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■ジョシュアの電話ベース
■博士とウーティスの愉快な仲間達
ハロウィン当夜。
ウーティス寮では恒例の肝試し大会が始まろうとしていた。
開始時間が予定より少々遅れたのは、お化けが苦手な生徒が一人居たからだ。
今宵、生徒達は全員お化けの衣装を纏っている。
昨年の衣装は正統派だったので、今年はユニークなものが揃った。
ジョシュアは学ランに木刀を持っている。
それが果たしてお化けに分類されるのかは生徒代表も少々疑問ではあったが、
せっかく友人に勧めて貰った衣装なので腕を通した。
着てみると、衣装のせいか少し気持ちが大きくなったような気がする。
雪女に扮しているのはアンリ。今は衣装とは別のことで機嫌が悪かった。
視線の先には、アルフレッドと楽しげに談笑している白衣の男。
あの空々しい白を目にするだけで、悪寒が走るようだ。
寮の最高学年に、アンリは心からの疑問をぶつける。
「ねえ、生徒代表殿。なんで此処に、サディストが居るの?」
「アンリ、博士はサディストじゃないよ」
ジョシュアには、というより自分以外の生徒に、
あれはサディストに見えないらしい。
何故だ。何故、騙されていると気付かない。
白衣がサディストかどうかを、
今、この優等生と議論することは、余りにも時間の無駄だった。
どうして彼がイベントに参加しているのかという疑問に戻す。
「今夜はウーティスの肝試し大会でしょ? 彼は必要ない筈だよね」
「博士は引率の先生だよ。ハロウィンは夜のイベントだし、
生徒だけでは何かあった時に心配だからと俺達のことを案じて…」
「あの男が居る方がよっぽど危険だと解らないの?」
不快感を隠さずに苛々と話す。
どうしてアンリがそこまで博士に苦手意識を持っているのか、
ジョシュアには理解できなかった。
確かにちょっと不思議なところもあるけれど、
俺達生徒の身体と心の健康を守ってくれる、信頼できるドクターだ。
「おーいアンリ! 何やってんだ、早く来いよ! ジョシュアも!」
アルフレッドのよく通る声。
アンリは彼と一緒に新入生を驚かせる役だった。
雪女は森の中へと歩き始める。
「煩いのが呼んでいるから、もう行くよ」
「うん。気を付けて。何かあったら、俺達や博士を呼ぶんだよ?」
「サディストを呼ぶくらいなら、君を呼ぶよ」
冷色の着物が森の中に消えて行く。
ジョシュアもそろそろ持ち場に付こうと思った、その時。
「…あれ?」
博士がユウタに何か囁いたのが見えた。
すると、今まで半泣きだったユウタが、急に笑顔を取り戻した。
「オーバケなんて怖くないー、怖くないったら怖くないー♪」
両腕を雄々しく振りながら、替え歌まで歌い始めた。
その変わり様に、ジョシュアは自分の目を疑った。
ユウタの入学初日から、オバケが大の苦手であることを聞いていたため、
ジョシュアとしては、今年は肝試し大会を止めた方が良いのでは、
とさえ思っていたのだが、既に友人達は楽しそうに衣装の準備を始めていた。
せめてユウタだけは見学者に、という意見も言ってはみたものの、
「大丈夫、大丈夫」とアルフレッドやシルヴァンに押され、当日を迎えた。
ジョシュアは別人と化しているユウタを呆然と見ていた。熱唱中だ。
「ユウタは一体どうしたんだろう、そう思っているね?」
背後から大人の声がした。
月光を浴びた白衣が闇夜の中で仄かに浮かぶ。
片手の影から、眼鏡が妖しく光った。
「ソ、ソクーロフ博士…」
「素直な子は助かる。彼は実に可愛いよ」
ドクターは歌うユウタを眺め、笑っていた。
この人はお化けの衣装ではないのに、何故今ゾクリとしたのだろう。
