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Marginal Prince Short Story
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■シェフトリオ+アイヴィー
アイヴィーは旧市街に足を運んでいた。
日はとっぷりと暮れている。良い子は眠る時間だ。
何処かで遅い夕食にしようと思っていた。
適度に猥雑な街明かりの中を歩いていく。
一昔前のネオン看板。行き付けの店のうちのひとつに入った。
店内にはオレンジの灯が所々に、ぽっと燈る。
かろうじて人の顔が判別できる程度だ。
少し離れたテーブルに知り合いが座っていた。
保健医と同様に、聖アルフォンソ学院の健康を支える三人。
「あ、ボクはチョコレート入れちゃってますけど」
「冗談か、それは」
「あ、いえ。コクが出て美味しいんですよ、カレーにチョコって」
「お前はまた…発想が奇抜だな」
「そうですか? ボク、普通かと思ってました。
 アランさんも入れたことあります?」
今日もまた料理の話をしているらしい。
酒場や市場で三人が並んでいるのをよく見掛けていた。
彼等はアイヴィーと同世代であり、話し易い酒飲み仲間だった。
アイヴィーは片手を挙げ、シェフ達のテーブルに歩いていった。
「よっ。なかよしコックさん」
声を掛けると、三人のうち一人だけが、
席まで立って手を振り返してくれた。
「あっ、アイヴィーさんです。アイヴィーさーん♪」
店内に響き渡る自分の名前。
ピンクに染まった頬で、陽気に手を振っているのがドニ。
シェフトリオの中では一番年若い。
後輩のおでこをノックするようにコツンと小突いたのはアラン。
担当するアルファルドの生徒達と同じく、顔に感情が出ない。
叩かれたドニは、おでこをさする。
「いてっ。アランさん、何するんですかー」
代わりに口を開いたのは美食追求家カミーユ。
「騒ぐな、ドニ。アランの言う通りだぞ。他のテーブルに迷惑だ」
「アランさん、何も言ってないじゃないですかー。ね、アイヴィーさん?」
「あ、ああ」
「ドニ、アイヴィーにまで絡むな」
カミーユは咳払いする。しかめっ面で後輩に注意する。
「お前、今夜は飲み過ぎじゃないのか? さして飲めないくせに」
「だって今日は久し振りに三人揃ってご飯じゃないですか。ボク、嬉しくって」
とろんとした瞳でドニが見上げる。かなりゴキゲンなようだ。
「最近はお誘いしても、お忙しいと断られていたんですけど、
 今日はやっとOKしてくれたんです」
「そういや、此処でシェフトリオに会うの久し振りだな?」
「ですよね。アイヴィーさん、これからご飯ですか?」
「ああ。さっき、お仕事終わったばかりでな」
「お疲れサマです。ココ、座って下さい、ボクの隣♪」
四人掛けのテーブルで、空いている椅子を勧めた。
「俺、おジャマしてイイの?」
向かいに座る二人にお伺いすると、
「構わないが」という言葉と無言の許可が返って来た。
今日の夕食は思いのほか賑やかなものになった。

俺の左隣でさっきから笑ってるのがドニ・ドーム。シュヌーシア寮シェフ。
各国の家庭料理を愛するコックさんだ。
お菓子も素朴なものを好んで作り、生徒達に喜ばれることが生き甲斐だと言う。
アランに嫌な顔をされる程、甘いものが大好き。
外食時は必ずデザートを二つ以上注文する。

料理中のユニホームは、頭にはバンダナ、首のコックチーフに、腰巻きエプロンと、
まるでカフェのボーイのようなラフなスタイル。ドニにはよく似合っていたが、
これは本人の趣味というよりは、結果的にこうするしかなかった。
本当は正統派のコック服に憧れていたのだが、
ジュニアサイズでなければ合う物がなかった。
その小柄な肢体で寮のサロンに入ると、生徒と混ざって服装以外では見分けが付かない。

私服で学院内を歩いていると、新しい中等部かと間違われ、
他の寮の生徒に「迷子か?」と声を掛けられたのは一度ではない。
頭がコック帽に埋もれてしまう為、バンダナを巻いているのだが、
それが却って『はじめてのおりょうり』に見えるとは気付かないらしい。

温和な友好的人種。かなりの子供好き。寮生達とも最も仲が良いシェフ。
特に前年度の友好的生徒代表とは気が合っていた。
卒業時に彼からお礼としてプレゼントされた、
『100色のバンダナ&チーフセット』を愛用中。
かなりカラフルな毎日を送っている。

