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Marginal Prince Short Story
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■ドニ・ドーム
「ドニー。おなかすいたー」
「今日のおやつまだー?」

ばたばたとキッチンにやってきたのは中等部一年生の二人。
新入生でもシュヌーシア寮のキッチンには気軽に生徒達が訪れる。
というのも、新入生を連れて寮を探検した上級生が、
キッチンのシェフと仲が良く、此処を自慢げに紹介したからだ。
シェフがまた子供好きで、ウェルカムスイーツなどを用意しているものだから、
あっと言う間に新入生とシェフは互いの顔と名前を覚えていた。
シェフの名は、ドニ・ドーム。小柄だが、さすがに中等部の方が小さい。
おなかを空かせた子供達を前に、シェフは顔を綻ばせる。
「お菓子を迎えに来てくれてありがとうございます。レオン様、ラビット様」
「ドニ、ドニ、今日はなあに?」
「木の実のタルトです」
腰を屈めて、タルトを乗せた皿を生徒に見せる。
うわあ、という子供達の歓声にシェフはますます嬉しくなった。
使用した木の実は9種類。アーモンド、カシューナッツ、ピスタチオ、クルミ、
マカデミアナッツ、ヘーゼルナッツ、松の実、クコの実、かぼちゃの種。
それをキャラメルでコーティングした。一緒にラム酒を混ぜても美味しいのだが、
シュヌーシア寮では大人の味はあまり好まれないので、甘めに仕上がっている。
タルト生地は切り口が樹木の年輪に見えるように、
チョコレートをマーブル状に混ぜてある。
以前、植物園にあった図鑑を何気なくパラパラを捲っていて、作ろうと思ったものだ。
落ち葉に埋もれたどんぐりの写真をを見て、この雰囲気をタルトにしてみようかなと。
料理の写真でなくても、これは料理に使えそうだなと思ってしまうことがあった。
だんだんカミーユさんに似てきたのかも、と感じた。
それは超一流シェフ『カミーユ・ルブラン』に
憧れを抱いているドニにとって、嬉しいことだった。
一年生のラビットは大きな瞳をシェフに向けた。
「ドニドニ、このケーキの名前は?」
「あ、まだ考えてませんでした」
この島の食べ物は風変わりな名前が多い。
シュヌーシアの生徒達にはそれが面白いらしく、
新しいメニューを見ると名前を知りたがる。
また、ドニが作ったものには、
シュヌーシア限定のメニュー名が付いたりする。
それは大抵メルヘンな名前になりやすかった。
とっさに名前を思い付かなかったシェフは笑顔を見せる。
「宜しければ、お二人が考えて頂けますか?」
「えっ、僕達が決めていいの?」
「もちろんです。お二人に名付け親になって頂けたら、この子も嬉しいと思います」
「俺、料理の名前決めるの初めてだ」
「僕も」
「イイの考えるぞ、ラビ。あっ、味みてから決めるか」
「そうだね、食べてから決めた方が良いよね」
「なあ、ドニ、これサロンに持って行って良い?」
「あっ、ちょっと重いので…」
万が一にでもタルトを引っ繰り返してしまったら、
と言い淀んでいると、シュヌーシア寮の執事が現れた。
とても穏やかな紳士で、年はドニの倍に近い。
彼の怒った顔をドニは見たことがない。
生徒に優しいのはもちろん、ドニにも親切にしてくれる人だった。
食事の給仕は彼が手伝ってくれる。執事は胸に片手を置く。
「レオン様、私がお運びしますよ」
「サンキュ」
シェフはほっとして、お願いします、とタルトを渡す。
執事の後を二人の生徒が追い駆けて行く。
その背中を満足げに見つめ、シェフはキッチンの後片付けを始めた。