眼鏡を掛け直した博士は、生徒代表に優しく微笑む。
「軽く暗示を掛けておいたから、一時間はこのままだ。
これでユウタも、楽しく肝試し大会が過ごせるだろう」
だからさっき…とジョシュアは納得が行った。
ユウタに囁いた時に暗示を掛けていたのだろう。
しかし、凄い人だ。
生徒代表に就任してから、博士の仕事振りを度々目にしてきたが、
博士が俺達の味方に付いていてくれて、本当に良かったといつも思う。
「ありがとうございます、博士。ユウタの為に」
「可愛い生徒達のお役に立てて光栄だったよ」
それから約一時間後。
楽しい肝試し大会もクライマックスだ。
「オバケなんてなーいさっ、オバケなんてウーソさ♪」
ユウタは一人、意気揚々と月桂樹の森を歩いていた。
お化けがたくさん待機している森の奥まで歩き、
宝物を取って戻ってくるというゲーム。
「ねーぼけーたひーとが、みまちがーえたーのさ♪」
つい一時間ほど前まで、涙目で「俺もやらなきゃダメ?」と
皆にお願いしていたのと同じ人間だとは思えないほど、笑顔全開。
幼稚園児の如く、元気いっぱいに歌っていたのだが。
「だけど、ちょっと、だけ、ど…ちょ…っと」
急激にメロディが遅くなっていく。
縦に思い切り振っていた腕が、徐々に止まる。
「…ぼーくだって……こ…あ、あれ?」
1時間きっかりで暗示が解けた。
『オバケなんてこわくない』と囁かれた呪文。
魔法が解けたユウタは、何故自分が森に一人で居るのか解らない。
辺りをキョロキョロと見回す。真っ暗でよく見えない。
寮の明かりが遠い。森のかなり奥まで来ているようだ。
バサバサ、とナイチンゲールが飛んだ。
「ひっ! …ううっ、み、みんなー、どこに居るの?」
ユウタの後方には、お化けに扮するアルフレッドとアンリが待ち構えていた。
突然、挙動不審になったユウタを見て、おや、と思ったのはアンリだけだった。
興奮を抑え切れない笑顔で、アルフレッドは雪女の肩に手を置く。
「来た来た♪ 行くぞっ、アンリ」
数秒後。
森にユウタの叫び声が木霊した。
ハロウィンパーティ兼、肝試し大会が終わった夜。
生徒達と大人達は、ウーティス寮のサロンで、
あたたかいホットチョコレートを片手に談笑していた。
今年、シルヴァンは大好きなジャパニメーションの衣装を、
大好きな日本人に施して大満足だった。
「ハルヤの衣装、とっても可愛いでチュー♪」
「…やだ…シルヴァンってヘンな日本語ばっかり覚えてくるね…」
今年、ハルヤの衣装は、ねずみ男だったので、
シルヴァンは日本のねずみ周りのアニメをちゃんと勉強していた。
その結果、語尾に鳴き声である「チュウ」を付ける、という日本語を習得した。
覚えたての言葉は、やたら使ってみたくなる。
シルヴァンは、ハルヤの両肩に手を置いて、もう一度言ってみた。
「ハルヤ、可愛いでチュ♪」
「もういいってば…」
まっかっかになり始めるハルヤを見て、思わず抱き締めたい衝動に駆られた時。
ドン、とシルヴァンの肩が横に押された。
「これ、どうやって脱ぐの?」
ハルヤの前に雪女扮するアンリが現れた。
着物だったので、着付け師を担当したのはハルヤだった。
長髪のウイッグは既に取っているが、元々セミロングなので、
今のままでも、雪女の衣装に違和感はないなあ、とハルヤは心の中だけで呟く。
返事をしないハルヤに、アンリは、ねえ、と言葉を重ねた。
「聞いている? この服、重たいんだけど」
「あ、えと、脱ぐのは簡単だよ。紐と帯を解くだけだから」
「そう。では一人でいいね」
部屋に戻ろうとした雪女をシルヴァンが大声で引き止めた。
「あっ! アンリアンリ! 僕にお手伝いさせて下さい!