ドニの声は男にしては高い方だ。
声変わりがまだ終わっていないのか、という声で今宵も楽しく話している。
「カミーユさんってば、夜遅くまで料理の仕込みしてて、
 そのうち倒れちゃうんじゃないかって、心配なくらいなんですよ。
 いつも料理のことばっかり考えてて、ほんと寝ても覚めてもってかんじで…
 あ! ひょっとして、夢の中でも料理作ってるんじゃないですか?」
「偶にはな」
別に普通だろう、と言うようにグラスに口付ける。
アランは黒のベルギービール。無表情で二人を交互に見ていた。
アイヴィーと目が合うと、そっぽを向かれた。
ドニは明るい笑顔でカミーユに絡んでいた。
「もー。この前もビーフシチューを何日も前から煮込んでましたよね?」
「お前も美味しいと言ったじゃないか」
「そうですけどー」
アイヴィーはグラスを唇から離す。このビールは上手い。
「へえ。カミーユのビーフシチューか。そいつは美味そうだな」
学院に顔を出した帰り、ひょいとキッチンを覗く時がある。
その時間帯は大抵、夕食前なので通りすがれない匂いがするのだ。
ドニは進んで、カミーユは渋々、何か食べさせてくれる。アランは別として。
ハムの切れ端や生クリーム、完成後のホテルディナーまで色々味見させて貰ったが、
マズイと感じたことはなかった。アイヴィー個人としては、
カミーユよりドニの味の方が好みではあるのだが。
自分が作ったカレーとカミーユのカレーではこんなに味が違うのかと驚いた記憶もある。
「アイヴィーさんにも食べて欲しかったです。ビーフがとろとろで!」
「んじゃ、カミーユ、今度作った時は俺の分も残しといて。晩メシにするからさ?」
「生徒の分が減る」
「ケチー」

俺の前の席、涼しい顔してちょこっと楽しそうなのがカミーユ・ルブラン。
ウーティス寮シェフ。元は有名な正統派フレンチシェフで、
カミーユの名は、アランもドニも此処で出会う前から知っていたらしい。
本物志向。世界中から取り寄せた超高級食材で腕を振るう。
料理時の衣装は、ザ・シェフ。白いコック帽が世界一似合う男。
人当たりは悪くないが、こと料理に関しては頑固極まりない。
昨年、ハルヤにアボカドマグロ丼を作って以来、目下、和食を勉強中。
その際、使用した本ワサビを気に入り、植物園で契約栽培している。

アボカドマグロ丼の味を決める際、ハルヤに高級食材をことごとく却下された。
それはカミーユにとって衝撃だった。
一級品へのこだわりは、自身が貧困層の出身であることに起因する。
ある日、初めて一級品を口にした時、感激の余り、涙が流れた。
料理を食べて泣いた日から本物志向が確定された。
カミーユとは真逆に、素朴な味を好むドニとは当初そりが合わなかったらしい。
が、ハルヤに低品質のアボカドマグロ丼を求められ、
それがとても喜ばれたことは小さくない転機となった。
以前はドニの料理を「邪道だ」と一蹴する場面も度々見掛けたが、
最近では自省しているようで、その回数はかなり減った。

そもそも、アボカドマグロ丼を作ろうとした切欠は、
ハルヤの食欲が落ちていることを感じ取ったからだそうだ。
入学直後は「ハルヤ様の胃はブラックホールなのだろうか」と真面目に思う程、
おかわりを要求されたのだが、他の生徒と同じくらいまでに減った日があった。
『食欲』という観点から、生徒の健康状態をいち早く掴み取れるのは各寮のシェフだった。
異常を察知した場合は、生徒本人へ体調を尋ねたり、保健室へ連絡を入れる。
ハルヤの場合は体調を崩しているのではないと解っていた。
おかわりの頻度から、味付けの薄いものや、
さっぱりしたものを好む傾向にあると感じていたので、
きっと『食のホームシック』なのだろうと思い、
それとなくハルヤに話し掛けたところ、こういうのを作ってと頼まれた。

マージナルプリンスどもは、表面上では「故郷が恋しい」などとは滅多に口にしないが、
シェフに言わせると、身体は素直に『故郷の味』を欲しているのだそうだ。
寮で同じ料理を提供するにしても、各生徒の皿によって味付けが違う時もあるらしい。
もちろん、好きな物ばかりを差し出すわけにはいかない。
聖アルフォンソ学院の食事は、各シェフによって、
栄養バランスやカロリーは常に最適な状態で組まれている。
その上で、オールジャンルのメニューを日々創り出すのだから大変なものだ。
特に完璧主義のカミーユは、自身のメニューに誇りを持っているのだが。

