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■ユウタ
11月2日。一年中温暖な聖アルフォンソ島も、この頃の朝晩は冷えてきた。
学院内の草木も夏と比べると元気がないように見える。
寮の食事も最近あったかいメニューに変わってきた。
日本ではそろそろ、お鍋の季節なのかもしれない。
今朝は特に風が強く、体感温度が低い。
保健室から寮への帰り道。ユウタはポケットに手を入れた。
寒くて、手をぎゅっと握る。
「今日のソクーロフ博士、嬉しそうだったなあ…」
ポケットの手には返して貰ったばかりの携帯電話。
博士の誕生日をアルフレッドから聞いたユウタは、
姉にも博士の誕生日を教えてあげた。
当日になると、姉はやはり電話を掛けてきて、
「博士と変わって」とユウタに言ってきたのだ。
弟は姉に頼まれた通り、寮から少し遠い保健室まで出向いた。
携帯を返してくれた博士はいつもと、ちょっと違ってた。
姉貴はウーティス寮の皆の誕生日にも電話を掛けてくる。
携帯を返す時の顔は、皆いつもと違う。
俺もその時「お誕生日おめでとう」って言う。
皆は「ありがとう、ユウタ」って言う。何に対してのありがとうなんだろう。
月桂樹の森とウーティス寮が見えてくる。
常緑高木はこの時期でも色を変えず、深い緑の葉を付けていた。
寮へ戻る前にもう少し歩いていたい。森を少し散歩したくなった。
さわさわと木が揺れる。風がちょっと冷たい。
朝食の時、誰かが「今日は寒くなりそう」と言っていた。
この森はいつも土と葉の匂いがする。
最近はナイチンゲールの声があまりしない。
あたたかい日は楽しげに歌っていたけど、
寒いと鳥も歌う気分にはなれないのかもしれない。
首許に風が吹き付ける。マフラーも家から持ってきた筈だが、
一体何処に仕舞ったのか思い出せない。
まだちゃんと開いていないダンボールの底とかにありそうだ。
そう言えば、マフラーは2つ持ってきた気がする。
ひとつは、去年の誕生日に姉貴から貰った手編みのマフラーだ。
ところどころ、網目がぼこぼこしてて、
いかにも姉貴が作った、ってかんじがする、へたっぴな物だった。
2つめは、同じ日、母さんからプレゼントされたマフラーだ。
母さんのは手作りではなく、ちょっと大人っぽいのを買ってくれた。
二人とも「あら。息がぴったり」とか言って笑ってたけど。
プレゼント選ぶ前に相談くらいすればいいのに。
姉貴は段々、母さんに似てきた気がする。
学校には母さんに貰ったマフラーをして行ったと思う。
夜は姉貴が作ったへたっぴケーキを家族で囲んで、ロウソクを消した。
普通に家族で過ごした誕生日だった。
来年はもう高校生だし、次の誕生日は家族と一緒じゃなくて、
友達の家とかで祝って貰えたらいいななんて思ってた。
今年は思いがけず、それが叶う。今年の誕生日は家族が傍に居ない。
姉貴に祝って貰えない、初めての誕生日だ。
メールとか電話くらいはくれるかもしれないけど。
でも、もしかしたら。
姉貴は「クリスマスにはジョシュアさんに電話しよう」とか考えてばっかりで、
俺のことなんか忘れちゃってるかもしれない。
博士の誕生日まで、祝ってたくせに。
森を歩きながら、ユウタは一人、大きな溜め息を漏らす。
「来月は誰の誕生日か、忘れてないかな、姉貴…」
月桂樹が揺れて、青い香りが深くなる。
今日はやっぱりちょっと寒い。
泉が見える前に、寮へ引き返す。
部屋に戻ったらマフラーを探してみようと思った。
―― でも、どっちのマフラーを巻こう。格好良いのは母さんの方だけど ――
一羽、ナイチンゲールが飛んだ。
何処かもう少し暖かいねぐらに行ったのかもしれない。
冷たい風に頬を撫でられた。
ユウタも歩幅を大きくして寮へと急ぐ。
「やっぱり、姉貴のマフラーはしないでおこう」
これは姉貴が作ったって言ったら誰かに取られちゃいそうだし。
姉貴が皆にマフラーを送ってきたりするのも嫌だから。