ハルヤ、今まさに『あ~れ~』のチャンスですよねっ!?」
「まあ、それはそうだけど…」
「君達何の話してるの?」
「キモノには正しい脱ぎ方というものがあるんですよ、アンリ!」
「正しい?」
「はいっ♪ これからお教えしますから僕の言う通りにして下さいね?」
部屋の中央では、新入生をジョシュアとレッドが囲んでいた。
お化け嫌いの生徒はまだうっすらと涙目だ。
「ユウタ、大丈夫かい? 少しは落ち着いたかな?」
心配そうに尋ねているのが生徒代表。
この新入生の為、既に着替えは終わっている。
「ん…だいじょぶ…ごめんね、俺、昔から怖がりで…」
「ううん。良いんだよ。俺たちの方こそ、すまない。
ユウタ、楽しそうだったから、最後まで大丈夫かと思ったんだけど」
「あ、うん。よく解んないけど、俺も途中までは怖くなかったんだよねー」
「泣き虫なお前も割とヨカッタぜ、ユウタ」
アルフレッドがユウタの首に腕を回す。
何処からか棒読みの『あーれー』が聞こえてくる。
ユウタはレッドから目を逸らし、頬を少し膨らませた。
「俺、泣き虫なんかじゃないよ…」
「んじゃー、ひとつ、俺様がコワーイ話でもしてやろっか!?」
「れっ、レッドー!」
博士と通りすがりで参加したアイヴィーもサロンでくつろいでいた。
アルフレッドとユウタの様子を見て、アイヴィーが笑う。
「楽しそうで何よりだねー。マージナルプリンスどもは」
大人達の傍に執事が立つ。空いたカップを見て尋ねた。
「ソクーロフ様、アイヴィー様、何か他の物をお飲みになりますか?」
「えっ、んじゃ『とりあえずビール♪』とか言ったら出てくんの?」
「はい。ございます」
「マジで。じゃあ…」
アイヴィーは頼もうとした。が、隣に居る人を見て、止めた。
「あー、いや、やっぱ俺達は止めとくわ。マジプリどもの前だし、な?」
「そうだな。私達はそろそろ失礼しよう。行くぞ、アイヴィー」
「行くってドコに?」
博士は耳打ちする。聞かされた方は複雑な表情になった。
大人達が腰を上げたのを見て、アルフレッドとジョシュアが駆け寄る。
今夜の礼と挨拶を受けて、大人達はサロンから退室した。
その様子をアンリは遠巻きに見ていた。
部屋の隅にある一人席に座るのはいつものことだが、
何故かソクーロフ博士を毛嫌いしているから、近くにも寄りたくないのだろう。
きっと何か誤解があるんだろうとジョシュアは思っていた。
ジョシュアは博士を見送った後、友人の傍へ戻ってきた。
自分にとって二人は、信頼できるドクター、長い付き合いの友人だ。
誤解を解くきっかけになるかもしれないと思い、ユウタの一件をアンリに伝えた。
ところが、返って来た感想は期待とは全く逆のものだった。
「それは犯罪ではないの? むしろ存在そのものが」
「え? 生徒想いのドクターじゃないか。博士はユウタが楽しく過ごせるように」
「何処までお人好しなの、君は」肩を竦め、冷笑する。
「そこまで行くと大物だよね。まあ、知っていたけれど?」
ジョシュアの額を盗み見る。
何かを確かめた後、深紅の瞳を見上げた。
「いい? 肝試しの終盤、つまり一番怖い時に暗示が解けたんだよ?」
「だけどそれは、始まるのが少し遅くなったせいで…」
「では仮に、暗示を掛けなければどうなっていた?
