「お菓子の家…」
「うん。昨日、描いてたアレ。材料は俺達で買ってきたからさ?
作り終わったら、皆で食べよう。
あっ、その前にケータイで写真撮らせて欲しいな。姉貴に送りたいし」
笑顔。言葉。彼は無遠慮に僕に踏み込んでくる。
僕のことを何も知らないくせに。彼の言動は僕の琴線に触れる。
どうして、わざわざ僕に声に掛けてくるんだろう。
僕のことなんか放って措けばいいのに。
「ね。行こう、アンリ」
部屋から廊下に出された。
新入生は先に歩き出した。後ろで手を組んでいる。
「お菓子ね、いっぱい買って来ちゃったんだー。今日使い切れないぐらいっ」
くるっと振り向いて、子供みたいな笑顔を向けられる。
僕を見たまま、後ろ向きに歩く。
「アンリが好きそうなお菓子も買って来たよ?」
「僕が好きそう、って?」
「あまーいの!」
「君は僕が甘党だと思っているの?」
「だって、アンリ、『天使の顎』とか好きじゃん。
あれ、ハルヤは甘過ぎて、食べられないって言ってたよ?」
サロンの前に着く。中から複数の笑い声。
ユウタは勢い良く扉を開ける。
「アンリ、連れて来たよー!」
サロンは甘いお菓子の香りがした。
歓声の中、ユウタが描いたお菓子の家が徐々に形になっていく。
生クリームのような時間だった。
柔らかくて、甘ったるくて。
まるでウーティス寮という空間が、お菓子で出来ているかのようだ。
その夜、僕の夢に暗い森は現れなかった。


翌日、僕はライブラリへ向かっていた。
普段は行かないコーナーへ歩を進める。今まで無意識に避けて来た気がする。
どれも薄い本が並ぶ場所。ドイツのグリム兄弟が収集した童話集。その15番目。
背表紙に刻まれた題名。
子供の頃はこの文字を目にすることさえ耐えられず、捨てた。
あれ以来ずっと触ることができなかった、ただの一冊の絵本。
きつく結ばれていた手を開く。
背表紙の上に人差し指を伸ばす。ゆっくりと近付く距離。
僕の指が絵本に触れる。
手前に引いた。
腕に絵本を乗せる。表紙に指を這わせる。滑らかな紙。
表紙には兄妹と魔女。その背景にお菓子の家と深い森。
10年余り恐れていた本は思ったよりずっと、軽かった。

席に着いて絵本を読んだ。
静かな図書館で僕がページを繰る音だけが響く。
童話の研究者が書いた専門書も読んだ。
飢饉による口減らし。当時、子捨ては実際に遭ったことらしい。
初版で記されていた残酷な場面は、子供向けに何度も改変された。
子捨てを提案したのは継母ではなく実母であったとか、
魔女を倒した妹が魔法を継承するとか。
また、兄妹が帰ってくると母親は亡くなっているのだが、
それは実父が手に掛けたからだと描いている版もあるようだ。

「あっ。アンリだー。アンリー!」

ユウタの声。彼の隣にはハリウッドスターが居る。
彼等は僕の傍までやってきた。
「なに読んでんのー?」
勝手に手元を覗かれた。ユウタの表情に花が咲く。
「これっ、ヘンゼルとグレーテルだ!」
「マジで!?」
アルフレッドに笑われた。むかつく。
「なんだお前、楽しかったのかよ、昨日」
「別に…久し振りに、読んでもいいかなって思っただけだ」
白い歯を見せて、僕の首に腕を回す。
「要するに楽しかったんだろ? 
散々、『壁が歪んでる』とか文句ばっか言ってたくせに。
ったく、素直じゃねーなー、おめーは」
心からほっとしたように、ユウタも笑顔になる。
「良かったあ。じゃあ、また作ろうね、お菓子の家」
「その前に! 今夜は森でバーベキューしようぜ!」
「また?」
「良いだろ、楽しいんだからさ」
『王の剣』という、串に月桂樹の葉を挟むバーベキュー。
彼等はそれが好きらしく、よく月桂樹の森でパーティを開催する。
もう何度もやっているのに、飽きることはないらしい。
夜の森で行うバーベキューパーティ。
入学当時は、誘われても行かなかった。
その頃はまだ、森に入ることができなかったから。
「おい、アンリ、今日はお前が買い出し行けよ?」
「なんで僕が」
「昨日、お前はスーパー、行かなかったから」
「アンリ、俺、荷物持つの手伝うよ。一緒に行こ?」

今夜も彼等に付き合わされるようだ。
森という場所。
騒がしい彼等と共に居る時は、怖いと思う暇もない。


fin
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