おやつの時間が終わると、一人の生徒がキッチンに現れた。
「今日のタルトもとても美味しかったよ」
「テオ様…ありがとうございます」
高等部二年のテオ・メネシス。彼がこの寮で最もシェフと仲の良い生徒だった。
ふらりと顔を出しては、シェフの作る料理を手放しで褒めていく。
他の寮のシェフにも聞いてみたが、こんなに料理を褒めてくれる生徒は居ないそうだ。
それを聞いて、ドニは、テオ様の居る寮で良かった、と思うと同時に、
テオ様がご卒業されたら淋しいな、と思っていた。
この日もテオは笑顔で一頻り絶賛してくれた。
「レオンもラビも美味しかったと言っていた。今はサロンで唸っているけれどね?」
「え? 食べ過ぎてしまいましたか?」
「いや、ドニに任されたと、タルトの名前を懸命に話し合っているのだよ。
 私も混ぜて欲しかったのだけど、二人で決めたいのだって。
 ああ、なんて、愛らしいのだろう。あの子達は」
「そうですね」
ドニも心から同意した。
シュヌーシアのキッチンには、あたたかい匂いに包まれていた。
今、鍋で作っているのは、今夜の食卓に並ぶ『愚者の石のスープ』だ。
テオはシェフの立ち姿を眺める。
今日のバンダナと首許のコックチーフは黄色だった。
「それにしても、ドニはそのバンダナとコックチーフが似合うねえ」
「そ、そうですか? どうも」
「うん。とても可愛らしくて、好きだよ。
 ああ、すまない。ドニの方が年上なのに『可愛い』なんて失礼だったかな?」
「あ、いえ」
一回り年下の生徒の方が少し背が高い。
シェフはとうに成人しているのだが、この独特の風格のある生徒と並ぶと、
落ち着いた雰囲気を持っているのはテオの方だった。
ふっと笑みを零して、テオは胸に浮かんだ言葉を口にする。
「けれど、その童顔では、やはり可愛いとしか言いようがないな」
感情を言葉に乗せて相手に伝えること、その反応を見ることは、
テオにとって、とても楽しいことだった。
「そのカラフルな装いと小さく丸みを帯びた顔からして、
 ドニは…そう、マカロンのようだね」
「フランスのお菓子の、ですか?」
「そうだよ。コロコロとして、柔らかく、甘い。
 今日は黄色のバンダナをしているからレモンのマカロンだね?」
「マカロンなんて、ボク…似合いませんよ。あっ」
テオは自然に腕を上げ、ドニの頬に手を添えた。
「そうやって恥らう頬はピーチのマカロンのようだよ、ドニ」
「テオ、さま…」
あたたかい手と、近距離にある甘い笑顔。どき、としてしまった。
ドアの方から、普段以上に苦々しい声が飛んできた。
「お前は…誰彼構わず…」
腕を組んでいたのは、今年度の生徒代表クラウス・フォン・モール。
実は暫く其処に居て、二人の会話を聞いていた。
生徒代表はややキツイ眼差しで言った。
「シェフ、鍋が吹き零れそうだが?」
「えっ!? わわっ」
反射的にシェフは、テオから身を翻して、鍋の火を止めた。
シュウという音と共に、煮立ったスープが沈んでいく。
ドニは、ほっと胸を撫で下ろした。
テオが来た時に火を止めるべきだったと反省した。
タルトを褒められて、つい鍋のことを忘れてしまった。
厨房を守る者として明らかに自分の過失であり、
こんなことではシェフ失格だな、としゅんとする。
「すみません…」
テオは穏やかな口調でシェフを慰めた。
「そう落ち込むものではないよ、ドニ。私も同罪だ。気が付かなくてすまない。
 ところで、クラウス。どうしたんだい? 貴方が此処に来るなんて珍しい」
「お前に珈琲を頼もうかと思ったのだが、用事を思い出したから失礼する」
キッチンを出て行く人を追い駆ける。
「あっ、クラウス、待っておくれ!」

一人になったシェフは鍋の前へ行く。『愚者の石のスープ』、愚か者は自分だ。
気をつけなきゃ、と思いながらも、やっぱり自分はダメだなあと溜め息が漏れた。
「ドーニー!」
大きな声が廊下を駆けて来る。
キッチンに飛び込んで来たのは中等部の二人組だ。
ひまわりのような笑顔でこちらを見ている。
「ドニ、決まったよ! タルトの名前!」
「これから発表しまーす!」
レオンの唇によるドラムロールが鳴り始める。
良い子達は顔を見合わせ、同時に息を吸った。


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