fin
11月2日。一年中温暖な聖アルフォンソ島も、この頃の朝晩は冷えてきた。
学院内の草木も夏と比べると元気がないように見える。
寮の食事も最近あったかいメニューに変わってきた。
日本ではそろそろ、お鍋の季節なのかもしれない。
今朝は特に風が強く、体感温度が低い。
保健室から寮への帰り道。ユウタはポケットに手を入れた。
寒くて、手をぎゅっと握る。
「今日のソクーロフ博士、嬉しそうだったなあ…」
ポケットの手には返して貰ったばかりの携帯電話。
博士の誕生日をアルフレッドから聞いたユウタは、
姉にも博士の誕生日を教えてあげた。
当日になると、姉はやはり電話を掛けてきて、
「博士と変わって」とユウタに言ってきたのだ。
弟は姉に頼まれた通り、寮から少し遠い保健室まで出向いた。
携帯を返してくれた博士はいつもと、ちょっと違ってた。
姉貴はウーティス寮の皆の誕生日にも電話を掛けてくる。
携帯を返す時の顔は、皆いつもと違う。
俺もその時「お誕生日おめでとう」って言う。
皆は「ありがとう、ユウタ」って言う。何に対してのありがとうなんだろう。
月桂樹の森とウーティス寮が見えてくる。
常緑高木はこの時期でも色を変えず、深い緑の葉を付けていた。
寮へ戻る前にもう少し歩いていたい。森を少し散歩したくなった。
さわさわと木が揺れる。風がちょっと冷たい。
朝食の時、誰かが「今日は寒くなりそう」と言っていた。
この森はいつも土と葉の匂いがする。
最近はナイチンゲールの声があまりしない。
あたたかい日は楽しげに歌っていたけど、
寒いと鳥も歌う気分にはなれないのかもしれない。
首許に風が吹き付ける。マフラーも家から持ってきた筈だが、
一体何処に仕舞ったのか思い出せない。
まだちゃんと開いていないダンボールの底とかにありそうだ。
そう言えば、マフラーは2つ持ってきた気がする。
ひとつは、去年の誕生日に姉貴から貰った手編みのマフラーだ。
ところどころ、網目がぼこぼこしてて、
いかにも姉貴が作った、ってかんじがする、へたっぴな物だった。
2つめは、同じ日、母さんからプレゼントされたマフラーだ。
母さんのは手作りではなく、ちょっと大人っぽいのを買ってくれた。
二人とも「あら。息がぴったり」とか言って笑ってたけど。
プレゼント選ぶ前に相談くらいすればいいのに。
姉貴は段々、母さんに似てきた気がする。
学校には母さんに貰ったマフラーをして行ったと思う。
夜は姉貴が作ったへたっぴケーキを家族で囲んで、ロウソクを消した。
普通に家族で過ごした誕生日だった。
来年はもう高校生だし、次の誕生日は家族と一緒じゃなくて、
友達の家とかで祝って貰えたらいいななんて思ってた。
今年は思いがけず、それが叶う。今年の誕生日は家族が傍に居ない。
姉貴に祝って貰えない、初めての誕生日だ。
メールとか電話くらいはくれるかもしれないけど。
でも、もしかしたら。
姉貴は「クリスマスにはジョシュアさんに電話しよう」とか考えてばっかりで、
俺のことなんか忘れちゃってるかもしれない。
博士の誕生日まで、祝ってたくせに。
森を歩きながら、ユウタは一人、大きな溜め息を漏らす。
「来月は誰の誕生日か、忘れてないかな、姉貴…」
月桂樹が揺れて、青い香りが深くなる。
今日はやっぱりちょっと寒い。
泉が見える前に、寮へ引き返す。
部屋に戻ったらマフラーを探してみようと思った。
―― でも、どっちのマフラーを巻こう。格好良いのは母さんの方だけど ――
一羽、ナイチンゲールが飛んだ。
何処かもう少し暖かいねぐらに行ったのかもしれない。
冷たい風に頬を撫でられた。
ユウタも歩幅を大きくして寮へと急ぐ。
「やっぱり、姉貴のマフラーはしないでおこう」
これは姉貴が作ったって言ったら誰かに取られちゃいそうだし。
姉貴が皆にマフラーを送ってきたりするのも嫌だから。
fin
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