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■オーギュスト×アンリ
休日の午前中。今日は特に用事もない。
アンリは一人で図書館を歩いていた。
此処は大抵閑散として、生徒の姿は疎らだった。
先程、神秘学の受講生が席に着いているのを見かけた。
アルファルド寮の生徒。邪魔そうに長い髪を耳に掛けていた。
切れば良いのに。
そう思いながら彼の横を通り過ぎた。
昨日、神秘学で課題を出された。
好きな呪術を選んで、次回の講義で紹介して欲しい、と。
その参考資料を探しに来た。
情報処理室に行って、インターネットで調べる方法もあるが、
聖アルフォンソ学院の図書館には、此処にしかない本が多数ある。
世間に公開できない裏の歴史が、ひっそりと眠っている場合も少なくない。
オーギュストの研究室から文献を借りる方法もある。
あの部屋には面白そうな本がたくさんある。
しかし、今日は休日だ。彼は仕事で僕達生徒と接している。
彼は「いつでもおいで」と言うだろうけれど。
休日まで研究室を訪ねる気にはあまりならない。
そうでなくても、最近は彼に会ってはいけない気がしていた。
君は講師の一人で、僕も生徒の一人なのに。
僕は彼と必要以上に言葉を交わすようになった。
人に優しくされることは落ち着かない。
今の僕が壊れてしまいそうで、怖い。
相手が誰であっても、他人とはある程度の距離を保っておきたい。
近付いてはいけない。心を許してはいけない。
僕は誰とも。
カツカツと自分の靴音が響く。
神秘学の本棚に向かう。図書館の案内図を見る必要はない。
もう何度も足を運んでいる場所だ。
古い本の匂いがする。数世紀前の書物も此処にはあった。
ふと足が止まる。
本棚の高いところを見上げていた。
古めかしいハードカバーが並ぶ中、一冊に目を奪われる。
青い背表紙。
なんとなく惹かれた。
理由は解らないけれど読んでみたい気がする。
本に呼ばれている、そんなかんじがだ。
こういう予感がする本は経験的に興味深い本だ。
だが、手を伸ばしても届かない位置にある。
届かないことで余計に読みたい気持ちが強まる。近くに踏み台は、ない。
誰かに協力を要請するのも面倒だ。
先程、見掛けた長身の生徒ならば届くのだろうが。
そんなことで、人に借りを作るのは好きじゃなかった。
青い本。あれには何が書いてあるのだろう。
青地に紺で記された題名がよく見えない。
その本に誰かの手が伸びた。
袖口のカフスがきらりと光る。
僕の前に青い本が差し出された。
「これかね?」
僕の背後に居たのは神秘学の講師だった。
普段、教壇に居る彼が図書館に居ると少し不思議なかんじだ。
「アンリ? 違う本だったかな?」
「ううん。これでいい」
青い本を受け取る。教授は嬉しそうに本を見やる。
「お目が高いね、アンリ。それはなかなか面白い本だよ」
オーギュストも読んだことがあるらしい。
「別に、少し気になっただけ」
「休日の朝から勉強かい? 感心だね」
「課題を出したのは君でしょう」
「ああ、そうだったね」
僕の言葉にも君は穏やかに微笑む。
君は自分の顎に手を置いて、思い出すような表情を見せる。
「確か、それの参考になりそうな本が、
私の研究室にもあったと思うな。少し寄って行くかい?」
オーギュストの紅茶が飲みたくなる。彼は紅茶を淹れるのも上手かった。
僕は青い本を左手に持ち変える。ざらついた表紙だった。
「…行かない」
オーギュストは首を傾げた。
何故、残念そうな顔をするの。
「おや。この後は忙しいのかい?」
「…うん」
「そうか。ではまた時間のある時においで」
講師の傍から一歩後ずさる。
「ごきげんよう、ボージェ教授」
振り向かずに歩く。
胸の内が平静ではない。何処か波立っている。
如何して。自分の靴音さえ煩わしい。
真っ直ぐにカウンターへ向かう。
本を借り、すぐに図書館から離れた。
