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■警備責任者と生徒代表ヤン
■重め
「アイヴィーの家って、こんなとこにあったんだね」
俺んちに初めて来た生徒代表は眼鏡を直し、窓の傍に座る。
アルコールに慣れない頬は素直に紅潮していて微笑ましい。
ヤンは目の前に広がる景色に暫く見入っていた。
夜の海、砂浜、遠くには追憶の塔。
窓辺に腕を乗せ、その上に顎を置く。
「海の匂いがする…」
家主のアイヴィーは缶ビールに口付けながら、
その猫背と灰色の髪を眺めていた。
生徒代表と警備責任者として、一年ほど共に過ごして来た。
一回り以上年下の奴が、俺の上官、いや、この島のトップだった。
ヤン・ハシェク。聖アルフォンソ学院の最高学年。
18歳、という割りにはかなり老けて見える。言動も変わっていた。
数学に於ける知識は学者並、保健医が行った知能検査の成績もすば抜けていたそうだ。
制服のジャケットは重いから、
という理由で紺のカーディガンをだらしなく着こなしている。
保健医曰く、ぼうっとした見目だが、洞察力には目を見張るものがある、らしい。
かと思えば、どうもよく転ぶらしく、絆創膏を付けている姿も見掛けていた。
アイヴィーにとって、初めての生徒代表がヤンだった。
当時、学院について紙面上でしか知らなかった俺に、
ヤンは「僕が学院案内をします」と言い出した。
「この島の一年生に学院を案内するのは生徒代表の仕事だから」と。
たった半日、ヤンの華奢な背に付いて行っただけで、
それまで抱えていた疑問が大方解消した。
アイヴィーが尋ねる前に、ヤンは過不足無く説明した。
ヤンの卒業まで一週間を残すのみとなり、自宅に招いた。
その頃はまだ料理なんてできなかったから、
確かピザを一枚頼んで二人で食べたんだと思う。
「僕も飲んでみたいな」とねだられた缶ビールで乾杯し、
ささやかな卒業パーティとなった。
ヤンは少食なのか、2ピースで「おなかいっぱい」になったそうだ。
アルコールが入った生徒代表は、呂律があまり回らないらしく、
時々つっかえながら、ゆっくりと話していた。
話のネタは学院のあらゆる物の個数について、だったような気がする。
どうやら自分で数えたらしい。面白い奴だ。
ラジオは眠たげなBGMを提供している。
ヤンと仕事以外の話がのんびりできた。
家に呼んで良かったと俺は思った。明日、学院は休日だ。
今日はうちに泊めて、明日の朝ちょっと遅めに起きてから、
学院まで車で送っていこう、そんなことを考えていた時だった。
ヤンは海を見ながら、窓辺にぺたりと座っている。
何の脈絡無く、こう言い出した。
「ねえ。アイヴィーってさ」
「ん?」
「今年初めて島に来たんだよね?」
「ああ。そうだけど?」
「この島が、アイヴィーの傷も治してくれるよ、きっと」
テーブルには冷めちまったピザが残ってた。
食べたらきっと不味いだろう。
「傷って…」
「そういう目、してる。本当は僕、初めて見た時から思ってたんだ」
「何、言ってんだよ」
流れていたラジオがふっと止まった。
窓の外を見ていた生徒代表が、こちらを振り返る。
「だって、アイヴィーも、『訳あり』なんでしょう?」
DJの小慣れた声が再び聞こえてくる。
次の曲名紹介。そのバックから小さく曲が流れ始める。
静寂は一瞬だったのに、随分長く感じた。
運が悪ければ缶ビールを取り落としていたかもしれない。
俺の様子を見た生徒代表は申し訳なさそうに背を丸めた。
頬はほんのりと色付き、自分の言葉に驚いたようだった。
「ごめん…余計なこと言っちゃったね…僕、酔ってるのかな…」
「いや、お前がそんな顔することじゃねえよ」
口ではそう言いながら、目は合わせられなかったと思う。
だからヤンは、ごめんね、ともう一度謝って腰を上げたのだろう。
「僕、そろそろ寝るよ」
お客さんだから、とヤンには寝室のベッドを使わせた。
その理由は半分以上、嘘。一人で海を見る時間が必要だった。
意外と言うか当然と言うか。俺は過去に縛られているらしい。
あの傷はまだ癒えていないのだと、思い知らされた。
灰色の瞳。そのぼんやりした色とは裏腹に。保健医が認めるほどの洞察力を持つ。
俺より俺のことをヤンは察していたのだろうか。
ヤンには気まずい思いをさせちまった。
何を言われても笑い飛ばせるくらい、俺が大人だったら良かったんだけど。
孤島に流れ着いて一年目の俺には、そこまでの余裕がなかった。
この後、電話を一本入れようかと思っていたのだが、
明日にした方が良さそうだ。
窓の向こうから潮風が流れて来る。
海は真っ暗で、その時の気分には合っていた。
冷蔵庫からもう一缶、ビールを持ってくる。
虚しい音がして、蓋が開いた。