ユウタが夜の森へ、ましてや一人で、行こうとしたかな?」
「そ、れは…」
「お化けが待つ夜中の森に一人で行く。
ユウタにとって最も恐ろしい状況を創り出したんだよ、あのサディストは」
「そんな…考え過ぎじゃないか、アンリ」
「他の考えがあるなら提示して」
ひとつ年下の鋭い目。
ジョシュアは次の言葉が出てこなかった。
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■博士とウーティスの愉快な仲間達
ハロウィン当夜。
ウーティス寮では恒例の肝試し大会が始まろうとしていた。
開始時間が予定より少々遅れたのは、お化けが苦手な生徒が一人居たからだ。
今宵、生徒達は全員お化けの衣装を纏っている。
昨年の衣装は正統派だったので、今年はユニークなものが揃った。
ジョシュアは学ランに木刀を持っている。
それが果たしてお化けに分類されるのかは生徒代表も少々疑問ではあったが、
せっかく友人に勧めて貰った衣装なので腕を通した。
着てみると、衣装のせいか少し気持ちが大きくなったような気がする。
雪女に扮しているのはアンリ。今は衣装とは別のことで機嫌が悪かった。
視線の先には、アルフレッドと楽しげに談笑している白衣の男。
あの空々しい白を目にするだけで、悪寒が走るようだ。
寮の最高学年に、アンリは心からの疑問をぶつける。
「ねえ、生徒代表殿。なんで此処に、サディストが居るの?」
「アンリ、博士はサディストじゃないよ」
ジョシュアには、というより自分以外の生徒に、
あれはサディストに見えないらしい。
何故だ。何故、騙されていると気付かない。
白衣がサディストかどうかを、
今、この優等生と議論することは、余りにも時間の無駄だった。
どうして彼がイベントに参加しているのかという疑問に戻す。
「今夜はウーティスの肝試し大会でしょ? 彼は必要ない筈だよね」
「博士は引率の先生だよ。ハロウィンは夜のイベントだし、
生徒だけでは何かあった時に心配だからと俺達のことを案じて…」
「あの男が居る方がよっぽど危険だと解らないの?」
不快感を隠さずに苛々と話す。
どうしてアンリがそこまで博士に苦手意識を持っているのか、
ジョシュアには理解できなかった。
確かにちょっと不思議なところもあるけれど、
俺達生徒の身体と心の健康を守ってくれる、信頼できるドクターだ。
「おーいアンリ! 何やってんだ、早く来いよ! ジョシュアも!」
アルフレッドのよく通る声。
アンリは彼と一緒に新入生を驚かせる役だった。
雪女は森の中へと歩き始める。
「煩いのが呼んでいるから、もう行くよ」
「うん。気を付けて。何かあったら、俺達や博士を呼ぶんだよ?」
「サディストを呼ぶくらいなら、君を呼ぶよ」
冷色の着物が森の中に消えて行く。
ジョシュアもそろそろ持ち場に付こうと思った、その時。
「…あれ?」
博士がユウタに何か囁いたのが見えた。
すると、今まで半泣きだったユウタが、急に笑顔を取り戻した。
「オーバケなんて怖くないー、怖くないったら怖くないー♪」
両腕を雄々しく振りながら、替え歌まで歌い始めた。
その変わり様に、ジョシュアは自分の目を疑った。
ユウタの入学初日から、オバケが大の苦手であることを聞いていたため、
ジョシュアとしては、今年は肝試し大会を止めた方が良いのでは、
とさえ思っていたのだが、既に友人達は楽しそうに衣装の準備を始めていた。
せめてユウタだけは見学者に、という意見も言ってはみたものの、
「大丈夫、大丈夫」とアルフレッドやシルヴァンに押され、当日を迎えた。
ジョシュアは別人と化しているユウタを呆然と見ていた。熱唱中だ。
「ユウタは一体どうしたんだろう、そう思っているね?」
背後から大人の声がした。
月光を浴びた白衣が闇夜の中で仄かに浮かぶ。
片手の影から、眼鏡が妖しく光った。
