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■警備責任者と生徒代表テオ
「海と共にある家だなんて! 素晴らしい家だね、アイヴィー!」
俺んちに着くなり、絶賛の嵐。なんか今年は物凄い褒められてる。
家主に断ることなく、生徒代表は豪快に窓を開けた。
「波音を子守唄に眠るのだね。ああ、毎日が船旅のようだ…」
右を見ても左を見ても、感動の溜め息を上げているのが今年度の総帥テオ。
ハイテンションなまま家中を全部見て回った。
この前「俺んち来てみる?」と誘ったところ「是非!」と即答。
近年稀に見る友好的な生徒代表だ。
最近なんとなく作れるようになったパスタを一口食べるとまた絶賛。
「アイヴィー! 君はパスタの店を開いた方が良いんじゃないかい!?」
「そこまで大袈裟なもんじゃねえって」
「店の名前はどうしようか。んー。そうだねえ…」
「店開く前提で話進めてるし」
「あっ! 『アイヴィーのマンマパスタ』はどうだろう!?」
「決めなくて良いって。てゆうか、俺、マンマじゃねえし」
「いやいや、これは母の愛というものだよ、アイヴィー。
ワイルドな中にも深い愛情を感じたよ。
ああ、今、私の胸はアイヴィーの愛で満たされている!」
パスタを食べ終わった後も、テオの感動は治まらず、はしゃいでいた。
テオの明るい笑顔を見れば見るほど、アイヴィーの心は曇った。
今日のテーブルには、アルコールは乗っていない。俺は今日の本題を切り出した。
「お前さんさ、最近元気なくない?」
「そう、見えるかい…」
「いや、なんつーか、やけにハイな時もあんだけどさ、
時々、生徒代表室でぼーっとしてっから。気になってたんだ」
それまで喋り通しだったテオが言葉を返さない。
俺は立ち上がって、デスクに向かう。
「でさ、お前宛の預かり物してるんだ。今日はそれを渡したかったんだよね」
「私、に?」
「ああ。一年前からな」
PCの傍に立て掛けていた封筒を手に取る。
テオの前に差し出した。
「ほい。誰からだと思う?」
シンプルな白い封筒。表には『テオへ』と書いてある。
自分の名前を見て、テオの声が微かに震えた。
「この、字は…」
「ありゃ。字見ただけで解っちゃった?」
「解るとも。これほど凛々しく、生真面目な文字を書くのは彼だけだ」
ぽたり、とカードに水滴が落ちた。
テオは目許を隠すように額を抑え、儚く笑った。
「すまない…私…」
堰き止められていた感情が、あっけなく崩れていく。
たった一枚のバースデーカードを引き金に。
中には直筆で『誕生日おめでとう テオ』とだけ綴られていた。
他の言葉は迷った挙句に書けなかったのかもしれない。
クラウスはそんなに器用じゃない。
ガミガミ煩い奴なのに、皆に慕われた存在だった。
中でもテオにとってクラウスは、自他共に認める一番の友人だった。
「テオ。お兄さんの胸で良ければ、空いてるぜ?」
誰よりも明るい生徒代表だと思っていたが。
俺のワイシャツを濡らしたのは、テオが初めてだった。
テオが泣き疲れて眠った後、俺は固定電話の前に座る。
受話器を取って、短縮ボタンを押した。
5年のお付き合いになる同僚に繋がる。
塞がっていない手でラジオのボリュームを少し下げた。
「寝てた? …だろうと思ったからご一報。
…ん…あんたの予想通り。泣かせちゃった…学院では我慢してたんだな」
クラウスの卒業によりテオが酷く落ち込んでいるらしい、
そうカウンセラーに聞かされ、一年前の預かり物を思い出した。
「俺は渡せないから」と不器用に渡されたカード。
それから一年経て、カードは涙で濡れた。
マージナルプリンスどもが学院で過ごせる時間には限りがある。
親しくなれば別れは辛い。当たり前のことだ。
椅子に凭れるとギイと鳴いた。
「…ああ。これで少しは元気になるといいけどな…解ってるって。
生徒代表のサポート全般が、俺達の役目だもんな?