fin
■重め
「アイヴィーの家って、こんなとこにあったんだね」
俺んちに初めて来た生徒代表は眼鏡を直し、窓の傍に座る。
アルコールに慣れない頬は素直に紅潮していて微笑ましい。
ヤンは目の前に広がる景色に暫く見入っていた。
夜の海、砂浜、遠くには追憶の塔。
窓辺に腕を乗せ、その上に顎を置く。
「海の匂いがする…」
家主のアイヴィーは缶ビールに口付けながら、
その猫背と灰色の髪を眺めていた。
生徒代表と警備責任者として、一年ほど共に過ごして来た。
一回り以上年下の奴が、俺の上官、いや、この島のトップだった。
ヤン・ハシェク。聖アルフォンソ学院の最高学年。
18歳、という割りにはかなり老けて見える。言動も変わっていた。
数学に於ける知識は学者並、保健医が行った知能検査の成績もすば抜けていたそうだ。
制服のジャケットは重いから、
という理由で紺のカーディガンをだらしなく着こなしている。
保健医曰く、ぼうっとした見目だが、洞察力には目を見張るものがある、らしい。
かと思えば、どうもよく転ぶらしく、絆創膏を付けている姿も見掛けていた。
アイヴィーにとって、初めての生徒代表がヤンだった。
当時、学院について紙面上でしか知らなかった俺に、
ヤンは「僕が学院案内をします」と言い出した。
「この島の一年生に学院を案内するのは生徒代表の仕事だから」と。
たった半日、ヤンの華奢な背に付いて行っただけで、
それまで抱えていた疑問が大方解消した。
アイヴィーが尋ねる前に、ヤンは過不足無く説明した。
ヤンの卒業まで一週間を残すのみとなり、自宅に招いた。
その頃はまだ料理なんてできなかったから、
確かピザを一枚頼んで二人で食べたんだと思う。
「僕も飲んでみたいな」とねだられた缶ビールで乾杯し、
ささやかな卒業パーティとなった。
ヤンは少食なのか、2ピースで「おなかいっぱい」になったそうだ。
アルコールが入った生徒代表は、呂律があまり回らないらしく、
時々つっかえながら、ゆっくりと話していた。
話のネタは学院のあらゆる物の個数について、だったような気がする。
どうやら自分で数えたらしい。面白い奴だ。
ラジオは眠たげなBGMを提供している。
ヤンと仕事以外の話がのんびりできた。
家に呼んで良かったと俺は思った。明日、学院は休日だ。
今日はうちに泊めて、明日の朝ちょっと遅めに起きてから、
学院まで車で送っていこう、そんなことを考えていた時だった。
ヤンは海を見ながら、窓辺にぺたりと座っている。
何の脈絡無く、こう言い出した。
「ねえ。アイヴィーってさ」
「ん?」
「今年初めて島に来たんだよね?」
「ああ。そうだけど?」
「この島が、アイヴィーの傷も治してくれるよ、きっと」
テーブルには冷めちまったピザが残ってた。
食べたらきっと不味いだろう。
「傷って…」
「そういう目、してる。本当は僕、初めて見た時から思ってたんだ」
「何、言ってんだよ」
流れていたラジオがふっと止まった。
窓の外を見ていた生徒代表が、こちらを振り返る。
「だって、アイヴィーも、『訳あり』なんでしょう?」
DJの小慣れた声が再び聞こえてくる。
次の曲名紹介。そのバックから小さく曲が流れ始める。
静寂は一瞬だったのに、随分長く感じた。
運が悪ければ缶ビールを取り落としていたかもしれない。
俺の様子を見た生徒代表は申し訳なさそうに背を丸めた。
頬はほんのりと色付き、自分の言葉に驚いたようだった。
「ごめん…余計なこと言っちゃったね…僕、酔ってるのかな…」
「いや、お前がそんな顔することじゃねえよ」
口ではそう言いながら、目は合わせられなかったと思う。
だからヤンは、ごめんね、ともう一度謝って腰を上げたのだろう。
「僕、そろそろ寝るよ」
お客さんだから、とヤンには寝室のベッドを使わせた。
その理由は半分以上、嘘。一人で海を見る時間が必要だった。
意外と言うか当然と言うか。俺は過去に縛られているらしい。
あの傷はまだ癒えていないのだと、思い知らされた。
灰色の瞳。そのぼんやりした色とは裏腹に。保健医が認めるほどの洞察力を持つ。
俺より俺のことをヤンは察していたのだろうか。
ヤンには気まずい思いをさせちまった。
何を言われても笑い飛ばせるくらい、俺が大人だったら良かったんだけど。
孤島に流れ着いて一年目の俺には、そこまでの余裕がなかった。
この後、電話を一本入れようかと思っていたのだが、
明日にした方が良さそうだ。
窓の向こうから潮風が流れて来る。
海は真っ暗で、その時の気分には合っていた。
冷蔵庫からもう一缶、ビールを持ってくる。
虚しい音がして、蓋が開いた。
fin
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