「ソ、ソクーロフ博士…」
「素直な子は助かる。彼は実に可愛いよ」
ドクターは歌うユウタを眺め、笑っていた。
この人はお化けの衣装ではないのに、何故今ゾクリとしたのだろう。
眼鏡を掛け直した博士は、生徒代表に優しく微笑む。
「軽く暗示を掛けておいたから、一時間はこのままだ。
これでユウタも、楽しく肝試し大会が過ごせるだろう」
だからさっき…とジョシュアは納得が行った。
ユウタに囁いた時に暗示を掛けていたのだろう。
しかし、凄い人だ。
生徒代表に就任してから、博士の仕事振りを度々目にしてきたが、
博士が俺達の味方に付いていてくれて、本当に良かったといつも思う。
「ありがとうございます、博士。ユウタの為に」
「可愛い生徒達のお役に立てて光栄だったよ」
それから約一時間後。
楽しい肝試し大会もクライマックスだ。
「オバケなんてなーいさっ、オバケなんてウーソさ♪」
ユウタは一人、意気揚々と月桂樹の森を歩いていた。
お化けがたくさん待機している森の奥まで歩き、
宝物を取って戻ってくるというゲーム。
「ねーぼけーたひーとが、みまちがーえたーのさ♪」
つい一時間ほど前まで、涙目で「俺もやらなきゃダメ?」と
皆にお願いしていたのと同じ人間だとは思えないほど、笑顔全開。
幼稚園児の如く、元気いっぱいに歌っていたのだが。
「だけど、ちょっと、だけ、ど…ちょ…っと」
急激にメロディが遅くなっていく。
縦に思い切り振っていた腕が、徐々に止まる。
「…ぼーくだって……こ…あ、あれ?」
1時間きっかりで暗示が解けた。
『オバケなんてこわくない』と囁かれた呪文。
魔法が解けたユウタは、何故自分が森に一人で居るのか解らない。
辺りをキョロキョロと見回す。真っ暗でよく見えない。
寮の明かりが遠い。森のかなり奥まで来ているようだ。
バサバサ、とナイチンゲールが飛んだ。
「ひっ! …ううっ、み、みんなー、どこに居るの?」
ユウタの後方には、お化けに扮するアルフレッドとアンリが待ち構えていた。
突然、挙動不審になったユウタを見て、おや、と思ったのはアンリだけだった。
興奮を抑え切れない笑顔で、アルフレッドは雪女の肩に手を置く。
「来た来た♪ 行くぞっ、アンリ」
数秒後。
森にユウタの叫び声が木霊した。
ハロウィンパーティ兼、肝試し大会が終わった夜。
生徒達と大人達は、ウーティス寮のサロンで、
あたたかいホットチョコレートを片手に談笑していた。
今年、シルヴァンは大好きなジャパニメーションの衣装を、
大好きな日本人に施して大満足だった。
「ハルヤの衣装、とっても可愛いでチュー♪」
「…やだ…シルヴァンってヘンな日本語ばっかり覚えてくるね…」
今年、ハルヤの衣装は、ねずみ男だったので、
シルヴァンは日本のねずみ周りのアニメをちゃんと勉強していた。
その結果、語尾に鳴き声である「チュウ」を付ける、という日本語を習得した。
覚えたての言葉は、やたら使ってみたくなる。
シルヴァンは、ハルヤの両肩に手を置いて、もう一度言ってみた。
「ハルヤ、可愛いでチュ♪」
「もういいってば…」
まっかっかになり始めるハルヤを見て、思わず抱き締めたい衝動に駆られた時。
ドン、とシルヴァンの肩が横に押された。
「これ、どうやって脱ぐの?」
ハルヤの前に雪女扮するアンリが現れた。
着物だったので、着付け師を担当したのはハルヤだった。
長髪のウイッグは既に取っているが、元々セミロングなので、
今のままでも、雪女の衣装に違和感はないなあ、とハルヤは心の中だけで呟く。
返事をしないハルヤに、アンリは、ねえ、と言葉を重ねた。
「聞いている? この服、重たいんだけど」
「あ、えと、脱ぐのは簡単だよ。紐と帯を解くだけだから」
「そう。では一人でいいね」
部屋に戻ろうとした雪女をシルヴァンが大声で引き止めた。
「あっ! アンリアンリ! 僕にお手伝いさせて下さい!