fin
休日の午前中。今日は特に用事もない。
アンリは一人で図書館を歩いていた。
此処は大抵閑散として、生徒の姿は疎らだった。
先程、神秘学の受講生が席に着いているのを見かけた。
アルファルド寮の生徒。邪魔そうに長い髪を耳に掛けていた。
切れば良いのに。
そう思いながら彼の横を通り過ぎた。
昨日、神秘学で課題を出された。
好きな呪術を選んで、次回の講義で紹介して欲しい、と。
その参考資料を探しに来た。
情報処理室に行って、インターネットで調べる方法もあるが、
聖アルフォンソ学院の図書館には、此処にしかない本が多数ある。
世間に公開できない裏の歴史が、ひっそりと眠っている場合も少なくない。
オーギュストの研究室から文献を借りる方法もある。
あの部屋には面白そうな本がたくさんある。
しかし、今日は休日だ。彼は仕事で僕達生徒と接している。
彼は「いつでもおいで」と言うだろうけれど。
休日まで研究室を訪ねる気にはあまりならない。
そうでなくても、最近は彼に会ってはいけない気がしていた。
君は講師の一人で、僕も生徒の一人なのに。
僕は彼と必要以上に言葉を交わすようになった。
人に優しくされることは落ち着かない。
今の僕が壊れてしまいそうで、怖い。
相手が誰であっても、他人とはある程度の距離を保っておきたい。
近付いてはいけない。心を許してはいけない。
僕は誰とも。
カツカツと自分の靴音が響く。
神秘学の本棚に向かう。図書館の案内図を見る必要はない。
もう何度も足を運んでいる場所だ。
古い本の匂いがする。数世紀前の書物も此処にはあった。
ふと足が止まる。
本棚の高いところを見上げていた。
古めかしいハードカバーが並ぶ中、一冊に目を奪われる。
青い背表紙。
なんとなく惹かれた。
理由は解らないけれど読んでみたい気がする。
本に呼ばれている、そんなかんじがだ。
こういう予感がする本は経験的に興味深い本だ。
だが、手を伸ばしても届かない位置にある。
届かないことで余計に読みたい気持ちが強まる。近くに踏み台は、ない。
誰かに協力を要請するのも面倒だ。
先程、見掛けた長身の生徒ならば届くのだろうが。
そんなことで、人に借りを作るのは好きじゃなかった。
青い本。あれには何が書いてあるのだろう。
青地に紺で記された題名がよく見えない。
その本に誰かの手が伸びた。
袖口のカフスがきらりと光る。
僕の前に青い本が差し出された。
「これかね?」
僕の背後に居たのは神秘学の講師だった。
普段、教壇に居る彼が図書館に居ると少し不思議なかんじだ。
「アンリ? 違う本だったかな?」
「ううん。これでいい」
青い本を受け取る。教授は嬉しそうに本を見やる。
「お目が高いね、アンリ。それはなかなか面白い本だよ」
オーギュストも読んだことがあるらしい。
「別に、少し気になっただけ」
「休日の朝から勉強かい? 感心だね」
「課題を出したのは君でしょう」
「ああ、そうだったね」
僕の言葉にも君は穏やかに微笑む。
君は自分の顎に手を置いて、思い出すような表情を見せる。
「確か、それの参考になりそうな本が、
私の研究室にもあったと思うな。少し寄って行くかい?」
オーギュストの紅茶が飲みたくなる。彼は紅茶を淹れるのも上手かった。
僕は青い本を左手に持ち変える。ざらついた表紙だった。
「…行かない」
オーギュストは首を傾げた。
何故、残念そうな顔をするの。
「おや。この後は忙しいのかい?」
「…うん」
「そうか。ではまた時間のある時においで」
講師の傍から一歩後ずさる。
「ごきげんよう、ボージェ教授」
振り向かずに歩く。
胸の内が平静ではない。何処か波立っている。
如何して。自分の靴音さえ煩わしい。
真っ直ぐにカウンターへ向かう。
本を借り、すぐに図書館から離れた。
fin
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