じゃー、詳しいことはまた今度ゆっくり。おやすみ、ソクちゃん」
受話器を置く。ラジオの音量を上げる気になれなかった。
窓の外には暗い海原。何処までが海で、空なのか解らない。
テオが手放しで褒めたこの家は貰い物。
島を出て行った老人から譲り受けた、忘れ形見だ。
俺にも、島から離れる時が来るのだろうか。
テオのように、親しかった人を想って泣く日が来るのだろうか。
ポケットから箱を出して、煙草を咥える。手の中に点る弱い炎。
ライターの火は指を離すと消えちまう。
煙草を吹かす。ふわりと舞う紫煙。
椅子がまたギイと鳴った。
fin
「海と共にある家だなんて! 素晴らしい家だね、アイヴィー!」
俺んちに着くなり、絶賛の嵐。なんか今年は物凄い褒められてる。
家主に断ることなく、生徒代表は豪快に窓を開けた。
「波音を子守唄に眠るのだね。ああ、毎日が船旅のようだ…」
右を見ても左を見ても、感動の溜め息を上げているのが今年度の総帥テオ。
ハイテンションなまま家中を全部見て回った。
この前「俺んち来てみる?」と誘ったところ「是非!」と即答。
近年稀に見る友好的な生徒代表だ。
最近なんとなく作れるようになったパスタを一口食べるとまた絶賛。
「アイヴィー! 君はパスタの店を開いた方が良いんじゃないかい!?」
「そこまで大袈裟なもんじゃねえって」
「店の名前はどうしようか。んー。そうだねえ…」
「店開く前提で話進めてるし」
「あっ! 『アイヴィーのマンマパスタ』はどうだろう!?」
「決めなくて良いって。てゆうか、俺、マンマじゃねえし」
「いやいや、これは母の愛というものだよ、アイヴィー。
ワイルドな中にも深い愛情を感じたよ。
ああ、今、私の胸はアイヴィーの愛で満たされている!」
パスタを食べ終わった後も、テオの感動は治まらず、はしゃいでいた。
テオの明るい笑顔を見れば見るほど、アイヴィーの心は曇った。
今日のテーブルには、アルコールは乗っていない。俺は今日の本題を切り出した。
「お前さんさ、最近元気なくない?」
「そう、見えるかい…」
「いや、なんつーか、やけにハイな時もあんだけどさ、
時々、生徒代表室でぼーっとしてっから。気になってたんだ」
それまで喋り通しだったテオが言葉を返さない。
俺は立ち上がって、デスクに向かう。
「でさ、お前宛の預かり物してるんだ。今日はそれを渡したかったんだよね」
「私、に?」
「ああ。一年前からな」
PCの傍に立て掛けていた封筒を手に取る。
テオの前に差し出した。
「ほい。誰からだと思う?」
シンプルな白い封筒。表には『テオへ』と書いてある。
自分の名前を見て、テオの声が微かに震えた。
「この、字は…」
「ありゃ。字見ただけで解っちゃった?」
「解るとも。これほど凛々しく、生真面目な文字を書くのは彼だけだ」
ぽたり、とカードに水滴が落ちた。
テオは目許を隠すように額を抑え、儚く笑った。
「すまない…私…」
堰き止められていた感情が、あっけなく崩れていく。
たった一枚のバースデーカードを引き金に。
中には直筆で『誕生日おめでとう テオ』とだけ綴られていた。
他の言葉は迷った挙句に書けなかったのかもしれない。
クラウスはそんなに器用じゃない。
ガミガミ煩い奴なのに、皆に慕われた存在だった。
中でもテオにとってクラウスは、自他共に認める一番の友人だった。
「テオ。お兄さんの胸で良ければ、空いてるぜ?」
誰よりも明るい生徒代表だと思っていたが。
俺のワイシャツを濡らしたのは、テオが初めてだった。
テオが泣き疲れて眠った後、俺は固定電話の前に座る。
受話器を取って、短縮ボタンを押した。
5年のお付き合いになる同僚に繋がる。
塞がっていない手でラジオのボリュームを少し下げた。
「寝てた? …だろうと思ったからご一報。
…ん…あんたの予想通り。泣かせちゃった…学院では我慢してたんだな」
クラウスの卒業によりテオが酷く落ち込んでいるらしい、
そうカウンセラーに聞かされ、一年前の預かり物を思い出した。
「俺は渡せないから」と不器用に渡されたカード。
それから一年経て、カードは涙で濡れた。
マージナルプリンスどもが学院で過ごせる時間には限りがある。
親しくなれば別れは辛い。当たり前のことだ。
椅子に凭れるとギイと鳴いた。
「…ああ。これで少しは元気になるといいけどな…解ってるって。
生徒代表のサポート全般が、俺達の役目だもんな?
じゃー、詳しいことはまた今度ゆっくり。おやすみ、ソクちゃん」
受話器を置く。ラジオの音量を上げる気になれなかった。
窓の外には暗い海原。何処までが海で、空なのか解らない。
テオが手放しで褒めたこの家は貰い物。
島を出て行った老人から譲り受けた、忘れ形見だ。
俺にも、島から離れる時が来るのだろうか。
テオのように、親しかった人を想って泣く日が来るのだろうか。
ポケットから箱を出して、煙草を咥える。手の中に点る弱い炎。
ライターの火は指を離すと消えちまう。
煙草を吹かす。ふわりと舞う紫煙。
椅子がまたギイと鳴った。
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