ハルヤ、今まさに『あ~れ~』のチャンスですよねっ!?」
「まあ、それはそうだけど…」
「君達何の話してるの?」
「キモノには正しい脱ぎ方というものがあるんですよ、アンリ!」
「正しい?」
「はいっ♪ これからお教えしますから僕の言う通りにして下さいね?」
部屋の中央では、新入生をジョシュアとレッドが囲んでいた。
お化け嫌いの生徒はまだうっすらと涙目だ。
「ユウタ、大丈夫かい? 少しは落ち着いたかな?」
心配そうに尋ねているのが生徒代表。
この新入生の為、既に着替えは終わっている。
「ん…だいじょぶ…ごめんね、俺、昔から怖がりで…」
「ううん。良いんだよ。俺たちの方こそ、すまない。
ユウタ、楽しそうだったから、最後まで大丈夫かと思ったんだけど」
「あ、うん。よく解んないけど、俺も途中までは怖くなかったんだよねー」
「泣き虫なお前も割とヨカッタぜ、ユウタ」
アルフレッドがユウタの首に腕を回す。
何処からか棒読みの『あーれー』が聞こえてくる。
ユウタはレッドから目を逸らし、頬を少し膨らませた。
「俺、泣き虫なんかじゃないよ…」
「んじゃー、ひとつ、俺様がコワーイ話でもしてやろっか!?」
「れっ、レッドー!」
博士と通りすがりで参加したアイヴィーもサロンでくつろいでいた。
アルフレッドとユウタの様子を見て、アイヴィーが笑う。
「楽しそうで何よりだねー。マージナルプリンスどもは」
大人達の傍に執事が立つ。空いたカップを見て尋ねた。
「ソクーロフ様、アイヴィー様、何か他の物をお飲みになりますか?」
「えっ、んじゃ『とりあえずビール♪』とか言ったら出てくんの?」
「はい。ございます」
「マジで。じゃあ…」
アイヴィーは頼もうとした。が、隣に居る人を見て、止めた。
「あー、いや、やっぱ俺達は止めとくわ。マジプリどもの前だし、な?」
「そうだな。私達はそろそろ失礼しよう。行くぞ、アイヴィー」
「行くってドコに?」
博士は耳打ちする。聞かされた方は複雑な表情になった。
大人達が腰を上げたのを見て、アルフレッドとジョシュアが駆け寄る。
今夜の礼と挨拶を受けて、大人達はサロンから退室した。
その様子をアンリは遠巻きに見ていた。
部屋の隅にある一人席に座るのはいつものことだが、
何故かソクーロフ博士を毛嫌いしているから、近くにも寄りたくないのだろう。
きっと何か誤解があるんだろうとジョシュアは思っていた。
ジョシュアは博士を見送った後、友人の傍へ戻ってきた。
自分にとって二人は、信頼できるドクター、長い付き合いの友人だ。
誤解を解くきっかけになるかもしれないと思い、ユウタの一件をアンリに伝えた。
ところが、返って来た感想は期待とは全く逆のものだった。
「それは犯罪ではないの? むしろ存在そのものが」
「え? 生徒想いのドクターじゃないか。博士はユウタが楽しく過ごせるように」
「何処までお人好しなの、君は」肩を竦め、冷笑する。
「そこまで行くと大物だよね。まあ、知っていたけれど?」
ジョシュアの額を盗み見る。
何かを確かめた後、深紅の瞳を見上げた。
「いい? 肝試しの終盤、つまり一番怖い時に暗示が解けたんだよ?」
「だけどそれは、始まるのが少し遅くなったせいで…」
「では仮に、暗示を掛けなければどうなっていた?
ユウタが夜の森へ、ましてや一人で、行こうとしたかな?」
「そ、れは…」
「お化けが待つ夜中の森に一人で行く。
ユウタにとって最も恐ろしい状況を創り出したんだよ、あのサディストは」
「そんな…考え過ぎじゃないか、アンリ」
「他の考えがあるなら提示して」
ひとつ年下の鋭い目。
ジョシュアは次の言葉が出てこなかった。
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