――俺、アイヴィーの料理、大好きだよ。カミーユの料理は俺には高級過ぎて、ね――

とハルヤ本人に言われている俺としてはちょっと心苦しい。
あの眼鏡っ子はあんな顔して罪深い男だ。

「ビール、お注ぎしても良いですか?」
「ああ。サンキュ、ドニ」
俺の空いたグラスが、またホップの香りで満たされる。
瓶を持ったドニはカミーユのグラスを見る。まだ入っていた。
次にアランのグラス、は空いていた。
「アランさんは、そろそろアレにしますか?」
いや、と言われなかったドニは「すいませーん」と店員を呼んで、
アランの好きなドリンクをオーダーする。

カミーユの隣、俺の左前に居るのがアラン・ウー。
アルファルド寮シェフ。エスニックとイタリアンを得意とする。
機嫌は悪くないが仏頂面。甘味が苦手なせいか、大人の味付けになりやすい。
アランが話しているところはあまり見たことがない。
料理中の服装には、大してこだわりがないらしく、日によって違う。
コックさんの格好をしている時もあれば、普通にTシャツで料理している時もある。
浅黒い肌でかなり背が高く、スポーツ選手のような見目だ。
顔に似合わず、動物好きという一面があるらしい。
ジャワハルワールの動物園でも栄養管理を担当。
オウムには日々の食事を用意する他、好物のオレンジも与えているらしい。
ドニは時々、アランが月桂樹の森に棲む動物達に、
食事を与えている姿を見掛けるようで、
一緒にうさぎに葉を差し出したこともあるそうだ。
これは俺の推測だが、人の干渉を厭うアランが、
気ぃ遣いのドニに身辺を構われても嫌な顔ひとつしないのは、
身体の小さいドニが小動物に近い生き物だからではないだろうか。

アランのドリンクが来た。
店員から受け取ったドニがアランへ手渡す。
最年少のドニが、性格上では唯一の常識人と言っても過言ではない。
トリオの中で最も空気を読めるタイプがドニだった。
気難しい性格の先輩二人を尊敬し、個性豊かな生徒達にも自然に気を使うことができる。

家庭料理を好むドニ自身の家庭環境は恐ろしく冷たいものだった。
親に折檻された痕は未だに首に残っている。
まだ幼かった弟を亡くして絶望の淵に居る時、
知り合いからこの学院を紹介され、現在はこうして明るい笑顔を取り戻した。

カミーユはかつて高級レストランに勤めていたが、
潔癖な迄の本物志向が災いし、オーナーに追い出された。
本人曰く「私は本物の味を、お客様に提供したかっただけ」なのだが、
彼の主張を通そうとするとレストラン経営が破綻し兼ねない。
莫大な運営資金を誇る聖アルフォンソ学院では、生徒の食事にも重きを措かる為、
キッチンの予算はシェフの自由裁量。カミーユにとって此処はまさに至上の楽園だった。
歴代のシェフの中で最も経費が嵩む、と理事会の偉い人はちょっと泣いてたけど。

アランも腕前は一流なのだが、低過ぎる社交性の為に店の先々でトラブルを引き起こしていた。
エスニックとイタリアンという異種の料理を身に付けたのも、あちこちを転々としたからだ。
不当な濡れ衣を着せられても真犯人を名指しすることなく、黙っていたこともあった。
何を考えているか分からないと気味悪がられることも多かったようだが、
此処に来て、アルファルド寮シェフとなってからは、何のトラブルなく過ごしている。
また、カミーユやドニには、アランの考えが無言のままに伝わるようだった。
辺境の島に流された訳ありのシェフ達。
メインストリームから外された彼等もまた、集うべくして集った辺境の王子なのだろう。
尤も、王子という年ではないので、マージナルシェフとでも言ったところか。

「アイヴィーさん? どうしちゃったんですか、ぼーっとして?」
「ああ、何でもねえよ」
「眠たいのなら、ボクの膝、お貸ししましょうか?」
「今日は随分ゴキゲンだな、ドニ」
「はい。大好きなお二人とアイヴィーさんと一緒ですから」

その夜、ドニは周囲の注意も聞かず、テーブルで腕枕をするまで杯を重ねた。
彼の前には空いたグラスとデザート皿がゴロゴロしている。
アイヴィーがピンクのほっぺをツンツンしても起きない。
「なんかすげー気持ち良さそうに眠ってますけど。これどーすんの、お二人さん?」
背の高いアランが席を立ち、ドニの前で膝を着いた。
それを見たカミーユは「悪いな、アラン」と言って、
アランの背にドニを背負わせるのを手伝った。
だらりと力の抜けた腕を首許に回す。
軽々とドニをおんぶして、アランは立ち上がった。
食事の支払いはカミーユが済ませ、四人は店を出た。

年中温暖な聖アルフォンソ島でも、この頃になると夜風は少し冷たい。
旧市街の店構えは敢えて昔のまま残された。
新しい文化は新市街へ、古き良き文化は此処に保存されている。
シェフ達が帰る方向は学院。彼等の家は教職員の宿舎メルキュール館だ。
一人、家が違うアイヴィーは別れ道で立ち止まった。
「んじゃー、俺はこのへんで。おやすみ、コックさん」
ドニはアランの背で寝息を立てている。カミーユだけが返事をした。
「ああ。おやすみ、アイヴィー。今夜は、ドニが迷惑を掛けてすまなかった」
「迷惑なんて思ってねえって。こいつ煩いのいつものことだし。
 ま。今日はいつもより絡まれた気もしたけど」
アイヴィーは笑顔でそう言ったのだが、カミーユは押し黙った。
「ん? お二人さん、なんか心当たりあんの?」
前方の店看板から、古びたネオンがパチパチ鳴る。
そんな僅かな音が聞こえる程だった。
どうやら聞いてはいけないことだったらしい。
そのまま帰ろうと、アイヴィーは片手を挙げようとした。
カミーユは低い声で呟いた。
「今日は、ドニの弟が死んだ日だ」

旧市街の夜道に、カミーユとアランの足音だけがコツコツと繰り返される。
アイヴィーと別れたシェフ達は、タクシー乗り場までとぼとぼ歩いていた。
アランとカミーユは話もせずに帰路を進む。
彼等にとって沈黙は不快ではなかった。
今日のことは、年に一度の儀式のようなものだった。
この夜だけはドニを一人にしておけなかった。
初めてドニが来た年の命日は酷かった。
たまたま、調味料が切れたアランが、ドニのキッチンを訪ねたところ、
夕食の準備中である筈の其処からは何の香りもしなかった。
ドアを開けてみると、ドニはキッチンの隅で一人、うずくまって泣いていた。
アランが訪ねていなければ、夕食の時間になるまで誰も気付かなかったかもしれない。
その日は、少しずつ分け合ったカミーユとアランの料理が、シュヌーシアの食卓に上った。
ドニを問い質した結果、ドニの弟は深夜に亡くなったらしい。
昼食までは堪えたものの、その時間が近付くにつれ、キッチンでしゃがみこんでしまった。
以来、カミーユとアランは暗黙のうちに、この夜だけはドニの傍に居るようになった。
それまで他人のことなど見向きもしなかった二人が、少なからず変わった夜だった。

繁華街の通りを一本出ると、ネオンのけばけばしい光はない。
住宅街も近いので、辺りはさすがに寝静まっていた。
カミーユの右側で年季のある街灯が点滅している。
電球が切れたのだろうか。あれは誰が変えているのだろう。
目の前では、おんぶなどされているドニの小さな背中。
見目はともかく、年齢上はドニもいい大人なのだが、
身長差のある二人だと余り違和感がないのが不思議だった。
ドニを背負っているアランの足取りは、いつもより少し遅い。
それに合わせて、カミーユは後方を歩いていた。
「平気か、アラン」
「ああ。こいつは軽い。お前では無理だがな」
部外者のアイヴィーが居なくなったせいかアランの口数が増える。
シェフ三人だけで居る時は、それなりに喋る奴だった。
アランはカミーユに対しては、食って掛かる時があった。
この二人は互いに自己中心的で譲らない性質の為、言い合いになってしまう。
カミーユはいつもの調子で言い返した。
「それで結構だ。私はお前に背負って欲しいとも思わないからな」
「可愛くない奴」
「私はドニではない」
「頑固者」
「悪かったな。お前こそ」
いつもなら、まあまあ、と笑顔の仲裁役が入ってくるところだが、今夜は出てこない。
「…いや、今夜は止めておこう。起こしてしまう」
カミーユは途中で自ら言葉を切った。
小さな背中を見やると、細い腕が微かに動いた。
「…ごめん、なさい」
アランの足が止まる。
小さな声だが寝言ではないと知れた。
肩に顔を埋め、首許にしがみついていた。
「いつも、お二人に迷惑…」
アランは同僚を背負い直した。


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